08.演出が命

 任命式の後、アンジェリカは宮廷魔術師団の研究所に来ていた。

 第一騎士団の騎士たちは剣に魔法付与をしてもらっているらしく、本日よりその一員になった彼女も魔法付与してもらうことになった。


 研究所は厳な外観で、いかにも魔術師たちが集う場所らしく厳かな空気があり、宮廷魔術師団はここを本拠地にしている。


 ヘレスツェン王国宮廷魔術師団の役割は2つある。


 1つは魔法の研究。新しい魔法を編み出したり、魔法具の開発をしている。もう1つは戦闘部隊の派遣。複雑な魔法を編み騎士団の戦闘に協力するのだ。


 ただ、近年はもう1つ、別の役割を担っている。第一騎士団の演出を技術面で支える裏方だ。

 いまや第一騎士団からの無理難題な注文でヘレスツェンの魔法技術が発達しているといっても過言ではないほど貢献してもらっている。


 第一騎士団お抱えの技術集団になりつつある彼らに会いにアンジェリカと一緒に来ているのは、ギルベルトと黎明小隊の上官のイリーネだ。

 イリーネは副小隊長で、フィリーネの双子の妹にあたる。夕日色の髪はフィリーネと同じだが、瞳の色が水色で、姉よりもハキハキと喋る。面倒見が良いため、ヴォルフガングから頼りにされている。

 彼女の通り名は『誘う花の歌声』で、歌うような詠唱で魔法を放ち、味方を勝利へと導くサポート役だ。


「アンジーは師団長のヴァッテンバッハ卿に会うのは初めてやんね?」

「ええ、これまでは研究所でやり取りするのは魔術師の方たちでしたので」


 宮廷魔術師団にある階級は【魔術師】と【大魔術師】に分けられている。魔力の強さや功績を讃えられた一握りの者に【大魔術師】の地位が授けられる。

 ちなみに師団長は研究室に籠りがちで、姿を見たことはない。


(師団長のヴァッテンバッハ卿は稀代の天才と聞く。さぞ気高く威厳に満ちたお方なんだろうな)


 アンジェリカはギルベルトが近くにいる魔術師に声を掛けて要件を伝えているその間、建物を観察した。黒鎧蜥蜴イェクウェールかたどられたガーゴイルの鋭い眼差しと目を合わせつつ、偉大なる師団長との対面を楽しみに待つ。


 すると、バンッと扉が開き、目にもとまらぬ速さで何かが飛び出してきた。早すぎるあまり、彼女には残像しか見えなかった。

 何が起きたのかわからない。瞬きをしているうちに目の前に現れたのは銀縁眼鏡をかけた初老の男。


「ハイムゼート侯爵! 今日は我々にどんな受難をを与えてくれるんですかっ?!」


 厳かな雰囲気のある荘厳な建物の中からすっ飛んで出てきたその男は、ハアハアと息を荒げている。気高さとか威厳とかは来る途中に振り落としてしまった魔術師の登場に、アンジェリカは挨拶の言葉を喉に詰まらせた。


 彼こそが師団長のクレーメンス・ヴァッテンバッハ。


 鳶色の髪に金茶色の瞳を持ち、線が細くてなよっとしているが知性を感じさせる雰囲気を持つ男だ。眼鏡の奥の瞳は優しそうで、一見すると落ち着きのある重役に見えるが、あくまで一見すると、なのだ。


 実はこの男、ギルベルトからの度重なる無茶振りのせいで、”もっと苦しめられたい”という危ない思考が開花してしまい、率先して困難な発明をしてきた。おかげで魔術師たちは巻き込まれて悲鳴を上げており、彼らもまた、クレーメンスと同じような思考に染まりつつある。


「おお! 紅い宝石の! 先ほどの火炎魔法は実に素晴らしかったよ。あれはどんなイメージで生み出したんだい?」

「自分でもまだ解明できていないんです」

「くぅぅぅぅぅ! 未知の魔法って事かい? いいねぇ! ぜひ研究したい!」


 ハイテンションで話しかけてくる稀代の天才を前にして、珍獣を見ているような顔になってしまう。

 クレーメンスは彼女の火炎魔法によほど感激したらしく、ぺちゃくちゃと火属性の研究について早口で解説しながら彼女たちを研究所の中に通した。


 建物の奥にある大きな研究室に進むと、いかにも魔術師が儀式を行う場所らしい広い空間が現れる。周りには大魔術師が並んでおり、真ん中には台が置いてあった。クレーメンスはその上に剣を置くよう指示する。

 黒く艶やかで不思議な素材の台の上に剣を置くと、クレーメンスを含む数人の魔術師たちが詠唱を始めた。


 光が現れて、剣の周りをくるくると蜷局を巻き、その中に溶け込んでいく。光を帯びた剣はクレーメンスが手にすると元の状態に戻った。


「振ってみてください」


 手渡された剣をアンジェリカが振ると、どこからともなく薔薇の花びらがぶわぁっと飛び散る。


(なんか変な機能が付与されてる?!)


 もう一度剣を動かせば、それに合わせてまた花びらが舞う。どうやら幻影魔法の一種らしい。ふわりと落ちていくそれらは時間が経つと消えていった。


「あの……私の剣から薔薇の花が出てくるんですけど?」

「そう、グレアム卿の剣に演出魔法を付与してもらったのさ!」


 ギルベルトの言葉に、アンジェリカはこれまで第二騎士団の同僚たちから聞いた話を思い出す。

 第一騎士団の面々が剣を振れば演出効果のせいで視界が悪くなるということを。


 ある者は光、ある者は花、またある者は羽。


 動きに合わせて現れる幻影たちのせいで視界不良になると、共同作戦で一緒に戦った他部隊から苦情が出ているのだ。


(やっぱり、とんでもない部隊に来てしまったな)


 改めて特異な職場に異動したのを思い知るのであった。

 遠い目になりそうなアンジェリカをよそに、ギルベルトはクレーメンスに更なる注文を加える。 


「演出を盛り上げるためにも花の量を増しましにできないかい?」

「お安い御用ですよ!」

「いえ、もう十分です。これ以上花びらが多いと前が見えないです」


 アンジェリカは慌てて止めた。彼女の言う通り、これ以上花びらの量を増やされてしまえば、敵味方の区別もつかなくなるくらい何も見えなくなるだろう。


「これやったらアンジーがいっそう華やかになってええなぁ」

「”華やか”とは精霊のように愛らしいイリーネさんのために使われるべき言葉かと」

「もうっ! ウチを口説いたってなんも出てこうへんで」


 真面目な顔で反論するアンジェリカを、イリーネはポカポカと叩いた。


「グレアム卿、第一騎士団の三箇条は”強く、貴く、華々しく”だ。華はあればあるほどいいのだよ!」

「いいえ、私は幻影とは別のもので華を出すので結構です」


 アンジェリカの粘り強い説得で、どうにか彼女の愛剣は花びら増量の魔法付与はされずに済んだ。


 魔法付与が終われば、いよいよクレーメンスが待ちに待った新作依頼だ。


「ハイムゼート侯爵、そろそろ焦らさないで新しい依頼を教えてください!」

「今回はイリーネ殿から依頼だよ」

「本当はデーゼナー卿からの依頼なんですけどウチが翻訳して言いに来ましてん」


 ヴォルフガングは擬態語と擬音語が多いため、イリーネが彼の言いたいことをまとめて伝えている。


「転移魔法を応用した魔法具を発明して欲しいと言うてました。バッてしたらダーッとしてザザッとするものらしいです。翻訳すると、使ったら魔法が発動して一瞬で移動できる魔法具を作って欲しいみたいなんです。キラキラ光る幻影を演出でつけてくれたらなお良いそうです」


「ふ~む、通常だと魔法陣が必要な転移魔法を魔法陣無しで発動させるための道具か。大地の持つ魔力と空間にある魔力の結びつきをどうにかして……しかし、そうすると別の問題が……」


 クレーメンスは独り言をブツブツと呟きながら頭を抱えて座り込んでしまう。魔術師たちは心配そうにそんな彼の様子を見守っている。


「どうだろう? 作れそうかい?」 

「もちろんですよハイムゼート侯爵! 未知なる魔法具が私を呼んでいる……ふははは!」


 ギルベルトが声を掛けると、眼鏡をかけなおして勢いよく立ち上がるクレーメンス。顔を上げると、怪しく狂気的な魔術師の微笑みを浮かべていた。あまりにもおぞましい表情に、魔術師たちは震えあがってしまう。


「皆の者っ! 泊まり込みの準備をしろっ! 倉庫から寝袋を出してこい!」


「やっと家に帰れると思っていたのにっ!」

「待っていました! この困難を共に乗り越えていきます!」

「まさか先月みたいにずっと泊まり込みなんじゃ……?!」


 魔術師たちは力なく崩れ落ちる者がいれば、鼻息荒いおかしなテンションの者もいる。阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり、アンジェリカは彼らの安寧を願って心の中で女神に祈った。


 クレーメンスが泊まり込み大作戦の指示をしている様子を見守っていると、馴染みのある声が聞こえてくる。振り向けば、ファーガスが廊下から覗き込んでいた。


 宮廷魔術師団の戦闘部隊に所属する彼は自分の研究室に戻ってきたところだった。廊下を歩いていると興奮したクレーメンスの声や魔術師たちの悲鳴が聞こえてきたので様子を見に来たのだという。


「盛り上がっておるのう。部下たちが息切れしておるから、ちと落ち着かれた方が良いですぞ」

「おお、シュレンドルフくん! いやはや、子どものようにはしゃいでしまってお恥ずかしい」


 ファーガスに指摘されてクレーメンスは恥ずかしそうに後ろ首を掻く。どうやらファーガスのおかげで我に返ったらしい。最初に会った時の穏やかな表情に戻っている。


「魔法具というのはね、昔は戦争のために発達していて、命の犠牲の上で進化していたんだ。しかし、ハイムゼート侯爵たち第一騎士団からの依頼は魅せるための魔法具の発明でね、人を楽しませて魔法技術を発展させることができて嬉しいんだよ」


 クレーメンスはアンジェリカの肩に手を置き、労うように叩く。


「新たな華の騎士よ、どうか魅せる戦いで国民たちに夢と憧れを与えてくださいね」

「我が通り名に懸けて、必ずや期待以上の戦いを見せましょう」


 アンジェリカは胸に手を当てて騎士式の礼を取った。


「ヴァッテンバッハ卿、ちょうど揃っていることだからグレアム卿に例の説明をしてもらってもいいだろうか?」

「もちろんですとも。それでは部屋を移りましょう」


 泊まり込みの準備をする魔術師たちを残して、アンジェリカたちは師団長室に案内された。

 クレーメンスが呪文を唱えると、本棚や机の引き出しの中から資料が飛んでくる。それらは机の上にきちんと並んで出番を待つ。


「第一騎士団の一員になったグレアム卿には伝えなければならないことがある。第一騎士団は魔王の捜索と討伐を最優先で任務に当たっていてね、闇属性の魔法についてヴァッテンバッハ卿から話を聞いてもらいたい」

「魔王……眠ったとされる存在が目覚めたというのですか?」


 ファーガスからも聞いていた魔王の目覚め。ギルベルトもまた口にしたことで彼女の中で現実味が増し、思わず唾を飲み込んだ。


(魔王討伐だなんてもはやおとぎ話に近いものだと思っていたのに、確実に現実のものとなってきている)


 神殿の書庫で女神の力について調べていた時に読んだ昔の魔王との戦いが脳裏を過る。一番に被害者となるのは国民。文字に記されていた惨劇が起こり得ると思うと背筋が凍る。


「魔物たちの頂点に立つ魔王が裏で糸を引いて、近年の瘴気やスタンピードを発生させていると我々は睨んでいるんだ」

「闇属性の魔法自体が滅んだとされているのに、魔王は闇属性の力を失ってはいないのでしょうか?」


「うん、良い着眼点だね。確かに今や闇属性の力は失われたと言われている。その力を持つ者は短命であったり、悲しい差別によって命を落とすことがあったからね」


 クレーメンスは眉尻を下げる。


 彼の言う通り、その昔、闇属性の人々はその力が原因で迫害を受けていた。闇狩りと呼ばれる悪しき命令を下した領主もいたため、罪もないのに処刑されてしまった人たちもいる。


「しかし、光があれば影が生まれてくるように、光属性がある限り闇属性は消えず、魔物たちはこの世から消えることはないかもしれないんだ。……というのもね、光属性の力を持つ者が闇属性の力を持つようになった事例が発見されたんだよ」

「属性が変わる? そんなことが本当に可能なんですか?」

「魔法自体が自然の力の上で成り立っているものだから、進化してそうなり得たのだと推測してるよ」


 アンジェリカの目の前に、書類がふわりと飛んでくる。表題には調査報告書と書かれていた。

 手に取った彼女は、その内容に目を通す。


 ある少女について書かれた記録だった。


『調査報告書(報告者:ナディヤ・フーベルトゥス)


パシュケ領ヴァイスの医師ハンネから連絡を受け、光から闇に属性変化を起こした患者の調査をした。


調査の結果、ハンネの連絡通り、患者は属性変化を起こしていた。


ハンネによると、ヴァイスに住んでいた少女エルケは、突如として属性魔法が使えなくなった。彼女は光属性のため彼の病院で助手をしていたが、力が使えなくなったため、病院を辞めた。

心配したハンネが家を訪ねて見たのは、影を操り自分を閉め出そうとするエルケ。彼女は闇属性の力が発現していた。

その魔力は彼女の身体の許容を超える量であったため、彼女の命を蝕んでいたとのこと。魔力過剰時と同じ吐血症状があったと、エルケのカルテには記されていた。

エルケは幻聴にも悩まされ、体力と精神の消耗が激しく、闇属性の発現が確認されて2週間も経たぬうちにこの世を去った。


彼女の遺体を調べたが、呪術の痕跡はなかった。残留魔法を調べた結果、闇属性の魔法と、わずかながら光属性の魔法が体内に残っていた。

1つの身体に属性が2つあったことから、この属性魔法が表裏一体であり、光は闇に属性変化する可能性があると結論するに至った。


この原因の追究、そして該当する国民の人命救助のため、特殊調査部隊の発足を希望する。』


 調査書に書かれた日付は13年前のものだった。副師団長ナディヤの指揮のもと、この調査は今も続いているようだ。

 

「他の事例は見られたのですか?」

「今のところはまだないね。フーベルトゥスが引き続き調べてくれているが見つからないんだ。闇属性になった者が人知れず苦しんでいないといいんだけどね」


 クレーメンスは魔法でヘレスツェンの伝承を記した古い本を浮かばせてアンジェリカに見せる。どの本にも黒い影のような姿の魔王が描かれている。中には見たことのない文字が並ぶ本もあった。


 その本の中に、リリアムの花を象徴する印を見つけてアンジェリカの心臓が大きく脈打つ。


「伝承によると、魔王は人の世に姿を潜ませている。我々は彼を見つけ出して今度こそ倒さなければならないんだよ。目覚めた彼の仕業で魔物被害が起きたり第二・第三のエルケを生み出してはいけないからね」


 クレーメンスはにこりと微笑む。


「幸いにも我々にはフィニス語を解読できるシュレンドルフ卿がいるから先人たちの記録を元に魔王を倒す手がかりを得られるかもしれない」

「わしだけじゃない。華の騎士様たちがいるから大丈夫じゃろう」


 ファーガスはアンジェリカを一瞥した。受け止めた彼女は、思わず右手の甲をおさえる。彼が何を言わんとしているのかは分かった。

 ラオホルの森の近くで彼から解放してもらった、女神から与えられた力。それがどのような力なのかもまだわかっていないが、彼はその力で一緒に戦おうとしている。


(何の巡り合わせかわからないが、騎士としてこの力で民たちを守りたい)


 決意を決めた彼女は、こくんと頷いて見せた。


「いやはや、実に心躍る展開だと思わないかね?」

「……は?」


 ギルベルトが口にしたのは先ほどまでの場の空気にそぐわない言葉。アンジェリカは間の抜けた声を出してしまった。

 彼女が騎士としての使命に燃えていたその隣で、上官はこの一大事を暢気にも見世物のように思っているようだ。


「魔王との戦いなんて壮大な任務が始まれば、今までにない演出ができるだろう! こんなおいしい機会に巡り会えるだなんて我々はツイている!」


 深刻な話をしているというのに、この上官はすっかり楽しんでいる。

 魔王が目覚める時代に居合わせてツイているだなんてどうにかしているとアンジェリカは思ってしまった。


「最高の演出、歴史に残る感動の提供、魔王討伐には我々を彩る魅力の場面が詰まっている……!」


 もはや魔王討伐をエンターテイメントとして見ているギルベルト。来るべき日に備えて温めている演出の数々に想いを馳せて恍惚とした笑みを浮かべている。 


(この人はやっぱり、演出の事しか頭にないんじゃないか……?)


 アンジェリカは先が思いやられてしまい、ひっそりと溜息を零した。


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