09.任務は打ち合わせから
詰所にある宮廷第一騎士団専用会議室に黎明小隊と月輪小隊、そしてファーガスが集められた。
「
「「「「はっ!」」」」
「バーレ領ピルスナーに2頭の
生息地は王国北部のケルシュ山脈に生息で普段は人里には近寄りもしない生き物なのだが、どうしてか数日前に突如として姿を現した。
さらに気がかりなことに、彼らが現れてから魔物が街に現れるようになったのだという。
「黄昏小隊の事前調査によれば、魔物は
コルネリアは机の上に広げられた地図に印をつける。
ケルシュ山脈とピルスナーに付けられた印と同じものが地図上に点在しており、星座のように繋げられそうだった。
何かの形にも見えそうで、アンジェリカは地図をじっと眺める。
「先日は
このところ、稀少魔獣が相次いで街に現れては出動要請があり、第一騎士団が駆り出されて彼らを棲み処に送り届けているのだ。
「それも気になりますが……今回は市街地に魔物が現れてるのも気になるッス。街の周りは神官が魔除けの印を刻んでいるのに入り込めたということは、力のある長が潜んでいる可能性があるッス」
ヴォルフガングの表情は険しい。
かつて故郷を魔物に襲われた経験を持つ彼は、ピルスナーが同じ運命を辿ること懸念している。
「うむ、
ギルベルトの用意した
月輪小隊はそのまま
「魔獣保護の観点からこの任務の主役はクレヴィング卿に定める。彼を中心に演出を考えてくれ。もちろん、不足の事態への対処を忘れないようにな」
「はっ。ユストゥス・クレヴィング、必ずやこの任務を最高の舞台にいたします!」
立ち上がって騎士式の礼を取ったのは、鳶色の髪と紫色の瞳を持つ容姿端麗な男。落ち着いた大人の色気があり、黎明小隊では一番年上の35歳。
彼の通り名は『紫の魔眼紳士』で、その昔、彼を気に入った妖精から特別な力を目に宿してもらった経緯があり、目を合わせた相手の動きを操れる。
「ユストゥス
「じゃあウチとエメで檻を作りますわ」
「それなら詠唱を二重奏にしてみてはどうでしょう?」
「ええやん! アンジーの意見採用で!」
ギルベルトとコルネリアが部屋を出ていくと、指名されたメンバーたちによる作戦会議が行われた。演出の打ち合わせを中心とする会議で、最初は戸惑っていたアンジェリカだが、今ではすっかり慣れて積極的に演出の意見を出している。
第一騎士団では、実力や任務の適性を考慮して任務ごとに主役を決めてその人物を中心に演出を展開する。
実力があれば主役に抜擢される頻度が増え、その功績を評価されて小隊長に就くことができる。
小隊長になりたいアンジェリカがまず目指さなければならないのは主役の座だ。
「ぼ、僕はいいんですけど、メルになってしまった時はどうしましょう。メルは人に合わせることが苦手なんで、ちゃんと詠唱してくれないと思います」
歌い手に指名されたエメリヒはおどおどとしている。
この美青年は黎明小隊の騎士で、青灰色の髪は前髪が長く、右目が隠れてしまっている。見えている方の左目は銀色で、見つめられるといつも恥ずかしそうにして下を向いてしまう恥ずかしがり屋な性格である。
彼がつけられた通り名は『悪魔飼いの貴公子』で、血を見ると人格が入れ替わってしまう性質を持つことに由来する。
エメリヒと相反する別人格は自らをメルヒオールと名乗っており、恥ずかしがり屋で控えめな性格のエメリヒとは違い、メルヒオールは遠慮がなく奔放で、いささか狂気的な性格だ。
前にアンジェリカがギルベルトの無茶ぶりで負傷した時には傷口を見せろ触らせろとしつこく言ってきたので見かねたジュールに叱られていた。
「あの悪魔は甘い物が好きだから今回もお菓子を持っていくか」
「契約の対価はたんまり用意しておきますわ」
メルヒオールは基本的には言うことを聞いてくれないが、無類の甘党のため、お菓子を対価に契約を交わして任務に協力してもらっている。
そのお菓子を用意するのはイリーネの担当だ。彼女自身も甘い物が好きなため、率先しておいしいお菓子を探してメルヒオールのために買っている。
「グレアムは俺と一緒に
「かしこまりました」
ヴォルフガングがアンジェリカの背を叩く。勢いよく叩かれたアンジェリカは前のめりになってしまった。
「今回は団長は同行しないから生存確率が上がったな」
「なんでいつも止めてくれないんですか?」
「あれは団長の期待の裏返しなんだよ」
アンジェリカは納得できなかった。なんせ、
威嚇して吹雪を巻き起こしていた
すべては演出のための犠牲。
ギルベルトの思惑通り、アンジェリカの火炎魔法が放たれると彼らの戦いを見ていた街の住民たちからは歓声が上がっていた。
アンジェリカは浮遊魔法の応用で地面に直撃するのを防いで事なきを得たが、唐突に無茶ぶりを要求されては命が持たない。
そして、相棒を自分の背から落とされてしまったローウェンは、ギルベルトを見ると唸り声を上げるようになってしまった。
「月輪小隊は魔法で星屑をちりばめて華麗に檻を運びますわ」
フィリーネは頬に手を当てて考え込む。
「ウチらの見せ場はそこしかないからもっとド派手なのがええやろか?」
「あんまり派手だと
ファーガスは以前、綺羅星小隊が演出で花火を出したら護送する魔獣が驚いて暴れてしまったので眠らせて対処したことがある。
派手な演出を好む綺羅星小隊は魔獣案件から外されてしまい、ギードは唇を尖らしていじけてしまっている現状だ。
「現地で第三騎士団と合流したら状況を確認して演出を見直そう」
現場は絶えず状況が変わる。いかなる事態になろうと居合わせる民を魅せる戦いをするのが第一騎士団の使命で、彼らにはいつもアドリブが求められている。
ヴォルフガングの言葉で作戦会議は締めくくられた。
(第三騎士団との合流か。ヨハンもきっとその中にいるんだろうな)
アンジェリカの脳裏に浮かぶのは義弟の顔。久しぶりに会えるのは嬉しい反面、一抹の不安が過り、唇を固く引き結んだ。
ラオホルの森の討伐から帰ってすぐに両親にレナードとの婚約破棄を伝えた彼女は、自分はもう結婚するつもりはないと宣言した。義弟にもその話は伝わっているだろう。
(騎士として自立するからお前には迷惑かけないと、私の口から伝えないといけないな。そうすればあいつもやっと安心して妻を娶ることができるはずだ)
ひとりで廊下を歩き考えを巡らせているアンジェリカの背中を、ファーガスが追う。隣に並ぶと彼女の顔を覗き込んだ。
「グレアム、浮かない顔をしておるぞ?」
「そうですか? 自分ではわかりませんでした」
アンジェリカはわざと大きく肩を竦めておどけてみせるが、彼女の暗い表情を見てしまったファーガスを騙すことはできなかった。目の前に立ちふさがり足を止めさせてくる。
「何を考えていたんじゃ?」
「……弟のことを考えていました。第三騎士団所属で、今はちょうどピルスナーにいるんです」
行く手を阻んで問い質されてしまい、これ以上は逃れられなさそうだと観念した。苦々し気に白状すると、ファーガスは先ほどまでの様子とは一変して顔を輝かせる。
「ほう、弟君にはぜひ挨拶せねばならんのう」
「お気遣いは嬉しいですがなぜ弟に挨拶を?」
「運命の相手のご家族とはぜひ話したいからじゃよ」
「またそんなご冗談を」
「相変わらずつれないのう」
ラオホルの森での彼とのやり取りを思い出してクスリと笑う。そんな彼女の反応にファーガスはわざとらしく眉根を寄せてみせた。緑色の目は優しく細められており、イマイチ迫力に欠けてしまう。
「何かあったらいつでもわしに言うんじゃぞ」
「ありがとうございます。シュレンドルフ卿も何かあったら言ってくださいね。なんせ私の運命の人なんですから」
「えっ?! ……あ、ああ、頼んだぞ」
アンジェリカは騎士式の礼を取って柔らかに微笑む。ファーガスの冗談への意趣返しのつもりだったが、それが相手の心に渾身の一撃を与えていただなんて知る由もない。
しどろもどろに返事するファーガスに断りを入れると、明日からの遠征に向けてローウェンのいる魔獣舎へと足を進めた。
「憧れの騎士様は手強いのう」
廊下に取り残されたファーガスは壁に頭を預けて片手で口元を覆う。顔は耳まで赤くなっていた。
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