【KAC20203】 ソウルリターン

遥乎あお

【KAC20203】 ソウルリターン



 輪郭が定かではないモノクロの世界において、一人の少女が浮かびながら一つの物体を追っていた。


「まってー! なんであんなに早いの!?」


 少女の見た目は黒を基調とした袴のような格好だった。黒い巫女服とでも呼ぶのがふさわしいだろうか。


 羽衣のようなものが取り付けられているせいで完全な巫女服と呼べないが、そこまで間違ってもいないだろう。


 そして、少女の身長とほぼ同じ大鎌がその手には握られていた。


 この少女、大鎌を持っていることからも浮かんでいることからも分かるとおり、ただの少女ではない。


 所謂、死に神と呼ばれる存在だった。


 担当エリアの魂を回収し、輪廻に放り込むのが死に神の主な仕事になのだが、彼女は少し前に前任者から担当エリアを引き継いだばかりだ。


 その時に、〝たぶん、すごく大変だろうけど頑張ってね〟と言われ、困惑していたのだが、こんなものがいるとは思ってもいなかった。


「何なのあの魂!? 死に神から逃げる魂なんて聞いたこと無いわよ!?」


 そもそも魂に感情のようなものは無いはずだ。多少未練が残滓のような形で残っており、現世やこの狭間の空間を漂っていることはあるがその程度のものだ。


 そういった魂を正しい輪廻に送ることこそ死に神の仕事なわけだが、今、彼女は全力で逃げる魂を追っていた。


「はあ、はあ、追いついたわよ……いい加減輪廻に戻りなさい!」


 なんとか魂を行き止まりへと追い込んだ彼女は息も絶え絶えに魂目掛け大鎌を振るう。


 大鎌で魂を回収しようとしたのだが、魂は空間の壁をスルリと抜け、いなくなってしまった。


「え、うそ!?」


 まさか、ただの魂にそんなことが出来るわけないと思っていた彼女の大鎌は見事に宙を切り、空間の壁を切り裂いただけで終わった。


「や、やばっ、切り裂いちゃった。これって怒られるかしら? というか、こっちって現世のはずよね……ということはあの魂現世に帰ったってこと? 追いかけて捕まえれば怒られなくてすむ……かな?」


 こうして、彼女は現世に向かったのだった。





「お帰り、今日は早かったな大和」


「あー、うん。なんか新人っぽい死に神の子に追いかけ回されたけど。普通に帰ってこれたよ。それよりも、僕どれ位死んでた?」


 大和と呼ばれた少年は聞く者が聞けば正気を疑うような問いかけをする。


「大体、五分くらいか? 原因は植木鉢が降ってきたことだな。血が出てなかったから単なる気絶ってことにして道の端に置いといたけど、大丈夫だったか」


「ああうん、ちょっと服が汚れたくらいだね。助かったよ、玲雄れお


 そして、平然と会話している玲雄という少年も少年だった。


 とはいえ、この玲雄、最初から大和のこんなおかしな状態に対し平然としていたわけではない。


 大和と知り合ったのは互いに中学生のときだ。新入生で同じクラスになった二人が仲良くなった、という至ってごく普通の経緯である。


 おかしくなったのはこの後だ。


 ある日の学校の帰り道、トラックの荷台に積まれた鉄パイプが崩れ落ち、大和が巻き込まれたのだ。血こそ出ていなかったものの大和はぐったりとしており、息もしていなかった。


 完全に死んだと玲雄は思ったのだが、その次の瞬間にはあっさりと起き上がったのだ。


 さらに、


「いやー、また死んじゃったよ」


 などとふざけたことを言うので玲雄が怒りにまかせて詰め寄ると、大和は笑いながらこう答えた。


 自分は魂が肉体のダメージを肩代わりする性質で、軽い怪我ならともかく大怪我となると、魂がダメージの衝撃で肉体から飛び出してしまう。その後、肉体に戻ってくれば何事もなかったかのように復活するらしい。


 ちなみに、ダメージを肩代わりしている割に魂自体が無事なのは大和の魂がとても強いからだそうである。


 それを聞いても信じられるはずもなく、最初こそ、〝おい、大和しっかりしろ! 大丈夫か、大和!!〟などと言っていた玲雄も大和が最低でも一月に一回は死ぬことが分かると〝おーい、大和? 返事がないな……いつものだな〟とこんな風に完全に麻痺してしまっていた。


 そんな大和は近所では不死身少年とある意味話題になっている。



 

 本日も死んで復活する大和のフォローをした玲雄は今現在大和の部屋で一緒にゲームをしている最中だった。


 そのとき、


「み、見つけた! アナタが先ほどまで狭間にいた魂の持ち主ね!」


「うおぁ!? 誰だよこの子!? こ、コスプレ? というか、どうやって入ってきたんだよ!?」


 驚く玲雄と違い大和は平然としていた。


「ああ、さっきの死に神の……名前しらないや。なんて言うの?」


「え、リュエレ・フィーデスだけど……」


「じゃあ、リュエレちゃんだねー。よろしくー」


 差し出された大和の手に自然と握手するリュエレ。


 だが、次の瞬間には手を払いのけた。


「そうじゃないのよ! というかアナタ私の事理解出来てるの!? 魂だけの状態なら認識なんて出来ないはずなのに。それに死に神のことも知ってる……アナタなんなの!?」


「さっき、自己紹介したよねー? 大和だよ?」


「そういうことじゃねーと思うぞ、大和?」


 玲雄の静かなツッコミの後、話し合いが行われた。


 大和の魂が身体から飛び出し後、Uターンするように再び身体に戻ってくることを聞いたリュエレは肩をワナワナと震わせ叫ぶ。


「そんな変な魂あり得ないわ! 回収しないと大変なことになるに決まってる!」


「そんなこと言われても、僕としては普通のことだしねー」


「っく、だとしても先輩達がアナタのおかしな魂の回収に動かなかったとは思えないわ。アナタいったいどうやって先輩達を丸め込んだの?」


 そう、彼女の前に赴任していた死に神達がいたはずである。そして、そんな先輩達がこんな変な魂を見逃すはずもない。


 きっと、この大和とかいう少年がおかしなことをしたに違いない! と確信したリュエレが大和に問いかけると普通に答えが返ってきた。


「僕が毎回やり過ごして身体に戻ってきていたら諦めてたよ」


「先輩達―!?」


 思ったよりもしょうもない結果にさすがのリュエレも頭を抱えるが、根が真面目な彼女はこのまま終わるのを良しとしなかった。


「このままアナタを放置するつもりはないわ。次、魂が身体から飛び出すようなことがあれば、アナタの魂を回収してみせるんだから! アナタのこと監視させてもらうわよ!」


「大和、お前変なのに絡まれたな」


「僕は特に気にしてないけどねー」


 こうして、リュエレは普段の死に神の仕事の傍ら大和と一緒に生活することで大和の魂を回収しようと試みるのだが――



「ぎゃー!? 大和がまた死んだー!? というか、魂が飛び出すの早!? 追いつけない!? うそ!? もう身体に戻ってきた!?」


 リュエレが大和のおかしな魂を回収出来るかどうかはまた別の話。



「こ、この程度で諦めるわけには……」


「諦めたら? リュエレちゃんの先輩達もさじを投げたくらいだし」


「そもそも、毎回死んでも平然としてるアナタがおかしいのよぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

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【KAC20203】 ソウルリターン 遥乎あお @raiki

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