10.任務中の再会
背の高い城壁がぐるりと囲む地方都市ピルスナー。
城壁の内側には橙色の屋根で統一された建物がたちのおり、独特な街並みで観光地として名高い。
そんなピルスナーの街の中心にある噴水広場の周りには人だかりができていた。
集まった街の住民たちの前には第三騎士団の騎士たちが等間隔で立っており、噴水広場に近づかないよう警備している。
遠くの空から無数の影が見えてくると、歓声が上がる。
空を覆い陽光を遮る
「見ろ! 『烈火の大獅子』がいるぞ!」
「黎明小隊と月輪小隊だ! フィリーネ様はいつも美しいなぁ」
「『紅い宝石』もいるわ! 絵姿よりもはるかに凛々しくて素敵ね!」
彼らがお目当てにしている宮廷第一騎士団のお出ましだ。
華麗に登場した騎士たちは割れるような拍手で迎えられ、舞台俳優さながらに手を振って彼らの歓迎に応えた。
「全く、こっちは
渋面を作って彼らの前に現れたのは、第三騎士団の団長であるコンラートだ。
ガタイが良く、年かさではあるが今もなお引き締まった身体で、近寄られると威圧感に押されそうになる者もいる。おまけに顔には大きな傷があって、子どもが見たら泣き出してしまいそうなくらい強面の男だ。
その顔面に見合うくらい厳格な性格だが面倒見が良く、これまで幾人もの新米騎士たちを育ててきた。アンジェリカもまた、騎士団に入りたての頃は彼の元で実務を積んで鍛えられてきたのだ。
「我われは魅せるのが使命ッス。いかなる状況でもその役目を全うしなければなりませんので」
苦言を呈されたというのに、ヴォルフガングはケロリとして第一騎士団の意義を熱く語っている。
コンラートは右手で眉間を抑えて小さく溜息をついた。
この煌びやかな集団は何を言っても聞く耳を持たないし、どんなに馬鹿げたことをしていても実力は確かで、これ以上は何も言えないのだ。
「いつもみたいにどんちゃんしたいなら先にやるべきことをやってくれ。
第一騎士団の騎士たちはコンラートに案内されて噴水広場から大聖堂の前に移動した。
見上げるような高さの立派な大聖堂の屋根には2頭の
1頭はどうやら脚を怪我しているらしい。血が出ていて痛々し気だ。もう1頭が庇うようにして前に出ててくる。
どちらも身体は大きいが幼獣らしい柔らかな毛並みをしており、風が吹くとふわふわと靡いている。
「2頭ともモフモフで可愛いなぁ。ぎゅって抱きしめてお昼寝したいねぇ~」
ユストゥスは暢気な声でそう言うと、口元をニヨニヨさせて2頭を見ている。
彼は一見するとデキる大人に見えるのだが、どこか抜けていてのほほんとしているのが残念な男だ。
うっかりなところを治したらギルベルトにも並ぶ実力と言われているが、いかんせんゆるふわな発言と思考が目立っている。
「抱きしめる前にあの角で永眠させられますよ?」
アンジェリカの視線は
彼らと住民たちの間でトラブルが起きてはならない。
ヴォルフガングとコンラートが速やかに作戦を最終調整して、騎士たちはそれぞれの配役に就いた。
「メル、任務が終わったらもっとお菓子をあげるからしっかり詠唱してな」
「へーへー、やればいいんだろ」
イリーネはメルヒオールの腕を引く。
メルヒオールは前髪を掻き上げた。姿を現した銀色の瞳は意地悪そうに歪められており、人相が悪い。
それでも意外と従順で、相棒の
黎明小隊の隊員たちは順々に
「お集まりいただいた紳士淑女の皆様、第一騎士団の舞台にようこそお越しくださいました。わずかな時間ではございますが存分にお楽しみください」
そう言って茶目っ気たっぷりにウインクすると、射抜かれた女性たちから黄色い声が上がった。
彼は声援を背に
「は~い、ちゅうも~く! 私の目を見て~?」
先ほどとは打って変わってのんびりとした口調で
紫色の光が宿っているユストゥスの瞳に捕らえられると途端に身動きを封じられる。
イリーネとメルヒオールが歌うように詠唱をして金色に光る檻を作り上げて
檻は鳥かごのような形をしており、扉はもう1頭の
「いくぞ、グレアム!」
「はっ!」
アンジェリカとヴォルフガングは大聖堂の屋根に降り立つと魔法で
「フィナーレといきましょう!」
ユストゥスは魔眼を解き、すぐさま魔法で水の球を作って
イリーネたちが扉を閉めて鍵をかけた。それを見計らって、ファーガスが怪我をしている
足の怪我がすっかりと消えた
ファーガスに怪我を治療してもらって、敵意はないとわかってくれたらしい。
「痛かっただろうに、よく頑張ったのう。もうお家に帰れるから安心するんじゃぞ」
ファーガスは優しく微笑みながら鼻を撫でてやった。そっと触れると
「ほな、うちらが預かりますわ」
フィリーネを先頭とする月輪小隊の騎士たちが呪文を唱えて檻を持ち上げて動き出す。もちろん、ただ連れて行くだけで終わらせたりはしないのが宮廷第一騎士団だ。
「大地よ、ピルスナーの民に祝福の花束を授けよ!」
土属性であるフィリーネが詠唱すると、瞬く間に街中に花が咲き乱れた。中には彼女の魔法で元気に育ちすぎた花もあり、第三騎士団の騎士が蔦にぐるぐると巻きつかれてしまっている。
騎士団と住民たちは月輪小隊と
かくして
◇
捕獲作戦を終えたアンジェリカたちは次の作戦に移るために噴水広場に戻ってきた。
警備している騎士の中に義弟を見つけて声をかける。
「ヨハン!」
「姉上……!」
巻き毛がちで煙るような金灰色の髪の青年が振り返る。彼は人好きのする笑顔を浮かべた。深い青色の瞳を持っており、いささか冷たい印象を与える顔立ちだ。
この青年こそが分家から迎えられた養子のヨハン。グレアム家の次期当主だ。
年齢はアンジェリカの2つ年下で、今年騎士団に入隊したばかり。
幼い頃よりグレアム家で鍛えられているため細身ながら筋肉がついて引き締まっており、顔立ちは同年代の騎士たちより大人びている。そのうえ滲み出る品性を持っていることから、学園は優等生として名を馳せていた。
「ご無沙汰してます。お変わりありませんか?」
「元気にやってるよ。実はお前と話したいことがあるんだ」
「私と、ですか?」
義姉の真剣な表情を見て驚いたヨハンは、夜空のような色の目を瞬かせる。大人びた仮面は外れて、年頃の青年の表情になった。
というのも、これまで彼らは姉弟といえどいささか他人行儀なところがあり、踏み入った会話はしたことがなかった。
「ああ、この任務が終わったらゆっくり話そう」
「わかりました」
アンジェリカはヨハンの肩を軽く叩くと、次の作戦の打ち合わせに向かった。
彼女の視線が外れると義弟は人好きする微笑みをすぐにしまいこんだ。
「ゆっくり話そうだって? 俺の事、避けてるくせに……」
笑顔の仮面を外した青年の口から、ポロリと独り言が零れ落ちた。
グレアム家は騎士一家のため仕事の都合上、みんな王都のタウンハウスに住んでいるが、アンジェリカは自ら希望して騎士団の寮に住んでいる。おまけに通常の任務に加えてルカの行方を追って奴隷商の捜査に加わっていたため、あまり家族と会っていない。
悲しいことに、ヨハンはそのことを自分を避けるためだと思っているのだ。自分と顔を合わせるのが気まずくて家を避けているのだと。
優秀な義姉は使用人や領民、そして他家の貴族たちから注目を集めていた。
継げないのが可哀そうだと言われることもあり、そのたびにヨハンは自分が邪魔者のように思えた。
かといって、実の父親と愛人の間に生まれた彼に帰る場所なんてない。分家では除け者にされていた彼は居場所を求めて無我夢中で勉学と剣術に励んだ。
グレアム家の一員として認められ、自分の居場所を手にするために。
もともとはこんなにギスギスしていなかった。
初めて会った義姉は男の自分でも惚れそうなくらい頼もしくて、優しくて、すぐに好きになった。
それに彼女が勉強や剣を教えてくれるのが嬉しくてずっとくっついていた。夜中に雷が鳴れば彼女の寝室を訪れて一緒に寝てくれるようお願いするくらい懐いていたのだ。
すべてが変わったのは領民の少女ルカが誘拐されてから。
義姉は憑りつかれたかのように剣の鍛錬や勉強に打ち込み、学園でも騎士団でも常に同世代とは段違いの成績を残した。それは喜ばしいことだが遠い存在になってしまったような気がしていた。それに加えて一緒に過ごす時間がなくなってしまい、寂しさは募っていくばかりだった。
さらに義姉は口を開けばルカのことばかりで、自分には目を向けてくれない。幼い頃は、ルカに姉を盗られたと思うことさえあった。
蓄積された寂しさはいつしか歪んでいき、自分は避けられているのだと思うようになった。
決定的にそう思うようになったのは、義姉がバーグ家に嫁ぐのに合わせて領地経営を学んでいると彼女がグレアム家を継ぐという噂が流れた時のことだ。
義姉は噂を否定して回ってくれたが、それ以来、実家に近づこうとしない。自分がいると自由にできないから避られているような気がした。
ヨハンは恨めしげな目で義姉の後ろ姿を追った。
◇
魔物は日中に現れることなく、夜の帳が降りた。
黎明小隊は交代で街を見回りをすることとなり、アンジェリカはファーガスとユストゥスと並んで歩く。
手にしているカンテラの明々とした炎を頼りに、街中に視線を走らせて魔物の姿を探す。
「グレアム、弟君には会えたかの?」
「えっ? グレアム卿の弟もここに来てるの~?」
ユストゥスは興味津々で身を乗り出す。
「ええ、昼間に会いました」
「どんな子なんだい?」
「頭も剣の筋も良い、自慢の弟です」
「ふふ、弟が好きなのが伝わってくるね~」
ファーガスはチラとアンジェリカを盗み見た。
カンテラに照らされた彼女の横顔には柔らかな微笑みが浮かんでいて、ホッとする。先日の思いつめたような表情がずっと気がかりだったのだ。
「姉君に愛されて弟君は幸せ者じゃな」
「それはどうでしょうね。私は彼にとって良い姉ではありませんので」
ヨハンは自分に気を遣ってくれている。
アンジェリカの体裁を気にして婚約者を見つけることもしていないのだ。
同世代の令息たちは次々と婚約しているというのに自分のせいで遅らせてしまっていて申し訳なかった。
(それに、領地運営のことでも不安にさせてしまったしな)
バーグ家に嫁ぐ予定だったアンジェリカは、レナードだけに任せられないと思い、父の元で領地運営を学んでいる時期があった。
『グレアム家はアンジェリカ様が継ぐんじゃないか?』
そんな彼女を見てありもしない噂が流れてしまい、アンジェリカはヨハンが継ぐのだと否定してまわった記憶がある。
彼がの生い立ちや分家で受けていた扱いを知っているアンジェリカは、ヨハンが自分の居場所を求めていることを知っていた。それなのに彼を不安にさせるような噂が流れてしまったことを申し訳なく思っている。
自分がグレアム家に居続けると両親とヨハンに迷惑をかけてしまう。
そう思った彼女は今まで以上に任務と奴隷商の捜査に力を入れて家に近づかないようにした。
「優しい子なんです。彼には幸せになって欲し「――止まって」
ユストゥスはいきなり振り返ると、あっという間に建物の陰に消えてゆく。するとうめき声が聞こえ、アンジェリカとファーガスは顔を見合わせた。
声が聞こえた方に向かって駆け寄ってみると、ユストゥスがヨハンを組み敷いた状態で彼に平謝りしていた。
「ごめんね~。気配を感じ取ったから身体が勝手に動いちゃった」
「ヨハン! 怪我はないか?」
アンジェリカが手を差し出すと、ヨハンは一瞬だけ目が泳いでバツが悪そうな顔をしたが、手を取って立ち上がった。
「こんな夜中に歩いてどうしたんだ?」
「……眠れなかったので外の空気を吸っていました」
金灰色の長いまつ毛がすっと伏せられて青い瞳を隠す。
「あれ、もしかしてこの子がグレアム卿の自慢の弟~?」
「ええ、弟のヨハンです」
アンジェリカが背中を叩くと、ヨハンは胸に手を当ててファーガスとユストゥスに礼を取る。
「第三騎士団所属のヨハン・グレアムです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。これ以上任務の邪魔にならないよう、失礼いたします」
一歩下がろうとしたヨハンの腕をファーガスが慌てて掴んで引き寄せる。先ほどまでヨハンがいた場所を、さっと影が横切った。
「魔物がおる!」
禍々しい気配を放つ瘴気が立ち込め始めた。ユストゥスが呪文を唱えて夜空に光を打ち上げる。すっと空に走った赤い光は休んでいる他の騎士たちに”非常事態”を伝える合図だ。
”そちらに向かう”という意味の白い光が上がったかと思うと、別の場所でも赤い光が上がり始めた。
ピルスナーの夜空に光が飛び交う。
「せっかくの市街戦なのに観衆がいないのは残念だねぇ~。不本意だけど、今ここで魔物掃討作戦に入るよ」
「はっ!」
アンジェリカは剣を鞘から引き抜く。剣を構えると、花吹雪をまき散らしながら魔物に斬りかかった。
強く、貴く、華々しく!!!! 柳葉うら @nihoncha
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