Rest

赤城ハル

Rest

 潮風を吸いながら仁藤里美は空を仰いでいた。

 その青空の下には滑らかな海が。

 本当にこれらが汚れているのかと不思議に思うほど目の前の景色は心を和ませる。

 仁藤は今は崖の上にいる。あと3歩ほど進めば海へと落ちる。落ちれば確実にこの老体は助からないだろう。だがそれもまた良いのかもしれない。全てを波のあぶくと共に。

 だが残念ながら仁藤にはやらなくてはいけないことがある。

 と、そこで渡り鳥だろうか。白く小さい鳥が2羽見える。

 つがいで空を飛ぶ鳥。彼らは空の汚染を気付いているのだろうか。

 それでも仁藤はそのつがいを見て微笑んだ。

 後ろから小さな足音が。聞こえないようにではなく驚かせないようにと気配きくばった配慮。仁藤は気配けはいには気付いてはいるが振り向かない。音の主は小さな咳の後に優しい声で、


「仁藤様お体障りますよ」


 仁藤が振り向くとアンドロイドが後ろにいた。

 アンドロイドは両手を腹に、そして腰を曲げ丁寧なお辞儀をする。


「方舟は全て翔んだのね」

「はい。万事予定通りに」

「暴動があったのでは?」


 最後の方舟に乗ろうとする者、許さない者、自棄を起こしている者。そういった者は最後の方舟に集まり、無理に乗り込もうとする。中には自爆テロ、火炎瓶で攻撃などと暴動が予測されていた。


「予測の範囲内です」


 ということは死者も出たのだろう。


「死者は?」

「集計中です」

「そう」



 施設に戻るとアンドロイドに化粧室に通された。


「まだ時間あるでしょう?」


 本来の予定より一時間早い。


「はい。ただ後の方が時間を早めにと要望されたので」

「そう」

「苦情を出して置きますか?」

「いえ、いいわ。今後ことを考えるといらぬ噂や確執でギスギスしたくないですし」


 仁藤は服を着替え、化粧を施された。全てが終わり、ため息混じりに立ち上がった。


「お部屋に向かいますか? それともご出立なさいますか?」

「ええ、出発しましょう」


 案内された車は装甲車に近い白い大型車であった。


「私以外にも誰か乗るの?」

「いいえ。仁藤様のみです」

「ならなぜ?」

「今日は暴動があったので、ここもまた狙われる可能性があるので」

「つまり施設を出ると狙われると」

「あくまで可能性です。敵遭遇確率は低いですので安心してください。それと装甲も分厚いので大丈夫です」


 とは言うものの、装甲のあちこちには凹んだ痕がある。

 そんな不安をよそにアンドロイドが後部座席側のドアを開ける。

 少し逡巡して仁藤は車に乗り込み、アンドロイドが隣の席に座る。運転席にはすでに別のアンドロイドが座っていて、後部座席のドアが閉まると発進した。運転席のアンドロイドがハンドルを握って運転するのではなく自動で車は動いている。では運転席のアンドロイドはというと、それはいざというときのためにである。




 方舟計画は一つの宇宙船に五千人の人間を詰め、新たな新天地に移り住む計画。方舟は計百隻打ち上げられた。乗れる人間は各々に医者はもちろんのこと博士号を持つ人から知識人百名近くが選出される。それは至極当然のこと。いざ問題が起これば解決をする人間が必要であるから。

 その結果、方舟計画が発表されてから第一号メンバーが発表されるまでの5年間、大学入試試験は理系選択がほぼ全員になるほど入学希望者がはね上がったほど。

 皆、切符を掴もうと必死だった。

 だが、中には諦める者もいた。

 その中には珍しく学者たちもいた。選出されても当然の人物。だが彼らは知識を詰め込んだ老いぼれより、知識を詰め込める若者を尊重した。そして自主的に辞退をするものが少なからずいた。そこに悪知恵を働かせる者がいた。

 その者たちは学者を自殺へと追い込み、金と権力で切符を掴もうとした。

 だがある学者の遺書が見つかり、ことが露見された。いや、あれは遺書というよりもいざというときの調査依頼でもあった。

 その被害者が仁藤の友人であった。彼の名は中井剛。大学からの友人。専門分野は違えど仲は良かった。いや、むしろ専門分野が違うから仲良くなったというべきだろうか。

 その中井が自殺した。仁藤には例えこの世界に絶望しか見出だせなくても彼が死を選ぶとは考えにくい。だが警察の調べからも自殺で間違いなかった。

 どうにも不自然さ頭をよぎる仁藤はこれはなにかあるのではと調べた。

 そして辞退した学者たちの多くが自殺をしていた。

 辞退するだけでなぜ自殺をするのか。仁藤はますますこの事件には裏があると調べ始めた。

 そんなある時、仁藤が誰にも告げていなかった方舟乗船辞退の旨を試しに隣人に告げるとすぐに切符を譲ってくれとか、どうせ死ぬならさっさと死んでおけばと言う者もいた。そんな中、ファミリーパーティーの招待が連日届いた。招待の送り主全員が金持ちからであった。

 もしかして中井もまたこのような目に会ったのではないだろうか。そして切符を譲ってくれとか要望されたのでは?

 仁藤は人間ではなく高度AIに彼の死をもう一度調べるよう頼んだ。この時勢では高度AIが人の上に立っていた。それは高度AIの反逆とかでなく、人間が後に残された人間を管理するために高度AIをトップに置いたのだ。それからはというと高度AIが彼のタブレットから消されたメモを発見した。そして高度AIは本来の中井に宛てられた切符が誰の元へと渡ったのかを調べた。

 結果、彼の切符はある金持ちの元に渡ったことが判明。




「証人、前に」


 アンドロイドの裁判官に告げられ仁藤は証言台に立つ。

 氏名の確認、嘘を付かないことや発言内容によっては別件で逮捕される云々うんぬんを留意された。


「私には彼が自殺するような人間には思えません」


 仁藤は彼について知る限りのことを話した。

 この裁判は正直、証拠も出ているので有罪は間違いないだろうと言われていた。

 すぐに終わるはずだったが延びていた。表向きは暴動だが実はは不正をする人間がいること。そしてAIがきちんと人間を管理するというアピールのために機械側があえて延ばしたのだ。




 3階廊下の窓から外を見るとデモの大群が裁判所の前に集まっていた。ここからだとプラカードは見えないがたぶん『ディストピア反対』、『自由を!』とか書いているのだろう。

 戦争で沢山の人が亡くなった。しかし、まだこんなに沢山の人間がいるとは。仁藤には彼らの主張がどうであれ彼らがまだ元気でいることが少し嬉しくもあった。

「できればその活力を有意義なものついやしてくれたら……」




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Rest 赤城ハル @akagi-haru

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