四年に一度の祭典4

小石原淳

第1話 悪種拡散

 一ヶ月後の式典で何が行われるのか、若者達は具体的には何も聞かされていません。知らない分、想像が膨らみ、最悪の事態を思い描いてしまう。最悪から逃れるために、若者達は必死になって競うのです。

 そんな祭典・人肉の日も残すところあと二試合。

 次の三回戦、ゲームの名は“悪種拡散”。この勝負で敗れた方が、決勝ならぬ決敗の舞台へ駒を進めることになります。

 対戦するのは二人の男、十九歳のエドモントンと二十歳になるキュール。年齢は一つ下で知識面では恐らく劣るエドモントンですが、体格や体力ではキュールを圧倒しています。

「ルールだが、悪い種――ウイルスを使っての攻撃と、ワクチンを使っての防御が鍵だ。

 君達の前に一枚ずつ、シートがあるだろ。その5×5の升目は二十五名の人間を表現しておる。

 それからエドモントンはウイルスα五個とワクチンβ十個、キュールはウイルスβ五個とワクチンα十個を使う。ウイルスは赤い卵、ワクチンは青い卵で象徴する。言うまでもないが、ウイルスαにはワクチンαが、ウイルスβにはワクチンβが効く。

 二人は自分の判断でまずワクチン十個をシートに配置する。青卵を置いた升は、ウイルスに感染しない。

 次にウイルス卵五個を、やはり自分で判断して五つの升目に置く。このときウイルスは赤卵のある升だけでなく、その上下左右の一升にも感染する。斜め方向にはうつらない。ただし、赤卵を置かれた升に青卵が先に置かれていた場合は、その升及び上下左右にも感染しない。卵のウイルスは死滅するが、ワクチンもそれきり効果が消える。

 続いて参加者はシート内で交互に二回、赤卵を動かすことができる。いや、動かさねばならない。このときも斜めの移動は禁止。一度に動かせるのは一升、縦か横のみだ。さらにこの時点で動かした赤い卵に関する情報は、相手方に伝わる。どの升にあった卵がどちらの方角へ移動したのか、だ。

 二回の移動は別々の卵でもいいし、一つの卵を続けざまに動かしてもかまわない。

 そして最後に、5×5の升目のどこかを自分自身の升として選ぶのだ。卵に関する情報を全てオープンした後に、選んだ升がウイルスに感染していなければセーフ、していればアウト。この判定で、自分がセーフ、相手がアウトになったときのみ勝敗が決する。両者ともセーフ、両者ともアウトは延長戦だ。それから配置を考えるための時間は五分とする。質問はあるかな? 今なら何なりと受け付ける」

「自分と相手それぞれのワクチンが重なったり、ウイルス同士が重なったときは全く影響なしですか」

 エドモントンが聞きました。

「その通り。影響を及ぼし合わないし、効果に変化はない。ちなみにウィルスαとワクチンβというような異なる型のウイルスとワクチンが重なっても、同様に無関係だ」

「ありがとうございます」

「僕も一つ質問があります」

 キュールが挙手しました。

「赤い卵を移動させるターン、先攻が何の情報もない状態で動かす分、若干不利な気がするのですが、先攻後攻はどうやって決めるのでしょう?」

「じゃんけんでよかろう。勝った方が好きに選べばいい」

「はあ……」

「先攻が不利というのなら、ルールをちっとばかし、いじってやろう。仮にαが最初に卵を動かしたら、次はβ、その次もβ、最後はまたα。どうだ、これならどちらが有利か、一概には言えまい?」

「確かに……」

「どちらを採用するかは、おまえ達が相談して決めていいぞ」

「え?」

 戸惑い露わな対戦者二人ですが、意見の一致を見るのは早かったです。変更後のルールが採用されることになりました。


(なるべく負けないようにするには)

 制限時間を気にしつつ、まずは青い卵をどこに置くか、キュールは考えます。

(ワクチンで囲まれた領域を作って、敵の動きを見定めつつ、その領域内のどこかに自分の升を決める。もしくは、敵が赤卵をどう置くかを予測し、各個撃破できるようにワクチンを配置する。

 赤卵をどう置くかの判断基準は何だろう? なるべく多くの升が感染するように配置するはず)


 ABCDE

 FGHIJ

 KLMNO

 PQRST

 UVWXY


(升がこうあったら、たとえばGとSと……DとVか? あとひとつは真ん中のM……こんな具合かな? 分からねえ。これから二つ動かせばかなりの升を潰せるが、時間が足りない! もっと効率的な配置がありそうだが。ともかく青卵を決めよう。3×3の升と、あと一つをどこにするか)

 キュールは悩んだ末に、MNORSTWXYの九つプラスGに青卵を置きました。実際には、紙に書かれた格子に、青い色をした卵のシールを貼っていくだけです。

 続いて赤卵の配置。キュールは、エドモントンも同じ思考を辿る可能性に気付いています。

(各個撃破されにくそうな並びにすべきかもしれない。そのためには、より多くの升を感染させる方針では読まれ易く、避けるべき。相手の出方によって、どこでも対応できる型がいいのでは?)

 残り少ない時間で、キュールはBPXJと真ん中のMに赤卵を置くことにしました。


 aβcDe

 Fghiβ

 klβno

 βqrsT

 uVwβy


※キュール側から見たウイルスβの配置。β及び小文字のアルファベットは感染可能性あり。


 次の段階、じゃんけんでは一度のあいこを経て、キュールが勝ちましたが、どちらの番を採るかはまだ決めていません。

(最初に一つ動かすのは不利だが、最後に一つ動かせるのは魅力だ。だが、相手の動きを一つ見た上で、続けて二度動かせる後攻も悪くない)

 再び悩み、迷った果てにキュールは先攻を選択しました。

 そしてどの赤卵を動かすかですが、これについては決定済み。Mです。ウイルスを真ん中に置く発想は誰もがし易く、故に読まれ易い。赤卵を動かすことで情報を相手に与えるのなら、読まれ易いところを明かすのがよい。このような考え方から生まれた選択です。キュールはMの赤卵をLに進めました。Mに置いた赤卵をどう動かしてもウイルス感染する升目が増えないのは難点ですが、それとて相手を攪乱することにつながるかもしれません。

「なるほど」

 エドモントンが呟き、升目に斜線を引く動作をしていることがうかがえます。M及びLに赤卵があった場合に感染している範囲を斜線で分かり易く示したのです。

 続いて後攻、エドモントンの番。彼はしばしの黙考のあと、GからHへと赤卵を動かしました。これを見て、キュールは内心、ガッツポーズを取っていました。

(これは悪くない。悪くないどころか、いいぞ。こっちはGに青卵を置いてるんだ。ということは、今エドモントンが動かした赤卵は死んでいる。つまり、あの辺りはかなり安全と言える。もちろん、B、F、H、Lのいずれかに別の赤卵があって、二重に感染させられている可能性は残るけど、普通なら赤卵は分散して置くはずだ)

 そこまで考えたものの、“普通”を信じていいのか、不安に駆られるキュール。何しろ、前の試合では普通じゃない手段でやられました。その先を考えようとした刹那、エドモントンが早くも二つ目の赤卵を動かしました。

 SからRへ。

「え」

 思わず、やった!と喜びを露わにしそうになりましたが、キュールは堪えます。

(Sは、自分が九つの青卵を置いたど真ん中。先ほどと同じく、エドモントンが今動かしたウイルスは死んでいる。さらに、周りがワクチンで囲まれているのだから、周りにも敵のウイルスはない。つまり、Sは完全に安全地帯だ!)

 キュールは自分の升目としてSを選べば、セーフは確定。だからといってこれで勝ちとはならない――エドモントンがセーフならドロー――が、とにもかくにも有利に立ったし、この回は切り抜けられたのです。

 最後に、キュールがもう一度、赤卵を動かす番です。現状だとエドモントンがどこにワクチンを置いたとしても、DFTVのどれかをエドモントンが自身の升として選べば、彼もセーフになります。その可能性をわずかでも低めるために、Bに置いていた赤卵をCに移動させました。


 いよいよ最終局面。両名、自らが立つ升目を指定します。

 キュールは当然、S。エドモントンはどうでしょう?

 ここでエドモント側のワクチンの配置を明かすと、彼が採ったのもキュールと同じような布陣でした。KLMPQRUVWの3×3とさらにUにもう一つ、ワクチンを置いていたのです。角のUなら、よほどひねくれたウイルスの置き方をされない限り、まず安全だろうと見込めるので。

 ところで、すでにお気付きと思いますが、エドモントンはワクチンを一つの升に二つ置くという手に出ています。となると当然、ウイルスも同じ升に複数置いている可能性が出てくる訳でして。


 キュールがアウトで、エドモントがセーフ。判定を告げられた瞬間、キュールは膝から頽れ、へたり込みました。

「な……んで。あそこは絶対に安全確実のはず」

「キュールさん、あなたが自身の升として指定された箇所に、僕はウイルスを二つ置いたんですよ」

 勝者がとくとくと種を明かします。

「二つだって?」

「二つ置けばワクチンで一つが無効化されても、もう一つは生き残る。そいつが効力を発揮してくれればいい。ついでに言うと、最初に赤卵を動かした升もウイルス二つでした。そこから赤卵を動かすことで、相手はもうそこにはウイルスはないと思い込む可能性大だなと睨んで」

「まんまと引っ掛かった訳か」

「いやそもそもキュールさん、甘く見すぎ。僕があなたとクランマさんの戦い、見てなかったとでも? このゲームでも二つ重ねる戦法、思い付くもんでは?」

 キュール、ぐうの音も出ません。知識でならエドモントンより上だという油断があったのかもしれません。

「自分がやられた作戦でもいいと感じたのなら、貪欲に取り入れて、自分が元祖みたいな顔をするくらいの気構えでなくちゃ」

 より若いせいか、勝ち抜けたエドモントンのはしゃぎっぷりは鼻につきます。キュールの心に恨みの種を植え付けたかもしれませんね。


 終


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四年に一度の祭典4 小石原淳 @koIshiara-Jun

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