Aの種
koumoto
Aの種
ネット上の小説投稿サイトに詩や小説を執筆することを習慣としているAは、同時に殺人をも習慣としていた。民兵なのだ。
アパートを出て、瓦礫を踏みながら学校へと向かう。校舎にはバリケードが張られ、敵性分子が立てこもっている。
テントで上官から渡されたライフルを手にして、じっと校舎を見つめる。割れ残った窓ガラスが、どんな図形をなしているか、暇つぶしに観察していると、人影が見えた。
Aは引き金を引いた。周りにいる、Aと同じような、フリーターや失業者やチンピラくずれからかき集められた民兵たちも、各々にやたらめったらと撃ちまくった。
割れ残ったガラスは砕け散った。人影は見えなくなった。死んだかどうかはわからない。
「ごくろうさん」
と、上官のおばさんから労われた。
「これ、いつまで続くんですかね」
「さあねえ。まあ、降伏しないなら、みんな死ぬまでだと思うけど。放っておけば出てくるし、出てこなくても、どうせ死ぬでしょ。まあ、今日はとりあえず、日暮れまでここをお願い」
「わかりました」
「見えたら、撃つだけだから。気楽な仕事でしょ?」
「ええ、飲食店よりはよほど」
その後もAは散発的に射撃して、日が暮れるとライフルを返却し、アパートに帰った。途中でコンビニに寄る。弁当と野菜ジュースと雑誌をレジに持っていく。
対応する店員の笑顔を見ながら、以前ここで働いていた外国人の店員をAは思い出す。ずいぶん無愛想だったが、Aが肉の多い弁当ばかりいつも買っているのを見て、「野菜ジュース、飲め」と、言葉足らずな忠告を唐突に告げた。担架で運ばれる敵性分子の死体のなかに、彼の顔を見つけたのも、ずいぶん前のことに思える。
レジ袋を手にさげ、肉まんを食べながら、帰宅する。AはPCに向かい、小説投稿サイトにまた新たな文章を投稿した。ひどい出来だった。もともと、文才などないのだ。ただ、惰性のように書いている。言われた場所でひたすら待って、言われたとおりに銃を撃ち、コンビニで買った飯を食べて、眠れないのに眠ろうとする。それだけの日々に、耐えられないからだ。言葉をつむいだところで、なにが起きるわけでもないし、眠れるわけでもないのに。
冷蔵庫を開けて、紙パックの野菜ジュースを取り出す。冷蔵庫には、野菜ジュースばかりが敷き詰められている。Aはいつからか、出かけるたびに野菜ジュースを買ってしまう。好きでもないのに。
弁当を食べながら小説投稿サイトの画面を眺めていると、サイト内でキャンペーンが開催されているのを知った。
Aはひたすら、他人には意味不明瞭な文章を投稿し続けているだけで、それ以外には無頓着だった。サイト内の他の書き手にも興味はないし、自分の文章への反応もとりたてて気にしない。というか、そもそもほとんど読まれていないし、感想を書かれたこともなかった。ただ、言葉を吐き出すのをやめられないだけだ。
サイト内のキャンペーンとは、運営側の提示したテーマに添って作品を書いてみよう、というものだった。既に何度か行われているキャンペーンのようで、サイトを盛り上げるお祭りのようなものらしい。今回のテーマは“種”とのことだった。
Aは気まぐれに、そのキャンペーンに参加してみようと思った。参加条件もろくに読まず、キーを打ち、書きなぐり始めた。
紙パックの野菜ジュースを手に取り、記載されている原材料名を眺める。そこに載っている野菜たちが、Aの書く小説の登場人物だ。種からすくすくと育ち、立派な野菜になり、仲間の野菜たちと出会い、有害な農薬を散布しようとする悪徳業者を、説法によってこらしめるという、荒唐無稽なストーリーだった。
「ぼくたちを、
純粋無垢なアスパラガスが、ヘリコプターに向かって絶叫するクライマックスを書きながら、Aはふと気づいた。
自分にとっては、自分の書く言葉こそが、種なんだ。たとえそれがだれにも読まれず、芽吹くことなく死ぬ運命でも。それでも、種をまくことをやめられないのだ。自分が正気を保つためには。自分がまだ正気だとするなら。
明け方近く、Aは野菜たちの波乱万丈の冒険譚を書き終え、サイトに投稿してから、眠れない眠りを眠った。次はだれを撃つことになるのか怯えながら。
Aの書いた野菜たちの物語は、三万字を越える、それなりの長さの作品だった。サイトのキャンペーンが募集しているのは短編で、参加条件には千二百字から四千字までだとしっかり規定されていた。ルールを違反しているAの作品は、自動的に弾かれた。
Aの種は、相変わらずだれにも届かない。
Aの種 koumoto @koumoto
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