ロング・ロング・グッバイ
可愛い記者さん、あなたは随分若いね。幾つだい? 24歳? そうかそうか。大学を出たばかりだろう。でも、苦労してきたって顔をしてる。そういう子、とても好きだよ。なに、記者を辞めて結婚するって? お腹に赤ん坊がいるのか。それはおめでとう。くれぐれも私みたいな悪い子には育てないように。
……そうだな。結婚祝いに、きみだけに私の秘密をふたつ話そう。これまで誰にも話してこなかった、飛び切りのスキャンダルだ。日本に帰ったら、然るべき時にこのネタを出して、いっぱいお金を貰いなさい。しっかり上司に「聞き出したのは自分の手柄だ」って主張するんだよ。とは言ってもきみは気が弱そうだから、後で私が一筆書いてやろう。
まずひとつ。私の命は長くない。先日、病院で末期癌の告知を受けた。医者は半年もつかどうかって言ってたよ。もう治療をするつもりはない。モルヒネを使って痛みを和らげて、穏やかに逝くつもりだ。
ああ、泣かないでおくれ。そんな顔をされると私も悲しい。死ぬのは怖くないよ。息子はもう結婚して子供もいるし、あっちではリコとナオミが待ってるしね。
でも、本当の秘密はここからだ。
実を言うとね、トビーは私の実子だよ。父親はリコだ。私たちは出会った頃からずっと恋仲だったのさ。ナオミはそれを知っていて、秘密を隠すための共犯者として結婚してくれたんだ。私は夫とセックスしたことすらない。
1984年の休暇は産休だ。お腹が目立つ前に世間から隠れて、日本の山奥まで行ってトビーを産んだ。出産にはリコが立ち会ってくれた。息子の産声を聞いたときが、私の人生でいちばん幸せな瞬間だったよ。
何で隠したかって? あのときはマスコミが煩かったからね。ただでさえ私たちは男女混合のバンドだ。男勝りな私に「リコとの子供」ができたなんて、マスコミが知ったらどうなると思う? きみもマスコミのひとりならわかるだろう。
加えて、セールイ・チャイカのファンは私とリコの関係に変な期待をしていた。マスコミが疑えば疑うほど、ファンは強固に「違う」と思い込むのさ。皆、私とリコの間には何もないと信じていた。私には「聖処女」の煽り文句までついた。本当のところは、いつだってリコと唇を重ねていたのに。
世間に告白しない、カモフラージュのためにナオミと結婚すると決めたとき、リコは静かな瞳でキスをしてくれた。私はそれを合意と取った。でも、彼の本心は違っていた。私はそこで間違った。私は身勝手で、リコの気持ちを何もわかっていなかった。
リコの遺書には、ひたすら私への想いが綴られていたよ。「ヴィーの決断を信じていた。結婚を祝福したつもりだった。何も変わらないと思っていた。けれど、ウエディングドレスを着たきみが微笑むのを見ると、何もかもが崩れ去った。愛はないとわかっているのに嫉妬する。きみの胸に抱かれるトビーにも嫉妬する。もう僕はきみと一緒にいられない。愛してる。愛してる。愛してる」――最高のラブレター。最高の呪いの言葉。私はリコを殺してしまったの。
天国で、彼はきっと待っていることでしょう。雪よりも白い糸で、美しいレースを編みながら。見事なウエディングドレスを仕立てて、私を待っている。昔から彼は言ってた。「僕のウエディングドレスを着たきみを見たい」って。だから私は今度こそ、リコのドレスを着て、神様の目の前で結婚式を挙げるのよ。
※2019年11月26日、セールイ・チャイカのシャノン・エドワーズ(出生名:シルヴィア・エドワーズ)は、肺癌によって息を引き取りました。同インタビューはトビー・エドワーズを筆頭とした遺族団体の許可を得て公開したものです。
Long Long Goodbye 雨宮夏樹 @N-amemiya
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