退部叶わず…
「里村君って、クリスマス暇~?」
江上の言葉に、教室中の視線が集まる。
隣の席に座る染谷も例外ではなく、氷の様に冷たい視線をこちらに向けてきた。
「俺に予定なんかあるわけないだろ!」
半ギレである。
何が楽しくて衆人監視の下、聖夜にボッチなのを白状せにゃならんのだ。
自分が陽キャなのを良いことに、マウントを取りに来たとしか思えない。
「良かった! 染谷さんも空いてるかな?」
「ついでに聞いてくれて有難う。その日は空いてるけど、それが何……?」
「授業が終わった後に、合唱部員の皆で教会に聖歌を歌いに行こう!」
俺達に話しかけてきた目的が判明するやいなや、クラス中の視線が外れていった。
心の声を代弁するなら「そんなつまらない目的ならどうでもいい」といった所か。
俺だって、寒い中に外出するとか嫌なんだけどな。仏教徒だし。
「里村君が伴奏を弾いてくれるなら、教会で歌ってもいいよ」
「染谷!?」
いくら友人といえど、そこで連帯感だしてくるのは違うだろう!
染谷は俺を一瞥してから、教科書等を持って教室を出て行った。次は選択科目の授業なのだ。
「んじゃ、里村君も参加~、っと」
「相変わらず強引だなっ」
「ふふーん」
でもまぁ、一人暮らししてから初めてのクリスマスなので、江上の誘いが無かったら、真の意味でのクリボッチを初体験するところではあった。
――退部届もまだ出せずにいるし、今回は巻き込まれておくか……。
世間一般で恐れられている事態を嬉々として受け入れる程マゾではない。
「そろそろ移動しとく」
「あー、待って! 一緒に行こう」
教科書やノート等を手に席を立つと、江上も一度自分の席に戻り、荷物を取って来た。
教室から出て、二人並んで廊下を歩く。
違うクラスの奴等が振り返ったりしているのは、変な組み合わせだと思っているからなのか、はたまた江上に見惚れているからなのか。
周囲に人が多いというのに、江上は唐突に重要な話を始めた。
「お姉ちゃんね。学校の合併やめるって」
「へー、って、ええ!? それ本当なのか!?」
「本当だよ~。というか、君がお姉ちゃんを説得してくれたんでしょ? どうして今更驚くの?」
「成功してたと思わななかったんだよ」
瑠璃さんと奇妙な取引をしたのは二日前になる。
ショパンのスケルツォを弾いた後、彼女はノラリクラリと俺の質問から逃げたので、結局何がなんだか分からないまま終わった。無力感を感じていたのに、その後、姉妹二人で話していたとは……。
色々思うことは有れど、取り敢えず音大付属との合併の話がなくなって良かった。
――瑠璃さん、他の件はどうする事にしたんだろな。
足を止め、廊下の窓から理事長室の方を見る。
当然ながらこんな所から彼女の姿が確認出来るわけもなく、物足りない気分になった。
「お姉ちゃんね、栗ノ木坂音大を受験するって言ってた。コンクールにも出来るだけ出るんだって」
淡々とした感じに伝えられた新情報に、俺は目を見開いた。
これだけ嬉しいと思うのは久し振りなので、うまく反応出来ない。
「そう……なんだ。良かった」
「うん。色々有難う。里村君にとって、お姉ちゃんは特別な存在なんだね」
「は!? いや、まぁ……否定はしないかな!?」
「そんで、お姉ちゃんは君の言う事は聞くんだね。私には頑固なのに」
「え……?」
何故かジト目で見られている。
もしかして瑠璃さんと仲が良い俺に嫉妬してるんだろうか。百瀬生徒会長みたいに。
「でも、残念だね~。お姉ちゃんと付き合いたいなら、まずは妹である私の許可を貰わないとね?」
「……脅しには屈しないぞっ」
「いいのかな~? お姉ちゃんに君の悪口言っちゃうかも~」
「なんだとっ、この悪魔め!」
江上に対する軽率な言動の数々を思い出し、青ざめる。
恐ろしい女だ。
完全な優等生だと俺に思わせておいて、心の奥底では、姉に相応しい男なのかどうか見定めていたとは……。
「これから二年間、合唱部で私の為に伴奏して! 拒否なんてぜーったい許さないんだから!」
「ふっざけんな!」
彼女はべーっと舌を出し、駆けて行く。
その華奢な後ろ姿を見送ってから、俺はガクリと崩れ落ちた。
授業を受ける気力がもう消失してしまった……。
そのうち退部してやろうと思ってたのに、これでは実行出来ない。
あの調子じゃ、向こう数年間瑠璃さんに告白するのだって難しいだろう。
漆黒色に染まりつつある高校生活を思い、俺は絶望したのだった。
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次作も宜しくお願いします
幼馴染にフラれた無気力な男、クラスのアイドルの為に伴奏者となる @29daruma
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