荒ぶる神の崇め方

@piyomaru0527

序章:訪れた、「最悪」

それはまだ人類が地上に誕生して間もない遥か昔の事、

国生みの神<伊邪那岐>は天界、下界、黄泉までをも

我が物にしようと企み自分に立ちはだかる神達を殺し始めた。

それは<神殺し>として広く神々の間で知れ渡り恐れられる様になった。

その神殺しに立ち向かったのは同じく国生みの神<伊邪那美>であった。

二神の戦いはそれはもう激しいものとなった・・・・

どれだけの時が過ぎ去ったのだろうか。


伊邪那美もかなりの深手を負うこととなったが伊邪那岐を打ち倒し、

その野望も潰えることとなり全ては守られた。

平和が再び戻ったのであった。

この戦いは後に<最古の大戦>として全神の間で記憶されることになる。

遠い遠い昔の話だ。


そして、ここは古から時代は移り変わり文明の進んだ現代のとある小さな田舎町。

朝の爽やかな空気から既に昼間の陽気へと変わり果てた時刻だ

海、山、川に畑と田舎の景色と微睡んでゆったりとした趣きに少し目を瞑れば

フワフワとそのまま眠りに誘われてしまいそうだ。

しかし、町並みを外れ脇道に入り山道を進んだ小さな家からはその微睡みとは

かけ離れた騒々しい物音が響いていた。


―ガタン!!


「テ・ラ・ス!起きろー!!」

「ぬうぅぅぅぅっ、」


そこにはぐいーっと、布団を引っ張る1人と

それとは対照的にぐぐぐぐぐぐ、と布団にしがみ付く1人の姿が・・・・


「あと5分・・・・いや、3分で良いのじゃぁ!」

「こんな筋トレあと3分も続ける気かぁ!?」


顔を真っ赤にしてこれでもかと強く布団を引っ張り合う


―ふざっけんな!


気を許すと布団を持ってかれそうなので心の中だけで叫ぶ


「あああー!もういいっ、八咫郎剥ぎ取れ!」

「御意」


そこにぬぅっと現れたのはかなりの大男でしかも相当なお顔付きである、

強面というやつだ。

この大男が腕一本で事を解決した。

バサァ、と音を立てて布団が宙に舞い、

それと同時に布団にしがみ付いていた人物も盛大な勢いで転がって壁にぶつかる。

ゴォーンという物音が鳴り響いたが布団を引ったくった側は全く気にしていない。


「痛ーいのじゃぁぁあー!」

「ほら、起きたらさっさと支度してくれますかねぇ」


あたしはいそいそと舞い落ちた布団を拾い、片づける。

枕まで盛大に吹っ飛んでいたが労わる気等これっぽっちも無い。

被害者ぶりながら頭を押さえながら涙目で訴えて来る。


「もっと神を丁寧に扱わぬか!」

「黙れ大酒呑みが!駄目神が!毎日二日酔いで寝坊てどこのおっさんよ!」

「天照様、もう少しお嬢を見習って下さい」

「なぁっ!?八咫郎!お主は我の固有式であろう!!」

「今のご様子は駄々を捏ねる子供同様です」

「全く。ほんじゃあ、外で周りの結界の状態確認しとるから」

「はっ。早急に支度させます、お嬢」


あたしはドアノブに手を掛け外の陽を浴びた。


―はぁ・・・・ったく、何が神だっての、ただの飲んだくれやってあんなの


ほぼ毎日変わる事の無い出来事にあたしも八咫郎もため息しか出ない。


「ん~、良い天気」


でも少し外の穏やかな雰囲気に少し落ち着く。


「ふぅー・・・・さてっと、」


神経を研ぎ澄まし数キロ先まで霊解を飛ばして

周りを探って町に異常が無いか調べる。

怪異の出現、結界の破損、この地域の神の状態を

把握し今日の仕事の優先順位を付ける。

<霊解力>とは霊を解し力へと変える第六感的能力の事で

人間で霊解力を持つ者は極僅からしい、テラス曰く。


「お待たせいたしました。」


八咫郎も出発の準備が整った様だ。

身支度を終えた八咫郎が後ろから声をかけて来た。


「今日も素晴らしく美しい霊解です、お嬢!」


振り返らずに返事だけを返す。


「あぁ八咫郎、ランチも詰めてくれた?」

「勿の論です!」

「・・・・ありがと。」


―勿の論て・・・・アンタもどこのおっさんや


この強面はさっきの駄目神、<天照大御神>の固有型式神で

八咫烏の八咫郎で身体、容姿の見た目はかなりのハイスペックだが

なんてゆーか・・・・古臭い。

生成されて何百年も経つからし、

主が老いを感じない神だから仕方ないのかもしれないが。

だが、その見事な執事スキルはそんなことを忘れさせる程のスマートさで

家事全般を一人で担い料理はそこら辺のシェフ顔負けの腕前で、

八咫郎お手製の激辛カレーは地球一美味しいと言えるだろう。


「もう八咫郎の手作りランチだけが毎日の楽しみやわ、ほんま」

「お嬢、我が主が大変ご迷惑を・・・・申し訳ございませんんんん!!」


大声で謝罪しながら足元までスライディングで滑り込んで来て

土下座をかましてくる・・・・


―古風お決まりのド熱血か・・・・


「いや、あれは連帯じゃない。個人責任やね。」

「天照様の寝坊のお詫びとして今日のランチはお嬢の一番好きな

 激辛唐揚げをご用意致しました。」

「その申し訳ないの精神を少しでもええからご主人様に

 お裾分けしてもらえんかねぇー・・・・」


毎晩毎晩、弱いくせに潰れるまで酒を浴びているシーンが

スッと脳裏に思い出される。

そんな事を思っていると呑気に駄目神が御出でなさった。


「ふぁー!おお、良い天気じゃなぁ!」


―悠長に天気の感想ですか・・・・うん、殴りたい


テラスが人型からミニマム型になっている。

人間界で用事があったり、必要とする時には人の姿に変身するが

それ以外の時はミニマム型といって小さな妖精の様な姿で過ごしている。


「こんな良い天気の日に労務とは気がすぐれんのぅ」

「はぁ!?」


寝坊しておいてこんな戯言を言う始末だ。


「なぁ、紅蓮よ。こんな日は午後の陽気に当たりながら

 ゆっくりと転がらんかのぅ~」


ピクっと、こめかみの血管が収縮する。


―そもそも、日中の結界と聖域、町の瘴気の見張りは

 神であるアンタの仕事やろが!!


日中は寺院、神社、町の結界、瘴気の抹消、聖域の管理を

三人で行い、夜はあたしと八咫郎がバイトに出かける。


「天照様!い、いい加減にして下さい!」


あたしの怒りを察知した八咫郎が慌ててテラスに詰め寄るも

当の本人にはいまひとつ効果が無い様で


「だって眠いもん仕方ないじゃろうに」


と開き直っている。


「ほぉ・・・・?」


沸々と怒りが込み上がり、

それと共に霊解も震えだして辺りの空気が振動し大地までも揺れだした。


カタカタカタカタ・・・・


「ひぃっ!・・・・お、お嬢!?」


八咫郎の顔が青ざめ、その見た目に似合わず情けない声を出した。

それに気が付いた様で連動して駄目神もハッとする。


「おお、落ち着くのじゃ紅蓮!」

「あたしの気があまり長くない事は知ってますよねぇ?天照大御神様ぁ??」

「じょ、冗談じゃ、冗談!

 ほれ、ここ最近お主も多忙であったじゃろう!?」

「あたしが年がら年中忙しいのは9割方アンタのせいや!!」


必死に謝るテラスだったが少しばかりイライラが行動に出てしまった。


「・・・・ぬぅ」


ヒュウゥゥゥー


全長3mにもなる巨大な八咫烏の姿に戻った八咫郎の

大きな背中に乗って大空を舞う。

テラスはその横を頭をさすりながら自力飛行している。

勿論この飛行は一般の人間には見えないように

テラスの<隠密の結界>が張られている。


「何テラス、まだ拗ねとんのー?」

「ふん。当たり前じゃ・・・・」


先程据えたお灸がまだ気に入らないらしい。


「天照様が悪いです。」


八咫郎がハッキリと言い切るとしれもまた気に入らない様で


「何故じゃ!そもそも神とは崇め奉られる存在じゃぞ!?」


―この駄目神め、何が崇め奉られるなんよ・・・・


「あのね!崇め奉られる神様ってのはちゃーんと自分の責務を果たして、

 世の中の平和を保つ神様の事を言うんであって、テラスみたいに

 毎晩潰れるまで酒飲んで自分の仕事他人にやらすような神は消滅しろ!!」

「んなぁぁっ!!?」


ガァアアアン!!


というようなショック音が聞こえてきそうな顔をしている

これもまた古臭い・・・・

テラスの目が白黒としている。


「消滅、じゃと・・・・」


自力飛行していたテラスがフラフラしだした。


「この天照大御神様が消滅じゃとおぉぉぉぉ!!?」

「自分で様を付けるな。」


てゆうか、そもそも一般人が信仰するあの<天照大御神>の姿とは

あまりにもかけ離れ過ぎていると思う。


―誰が毎晩、人のバイト先のBarで人間の姿に扮して潰れるまで

酒を煽る神を崇め奉るのか教えて欲しいもんよ


「うーるさい!これ以上ガタガタ言うたら今晩、酒抜きね。店来んなよ?」

「よぉし!張り切って労務に励むぞ☆」

「・・・・これが我が主」


八咫郎の引き具合が凄まじい。

しかし、引き具合とは裏腹に飛行速度は大凡、時速80キロ程で快速だ。


「お嬢、そろそろ野郎との待ち合わせ場所に到着致します。」

「りょーかい」


今年も、もう<あの日>だ。

あたしら3人を待ち合わせ場所に

呼び出した人物の要件は聞かずとも理解している。


「月日が流れるのは早いもんじゃのぅ・・・・」


さっきまで騒いでいたテラスが真顔で呟いた。


「もう8年かー。なんか実感無いわ。」

「何を言いますかお嬢!

こんなに立派になられてっ・・・・あの時はもう駄目かと!!

その左目の紅眼を戒めにし、あの日を忘れぬようにといつもっ、」

「はいはい。

 この左目のせいで良い歳して中二病扱いされるこっちの身にもなれっての」


8年前の出来事が切っ掛けで左目だけが紅く変色してしまったのだ。

なので大体、初見の人間からは冷ややかな目で見られがちで

大変鬱陶しいのである。


「何が中二病ですか!?その左目は偉業を達成した証です!」


当時の事を思い出し八咫郎がヒートアップしている。

声が潤んで今にも泣き出しそうな勢いだ。


―これが父親(オヤジ)じゃなくてほんま良かった・・・・相当面倒そう


「はぁ・・・・」

「ハッ、失礼しました!つい取り乱して・・・・ん?どうなさいました?」

「何でも~」


あたしの溜息に反応しくるりと首をこちらに向け謝罪する八咫郎が

物言いたそうな表情に気が付いた。

だが心の声を口には出さないで黙っておくことにした。

本当の父親ではないが物心つく前からあたしの世話をしてくれていたんだから

それと似た様なものだろうし。


「―、・・・・ゃーん!」


着地しようと高度を下げかなり地面が近くなって来た頃、

その独特な声が耳に届いた。

ピョンピョンと跳ねながらこちらに手を振っている姿が見える。


「彼奴ほんに元気じゃのぅ、昨日あんなに酒を喰ろうておったというのに。」

「天照様が寝入った後も盛大にやっておりましたぞ。」

「ぬっ!昨日はたまたま調子が上がらなかっただけじゃ!

 我の方が酒豪じゃぞ!?」

「そこで競うな、駄目神」


地上に降り立ち、八咫郎が人型になってから結界を解くと

その人物は待ちきれない様子で駆けて来た。

隠密の結界が施してあるにもかかわらず

この人物はあたしの霊解を感知できる。


「紅蓮ちゃーん!」

「誠さんごめん、遅なって・・・・」

「いやんっ!良いのよぉ~そんなこと。紅蓮ちゃんが霊解飛ばした時点で

 大体の出発時間は分かったしぃ?それに・・・・」


昨日テラスちゃんかなり飲みまくってたから、とお見通しだった。

あたし達が降り立ったのはこの町の歴史ある寺<大雲寺>、

誠さんはここの坊さんであり、あたしが働いているBarのママをしている。

坊さんと言っても寺側からの委託業務で本職はBarの経営の方だ。


「紅蓮ちゃんの極上な霊解を間違えるハズないものぉ~」

「てゆーか誠さん、何か今日は一段とメイクが・・・・」


濃いのだ。


「当ったり前でしょぉ~?今日は記念日なんだから!」

「それはそうとお主、髭を剃り忘れたのか?何やら頬全体が青いぞ」


顔を合わせて早々にテラスが誠さんに突っ込む。

本人が機嫌良くいるので一々言わなくても良いことだから

あたしも八咫郎も悲惨な顔に仕上がっていることには

触れないでいたのにテラスのデリカシーの無さがそれを台無しにする。


「あぁん!!やっちゃったぁ~!今朝急いで支度してきたから

 剃るのすっ飛ばして出てきちゃったわぁん、ヤダー。」


ヤダー、と本人は可愛くぶりっ子しているつもりでも

見る側のあたし達にはパンチが強すぎる。

坊主頭に法衣、バッサバサの着け睫毛に濃いピンクのアイシャドーと

くっきり引かれたアイライン、そして真っ赤な唇プラスα青々とした髭面・・・・

最高にヤバい。

毎晩店で顔を合わせているが店内の薄暗い雰囲気のある空間で見るのと

真昼間の全開の明るさで見るのではこう、精神的圧迫感が違いすぎる。


―あ、八咫郎がすんごい顔になっとる・・・・


「あら~?どうしたの八咫郎ちゃん、顔色が悪いわよぉ~?」


八咫郎のゲンナリとした表情に気が付き体をクネクネさせながら

マッハですり寄って腕を絡める。

目にも止まらない間合いの詰め方だ。


「ぐっはあああぁ!!さ、触るなといつも言ってんだろーがこのカマ野郎がああ」

「あ、出た・・・・発作」


八咫郎が思いっきり誠さんを突き飛ばす、というか投げ飛ばすが正しいか。


「あっはーん!もう照れちゃってーん、可愛いぃ~」

「照れとらんわぁああああ」


そう、八咫郎はオカマ、というか誠さんアレルギーだ。


「うむ、いつもながらほんに感心するわい。」

「ねー、八咫郎にぶっ飛ばされてケロっとしとるもんね。」


八咫郎はこの天照大御神が編み上げた式神で

相当の神通力をもって作られているのは勿論、その上人型と獣型の二段組。

そんじょそこらの小さな神社で祀られている神なんかよりずっと

強力な力を持つのだ。

それなのにどつかれても堪えていない。

こんな成りでも坊主になる前はかなり腕の立つ

霊解能力者だったという話を聞いた事があるが本当の様だ。


「で、誠さん今年も?」

「ヤダ、私ったらつい本題を忘れてたわ!」

「くっ!それでいつも俺が被害を・・・・」


脱線壁を持つ誠さんは大体こうなんだが、

ついでに被害に遭う八咫郎は溜まらないみたいだ。


「はい、紅蓮ちゃんこれ。」


毎年この日に手渡される。

あの日を繰り返さないためにと、誠さんからの愛情・・・・。

そう、8年前の―


「はぁ。だから誠さん・・・・ちゃんと準備しとるから。

 それに8年前よりもあたしは強くなっとるよ?」

「そんなこと分かってるわぁ!でも、それでも持ってて欲しいのよ。」


誠さんから大きな袋が渡される、中身がぎっしり詰まっていてかなり重い。

何が詰まっているのかはもう見なくても分かる。

だってこれで8回目なのだ。

袋の中は沢山の高回復術符と蘇生術符で、

これだけの量を仕入れるとしたら5、6万はかかるだろう。

お寺の表向きの顔は葬儀や法事の際の読経、供養等だがもう一方の顔は

呪術符、簡易結界符を販売する霊解者専用卸売業者である。


「誠よ、もう良い。それでも渡すというならちゃんと買い取る。」

「そうやよ、ちゃんと商売にしてよ。口癖の儲けてナンボはどこ行ったんよ?」


2人して困り声を上げるしかない。

誠さんのもっぱらの口癖は、金は荒稼ぎしてナンボよぉ~なのだ。

酔っぱらうとこれを連発するのでぼったくりBarとの汚名が掛けられているが。


「それとこれとは別よ、別!言ったでしょ?記念日だって」

「記念日ねぇ・・・・」


―なんか最悪な記念としか思えんのやけど、あれは・・・・


「そうよ!しかもあなた達と出会った記念と

 後、命を助けてくれたんだからお礼はきっちりするわよぉ?」

「助けたって言ってもあの状況じゃ当たり前で・・・・」


その瞬間、誠さんの表情が影を纏った。とても苦しそうな顔・・・・

その表情の内容は分かっている、この顔を自分も持っているからだ。


「世の中に当たり前なんて無いのよ。他人は皆、自分のこと以外は

 見て見ぬフリで助けてなんかくれないの。」

「それは・・・・ね、」


―そんなこと分かっとるよ、よく知っとる・・・・


「それにオカマは義理堅いのよん♪だから、ね?」

「うん。・・・・分かった、ありがとう」


優しく微笑んでいるその顔には愛が溢れている。

暖かい気持ちをこの人は常に向けてくれる、恐れずに。


「お嬢はただでさえ無茶をするのです。我々が持っておいて損は無いかと・・・・」

「うむ、まあその通りじゃな。戦闘が始まると一直線じゃからのぅ?」

「アンタ等、人を猪みたいに・・・・」


だが強ちそれは間違ってはいないから否定もできない。


「もうっ、そんな心配しないでよぉ。大丈夫よ!

 みっちりケチ野郎共に札売りさばいて儲けるから♪」

「ハハ、頼もしい誠さんらしいわ。」


この誠さんがいうケチ野郎共というのは神社とその従事者の事を指す。

神社も神社で表向きの顔はお祓いをしたり、お守りを売ったりとしているが

本分は祀っている神とその聖域を守護し管理することを目的としている。

聖域とはその神社に祀ってある神が治める世界である。

その世界と現世との入り口を繋ぐのが神社なのだ。


「でもその犬猿の仲はどうにかならんもんなん?誠さん」

「むーりむりむり!あんな姑息な連中と仲良くなんて考えられないわよぉ!

 一般人にたかが500円の物売りつけてお守り~なんて嘘くさいモン売りつけて

 小銭儲けしている連中なんか見かけただけで気分悪いわ!」


後半、半ば半ギレ状態になっていて野太いおっさんの声が出てしまっている。


「仲良くしてくれるとこちらの管理が随分と楽になるんじゃがなぁ?」

「こればっかりはテラスちゃんの頼みでも聞けないわぁ~」

「困ったもんじゃのぅ。」

「あぁ、そうそう!紅蓮ちゃんこれもお願いねん?」


誠さんは8年前の出来事が起こったその場所には決して近付くことは無い。

8年前、その「最悪」は突然訪れる。

その正体は史上最強クラスの鬼だった。

あたしはその鬼からの攻撃を受けてしまい一時、瀕死状態に陥ってしまった。

瀕死の状態になった姿を見たのが余程ショックだったらしく

戦闘があったテラスの聖域のある太陽の窟屋には

立ち寄ることが出来無くなってしまったのだった。


「りょーかい、任せといて!」

「今年もこれを憑代に強力な結界頼んだわよ♪」


そう言って誠さんから渡されたのは一輪のポピー。

このポピーには誠さんの平和を願う念が籠っている。


―ほんま、1年・・・・早いな


手渡された花を見てぼんやりとそんなことを思う。


「お嬢、そろそろ出発しませんと時間が、」

「あー、そうやね。行こっか」


八咫郎が結界を張り獣型に変身したのでその大きな背中に飛び乗る。


「よっと、・・・・」

「お嬢宜しいですか?」

「おっけー」

「では行くとするかのぅ。」


その返事に応えて八咫郎が地面を蹴って翼を羽ばたかせ飛び立つ。

テラスも再び自力飛行で宙に舞った。


「あ、紅蓮ちゃん!今夜はお祝いに紅蓮ちゃんの大好物の

 激辛タバスコピザ用意して待ってるからねぇ~♪」

「まじっすか。即行で終わらせて出勤しまーす!」

「待ってるわん、じゃあ3人共また後でね~!」


誠さんに丁寧に見送られてあたし達は大雲寺を後にした。

Barで働いているのはあたしと八咫郎の2人なのに

既にカウントが3人になっているのが気になるが・・・・


「んー、14時過ぎか・・・・」


ポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。


―これはどうも今日もバタバタ作業やねぇ。


「早くピザ食べに出勤したいけど、ギリギリやね」

「急ぎましょう。飛ばしますのでしっかりとお掴まり下さい!」


八咫郎の注意を耳に入れながらもあたしの意識は手元に。

手渡されたその花が持つ意味、それは<永遠の眠り>


――――――――――――――


<8年前>


それはあたしがまだ15歳の時の事だった。

いつもの様にこの日もテラスと八咫郎と日中の業務をこなしていた。


「はぁ~、紅蓮よ。今日は後何件かのぅ?」


だらしないくたびれ声を垂れ流しているテラス。

いつもは自力飛行で移動しているのだが今日は

結界の再結の依頼件数が多く飛行も面倒になったのか

あたしの後ろで八咫郎の背中に転がっていた。


「今日は後2件やね。」

「えぇー!!まだ2件もあるのか!?嫌じゃぁ!今日はもう嫌じゃあぁー」

「嫌って言うても依頼は来とるんやから無理やで、行くよ。」


テラスの我儘、気儘はいつもの事なので軽く流す。

結界生成は主にテラスの仕事であたしと八咫郎は

その地の瘴気を消滅させ害を取り除くことが仕事だ。

何て言ったって神が生成する結界が一番精度が高いだろう。


「天照様!神通力切れでもあるまいし、しっかりして下さい!」

「ふんっ、我の神通力が切れるなどありえんがもう飽きたのじゃぁ~」

 

ジタバタと手足をブンブン振り回しアピールをする駄目神。


「あっそ。じゃあええよテラスは帰っても。」

「なんと!本当か紅蓮よ!?」

「なっ!?いけませんお嬢!!甘やかしては、・・・・」


ピョーンと勢い良く飛び起きさっきの駄々捏ねは何だったのか。


「やっとお主も我を労わるという事が―、」

「でもここで帰ったら3日間、酒抜きね。」

「んなぁっ!?み、3日じゃとぉおお!?」


流石ですお嬢、とすかさず八咫郎から賞賛の声が上がった。


「お、お主!神を相手にその様な脅しは―、」

「あー、何?聞こえんかった?

 じゃあ1週間禁酒にしてもかまんのやけど?」

「な、何でも無いぞよ?

うん、そ、そんな事よりも後の2件もさっさと終わらせるぞ☆」


テヘっと舌を出して誤魔化そうとしている。


「八咫郎、アンタ親方変えた方がええよ。」

「ハッ。どこまでもお嬢に付いて行きます!」

「え?それも困るんやけど・・・・」

「んなぁっ!?困るとはお嬢!

 この八咫郎はお嬢には必要無いということなのですかぁあああ!?」

「ほれほれ、その様な事はどうでも良いから八咫郎もっと急ぐのじゃ!」

「その様な事、ですと!?天照様!こればかりは我が主と

 致しましても黙っている訳には・・・・!!」

「あー!もう、うーるさい!」

 

こんな騒がしいのは日常茶飯事。

ギャアギャアと3人で賑やかで穏やかな時が流れる日々・・・・

だったのだが、

その異変は唐突に訪れ日光のキラキラと光り輝く恵が曇りだした。


ゴオォォォォオオオオオオッ!!


「「「っ!!?」」」


3人が同時にその<異常>を感じ取った。

陽が陰りだしたかと思えば突然地面が揺れたのか大気が揺れたのか

分からない程のとてつもない轟音と共に大量に悪気が流れ込み辺りは

今まで経験した事の無い状況に包まれた。


「何じゃ!??この凄まじい悪気は!?」

「一体、何が起こって・・・・!?」

「テラス!もの凄い勢いで何かがこっちに・・・・もう近い!!町の結界は!?」

「それなら問題無いが念のため強化を・・・・」


ビキビキビキビキ―・・・・


テラスが結界の強化をしようとした瞬間、

まるでガラスにヒビが入るような音が町中に響いた。


「ま、まさか・・・・天照様・・・・」

「くっ、そのまさかの様じゃ」

「そんな・・・・ありえんやろ!?」


あたし達3人の目には空間が割れていくのが見えた、そして―


パリリィィィンッ!!


結界が激しく砕け散った。

この町全体に施していた天照大御神の結界を何者かによって破壊された、

という事態を3人共上手く呑み込めないでいる。


「テラスの結界を破る程の奴・・・・一体!?」

「お嬢、天照様!来ます!」


戸惑うだけの3人を余所に<それ>は現れた。


「オ”ォ”オオオオオオ!!」


轟々と雄たけびを上げながらこちらに向かって来る巨大な何か。

あたし達には一般人や妖怪の目を避けるため予め隠密の結界が

張られているので気が付いていない様だ。


―あ、あれは何?まるで、・・・・


「テラスあれは・・・・鬼?」


今までに遭遇したことも無い巨体を持ち頭には

複数の角が生えている事から<鬼>という言葉が出た。


「ちっ、・・・・まさか」

「あやつは・・・・くっ、」 


言いかけて言葉を濁した2人。


―え?

何この2人の違和感は・・・・


まだこちらとの距離は大分あるがその遠目からでも

ハッキリと捉える事の出来る巨体はまるでビルの様だ。


「なんかを・・・・探して、る?」


巨体の上に乗った頭を振りキョロキョロと

辺りを物色している様に見える。

そして一瞬、何かを察知したのか動きが止まったかと思えば

徐に方向転換をして歩き始めた。

まるで目的のものを見つけたかの様に―


「いかん!奴の進む方向にあるのは太陽の窟屋じゃ!急ぐぞ!!」

「まさか聖域荒し!?しかも天照様の聖域を狙うなど・・・・」


テラスは八咫郎の背中から勢い良く飛び立ち自分の聖域へと向かった。


「早く!八咫郎もテラスを追って!」

「は、はい!」


ここから太陽の窟屋まで大凡2キロ程で八咫郎の

MAX飛行速度ならほんの数分で到着できる。

とんでもない速度で飛んで行ったテラスを同様の

スピードで追いかけている途中で鬼を追い越した。


「うーわ。顔面凶器やん、八咫郎より険しいし」


鬼をチラ見した素直な感想が口からこぼれた。


「お嬢、比較する対象がおかしいかと・・・・」

「あ、もうテラス結界の再結終わっとるよ!早く降りよ!」

「・・・・御意。」


太陽の窟屋に到着するとテラスは既に町全体の再結と

空間断絶の結界を張り終えたところだった。

八咫郎が地面に完全に着地する前に背中から飛び降りる。


「テラス!再結した結界の強度は?」

「できるだけの強度を施したが、

 敵の数と相手によってはどれだけ持つかは分からぬ。」


この1体限り、という保証は無い。


「奴を此処へ誘い込みますか?」

「いや、その様な事をせずとも後数分でやってくるじゃろ。

 その間に戦闘準備じゃ!紅蓮、最初から全力行け!」

「は?全力って・・・・」

「好きに暴れて良いと言っておるのじゃ。

 じゃが出方が分からぬ敵故、技には気を付けるのじゃぞ!」


いつもは霊解力を温存しておけだの技の威力を調節しろだの

色々と細かい注文を付けて来るテラスの指示とはまるで違う。

疑問には勿論思ったが強い相手と全力で戦えるという

自分の戦闘欲求が思考を支配してしまった。


「りょーかい!八咫郎、空間補助と追撃頼むね。」

「はっ。お任せください!」


テラスが隠密の結界を解いてあたし達の姿が

全てに対してオープンとなった。


ピィイイイイン―


結界を解いた事によってあたし達の霊解が空気に溶け出す。


「ウウゥゥゥ・・・・」


空気が揺れる音が辺りに響くと鬼が巨大な頭をこちらに振った。

あたし達3人の存在に気が付いたのだ。


「ウ”オォォォォォォ―!!」


更に轟く雄叫び。


「八咫郎!行くよ!」

「はっ!!」

「はぁああああ―」


気合を入れ霊解を練り上げ左手に大剣を生成する。


「まずは挨拶代わりに一発入れるか。速度MAXで間合い詰めて!」

「しっかり掴まってて下さい!」


再び八咫郎に飛び乗り巨大な悪気との距離を詰める。

が、こちらに気付いた敵が大人しくそれを許すはずも無く


「ウガァァアアアアア!!」


ビリビリビリ―


「「!!?」」


吠えただけで空間に電気が走ったような感覚を覚える。


「すっごいねぇ・・・・」

「関心している場合ではありません、お嬢」


そういう八咫郎もどこか落ち着いている。

テラスもそうだ・・・・2人の違和感は更に大きくなる。


「・・・・どうだか」


その時、体の周りに暖かい感触が纏わり付いた。

これはテラスの防御壁だ。


「4才の時のデビュー戦の時よりも手厚い御加護な事で」


―これはほんまに何かあるね・・・・


テラスも八咫郎もこの鬼の正体を知っている、

とあたしは確信したのだが何故言い出せないのかまでは分からない。

だが、空間断絶の結界と町全体の結界を強化を維持しながら

これ程までの精度の高い防御壁を作り出す事が出来るテラスを

改めてあの天照大御神だと再確認させられる。

人間にはこの町全体の結界強化を維持するだけでも至難の業だろう。


「紅蓮よ!術を練ったが奴からの直撃を受けてはならぬぞ!」

「分かっとるって、とりあえず一発入れてみるわ~」


戦闘好きにはこの上ない相手なのだろが・・・・


―戦闘にのめり込んで絶対に街の安全をほったらかす自身がある・・・・

 て事はやっぱトップギアで突っ込んで行くしかないかないね。

 霊解特性も解除するか。。


「八咫郎コイツの頭上へ!」

「はっ!」


ヒュゴオォォォォォ―


あたしの指示に従って八咫郎が空高く舞い上がる。

その間に自分の霊解特性である冷気を解除する。

次第に霊解で練った大剣が冷気で凍って行き

氷の大剣へと姿を変えた。


「八咫郎、此処で良い」


鬼の頭上まで来た。


「あたしが飛び降りたら低空で待機しといて!」

「はっ!お嬢、無理をなさらぬように・・・・」


八咫郎の言葉を最後まで聞かずに飛び込んだ。


「はぁあああああああああ―っ!!」


奴の真上から全霊解を込めて打ち込んだ。


「絶対零度!!!」


ズガァアアンンっ


繰り出した攻撃が鬼の脳天から足元まで切り裂き

凄まじい衝撃音が辺り一面に響き渡っている。


「グウァアアアアアア!!」


攻撃を受けた鬼が叫び声を上げて動きを止めた。

あたしは空中から地面に霊解がクッション飛ばして着地し、

素早く鬼から距離を取る。


「っと、・・・・手応え有りやね~」


見上げると鬼は斬撃を受けた切り口から徐々に氷化していっている。


「我が神通を持って邪を捉えん!縛!」


八咫郎が動きの止まった鬼向けて神通力で更に拘束する。

フィ―。

口笛を吹いて八咫郎に合図する。

するとこちらに向かって降下してくる。


「どう?このまま大人しく凍ってくれそ?」

「一応、お嬢の攻撃に次いで拘束致しましたが

 どこまで有効打となっているかまでは・・・・」

「んじゃあ、もう仕留めといた方が良さげやね」


パキ・・・・パキパキ―


空から氷がパラパラと崩れて降ってくる。


「い、いかん!まだ動くぞ!」


鬼の体を覆っていた氷が剥がれだし、

体に纏わり付いた残りを振り解くかの様に動き出した。


「ウガァアアアアア!!」


再び四肢に事由が戻った鬼に差程ダメージは窺えない。

寧ろ攻撃を受けた怒りで凶暴さが増している様に見える。

しかも―


「あーあ。斬撃の傷も、もう塞がってしもて」

「そんなお嬢の絶対零度をまともに喰らって・・・・そんな」

「うん、あたしも信じらんない。」


絶対零度の攻撃を受けた者はその切り口から氷化し

数十秒で体の自由が奪われ氷漬けとなる。

だがこの鬼は今までの戦闘の中で最大の霊解量を

放って出した一撃がまるで無かったかの様に扱われている。


「てかテラス、このコイツの正体は?」


剣を構え直してテラスに問う。

いつもは倒すべき対象が現れた時点で敵の名称、特徴等を

戦闘に有利になるよう事細かく伝えてくれるのだが・・・・


「それより何故いきなりこの地に姿を現したのか・・・・

 お嬢の霊解に誘われたのでしょうか?」

「いや、それなら太陽の窟屋に向かわず紅蓮を探すじゃろ。

 それに奴が現れ時、我らには結界が張ってあった。」


小さい頃から霊解力が濃く強いあたしは

幾度となく怪異にこの身を狙われた。

強い力を持つ者の良き血を飲み、肉を喰らえば

その能力を得られるという言い伝えの様なものがあるらしい。


「ちょっと!さっきからあたしの話聞いとる!?

 あいつの正体は何かって聞いとるんやけど!2人共知っとるんやろ?」

「・・・・それは」


八咫郎が都合の悪そうな顔であたしを見る。


「分からぬ」

「は?」

「分からぬというか、・・・・断定できぬ」

「断定できないって、心当たりがあるならそれだけでも―、」

「ならぬのじゃ!!・・・・此奴は在ってはならぬのじゃ」


テラスの力強い声に一瞬びっくりして肩を揺らした。


「ならぬって・・・・だから一体何が駄目なんよ!?

 何も知らないあたしからすれば言ってくれんと何も分からんよ!?

 あの鬼、倒さんとあかんのやろ!?」


歯切れの悪い2人に、隠す2人に段々と苛立ちが積もる。


「もういい・・・・」


2人に背を向けて鬼の方へと再び距離を詰める


「あ、これ紅蓮!先走っては!!」

「お待ちくださいお嬢!」


さっき放った全力の攻撃で霊解力が薄い訳でも無い。

全開で放った一撃ではあったが霊解量が自慢なあたしには

何の問題も無くもう回復している。

鬼との間合いを詰める間に新たに霊解を

練り上げながら氷の大剣を生成する。


「はぁあああああっ!」


自分の足からも霊解を噴出させ八咫郎には劣るが

自己最高速度で移動する。


「グゥウウウウウ・・・・」


―接近に気付いたか・・・・けどもう遅い!

 このままもう一撃喰らわす!


自身の移動速度とその距離を計算しながら目標までの

霊解練度を予測して最大の一撃を繰り出すイメージが整う。


―残り200m、150、100・・・・今!


「これで仕留める!奥義っ―、」


間合いも霊解量も最高の瞬間だった、が。


「あぁ~んっ、悪霊退散んんんん~!!」


何処からともなく奇妙な声が響き渡った。


「・・・・はい?」


思わず急ブレーキが掛かり顔がその声の方へと向いてしまった。

そして素っ頓狂な声が出たのはあたしだけじゃない。

猛スピードであたしを止めようと追いかけて来た2人も呆気に取られる。


「なっ・・・・なんじゃ?新手、か?」

「はぁ、何とも・・・・言い様がございませんが」


突然現れた聞きなれない声にこの日2度目の戸惑うだけの3人。


「今度はなんなんよー!もぉ!」

「お嬢ー!!」


八咫郎とテラスがこちらに駆け寄って来る。


「というか何故じゃ?空間断絶を張っておるというのに何処から・・・・」


ブルブルッ


「~~~~っ、」


戸惑うだけのあたしとテラスとは別に何故か

八咫郎ははプラス悪寒を感じている様で険しい顔で震えている。


「ん?・・・・どしたの八咫郎?」

「い、いえ。あの声に少し寒気を覚えまして・・・・

 大丈夫です、何でもありません。」

「そぉ?」


大丈夫とは言っているがその顔はあの鬼が

現れた時よりかも顔面蒼白になっているのだが。

そしてその声の発生源の方向を見やると人影を確認出来た。


―さっき悪霊退散って聞こえたけど・・・・


「怪異の侵入じゃなさそうやね」

「八咫郎!何をボヤっとしておるのじゃ!

 早くあの人間を結界の外に連れ出さんか!」

「はっ。申し訳ありません、直ちに!」


そう言うとバサっと翼を羽ばたかせ乱入者の元へ向かう八咫郎だが

当のその本人は未だに


「悪霊めー!退散、退散、退散よぉおー!」


等と大声で叫びながら何やら鬼に投げつけている。

近付いてみると剃り上げたツルンとした頭に

身に纏っている法衣からその人物は・・・・


「・・・・坊さん?」

「その様じゃのぅ。成程、坊主なら空間断絶の結界を

 抜けられたのもまぁ、納得じゃな。」

「そんな徳の高いお坊さんおったー?」


毎日お寺、神社に顔を出しているのにそんな目立つ人物は

1人として記憶には無いし聞いた事も無い。


「こんのぉ、しぶとい悪霊ねぇ!早く成仏しなさぁ~い!」


先程から投げつけているのはどうやら鎮魂玉のらしい。

鎮魂玉程度で事の済む相手ならあたしも一発目の攻撃で仕留めている。


―凄いんか阿保なんかよう分からん坊さんやねぇ・・・・


テラスの空間断絶を潜り抜けた能力と今のこの行動が全く伴わない。

正直胡散臭いという言葉がスゥっと浮かんでくる。


「そこのお人!此処は危険なので早く立ち去って・・・・」


八咫郎が声をかけるとその人物は物凄い勢いで頭を振った。


「うーるさいわねぇ!!邪魔するならアンタも成仏・・・・なっ!?

 んまぁ!イケメーン♪んっふぅー♪」

「なっ!??ぅう、うわぁあああああ!!」


坊さんが八咫郎がに向き直った瞬間に聞いた事の無い悲鳴が耳に届いた。

その八咫郎の悲鳴に驚いたあたしとテラスは直ぐに八咫郎へと視線を移す。


「八咫郎?ど、どした!?」


もしかしたら本当に敵の援軍だったかもしれないと

一瞬そんな良くないことが頭を過り八咫郎の危機を感じるが・・・・


「バババ、バケモンンンンンンっ!!!」


八咫郎がその坊さんに向けて指さしながら地面に尻もちを付いている。


―はぁ?バケモンって・・・・目の前の鬼を差し置いて何を・・・・


八咫郎が悲鳴を上げながら尻もちを付いたまま手足を素早く動かし

後退してきたらそのままあたしの足にドン、と当たった。



―動き速っ、ゴキブリやん・・・・


「お、おおおおお嬢ぉー!!おおおお助け下さいっ、

 あれはっ、あれこそがこの世の理から外れた者です!」


ガバッと立ち上がってササっとあたしの後ろに隠れ、

あたしの肩をを掴みガタガタと震えている。


「え!?お、おい、どうした・・・・」

「申し訳ありませんっ!お嬢!!この様な情けない姿を晒してしまい・・・・

 しかし!アレは無理です!!」


そんな八咫郎の姿に主は機嫌を悪くしたようで―


「どさくさに紛れて来た只の坊主ではないか!しっかりせいっ!」

「む、無理でございますっっ!!」


テラスが咎めるが八咫郎のその姿はもはやあたしの後ろで

ガタガタ、ブルブル震えている仔犬・・・・いや、それ以下か。


「ちょーっとぉ!失礼じゃないのぉ?

 人の顔見て悲鳴上げて逃げちゃうなんてぇ」


八咫郎を追いかけて坊さんがこっちに走って来る。

段々と距離が縮まって来るとその容貌がハッキリと見えて来た


―成程ね、てか・・・・もう走り方がね。


その人物は可愛さをこれでもかって程アピールしたいのか

両手をブンブン横に振ってそう、女の子走りで駆けて来る。

益々顔がハッキリと見えて来た。


「ひぃっ!!く、くくく来るなー!!!」

「ほぉ。これは酷いのぅ」

「そーお?王道のオカマじゃない?」


その道には真っ当なメイクアップオヤジが目の当たりになった。


―てか八咫郎、只のオカマにどんだけビビっとんの・・・・

 アンタの面構えと良い勝負やって。


「あら、イケメンちゃんのお友達さんかしらぁ?」

「はぁ、まあそうですけど・・・・」

「へぇ~・・・・」


ザっと目の前に現れて顔を覗き込まれてフンフンと

あちこちを査定されている・・・・様に思えた。


「やっだー!スタイル抜群で超美人ちゃーん!

 イケメンちゃんのお友達までイケなごぉー♪」

「い、いけなご・・・・?」

「イケてるおなごってことよーん!」


身振り手振り、それに声が異常にデカい。


「紅蓮!此奴に構っている場合では無いぞ!」

「まぁ、それもそうやけど放っとく訳にも・・・・八咫郎」

「無理ですぅうううっ!!勘弁してくださいお嬢ぉ!」

「八咫郎、お主まだその様な事を!」

「あら、何この子ー!可愛いわねぇ!何の妖魔ちゃんなのかしら?」


ミニマム化しているテラスの姿がこの坊さんには見えているらしい。

と、いうことはこのオカマは本当にそこそこ徳の高い坊さんって事だ、

だがしかし踏んではイケナイ地雷を踏んでしまった。

ワナワナ震えてテラスが俯き唇を噛み締め両手を握りしめている。


「誰が・・・・」


―あ、やば。出会って数十秒でテラスの逆鱗に触れたわ・・・・


「誰が妖魔じゃああ!こんのクソ坊主があああああ!!」

「え、妖魔ちゃんじゃないのぉ?」

「貴様!何処の寺の者じゃ!その名を消し去ってくれようっ」

「ちょっとテラス、オカマに構っている場合じゃ無いって・・・・」

「こんの天照大御神を妖魔呼ばわりしておいて

 生きていけると思う出ないぞっ、人間の分際でぇぇぇえ!!」


―人間の分際でって。

 神様が一番言うたらアカンこと言わんかった?この駄目神さん・・・・


「えぇえ!?天照大御神ですってぇ!?」

「バ、バカテラス!!正体バラしてどうするんよ!?」

「んふふ。紅蓮よ気にする事では無い・・・・

 何故なら!此奴はこの場で始末するっ」

「天照様!加勢致しますぞっ」

「こらこら、待て待て。八咫郎まで!今の敵はあの鬼・・・・

 って、えぇええ!?ア、アレってぇええ!!!」


コォオオオオオオ―


悪鬼がこちらを向いて大きな口を開けている。

勿論、ただこちらを向いている訳では無い・・・・


「い、いかん!」


次第に鬼の口の中で光り輝く塊が大きくなっている。


「咆哮が来るぞ!皆、早く我の後ろに回るのじゃ!断絶する!」


フォン―・・・・と

空気音を立ててテラスの空間断絶の結界が4人の周りに張られた。


「えぇ!?うっそぉ!?詠術無しでこんな立派な結界が張れちゃうの!?」

「貴様!我が天照大御神だという事を信じておらんのかっ!?」

「だってぇ。あの最高クラスの神が目の前であたしがそうだ、

 って言われてもねぇ?」

「ちょっと、そんな事言い争わんで良いから!ほら来るって!」

「お嬢はこの身に代えてもお守り致しますっ!!」

「こら八咫郎っ、くっつくなって!」


結界の中はわちゃわちゃだが強烈な一発が迫っている。


ゴォオオオオオオオオ―


「ガァァアアアアアアっ!!」


巨大な方向がこちらに向かって放たれて猛スピードで迫って来る。

これは鬼の存在を無視してオカマと戯れていた報いなのか・・・・

テラスの結界の内側から少しでも強度を高めるために

自分の空間断絶を重ねて施した。


「我を幽世せよ、断絶!」


・・・・その直後


ズガァアアアアアンンンっ―


「くぅ、これは強烈じゃ・・・・」

「いやぁああああん!!」

「ひぃい!?・・・・って!ど、どどこ触ってやがるこのカマ野郎!!」


こんな時でもオカマはどさくさに紛れてイケメンに触りたいらしい。


「テラス、結界大丈夫なん!?」

「我を誰じゃと思っているのじゃ!悪気の咆哮などどうって事無いわ!」


咆哮は放った瞬間が一番大きなエネルギー衝撃だったらしく

結界に霊解を注いで持ちこたえている内に徐々に勢いが弱まっていった。


ヒュゥウウウウウウ―


咆哮が全て吐き出され薄い光となって消えていった。


―っ、何とか凌いだね・・・・


パラパラと砂埃や石などが舞い落ちる。


「みんな、いや・・・・坊さん生きとる!?」


テラスと八咫郎の心配はいらないだろう。


「はぁあん!怖かったぁーん!でもイケメンちゃんのおかげで恐怖も半減よぉ~♪」

「・・・・お嬢、私の亡骸はお嬢の手で葬ってくださ、い・・・・」


八咫郎はオカマにギュっと抱きしめられていて

生気を吸い上げられたかの様にぐったりしている。


「南無。」

「油断する出ないぞ紅蓮よ!まだ攻撃を防いだだけじゃ!」

「はぁ、そうやった・・・・でもどうすんの?」


渾身の一撃を受け止めて、渾身の一撃を放ってきた相手への対応策が

先程の怒りのパワーを失ったあたしには思いつかない。


「酒呑童子・・・・」

「え?しゅて?」

「奴は酒呑童子じゃ。」


それはポロリと告げられた。

あんなに鬼を特定することを戸惑っていたテラスがハッキリと言った。


「それで何なん?酒呑童子って。」

「やはりそうでしたか・・・・」


生気を吸われた八咫郎がニュゥっと割り込んできた。


「あ、八咫郎生きとったんや」

「いえ、1回死んできました。」


冗談ではなくそう真顔で答える八咫郎は何故か

一皮剥けて逞しくなった様に見えた。


「これは悪鬼どころでは無い、此奴は鬼神じゃ。」

「ほぇー、これが鬼神かぁ。確かに悪鬼と比べたら邪気が凄いね・・・・」

「此奴が出て来たという事はもしかしたらあのお方と繋がっておるかもしれん!」

「もしくは奴の方か・・・・」


テラスの言う<あのお方>と八咫郎が言う<奴>というのは

この2人がもう数千年程その姿を追っている2神だ。


「それよかこの鬼神、どうやって倒すかな~」


今まで戦った事がある最高クラスは妖魔まで。

妖魔と鬼神ではこんなにも力に差があるのかと初めて知った。


「何をその様な呑気な事を、って・・・・お主本当に戦闘馬鹿丸出しじゃぞ」


テラスが溜息を交えてあたしの表情を指摘する。


「そんな事言うてもこんな強い敵は中々出会えんからね!

 っし、思いっきりやるでぇ~」


鬼神・・・・未知数の敵が目の前に。

そう思うと心が躍る、湧き上がる興奮を抑えることが出来ない。

とは言ったもののさっき放った絶対零度は通用しない・・・・


「やっぱここはさっき不発した奥義かますかねぇ」

「お嬢!お戯れも程々にして下さい!2度も奥義の霊解量を練るなどと!」

「え?全然本気で平気やけど?」

「無駄じゃ、八咫郎。こうなっては好きにさせる以外紅蓮を止める術は無い。

 じゃがさっきも言ったが奴の技には気を付けるのじゃぞ!」


神をも警戒させる鬼神という存在の意味を知らない人間がもう1人・・・・


「こうなったらとっておきよぉー!!」


暫く静かにしていたと思ったら何やら手に持って誇らしげに掲げている。


「鬼神だか何だか知らないけどこれをお見舞いしてやるわぁんっ!

 おりゃあああああ!!」


野太い声を発してその手に握られていたものを酒呑童子目掛けて投げつけたオカマ。

その投擲スタイルはもはやプロ野球選手並みのいかついものだった。


「おお!はやー!肩強っ」

「オカマは危険ですお嬢。」

「アレは何を投げつけたのじゃ?」


それはピューっと酒呑童子に向かって真っすぐ飛んでいき見事に的中。


「ギャオオオオオオオオ!!?」


明らかに苦しそうな叫びを上げた。


「え!?効いてんのアレ!?」

「当ったり前よぉ~ん♪」

「い、一体何を投げたのじゃ!?

 紅蓮の攻撃でさえあそこまでの反応は無かったと言うのに」


―うるっさい駄目神!気にしとる事を言うなって!

 ほんまデリカシー無いわ


「誠スペシャルよぉ~」

「まこと、スペシャル・・・・?」

「あ、誠はあたしの名前ね♪」

「そんな事は聞いてねぇ、構成成分を聞いてんだよ!」


お手本の様な突っ込っみを入れる八咫郎は100点だ。


「あっはーん!イケメンちゃんはS気が強いのねぇん!

 益々タイプゥ~、ねぇ今度どっか遊びに行かなぁい?」

「てめぇの葬式なら喜んで行ってやるよ!」

「あんっ♪」

「嬉しがってんじゃねぇ!!」


―夫婦漫才・・・・に見えて来たんやけど。うん、黙っとこ。


「えっとぉ、成分はぁ~邪素に聞くように永遠とお経上げ聞かせてぇ・・・・」

「お経・・・・という事は光呪縛じゃな!?それで他は?」

「えっとぉ、お経を4時間上げたら意識が朦朧としてきちゃってねぇ?

 ほら、普段坊主らしい事しないからぁ~?」

「んなこたぁ知らねぇよ!」

「だってアレはそもそもまだ試作品の段階だしぃ、忘れちゃったわぁん。」


普段まともに上げないお経を4時間ぶっ通しで呪術符に込めたら

疲労でそのまま限界を迎え爆睡してしまったという事らしい。


「役に立たねぇカマ野郎だな!せめて個数は有るんだろうな!?」

「まっかせて~!量産済みよぉん♪」


そういうと懐に両手を突っ込み大量の呪術符を取り出した。


「待つのじゃ!光呪縛が酒呑童子に効果的だという事分かれば・・・・」

「行くわよぉ~!覚悟しなさい悪い子ちゃん!!

 うぉりゃあああああああ!!!」


テラスの制止を聞かずに酒呑童子目掛けて突っ込んで行ったオカマ。


「効果があると分かれば消滅するまで投げて投げて投げまくるだけよぉおお!」


―違う、そうじゃない。

 あの反応は初めて受ける性質の攻撃戸惑ってるだけ・・・・


「紅蓮!あのカマ坊主を止めるのじゃ!」


―・・・・カマ坊主って。どんなネーミングセンスよ。


「わ、分かっとるよ!」


突っ込みは心の中にしまっておこう。

今はそれどころでは無い、せっかくの突破口が無くなる前にあの坊さんの

呪術符の連発を止めなければ・・・・


―あれだけの力を持ってる鬼神ならあと何回か・・・・

 あの呪術符を受ければ耐性ができてしまうはず

 

「坊主に呪術符の使用をやめさせて

 我が技を練るまでの時間稼ぎを頼むぞ紅蓮!」

「チィっ!素人のカマ野郎が調子付きやがって!」

「何か八咫郎、言葉っていうか最早人格変わってない?」

「何をおっしゃいますかお嬢!

 私はこれまでもこれからも変わらぬお嬢の八咫郎でございます」


こちらに向き直り頭を下げる八咫郎見て安心感というよりは

何故か二重人格者を見る気分だ。


―複雑なこの心境・・・・


「紅蓮!とりあえずカマ坊主の呪術符が発動してしまったらそれと同時に

 お主も攻撃を仕掛けるのじゃ!止められなかった攻撃は利用する!」

「あーあ、折角の大物相手やのにサポートか・・・・

 ま、不本意やけど今回は言う事聞いとこかねぇ。」


自分の持てる全ての実力を鬼神にぶつけて楽しもうと思っていたが

今回はそんな遊びをしている場合では無い様だ。

あたしは素早くオカマの元へと向かう。


「そぉれ!」


ビュンっっと勢い良く投げつけられる呪術符。


「ぅわっ、ちょ待っ・・・・ああ!面倒やね!」


霊解力全放出であたしも酒呑童子に攻撃を飛ばす。

だがそんな付け焼刃な攻撃にダメージは望めない・・・・


―あたしが酒呑童子を仕留めれんかったらあの坊さんを、

 誠さんを守り切れんかもしれん


破天荒でとても坊さんっぽくは無いが悪い人じゃない。

むしろ出会ったばかりだが人懐っこくて裏表のない性格だと思う。

既に酒呑童子はあたしじゃなくて自分に有効打を放ってくる

誠さんを標準として動いている。

もう次の呪術符の投擲に合わせてあたしが奥義をコイツに

当てなければならないだろう。


「おーい!誠さーん!その呪術符投げるタイミングカウントしてぇー!

 あたしも同時に攻撃するから!投げたら出来るだけ遠くに離れてねー」

「んまぁ!名前で呼んでくれるなんて誠感激~!

 了解よぉん♪マッハで離れるわぁ~」


名前で呼ばなければ・・・・・本人にカマ坊主なんて言えない。

だが理解が早いことには助かる。


「はぁあああああああああっ」


そしてその瞬間に合わせるために奥義発動の為の霊解と冷気を蓄える


「いくわよぉ~、後は頼んだわっ!」


あたしに酒呑童子のトドメを託し最後の呪術符を投擲しようとした時だった


「ギャォオオオオオオっ」


ドゴォオオオオオオ!!


「なっ!?」


全く予想もしてない今度は溜めの無い咆哮が放たれた。

想定外過ぎてこれはマッハで走るとかの問題ではない。

その咆哮は呪術符のお礼と言わんばかりに

誠さん一直線に猛スピードで向かって行く。


「うっそん!?いやぁあああああん!!!」

「誠さんっ!・・・・クソっ」


―この攻撃は逃げ切れない!!


このままでは直撃してしまうということはこの場に居る皆が理解できた。


「ああ、もう!間に合えぇえええ!!」


だからこそ、もう考える前に体が勝手に動いてしまった


「はぁああああああああ!!」


奥義発動の為に練った霊解を足にありったけ集めて思いっきり地面を蹴り

霊解を開放し最大量を噴出し誠さんの方へ走る。


「紅蓮っ!?駄目じゃ、間に合わぬぞ!!」

「お嬢ーーーーー!!!」


八咫郎が鳥獣型に変身し猛スピードであたしの方へ飛んでくるのが

視界の端切れに映ったがかなり距離がある為、今八咫郎を選ぶ選択肢は無い。


「間に合えぇええええ!!」


今度は霊解を両手に目一杯溜めて誠さんに向けて伸ばす

そして・・・・


「はぁあっ!!」


両手から霊解の波動を放った。

それはちゃんと誠さんに当たりその場から誠さんを吹き飛ばすことに成功した。

悪意のある霊解では無いので衝撃だけで差程、ダメージは無いだろう。


「あぁーん!イケなごちゃーんっ!!」


飛んでいく誠さんを見て安心したって言うのは可笑しな事だが

この現場から遠ざけることに成功したのだから一息付いても良いだろう。

と言っても直ぐに次の対策を考えようと頭の中では思考回路を回転させるが、

これだけ霊解力を完全放出させたら流石にもうスッカラカンで

もし策が浮かんでも何も出来ないのが現状だ。


―成す術無し・・・・か、


ほんの数秒の間に色んな事が浮かんだ。

テラスの防御壁を纏ってはいるが咆哮の直撃を

喰らってはこの結界も意味が無いだろう・・・・

こんな無茶をしたらいつもは鬼の形相で飛んでくる八咫郎も

今は切羽詰まってこの世の終わりでも迎える様な表情で

こちらを見つめている。そんな顔をさせたかった訳では無いのに・・・・

ゼロに近い霊解力で防御壁を張ってみようとかと思ったけど

これこそ本当に意味が無いだろう。


「あー、痛いやろうねぇ・・・・」


そんな悠長な言葉が口から出た。

そして、


ドガァアアアアアアア―


「お嬢ぉぉおおおおお!!」


八咫郎の声が聞こえてきて直ぐあたしは意識を無くした。

その後のことは何も覚えていないが、

テラスと八咫郎、誠さんから何度も話を聞かされた。

咆哮が直撃したあたしを八咫郎が素早く拾い上げ

テラスの元へ急いだらしいがその時にはもう手の施しようが無い状態。

皆、言葉を失ったという。


「ぐ、れん・・・・紅蓮よ、」


変わり果てた我が子の姿にテラスの体はカタカタと震えた。


「っ・・・・」


八咫郎が無言で紅蓮を抱きしめたまま離さない。

そしてテラスが紅蓮の頬に触れた。


「・・・・すまぬ紅蓮よ、必ず奴を滅する。

 じゃから此処で少し待っていてくれ・・・・八咫郎」

「はっ・・・・お嬢、直ぐに戻ります。」


表情の無い紅蓮の顔を覗き、抱いていた体をそっと地面に降ろした。


「さて、八咫郎よ。紅蓮が一撃でやられたという意味・・・・分かるな?」

「はい、もはや手は1つ」

「あのカマ坊主は相当遠くに飛ばされたようじゃし、周りの心配はいらん!」

「あんなカマ野郎巻き込もうがどうでも良いです、

 それよりお嬢の仇っ・・・・必ずや!!」

「ゆくぞ!八咫郎っ、神格化、獣神の型式・・・・解!」


テラスが八咫郎の獣神型の封印を解き自身の神聖力を注ぎ込んだ。


「おぉぉおおおおお!!!」


八咫郎の姿が体調、大凡5m程の人型で黒翼を生やした獣神へと変化した。

これが本来の八咫郎の姿である。


「八咫郎一撃で仕留めに行け!長引けばどうなるか分からん!」

「元よりそのつもりでございます・・・・」


八咫郎の怒りが冷静さへと変わっていった。


「グフゥゥウウウウーっ!!」

「参る・・・・百裂神殺法っ!!」


この瞬間2体は同時に動いた。


「グォオオオオオンンンっ」

「消し炭にしてくれる!おおぉぉぉおおお!!」


八咫郎は自身の巨大な両翼を広げ、その漆黒の翼から黒羽が飛び出す。

それは宙に舞い直ぐ様漆黒の剣へと形を変えて、

酒呑童子の周りを360度余す事無く囲んだ。

そしてそれは一斉に酒呑童子目掛けて突っ込んで行った。


「滅する!!」


だが、いくら神格化した八咫郎でも簡単に攻撃を許してくれる相手ではない。

敵も鬼神と称される程の脅威だ・・・・


「ウッガァアアアアア!!」


自身を高速回転させ両手に持つ鋭い爪で次々と漆黒の剣を弾いていく。


ギャンギャンギャンギャンっ


「なっ!?この高速突進の剣を弾き飛ばす、だと・・・・」

「ち。やはり一筋縄ではいかん相手じゃな」

「まだだ・・・・この漆黒が無くなるまで打ち続ける!!

 オラァァアアアア!!!」


八咫郎はさらに黒翼に神聖力を込めて剣を放つ


「これなら・・・・どうだ!はぁあああああ!」


剣は先程より3倍の大きさになって再度突進を繰り返した。


「ゥッガア!」


ガキン、ガキンと剣を落としていく、攻撃を通す様子は無い。


「くっ、おかしい・・・・いくらあの酒呑童子とはいえこの様な・・・・」

「うむ、神聖力にここまで対応する能力は持ち合わせておらん筈じゃ。」


紅蓮の攻撃を受けた時もテラスは違和感を感じ取っていたが、

神聖力までも完璧に凌ぎ弾き返すその力はもはや天照大御神の

認識している酒呑童子では無い。


「これは一体何が起きているのじゃ・・・・」


目の前にいるそれは一体に何者なのか。

最早、敵の正体が不明である。


「ウガァアアアアアアア!!」


漆黒の剣、それも神殺法と名の付く攻撃を回避し、

今もなお自分の強さを示すかの様に雄叫びを上げている。


「彼奴は一体に何者なのじゃ・・・・?

 我は、我はろくに彼奴の力量も測らずにとんだ的外れな憶測で

 敵を断定し紅蓮を・・・・これでは紅蓮のことは我、が」

「お止め下さい!!天照様っ!決して、・・・・

 決してその様な事は!!


いつでも自分はあの最高神<天照大御神>だと高貴に

振舞ってきたテラスがその瞳から大粒の涙を零し地に膝を付いた。

八咫郎は自らの主と数千年と共に過ごしてきたが、

こんなに弱った天照大御神を初めて目の当たりにした。


「我は・・・・」

「あま、てらす・・・・さま、」


テラスのそんな姿が八咫郎は自分にまで絶望をもたらした様に思えた。

そしてその絶望は心に酒呑童子に敗北してしまうと、刻んでしまう。


「くっ、俺は何て情けないんだ・・・・

 だが、このままではお嬢に顔向けが出来ないっ!!」


2人が打ちひしがれ様がこの時も鬼神はそんな事はお構いなしだ


「グギャァァアアアアア!!」


酒呑童子が八咫郎に向けて距離を詰めだした。

その様子を見て苦しい顔をするしか無い八咫郎だったが、

フワっと香った<ソレ>に瞬時に反応した。

一瞬にして辺りに広がり漂うその甘美な極上の霊解


「こ、これはっ!?」


2人が闇に飲まれそうになった時、

感じる筈の無い紅蓮の霊解が一体を包み込んだ。

それは間違える筈の無い美しく甘く香る居心地の良い霊解、

それが風に流れて鼻を掠めたのを八咫郎は見逃さなかった。


「お、・・・・おじょぉ?」


その霊解は一瞬鼻を掠めたかと思えば一気に

八咫郎の絶望を払拭しその心に光を届けた。

人間のものとは思えない上質な霊解を間違える筈も無く

八咫郎はその先に顔を向けると再び地に足を付けた紅蓮の姿を捉えた。


「お嬢!?天照様!お、お嬢が!!」


心神喪失状態となり地面に崩れ落ち涙を流し続けているテラスに叫ぶ。


「ぐ、れん・・・・?まさか、この霊解・・・・紅蓮?」


見上げた先には自分の足で地を踏みしめこちらに向かって来る紅蓮の姿が。


「紅蓮!!まさか、そんなはずは・・・・」


しかし、涙が瞳から去る光景も直ぐに崩れる。

ブゥオオオオオオオ!!


「―、こせ・・・・!!」

「「!?」」


紅蓮の霊解と特性の冷気が一気に噴き出した。

その冷気がパキパキと周囲を凍らせていく。


「何じゃ、あの凄まじい霊解は!?

 もはやあの様な力は残っていないはずじゃぞ!」

「天照様、お嬢に一体何が・・・・!?」


この2人よりも再び現れた紅蓮に驚き恐れを抱いた者がいた。


「グゥゥウウウウウウウ・・・・」


紅蓮から発せられる力にに1歩、2歩と後退していく酒呑童子、

だがそんな怯えた酒呑童子には気にも留めない様子の紅蓮。


「よこ、せ・・・・」


テラスに向かって足を進めそのまま瞳は真っ直ぐに注がれ捉える。


「お、お主!その、瞳は一体・・・・!?」

「なっ、あおい・・・・両眼、これは・・・・本当にお嬢なの、か?」


のらりくらりとゆっくりと2人の方へと歩いてくる紅蓮がその顔を

覗かせた時に見えた鋭い青がその瞳を彩っていた。

まるでその冷気に乗っ取られたという様な色だ。

それは其処に対峙する全ての者が凍り付いてしまうほど強力な力・・・・


「違う、これはまさか・・・・神聖力!?」


紅蓮の持つ人間離れした霊解だけでも邪気、悪気は居心地が悪いというのに

この有無を言わさぬ浄力は間違いなく神聖力だった。


「ゥゥウウウ・・・・ギャォオオオオオ!!」


その圧倒的な圧力の恐怖に耐えきれず酒呑童子が

今まで発した発した咆哮の中でも最高威力のものを紅蓮に向けて放ってきた。

だが、位置状態で言うと紅蓮と酒呑童子の間にはテラスと八咫郎が居る。


「これは!!い、いかん八咫郎!

 早くこの場から飛び去るのじゃ!」

「そんな!お2人を残して自分だけ去る等行ける筈もございません!!」

「何を馬鹿な事を言っておるのじゃ!

 我は神じゃ!人間の崇拝で天照大御神の再生はどうにでもなるが、 

 お主は式神でこれまで存在した記憶や魂は2度と蘇らん!!」


テラスがそういう意味は瞬時に八咫郎は汲み取れた。

同じ八咫烏の式神は生成可能でも2度と同じ八咫郎は蘇らないという事だ。


「・・・・それでも。

 それでも俺は最後まで貴女の固有式であり、

 お嬢の側で仕える者として此処に居たいのです!天照様!」

「八咫郎、おぬし・・・・」


その時、スゥっと空気が動いた。


「邪魔はさせない」

「「!?」」


その声のする方向には居ない筈の紅蓮が2人の前に

酒呑童子の攻撃を阻む様に立っていた。


「そんな、いつの間に!」

「駄目だ・・・・止めて下さいお嬢!

 もう攻撃を受けてはいけませんっ!!」


八咫郎は先程の耐えがたい光景が脳裏に

フラッシュバックし悲痛な声を張り上げた。

しかし、そんな心配の便りは直ぐに消え去る。


「・・・・消えろ」


そう、小さく呟いて紅蓮は向かって来る咆哮に

左腕を差し出して小さく仰いだ、するとフワリと

冷たい空気が流れたかと思うと・・・・


ブゥオオオオオ!!!


突然冷気の雪崩が現れてその咆哮を掻き消した。


「な、なんと・・・・」


驚きを隠しきれないテラス。

それもその筈、自身の神聖力を持ってしても

この様な芸当を成す事が出来るか、と聞かれれば

その返答は危ういだろう。

そしてそんな戸惑うテラスへと紅蓮が歩み寄って来る


「ぐ、れん・・・・」

「寄越せ」


テラスを見据えて再び呟く。


「何を、言っておるのじゃ?そんなことより―」

「力を、・・・・力を寄越せぇえええええ!!!」


ゴォオオオオオオオっ!!

その叫びと共に再び轟々と神聖力が爆発し

その力の矛先は酒呑童子では無く天照大御神に向けられた。


「くっ、お嬢!・・・・一体何が起きているんだ!!」

「全くっ、分からぬ!」


しかし直ぐにそれは反応としてテラスに現れる。


ガクン―

「なっ!??

 何じゃ、これは・・・・この感覚は!?」


紅蓮の発する神聖力にまるでテラスは自分の精神力が

グイグイと引っ張られている様な感覚を覚えた。

じわじわと神聖力だけじゃなく自身引き込まれていく。


「くぅ、感覚が紅蓮に持っていかれる!」

「お嬢!何をしているのですか!お止め下さいっ」


八咫郎の制止の声は紅蓮に届くことは無かった。

それどころか溢れ出す神聖力は増すばかり、なのだが

テラスを捉えてかなりの神聖力を掛けているのに

ダメージを全く感じない事にテラスは閃いた。

紅蓮の要求に・・・・


「まさかお主、神憑きを成そうとしておるのか!?」


テラスのその一言を聞いた八咫郎が信じられない様子で反応する。


「神憑きですと!??そんなお嬢に、・・・・

 人間にそれが可能だというのですか天照様!?」

「・・・・今は否定も肯定も出来ぬが。だが紅蓮よ、

 これがお主の酒呑童子を滅する為の答えなのじゃな・・・・?」


ならば、とテラスはスゥーっと神聖力を解き抵抗を止めて

紅蓮から溢れ出す神聖力に身を任せる事にした。


「天照様っ、貴方まで何を無茶な事を!!」

「紅蓮は我の娘じゃ。」

「!!」

「心優しいこの子は我を傷付けたりはせん。信じるのじゃ―」

「天照様・・・・。はっ、無論お嬢を疑ったこと等ありません。」


八咫郎のその言葉を最後にしてテラスからの返事は無かった。

それから直ぐにテラスは紅蓮の神聖力の光に包まれて

体ごとゆっくりと飲み込まれて行った。

そして紅蓮にテラスが憑いた、その瞬間


ゴォオオオオオオっ―


神聖力が爆発し凄まじい閃光と爆風が辺りに広がった。


「くっ、なんて強大な力なんだ!!?」


爆風によって舞い上がった砂埃が段々と薄れていき

周囲に静けさが戻って来るとその姿をやっと捉えることが出来た。

もはやそれは視界に映さなくても存在感が犇々と伝わってくるが、

ましてやその姿を目の当たりにしてしまった者はもう瞬きすら

することが出来なくなってしまうであろう・・・・


「な!?う、美しい・・・・何だこれは?

 これが神憑き、というものなのか・・・・!?」


八咫郎の唇が無意識に動き、素直な感想を吐き出した。

そして神憑きとなった紅蓮が酒呑童子に向き直る。

紅蓮の目の前に在る酒呑童子は既に先程の神聖力の爆発に

その身が耐えきれ無かったのか体の半分ほどが消滅していた。


「キサマを滅し、2度とこの世に現れることが叶わぬ様この地に、

 我の管理下の元その悪気を封印する!!」

「ギャォオオオオオ!!」


最後の抵抗とこちらに突進してくる悪鬼だが、

一撃でこの異常事態は終焉を迎えた。


「森羅・・・・万象っ!!!」


あたしが神憑きとなりものの数分で

酒呑童子はこの世からその存在を消した。

この後は酒呑童子を太陽の窟屋の直ぐ向かいに

石碑を形代にしてこの地に封印して町のこれまでの物より結界強化。

テラス曰く結界を4重層にしたらしい。

あたしに霊解で何処か遠くに吹き飛ばされた誠さんは無傷で

数十分後に八咫郎の元にカムバックしてきたらしい。

そして神憑きとなっても結局、力を使ってしまったあたしは

その事件から意識を取り戻すのに4日も掛かってしまった。

この一連の騒動についてテラス、八咫郎、誠さんも交えて

何故このタイミングで、前触れも無く酒呑童子が現れたのか、

何故テラスの太陽の窟屋に向かって行ったのかを何度も会議したが

どれだけ意見を出し合っても皆、憶測の域を出ることは無かった。


――――――――――――――――


「これ、八咫郎!もっとスピードを上げぬか!」


今日の見回りの分と酒呑童子の封印強化を終えて現在19時半。

家に帰る事無くそのままBarに向かっている。

だが既に出勤時間を30分も過ぎてしまった・・・・


「そう言われましても、これ以上は・・・・」

「八咫郎!これ以上速度出したら落ちるって!!」


帰りを急かすテラスのせいで霊解で防御するも

それさえも危うい状態にある。

八咫郎がトップスピードで飛行しているということは

新幹線の速度なんかは話にならないのだ。


「ぬるいぞ紅蓮!これも修行じゃ!」

「元を言うたらテラスが起きるの遅いからこんな時間まで掛かったんやろっ!!」


―何を好き勝手言うかこの駄目神がっ、


「過ぎた事を云々言う出ない。酒が我を呼んでおるのじゃぁ~」

「呼んでねーよ。」

「・・・・申し訳ございません、お嬢。

 明日のランチも腕によりをかけてお作り致しますので!」


部下が苦労する・・・・本当にこんな上司はご免だ。


「ん?紅蓮、何じゃその顔は?」

「・・・・何でも」


山々を駆け抜け町の明かりが見えて来た。

店までの距離はもう直ぐ其処である。

上空大凡、5メートルから飛び降り、着地するまでに人型に変身。


「誠ー!参ったぞー!」


それはもう上機嫌で店の扉を開ける。


「酒飲む時だけ動きが神速やね。」

「我が主ながら誠に残念でございます・・・・」


―八咫郎よ、落ち込むだけ無駄やで・・・・


テラスに続いてあたし達も店に入る。


「あ~ら、みんなお帰りぃ~!待ってたわぁ~ん♪」

「誠さん遅くなってすみません。」

「いいのよぉ、そんな事!ほら早く!もう大体揃っているわよ?」


L字のカウンターに小さいボックス席が2つある店内は

狭すぎず広すぎず居心地の良い空間となっている。

そしてそのカウンターの上には誠さんの手料理が

ズラリと並べられていて豪華な飾りつけが施されていて

記念日のお祝いの雰囲気を醸し出している。

既に馴染みの常連さんはもうある程度顔を揃えていた。


「おーい!紅蓮ちゃん、今日は客席らしいな!」


この町の漁師である山形さんが声を掛けてくれた。

しかし、なんだか既にもう酔っぱらっている様だ・・・・


「え?いや、・・・・客席?」

「ほーら!紅蓮ちゃん良いからソコ、座って座って!」


本来ならお客さんが座る席に誠さんから促される。


「はあ・・・・?じゃあ八咫郎、誠さんのフォローを・・・・って、」


―おい・・・・もう囲まれてんの?


少し目を離した隙に誠さんがこの記念日の為に

呼んだマダム達に即行で拉致されていた。


「奥様方、ちょっと離れて・・・・」

「えー。八咫郎君良いやんちょっとくらいこっちで飲んでいきなって」

「そーよぉ?たまには大人の女に触れんとねぇ?」


じぃ―・・・・


「へ?」


カウンターに座らされたあたしにマダム2人からジロリとキツイ視線を受け取る。


「ねぇ八咫郎ちゃんこの会の後空いとる?」

「ちょっとぉ!抜け駆けとかズルいー!」

「あ、いや。俺はこの会が終わった後はお嬢とテラス様を

 ちゃんと家に連れて帰るという義務がありますので。」


この八咫郎のお堅い返事にお姉様2人は抗議の声を上げる。


「またー?てか、2人共大人なんやから自分で帰れるって!」

「そーやって!やから今日は遊びに行こうよぉー?」


八咫郎はそのビジュアルからこの町のマダム方から

絶大な人気を誇っている、マダム達に市長にまで押し上げられそうになった・・・・


「申し訳無いが失礼する。」


そう言い無理やりその絡みついてくる手を振り解いて

八咫郎を呼んだあたしの元までたどり着く。


「おいおい、毎度見せつけてくれるじゃねぇーか色男め」

「女からのお誘い断るなんざ男が廃るってもんよ!」

「いえ、俺は大変迷惑です。」

「贅沢なやっちゃなーほんまに!」


地元民から八咫朗へのブーイングが飛ぶ中


「ほらほら!!」


パンパン、と誠さんが手を叩いて場を仕切る。


「みんなぁ~、グラスは行き渡ったかしら?

 乾杯するわよぉん!」

「あー!ちょっと待って!」


あたしは急いで瓶ビールを両手に持ち周囲の空のグラスに注いでいく。


「おっっとっと、ありがとよ紅蓮ちゃん。」

「本田さんこちらこそ毎年何か分からんこんな会に

 参加してくれてありがとう。」


そう、これは勝手に作った記念日の会だ。

本田さんはこの町で酒屋を経営している。


「賑やかな町にはピッタリなバカ騒ぎ会だ。」


そう言うと、にぃっと嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


「それではぁ、この町の平和にかんぱーい♪」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


町中の酒飲みが集まったパーティーが始まった。


「はい紅蓮ちゃん!誠スペシャルタバスコピザよぉ~ん」


誠さんがどや顔で出してきたそれはあたしに予告していた

誠さんお手製のピザだ。タバスコで真っ赤に仕上がっている。

それを見るなり周囲は表情を険しくした。


「おい、ママ・・・・この町で一番の美人を殺す気か?」

「何よ、失礼ね!これは紅蓮ちゃんの大好きなタバスコぶっかけピザよ!?」

「だから殺す気かって聞いとるんよ。お、おい紅蓮無理に食べんでも・・・・」

「うっはー!!めっちゃ美味しそうやんか♪」


えっ・・・・

という周囲の反応はあたしには入ってこない。


「でしょ~?いーっぱい用意したから沢山食べてねん♪」

「はーい!いただきまーす!」


はむっ

早速ピザを口に放り込む


「んー!!うんまいっ、たまらーん」

「・・・・なぁ紅蓮。」

「んぅ?」

「それ、タバスコ以外の味・・・・するか?」

「え?うん、普通にピザの味やけど?あ、本田さんもどうぞ?」


そう言って一切れピザを差し出したが何故か全力で断られた。


「よーし!今宵も楽しむとするか。誠よ、酒をしこたま頼む」

「テラスちゃんエンジンかかって来たわねぇ!直ぐに用意して持ってくるわん」

「よっしゃ!テラスちゃん今日もやるか!?」

「おぉ!山形殿、望むところじゃぞ!!」


山形さんはテラスの一番の飲み連れだ。

良い魚が上がった時はそれをツマミに朝方まで飲み明かしている。


「今日も朝までコース確定やの、こりゃ。」

「勿論じゃ!ちゃんと我のペースに付いて来れるかのぅ?」

「何を言うか!それはこっちの台詞よ!」


そんなくだらない小競り合いに誠さんが熱燗を

これでもかって程、おぼんの上に並べて来た。


「おまたせぇ~!さぁジャンジャンやちゃってねん♪」

「いざ勝負じゃっ!」

「望むところよぉ!」


はぁ・・・・

と、八咫郎の溜息が聞こえて来た気がした。

深酒して店でそのまま潰れて八咫郎がテラスを背負って

家まで連れ帰るのはは何も珍しい事では無いが年に1回の

このイベントではテラスの酔い方がそれはもう酷いので手に負えない。


「八咫郎、あんまり酷かったらテラス置いて帰ってもええからね。」

「はっ、了解しました!」


去年、八咫郎がテラスをおんぶした瞬間にゲロゲロに吐かれて

八咫郎の後頭部から下が悲惨な状態になったことを思い出した。


「くぉら!そこっ、聞こえておるぞ!ちゃんと我も連れて帰らぬかっ!!」


こういう事だけちゃんと聞こえているのがムカつく。


「まぁまぁ、今日だけは大目に見てあげて紅蓮ちゃん?」

「誠さんはテラスを甘やかし過ぎなんですよ。

 八咫郎に吐かれたら次の日背中に乗った時、臭くてしょうがないんやから。」

「えっソコォォォオ!!?お嬢ソコォォォ!?」


そう、ソコなのである。てゆーかソコしかない。


「おいオカマ!今日は俺も飲むっ!酒を持ってこい!!」


―え?・・・・えええぇぇぇぇ!!?う、うそ・・・・


「へ?八咫郎・・・・?」


今のは幻聴だろう、きっと。


「んまー!!八咫郎ちゃんが飲むなんて初めてじゃない!!?」

「うるせぇっ、とっとと持って来い!」

「マッハで用意するわん、待っててぇ~♪」


どうやら聞き間違いでは無いらしい。


「おお!良いぞ八咫郎、お主が酒を煽るのは何百年ぶりかのぅ?」

「・・・・お嬢の」

「え、何?」

「お嬢の優しさが欲しいぃぃいいいっ!!!」


てかもう酔ってないこの人?


「紅蓮!お主も何をボヤっとしておるのじゃ、飲み足りぬぞ!」


酒の矛先がこちらにも向けられた。


「今ピザ食べてんの。」

「なーにがピザじゃ!さては最近飲んでおらんかったからついに弱ったな?」

「冗談、テラスよりは明らかに強いから安心して。」

「ふんっ!口では何とでも言えよう、情けないのぅ。

 そんな仕上がりにするために修行を付けて来たのではないぞ!?」

「何の修行や!てか毎日飲み潰れて二日酔いの馬鹿に言われたくないね!!」


段々と口論がヒートアップしていくとし次第に

2人の周りに二都が集まりだした。


「お、早速か?」

「あぁ、始まるね。」


見物客が開催を待っている


「誰が潰れたじゃと!?それに二日酔いなんぞなったことが無いわ!」

「はぁー!?よくもそんな事が言えたもんやね!

 そんなに言うなら望み通りに潰したるわっ!」

「ほぉー、やれるもんならやってみよ!

 誠!一升瓶で2本持ってくるのじゃ今すぐにっ」


誠さんが八咫郎の酒を持って出て来た。


「はいはーい、やっぱりね今年もやると思ってたわぁん。」


そう、去年も一昨年もテラスと一升瓶早飲み対決を開催しているのだ。


「待ってました~!」

「俺は紅蓮ちゃんに1票っと」

「いやいや、今年はテラスちゃんに勝ってもらわんと」


正直、勝敗の記憶なんて誰にも残ってないから勝ちも負けもない。

あたしとテラスは一升瓶の封を開け両手で持ち口元にスタンイさせる。


「じゃあ~行くわよぉ!3,2,1・・・GO♪」


2人して一気に酒を流し込み喉がゴクゴクと音をたてている。


「ふはっー!くぅ、やっぱ酒はうまーっ」

「そんな感想など悠長に言っている暇などないぞ?紅蓮よ」

「へー?酒を味わう余裕も無いんやねー、テラスは」

「何を小癪な!!」


バチバチと火花を散らしながらお互いお互いを睨みつけて飲み進めていく。


「飲め飲めー!早いとこ酔っぱらっちまえー」

「ママ、こっちも酒くれ!」

「は~い!ただいまぁ♪」


長い長い宴の始まり。

あたしもテラスも八咫郎もこの時ばかりは羽目を外して酒と雰囲気を楽しむ。

また明日、変わらない町の平和を願って。

明日も1年後の今日を紡いでいく―




















「」






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

荒ぶる神の崇め方 @piyomaru0527

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ