第10話 エピローグ

携帯がブーと鳴る。2回振動してから鳴りやむ。

メールの類か、明るくなった画面を見るとメッセージアプリの通知だった。

沙織からだった。

俺は携帯のロックを外して、画面を確認する。

<Saori:今日は学校?

俺はレポートを中断して、メッセ時アプリに返信する。

<Hiroki:うん、レポートやってる

今日は大学の作業スペースでレポートを書いている。

今日中に出せば単位はなんとかなる。

返信はすぐに来た。

<Saori:時間はある?

<Hiroki:あと30分くらい待ってくれ

<Saori:じゃ終わったら中央食堂に来て

<Hiroki:了解

メッセージアプリのやりとりは簡単に終わった。

俺はレポートに戻った。

最近は大学に来るようにしている。

少なくとも沙織と一緒に卒業したい、そう思うようになったから。

おまけに利奈がもしうちの大学にきたら、ダブっている兄になってしまう。

別にいい成績でとか、有名な会社に就職したいとかは別に思っていない。

就職活動は、まあしないだろうな。

そのままバイト先に入るのもありだし、システムとか情報工学をもっと勉強するといった漠然としたビジョンもある。

ただ、今までのつけは大きかった。

バイト先も忙しくなるし、試験も始まる。

これからのことを考えると暗くなるが、沙織の笑顔があれば乗り切れそうな気がしてきた。


 レポートを送信すると、おれは中央食堂に向かった。

俺たちの情報工学部からはすこし離れているが、情報工学部の食堂よりもメニューが豊富なので、たまに行くこともある。

食堂につくと沙織を探す、真ん中の奥の方で女友達を話していた。

俺の知らない人だった。

会話の邪魔になるかな、どうしたものか。

沙織は俺を見つけると、軽く手を振る。

それが合図となって女友達が席を立つ、二人は軽く手を振って別れた。

沙織の方に歩いていくと、その女友達とすれ違う。

彼女は俺とすれ違うときに、にこっと笑った。

沙織は俺ことをどう話しているのだろうか?

沙織がいるテーブルに到着すると、俺は沙織の前の席に座る。

先ほどまで女友達が座っていた席だ。

席に着くと沙織の甘い香りが漂ってきた、この前よりやや控えめな感じだった。

「利奈から連絡あった?」

俺は会話を始める。

「うん、あったよ」

利奈は連絡をとってくれたようだ。

「で、大丈夫そう?沙織から見て」

「いまでも点数は取れてるみたいだから大丈夫なんじゃないのかな」

「あとはちょっと苦手なところをなんとかすれば」

さすが沙織、俺なんかじゃ受験のアドバイスはできない。

「助かるよ、これからも相談に乗ってやってあげてくれ」

俺はあらためて感謝した。

「それと、今度おうちに行くことになったわ、お勉強みてあげるの」

沙織が嬉しそうに言った。

そっちの方が効率もいいだろ、沙織は教え方が本当にうまいから。

「ありがとう、今度お礼するよ」

「ふふ、期待しているわ」

俺はさらに聞いてみた。

「他には?利奈は何か言ってた?」

「兄をよろしくお願いしますだって、ふふ」

なんか意味ありげな笑いだった。

「いや、実際助かっているよ、沙織が送ってくれたノートやプリントのPDFのおかげでレポートもなんとかなりそうだ、ありがとう」

俺はよろしくされていることを素直に感謝した。

沙織は当然のことよとでも言いたげだった。

にこやかな会話のあと、俺は一応周囲の様子を確認した。

周りの学生たちは自分たちの会話に夢中なようだ。

「例の件は何かあった?」

俺は気になっていることを聞いた。

「ううん、別に変わった荷物も届いてないし、電話もないわ」

沙織の答えでちょっと安心した。

例のオークションがらみでこれ以上の事件は起こっていない。

「あと、ママが言ってたけど」

沙織の言葉に俺はすこし驚いた。

「ママ?」

沙織はしまったという顔をして恥ずかしがったが、すぐに続けた。

「ママが言ってたわ、Aさんのオークションが無くなってるって」

「ID停止になったんだろ」

俺は表情に出ないように答えた。

”×オク”ではユーザがオークションに違反申告をすることができる。

違反申告をされたら運営もそのオークションを調べる。

違反申告の理由としてAさんのような商品を用意してないもある。

誰かがAさんのオークションに違反申告をした、

在庫があることの証明を求められ、Aさんは提出できずなかった。

それでID停止となったのだ。

その違反申告をしたユーザというのは俺なんだが。

Aさんがいなくなることで、この事件に区切りがついたようだった。

「Aさんは、これからどうなっちゃうの?」

沙織が聞いてくる、沙織らしい質問だ。

「IDが止まったということはAさんの活動はいったん終わり」

「これでおとなしく引退してくれたらいんだけど」

俺こう答えると沙織がさらに言ってくる。

「やめなかったら?」

本人が止めたくても止めさせてくれない状況だってある。

「Aさんがまたあの活動を開始しても、それはAさんの判断、俺たちがとやかく言う問題じゃない」

俺は続けた。

「それにAさんには違うIDが割り当てられる、ネット世界ではIDが変わることは他人に生まれ変わることなんだ」

もうAさんとしては戻ってくることはないのだ。


 「でね、あれからママが”×オク”にハマっちゃってね」

沙織は嬉しそうに言う。

「おい、”みっつリーン”との価格差はチェックしろって言っただろ」

俺は少し心配になる。

「安心して、それはちゃんとやってるみたい」

少し安心する。

「Aさんみたいな無在庫の人のオークションを見て、いろいろと調べてるみたいよ」

沙織はやはり笑顔だった。

「ちゃんと欲しいものは”みっつリーン”で頼んでいるようだし」

まあそれなら大丈夫だろう、だが一応忠告だけはしておく。

「またトラブルに巻き込まれるのは避けて欲しいんだが」

俺の心配を気にしないで沙織が言った。

「大丈夫、ウチには優秀な探偵さんがいるから。それにママも弘樹に会いたがってたし」

これからいろいろと起こりそうな予感を感じつつ、楽しみにしている自分もそこにあった。


第1部 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネットオークション探偵なんて怪しげな存在に、いつの間にかなっていた俺 比木古 盛夫 @hikky_yaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る