■〈それ〉に目をつけられてはいけません。
かさごさか
これは人から聞いた話
■〈それ〉が一般市民に見つかってはいけません。
■〈それ〉に名前を付けてはいけません。
下校する児童で賑わう通学路。中学年ほどの女子が四人、道端で立ち止まり顔を寄せ合っていた。それは傍から見ると井戸端会議のようでもあった。
「ねぇ、知ってる?」
「何?」
「祟り神がいるってやつ」
「えー何それ?」
「わたしも聞いた話なんだけど」
ひそひそと密やかに伝えられたそれは、
曰く、この付近に祟り神がいるらしい。
曰く、ある規則に従った道順で会いに行けるらしい。
といった具体性が何一つ無い、所詮、子どもの噂話であった。それでも彼女たちはその噂話から恐怖を感じ取ったのか定かではないが、「えー?」「こわーい」と口々に反応し、次の瞬間には別の話題へと移っていた。
■〈それ〉に触れてはいけません。
■〈それ〉と目を合わせてはいけません。
昼休み、主に学生で賑わう購買部も兼ね備えた食堂。醤油ラーメンをトレーに乗せ、一人の男子学生が一つだけ不自然に空いている席に座る。持つべき者はやはり友人である。こうして混雑時の食堂でもスムーズに着席ができるのだから。いや、それ以外にも感謝するべきことはあるだろうが。
「なぁ、祟り神って知ってる?」
麺を勢いよく啜っていると突然、友人が耳を疑うようなことを話し出した。
曰く、この付近に祟り神が住んでいるらしい。
曰く、それに目を付けられたら祟られるらしい。
「祟られるって、どうやって? あれか、もじゃもじゃしたやつみたいになんのか」
「いや、オレも妹から聞いた話だから・・・まぁ、もじゃもじゃしたやつみたいになるんじゃねーの?」
「神よ、なぜ荒ぶるのかーって言われる側になるのか・・・」
オカルト好きなところがある友人なので、小学生だという妹の話に影響されたのだろう。
その祟り神の話には具体性が何も無い。子ども騙しの都市伝説だな、と男子学生は友人の話を鼻で笑い、メンマを口に運んだ。
■〈それ〉に知性は無いように見えます。
■〈それ〉には意思が無いように見えます。
通勤、通学ラッシュも和らぎ始めた時間帯。朝というには遅いが、昼というにはだいぶ早い頃に男が一人、駅に降り立った。彼は記者である。主にオカルト現象について記事を作成しているのだが、最近どうもウケが悪い。世の中が不況だとオカルトというジャンルは衰退していく一方であるというのを実感していた。
それでも、生活のためには記事を書かなくてはいけない。幸い、男自身がオカルト好きであり、探究心に比例した行動力を持ち合わせていたため今日もこうして取材に訪れたわけだ。
二両編成の普通電車から降り、無人駅を通り過ぎるとそこは住宅街の中心であった。近くに学校もあるのだろう。遠くで懐かしいチャイムの音がした。
この土地を訪れたのはとある噂について記事を書くためである。
この町には祟り神がいるという。
この町は数十年前に大規模な地区開発が行われており、いわゆる歴史の浅い町であるということは事前調査でわかっていた。そんな町で祟り神の噂が流行るとは、何も収穫がない可能性が高そうだ、と男は思いつつ、曖昧な内容になりそうな記事の書き出しを考えていていた。ここに来るきっかけとなったネット掲示板に書き込んだ主も「人づてに聞いた話」だと前置きをしていたので本当に何も出て無いかもしれない。
その掲示板に書いてあったことには、
曰く、とある町には祟り神が住んでいるという。
曰く、ある規則に従った道順を通ることで会いに行けるという。
曰く、目を付けられてはいけない。・・・
などのように、ありきたりな遭遇の条件と注意事項だけで具体的な道順や、何をしてどう祟られるのか、については一切、書かれていなかった。その時点では、男は祟り神の噂に興味を示さなかったが、男がもう寝ようかと思っていた時、一つの書き込みが目に止まった。「道順です」という、たった一言の書き込みと地図の画像。何の道順かというのは明記されていなかったが、男は先ほど話題に挙がった祟り神へ繋がるものではないかと、何故だかわからないがそう確信した。今思えば、あれは記者の勘のようなものだったのかもしれない。
夜中に寝ぼけながらも保存した地図を頼りに、男は住宅街を歩き始めた。
■〈それ〉と意思疎通を試みようとしてはいけません。
画面を見ながら足を進める。傍から見ると歩きスマホだと非難されるような姿勢で歩いていたので、男は気づくのが遅れた。
周囲が住宅街ではないことに。自身が霧に包まれていることに。
いつ、どこを通ってこんな場所に辿り着いたのか、全くわからない。ただ、足下には石畳の道が続いていた。男は、寺社仏閣でよく見る灰色の石畳に沿って歩いて行く。その道は白い木造のものの前で終わっていた。
それは昔懐かしい百葉箱のようで、通気性のために作られた隙間からは黒い液体が絶え間なく滴り落ちていた。
辺り一面は白く、百葉箱のようなものの他には何かが漂っているだけであった。それが何であるか形容する言葉を男は持ち合わせていなかったが、これは誰が見ても形容しがたいだろう。ただ、男は百葉箱のようなものの上を漂うそれを見て金魚のようだ、と思った。
「あの、」
男の中に疑問は何一つ浮かんでいなかった。これは確認作業である。無意識に自身の心臓がある辺りの服をを掴み、目の前を漂うモノに声をかける。
「あなたが・・・祟り神ですか?」
漂うモノは男に顔を向ける。彼を認識する。
「
■〈それ〉に認識されてはいけません。
※緊急※
〈それ〉が生息域から消えたとの報告がありました。職員は規定に従い捜索を開始してください。発見報告を最優先とし、被害状況に関しては随時、報告で構いません。
報告
〈それ〉が生息域に戻ったとの報告がありました。本日をもって捜索は終了とします。また被害状況の報告は引き続きお願いします。
報告
四十代男性(職業・記者)が自宅のアパートで死亡していた、とニュースで放送されました。死因は溺死。その他、まるで家の中を水で満たしたように至る所が濡れていたとのことでした。我々はこれを被害報告とし、こちらでも調査をしていく予定です。
通達
〈それ〉に関する話題が噂として拡散されているようです。
■〈それ〉が何であるかを職員以外が知ってはいけません。
黄昏時も過ぎたバス停、ジャージを着た女子学生が数人、横並びになり話していた。バスが来るまで数十分もある中、誰かが「あ、」と思い出したように声を零した。
「・・・ねぇ、知ってる?」
■〈それ〉に目をつけられてはいけません。 かさごさか @kasago210
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます