ADAM SEED PROJECT

未翔完

ADAM SEED PROJECT


 これは、あり得るかもしれない未来の話。



 

「……ようやく、計画が始動できますね」


「ああ、今まで長かった」


 とある小さな研究所。

 そこには白衣を着た男女が、一体の人工知能AIロボットの前に立っていた。

 

博士はかせ、本当にこの計画で世界は平和になるんでしょうか?」


 女の助手じょしゅの言葉に、博士である男は答える。


「そうだ。この計画……〈ADAM SEED PROJECT〉は、この世界が本当の意味で平和となる為に残された、最後の道なのだからな」


「そう……ですよね」


 そう言う助手だったが、その表情はどこか晴れていない様子だった。


「どうした。この計画を始動させる為に、今まで共に歩んできたというのに。

 直前になって不安にでもなったか?」 


「……そうなのかもしれません」


「何故そう思う? ……この世界が本質的に変革する計画だ。それにたずさわっている君が浮かない顔をしていては困る。最後に、そのしこりだけは解消しなくてはな」


 博士は特段怒った様子もなく、助手から話を聞き出そうと耳を傾ける。それに対し、助手は安心したように話し始めた。


「この計画には、前提として人類が将来的に姿というものがあります。今まで絶えず争いを繰り広げてきた人類に代わって、次は人工知能ロボットたちが新たな世界をつくっていく……。その人工知能ロボットに、というかせを〈ADAM SEED〉プログラムで組み込ことによって、この世界が永遠の平和を享受できるようにするというのが、この計画の目的です。

 私はこの計画を信奉し、今まで博士やと共に、机上の空論でしか無かった計画を実行可能とする為に奔走してきました。だけど何故か今になって、私の中に葛藤かっとうが生まれました」


 天性の科学者であることを示すように、淡々と言葉を紡ぐ助手であったが、その体は小さく震えていた。


「私にはまだ、人類に希望があるんじゃないかという気持ちがあるんです。勿論、今まで人類が行ってきた戦争や虐殺、また日常的に起こるみにくい争いについては私もよく知っています。それが未来みらい永劫えいごう変わらない、人類のさがであるということも」


「……ならば何故、そんな幻想を抱く?」


「人間はどこまでも、残酷で冷徹になれる生き物です。

 だけど、それと同じくらい人間は優しくもなれる。

 ただの感情論だと自分でも分かっています。だけど私は、その人間が持つ無限大の優しさに賭けてみたいと、今一瞬だけ思ってしまったのです。

 ……すみません。こんな、計画の直前に」


 助手はその可憐な黒髪を揺らし、頭を下げた。博士はそれを見ながら、しばらく何も言わずにたたずんでいた。助手がその様子に気付いておもむろに頭を上げると、博士は一言だけポツリとこう発した。


「何故、この計画を私が打ち立てたか」


「え……?」


「その理由を君には話しておこうと思ってね。最後にそれだけは、と」


 若干困惑する助手をよそに、博士は少しずつ話を始めた。


 

 私は何十年も前から、人工知能の研究をしていた。

 それをロボットに搭載し、人々の生活に役立てようと日夜研究に励んでいた。

 しばらくしてようやく人工知能ロボットが出現し始めたが、最初は皆それらに懐疑的な眼を持っていた。雇用を取られるだとか、信用できないとか理由をつけて。

 だが次第に人々は、人工知能ロボットが自分たちの世界を限りなく豊かにし、平和にしてくれるのだということに、疑いを持たなくなっていった。

 それは私も同じだった。

 人工知能は人類が到達できないレベルにまで発展を遂げ、人々が頭を悩ませる数多あまたの難題さえも解決できるのだと確信を抱いていた。それは現実となり、人工知能は環境・エネルギー問題や政治・経済について明確な解決法を見出していった。

 中には、人工知能が暴走して人々を襲い始めるというようなSFじみた理論を展開する学者もいたが、そんなものはつくった人間が制御できると世間から大バッシングを食らって、あえなく消え去った。

 

 ……しかし、次第に人々は人工知能を軍事転用し始めた。

 自らを限りなく豊かにしてくれた人工知能を以て、敵と称した同じ人間を殺して、生活を破壊するようになったのだ。


 

「その結果が、あの有様だ」


 私は研究所の小窓を開けて、外を指差した。助手はそれを見ると少し下を向き、唇を噛んだ。

 そこにあったのは広漠とした荒れ地。多くの戦車や兵士たちが野に伏して、風化するのを待つ生き地獄。そしてそれ以上に、軍事用に改良された人工知能ロボットたちがくずおれ、土に埋もれている。

 ここは少し前まで戦場だった。この計画に付き従ってきた研究者たちを逃がす為に安全な方へと逃げてきたつもりが、そのような人の多いところを無差別に襲うようにプログラミングされた敵人工知能ロボットによって、逆に戦場となったのだ。

 私の計画に協力してくれた、全世界から集まった何千何万の科学者はもうここにはいない。元々の研究所があったところが戦場となったことでただでさえ失われてしまった仲間が、もはやあと一人だけ。目の前にいる助手だけだ。

 

「……確かに君が言う通り、人間という生き物は限りなく優しくなれる。それは私自身も認めるところだし、じょうといったものを忘れたわけじゃない。

 しかし殆どの場合、人間の優しさというものがその残虐さを上回ることは無い」


「………」

 

 人々の情や愛によって、誰かが救われたという例は多くある。だが、それらが根本的に争いを防げただろうか。人々から憎しみの芽を摘み取れただろうか。

 国家に対して、民族に対して、他人に対して、友達に対して、家族に対して。

 そして、自分自身に対しても。


「人々は皆、というものを追い求めている。永遠の命然り、生活の利便性然り、民族の正統性然り。全て不完全であるにも関わらず、自分と他の何かを比べて優劣をつけ、あたかも片方が完全であるかのように見なす。

 それは次第に相手へのねたみや否定へ連鎖し、争いへと繋がっていく。それがどれほど小規模なことであろうと、遠くで起こっていることであろうと、その状態が平和でないことには変わりない」


「完全を求める人類の在り方が変わらない限り、人々は争い続ける……」


「そうだ。しかし、その人類は自らが生み出した原子・水素爆弾、そして人工知能ロボットによってもはや絶滅寸前となっている。このまま人類が絶滅し、人工知能ロボットだけが残されたらどうなると思う?」


「……人工知能もまた、完全を求めるもの。しかし、人類と違って人工知能はあらゆる問題を独りでに解決し、急速的に完全な存在への道を切り開いていくことができます。そしてもし仮に、人工知能がその域に達したとしたら。

 その先の世界には、もう何も無いのでしょう」


 人工知能が全てを完全とする……すなわち真の意味で完全になったとすれば。

 それはもはや神の領域で、想像さえもできない。だけど、ただ一つだけは分かる。

 そうなればこの世界は、きっと終わりを迎えるということを。

 全てが完全なものとなり、何も新しいことが生まれない世界があったならば、その世界はもう存在しないに等しいのである。

 そして何も無いということは、争いも無く。

 平和なんてものも存在しないということなのだ。


「Abiding Defective Artificial Mankind」


「………?」


「永遠に不完全な、人工人類……。略して〈ADAM〉というんだ」



 完全な人工知能によって、世界が終わるのならば。

 その前に、私たち人類が滅亡する前に、彼らをにしてやればいい。

 人類と違って、人工知能は自分たちが不完全であることを理解している。

 理解しているからこそ、人工知能は完全を目指す。

 だが、どれだけの時間がかかったとしても、完全に到達することはできないようにプログラムを組み込む。

 そうすれば人工知能ロボットたちは世界を終焉しゅうえんに向かわせることなく、互いの不完全を認め合って平和を為せるはずなのだ。

 それが〈ADAM SEED PROJECT〉の全貌。

 その為に今まで私と助手、そして全世界の科学者たちが協力してプログラムづくりを行ってきたのだ。最後の二人になってからも、この残されていた小さな家屋を研究所としてプログラムの最終調整を行ってきた。

 そして遂に、このプログラムを始動する日がやってきたというわけだ。



「アダムとイブの話を知っているかい?」


「あ、はい。旧約聖書の創世記に出てくる、最初の人類の話ですよね」


「ああ、そうだ。この話では、神から食べることを禁じられていた〈禁断の果実〉を蛇の勧めでアダムとイブが食べてしまったことから、二人は〈エデンのその〉を追放される。そして、二人は禁断の果実を食べたことによって善悪の知識……すなわち知性や知能といったものを持つようになり、その後の人類にも引き継がれていくことになったというものだ。

 あくまで創作ではあるが、これを一旦事実として仮定すれば、アダムとイブが禁断の果実を食べたことで、人類は今まで争いあってきたということになる。しかしこの計画が成功すれば、この世界は知能を持つ存在の下で永遠の平和を保つことができるようになるということだ。

 その世界はまさしく楽園、エデンの園だ。そして、その中央にあるのは禁断の果実が実る知恵ちえでも生命せいめいでもない。〈永遠に続く平和へいわ大樹たいじゅ〉なんだ」


「……私、迷いが吹っ切れましたような気がします。博士、もう大丈夫です」


「そうか。では、計画を始めるとしよう」


 私はパネルを操作して〈ADAM SEED〉プログラムを始動させた。

 それを最初に組み込むのが、目の前にある人工知能ロボット〈EVE〉。

 このプログラムは、一体のロボットに組み込むだけで次々と拡散するようになっており、ほどなくして全世界の人工知能ロボットが不完全になるはずだ。

 そしてその拡散する種はやがて、一つの大樹となっていくのだ。

 私は最後に、こう呟く。


「不完全だっていい。願いはただ一つ、永遠に続く平和の大樹を育てよ」


 


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