ヒロに誘われ金沢へ

新巻へもん

寒さは距離を近づける

 いたいた。お昼時の学生食堂の隅の方にヒロが座っていた。新学期そうそうの頃と比べれば空き深まったこの頃は随分と混雑ぶりが緩和されたので見つけるのはたやすい。いつになく真剣な表情でスマートフォンと睨めっこをしている。こんな凛々しい顔をゲームをしているとき以外に拝めるとはいったいどうしたのだろう?


 ヒロは普段はいつもぼんやりとしているように見える。もう少しいつもからシャキッとしていればカッコいいのに本人は分かっていないのか、いつも縁側で日向ぼっこする猫のように緩んだ顔をしていた。そのことを教えてあげてもいいのだが、敢えて黙っている。


 高校時代と違って周囲の子達もだんだん男を見る目が変わってきた。スポーツができるとか、見た目がいいとか、そういう分かりやすい部分以外にも目を向ける女子が増えている。実はヒロはそういう意味ではいいところが結構あるのだ。お付き合いしているのは公言しているけれど、人のものがいいという泥棒ネコもいるから用心用心。


 もっとも、ヒロのことは信用している。陰でこそこそ他の子と付き合ったりするような心配はしていない。万が一の事故防止のためだ。押しに弱いところがあるので、猛アタックを受けたら陥落してしまうかもしれない。私も御守りに頼っているし。左指のリングを確認する。


「ヒロ」

 声をかけるとビクっとして顔をあげた。慌ててスマートフォンの画面を消す。怪しい。また、怪しいサイトのリンドバーグとかいうキャラクターでも眺めていたのだろうか?


 向かいの席にトレイを置いて座る。

「やあ。遅かったね」

「うん。刑法の薗田先生の授業は分かりやすくていいんだけど、授業が伸びちゃうのが難点かな」


 さりげなくジャブを打ってみる。

「それで、何を真剣に見ていたの?」

「ん。なんでもない。待つ間ネットサーフィンしてただけ。あ、俺も昼買ってくる。先に食べてて」

 そそくさと立つヒロはテーブルに足をぶつけた。やっぱり怪しい。


 生姜焼き定食を食べていると、サークルの1年上の金光先輩が声をかけてきた。正直、この人は好きじゃない。ちょっと顔はいいが、他人に対する態度が酷いのだ。私に対しては猫なで声を出しているけど、コンビニで代金を投げつけるように置いたり、レシートを渡そうとすると、不機嫌な声でいらねえよ、と言うらしい。


 私は大学そばのコンビニでバイトしているアキちゃんからそれを聞いて知っていた。

「佐々木ちゃん。この後暇だったら……」

 うえ。勝手にちゃんづけはやめてくれ。この人ははっきり言わないと分からないタイプだな。

「話しかけないで貰えます? ご覧のとおり食事中なんで。犬だってそういうときに邪魔されたら噛みつくって知ってます?」


 追っ払った頃にヒロがカレーをトレーに乗せて戻ってきた。ここのカレーは190円と破格の安さだが、味はかなり大幅に甘めの評価でもイマイチとしか言えない。

「あれ? 前に食べて2度と頼まないとか言ってた割には最近そればっかりじゃない?」

 一応は店内なので声を潜めて聞いてみる。

「まあ、そうなんだけど、安いからさ」


 ははん。また、何か欲しいものか何かがあって節約してるな。栄養補給は自宅でできるから昼はできるだけ安いものを食べようというつもりか。

「そこまで節約しようとは、何を企んでおる? 正直に白状せい」

 問い詰めると何かもごもご言っていたが、最終的には降参した。


「あのさ。冬休みに旅行でもどうかなと思って。前に金沢に行きたいって言ってたじゃん」

 なるほど。そういうことですか。

「いいよ」


 あっさりOKするとびっくりした顔をしている。

「それで、ええかっこしようと私の分まで払うつもりだな。そんな無理しなくていいのに。それに私がヒロがお昼を我慢して作ったお金で楽しむ女だと思ってるの?」

 わざと怒った声を出すとヒロは大慌てしはじめた。


「いや。でも。誘うのは俺だし」

「金沢ってことは当然泊りだよね。何泊するつもり?」

「2泊ぐらいかなと思ってるんだけど」

「それじゃあ、ヒロは新幹線代を出してよ。私が宿代出すからさ」


 ***


 冬の金沢は信じられないほど寒かった。毎年帰省している京都もえげつないけど、ここもいい勝負なほど。手袋をしていても手が冷たい。ヒロが手を繋いでくる。その温もりが心地いい。兼六園で雪の降り積もる雪吊りを見て歩き、あんころと暖かいお茶を頂いて元気を回復したところで、バスで妙立寺へ移動した。今回の旅行のハイライト。


 妙立寺は別名が忍者寺となっている。寺のあちこちに色々な仕掛けがしてあるらしい。賽銭箱に見せかけた落とし穴。1枚の扉を共用してあり、引いて中に入るともう一方の入口を隠してしまう仕掛け。壁に見せかけてあるがぐるりと回転して反対側にはいることができるどんでん返し。


 だいぶ古くなっているためガイドさんの案内でグループで見て回るのだが、私がグループで一番はしゃいでいたかもしれない。こういうのに夢中になるので昔から母親には呆れられているのだけれど、楽しいのだから仕方ない。

「あんまり興奮して勝手に一人で行動しないでください。毎年行方不明になっていなくなる人が出るんですから」


 やんわりと注意された私を見てヒロのやつは笑いをこらえるのに必死だ。そういうヒロだって、興味津々なのは長い付き合いなのでお見通しなんだけどね。

「なによう」

「いや。楽しんでるなら何より」


 夕方近くになるとヒロがなんだかそわそわし始めた。市場近くのお店で海鮮丼を食べ、ちょっとだけお酒を飲んでホテルまでの道を歩く。日が落ちて一段と寒さの増した道を滑らないように気を付けながら足を運んだ。ホテルにつくとフロントでチェックインをする。


「佐々木さま2名ですね。2部屋ご用意してあります」

 キーを受け取ってエレベーターで7階まで上がった。ずっとヒロは微妙な顔をしている。本当に分かりやすい。同じ部屋に泊まれるつもりだったんだな。廊下を歩いて向かい合わせの部屋の前でキーを渡す。


 まるで捨てられた子犬のような目で見ていたけど、じゃあね、と扉を閉めた。忍者寺で笑いすぎた罰じゃ。お風呂に入って凍えた体を温めて出てくると仏心が湧いてきた。スマートフォンでヒロに電話する。ワンコールで出た。


「なに?」

「部屋で少しだけ飲もうかなと思うんだけど来る?」

「すぐ行きます」

 電話が切れたと思ったら部屋の呼び鈴が鳴った。


 念のためのぞき穴から外を見るとのどぐろを焼いたもののパッケージを掲げているヒロがいた。こやつ、こういう所は手回しがいいんだよね。ドアを開けてやるとそろりそろりと入ってくる。ま、いっか。別々の部屋をとったのはアリバイ作りなわけだしね。

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