鉄砲伝来秘話

タカテン

どうやって鉄砲は戦国大名を魅了したのか?

 今作はフィクションです。

 怒らず、笑って読んでください。





 天文15年(1546年)春。

 うららかな陽気に波も静かな瀬戸内海を、一隻の商船が帆を上げて東へと進んでいた。

 

 もっとも商船と言っても、二形船ふたなりぶねや弁才船のような大型船ではない。

 ずっと小型……と言うか、帆に堺商人である椿屋の旗を括りつけてあるからそう呼んだだけで、実際は商船ではなく普通の漁船である。

 

「てか、ホンマに大丈夫なんでっか? 頼みまっせ」 

 

 そしてこの漁船の持ち主・磯部惣兵衛いそべ・そうべえは、出航してから同じ言葉を何度も何度も繰り返していた。

 

「大丈夫大丈夫。何の問題もありませんって。なぁ、ケンちゃん?」

「うむ。大船に乗ったつもりでいるがいいぞ」

「そうそう。って、めっちゃ小さい船やないかーい!」


 心配性な惣兵衛に対して、大笑いするふたりの男。

 ひとりは堺商人であり、鍛冶屋の椿屋又三郎つばきや・またさぶろう。ノリのいいツッコミ担当である。

 そしてケンちゃんと呼ばれた男は、自称楠木正成をご先祖に持つと豪語する紀伊国の武将・津田監物つだ・けんもつ監物けんもつだから、ケンちゃん。真面目な顔をしてボケをかます担当だ。

 

「そないなこと言うて、海賊に襲われたらどないしますん? ちゃんと約束通り、無抵抗で荷を渡してくださいよー。ワイの船、沈められたら許しませんでホント」

「いや、そやから大丈夫やって、船主。見てみなはれ、うちのチンケな旗の隣で、瀬戸内海の風に堂々とはためく十字紋を。島津でっせ、SHIMAZU! あの島津の家紋を見て喧嘩売る海賊なんておりゃしませんて」

「そやかてワイ、島津なんて遠くの国の事なんかよう知らんし」

「船主よ、ならば教えてやろう。島津は我ら武将の間では『首置いてけ一族』と恐れられておる」

「なにそれめっちゃ怖い!」


 惣兵衛は震えあがりつつ、ちらりと船首に佇む人物を見た。

 実は「堺に戻りたいから船を出しやがれコノヤロウ」と無茶を言ってきた又三郎とケンちゃんには、もうひとりの連れがいた。

 なんと女性である。しかもピチピチの、若くて、美しい女の子である。

 さらにさらに、又三郎が言うにはお姫様だとのたまうからこれまたびっくり!

 これには日頃から「俺の船に女・子供は乗せねぇ!」と硬派を気取る惣兵衛もつい乗せてしまった。

 

「となると、あの子はその首狩り一族のお姫様なんですかい?」

「うんにゃ。彼女は島津と同盟を結んでいる種子島家の姫や。なんでも将来は島津に嫁ぐそうやから、そやったら今からでも十字紋掲げてもええやろと思ってな」

「……あんさん、ええ度胸しとりはりまんなぁ」


 惣兵衛は呆れた。

 が、首狩り一族の姫となると、それはもう妖怪の類とほぼ変わらないから話しかけるのもくわばらくわばらだが、まだ嫁ぐ前となれば自分と変わらぬ人間だ。

 

「あんさん、種子島家のお姫様なんですってなぁ」


 ぽえーとしている姫様に、思い切って話しかけてみた。それに実は船に乗せた時から気になっていたこともあった。

 

「はい、種子島のお姫様ですよー」

「軽っ!? まぁええわ。それより姫さん、そのずっと大事そうに抱えられておるもん、一体なんですのん?」


 そう、種子島の姫が抱えるのは4尺ほどの鉄の棒だ。

 槍にしては短く刃がついておらず、金砕棒にしては太さが足りない。おまけによく見たら棒の真ん中が繰り抜かれていて、添木がしてある。

 

 惣兵衛にはそれが何なのか全く分からなかった。

 ただ、若い女性が持つには似つかわしくないと感じていた。

 

「これ? これは種子島ですよー」

「いや、種子島は姫さんとこのお家でしょ? ワイが聞いているのは、その鉄の棒のことで」

「うん。だから種子島」

「いや、だからそうやのうて。ああ、もうええですわ、それが種子島ってことにしておきます。そやけど、となると姫さんのことは何て呼べばいいんでっしゃろ?」

「んー、宣教師のおっちゃんたちは『からみてぃーじぇーん』って呼んでたよー?」

「か、辛味亭?」


 惣兵衛の頭の中を「毎度馬鹿馬鹿しい辛味をひとつ」と、姫が小噺をする風景がよぎった。

 

「あー、それな、長くてめっちゃ言い辛いやろ。そやから姫のことは姫と、うちらは呼んでるで」


 話を耳にしていた又三郎が助け舟を出す。

 

「えー、からみてぃーじぇーんって呼んでよー。かっこええのにー」

「カッコいいって、姫はその意味を知らないであろうに。いや、拙者も知らぬが。と言うか、宣教師どももよく分かってないまま言っていたような節がある。そもそもあやつらの使う言葉とも違う言語っぽいしな」


 全くいい加減なものである。

 惣兵衛は本日二度目の呆れを決めた。

 

 その時だった!

 

「ヒャッハー! 命が惜しければ荷物を全部置いていきなぁぁぁぁ!!」


 どこからともなく海賊船が現れた! しかも一隻、二隻、三隻とどんどん数を増やして惣兵衛の船を追ってくる。

 

「うへああああ! やっぱり海賊が出たー!」

「ほう。十字紋にも臆せぬとは無謀な奴らやなー」

「それだがな又三郎よ、武士ならばともかく、普通の海賊なら島津の十字紋なんて知らないんじゃなかろうか?」

「それな!」


 それな、じゃあらへんわっ! 思わず又三郎の胸倉を締め上げる惣兵衛である。


「まぁまぁ、慌てなさんな、船主。こういうこともあろうかと、こちらもちゃんと準備してある」

「ほ、ホンマでっか!?」

「ホンマホンマ。てことで、姫、頼みまっせ!」


 ケンちゃんの言葉に実は近くに護衛船を忍ばせていたのかと期待した惣兵衛は、しかし続いての又三郎の言葉に絶望した。

 海賊に姫さんぶつけてどうするん? あんたらアホなん?

 絶望のあまり、惣兵衛の頭を脇に抱えて力いっぱい絞り込む。

 死ね。死んでしまえ。


 と、その惣兵衛の目に種子島の姫の姿が映った。

 相変わらずぽえっとしているものの、いつの間にか片膝立ちとなり、謎の鉄の棒を目線の高さにまで平行に持ち上げている。

 

 棒の先端が向けられた遥か先、そこにはおそらく海賊たちの頭領と思われる偉丈夫が、赤フン一丁の姿でフロント・ダブル・バイセップスを決めていた。


「姫、海の揺れを計算に入れるのを忘れるな」

「了解でーす」

「相手が弓を射って来る前に頼むでー」

「はいはい、かしこまりー」


 三人の軽妙なやりとりに、惣兵衛は混乱した。

 一体こいつらは何を言ってますのん? まるで姫さんが相手を射抜くようなことをおっしゃってますけど、肝心の弓を持ってませんやん。代わりに持ってはるのはなんだかよく分からない穴の開いた鉄の棒で――。

 

 ドウゥゥゥゥゥンンンンンッッッッッ!!!

 

 突然の爆音に惣兵衛は一瞬、雷が落ちたのかと錯覚した。

 が、空は相変わらず雲一つない晴天で、波は穏やか。

 ただ、姫さんの抱えていた鉄の棒の先から白い煙がゆるやかに空を舞い。

 フロント・ダブル・バイセップスからサイド・チェストへと移行していた海賊の統領の首が、いつの間にかなくなっていた。

 

「うっひょー。相変わらずエゲツナイ破壊力やなぁ、姫の44種子島マグナムは!」


 脇の下で歓声を上げる又三郎の言葉に、惣兵衛はさらに混乱を極める。

 え? どういうことなん? まさか、あの姫さんが、あのぽえええとした女の子が、今のをやったと言うんかいな!?

 

 ドウゥゥゥゥゥンンンンンッッッッッ!!!

  

 再び雷鳴が轟く。

 そして惣兵衛は今度こそ見た。

 姫さんの構える鉄の棒から何かが物凄いスピードで飛び出し、海賊の身体をバラバラに吹き飛ばすのを。

 

「しかも威力だけじゃなく、この回転力の速さと来たらどうだ! 普通ならどれだけの熟練者でも20秒はかかるところを、姫のは5秒でやってのける!」

「ああー、姫ぇ、その44種子島マグナムを一度解剖させてやぁ。その威力と連射性を他のでも再現出来たら、種子島は売れるでぇ、売れまくるでぇ!」

「あかんよ、この種子島は姫のすぺしゃるだもん。解剖なんかさせないよーだ」


 ちなみにこの44種子島マグナムだが、宣教師が持ち込んだものを姫が適当に解剖し、適当に組み立てたら出来上がったもので、他の職人たちはおろか、姫自身も再現できてはいない。

 とにかく気が付いたら口径まで大きくなっていたという神の奇跡、もしくは悪戯が生んだ一品である。

 

「あははー、神の教えに則って、さーちあんどですとろい、きるおーるぜむでーす!」

「そうだ姫! 右手の頬を殴られそうになったら、その前に殴りつけろ、だ」

「間違ってても島津のキリストはんは『誤チェストでごわす』で許してくれるさかいなー」


 結局、姫が海賊たちを殲滅するのに一分もかからなかった。

 これが種子島――鉄砲を用いた日本初の戦闘である。


 もとよりその殺傷能力には自信があったが、これで自信が確信に変わった三人は、その後もいたるところでこの姫専用44種子島マグナムを使って悪を懲らしめ続けた。

 それが種子島の宣伝だったのは言うまでもない。噂を聞きつけた戦国大名たちが我も我もと種子島を買い求め、鉄砲伝来からわずか十年ばかりで種子島は日本各地に拡散。戦国時代の戦を変えたのである。

 

 ちなみにようやく手に入った種子島を試射した戦国大名は、悉く同じ言葉を呟いたそうである。

 

「あれ? 威力弱くね?」と。


 終わり。

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