(3/3) Flash & Rush vs. "Flash Edge"

 一刹那前に自分がいた座標を、白刃が奔り抜ける。ギリギリで躱した燐風りんかは、距離を取ってから、振り向きざまにP90を連射する――が、十数発の軌道が描く扇の内から、すでにフラッシュ・エッジは離れていた。

 矢のように接近する敵へ、咄嗟に持ち替えたM870を発砲するも、次の瞬間には敵は視界外にいる。散弾の一部は当たったようだが、大した手応えはない。再び構えるより早く接近する斬撃から、必死で逃れる。


 狭く開けた空間では不利かと思い、部屋の外へと離脱を試みると、先回りされて進路を塞がれる。一度目にした者は殺すまで追い続けるということだろうか、普段なら習性を逆手に取る所であるが、如何せん、スピードに差がありすぎてそれどころではない。


「燐ちゃん、バイタル危険だよ、一旦退いて?」

「……まだ、やれるから」


 一つ救いがあるとすれば、敵はこちらの動きの後を衝くように動くので、呼吸を整える隙はあるということだ。しかしそれでも、手詰まりである。

 弾倉を換えながら、攻防の中で大破したヴィークルの中にある装備と、状況を照らし合わせる。P90より連射が速いのはミニガンくらいだが、あれを組み立てる余裕はない。やはり連射と散弾の組み合わせで少しずつ削るしかなさそうだ――そうだ、面での制圧。


 KAOSによる心身の加速を、限界まで上げる。ヴィークルの反対側へ敵を誘い込んでから、すれ違ってヴィークルに飛び込み、目当てを掴む。そしてその勢いのまま飛び出す――直前、直感に従ってぐっと慣性を殺す。

 飛びだそうとしていたスペースに、斬撃が奔る。移動の先読みの先読みが当たった格好だが、背後から突かれていたら逃げられなかったかもしれない、完全に運だ。


「危ないよ、退いて!」

 切迫した道子みちこの声に、怒鳴り返す。

「嫌だ! あいつらには、負けない!」


 私から全てを奪った、そしてラッシュの故郷を奪ったオーブたちを。

 私にしか振るえない力の全てで、人類の技術の粋で、倒す。

 それが燐風のレーゾンデートルだから。


「――これなら、どうだ!」


 キープした6発のM67手榴弾。敵の突撃を躱しながら、それらのピンをを次々と抜き、宙に放る。

 位置が反転した所で、手榴弾の位置を確認。ばらけるように投げた6発から、破片の飛散範囲を見極める。そしてその範囲から外れた一帯に躍り込み、P90を構える。


 弾幕と破片、どっちを避けようとしてもどっちかの餌食。

 その目論見を読んだかはともかく、投擲した物体が爆発物なのは敵にも伝わったらしい。だが、次の一手は読みから外れていた。


 最後に投げられた手榴弾を飛びざまに掴むと、燐風へ投げつけたのだ。

「――嘘っ」

 ある程度の距離を取れば、このスーツで破片を防げると判断したからこそ取った戦術だが。至近距離では分からないし、そうでなくても致命的な隙だ。

 手榴弾のない安全圏には、敵が陣取っている――逆に誘導されたか。


 巻き込まれるよりは、組み合った方がマシだ。地を蹴り、爆発から逃れながら敵と交錯する。迫る、抜き胴のようなすれ違いの一撃を、スライディングでくぐり抜け、


「――っ!!」


 肩を掴まれる。燐風を床へ押さえつける敵へ、ファイブセブンの引き金を必死に引く。命中の気配はするが、敵は怯まずに体勢を変えて燐風を押さえ込もうとする。極められる前にと、左の拳を敵の頭部へ叩き込むが、それも掴まれる。

 全身が灼ける。限界まで稼働するKAOSの腕力が、徐々にねじ伏せられていく。


 せめて、ここで死ぬのがひとりなのが、救い、だろうか。

 あの子は、寂しがるかもしれないけど。あの子にはあの子の未来があるから、きっと。


「――りんか!!」


 声と共に、頭上で鈍い音が鳴り、押さえつける力が弱まる。

 反射で引き剥がして姿勢を直す。現れたのはラッシュと、少し小柄な別のフォレスト・ウルフ。


「……ラッシュ!」

「こんどは、わたしが、たすける。

 ともだちも、りんかも、まもる!」


 ラッシュはそう叫ぶと、「ともだち」と共にフラッシュ・エッジに飛びかかる。お互いに呼吸を合わせながら、近すぎない間合いで小刻みにフェイントを入れ、相手に手を読ませない――ああ、ラッシュ。


 君は、強いね。

 だから、私も。


 ラッシュたちが斬撃を躱したタイミングで、P90を撃ち込む。食らった敵は、ジグザグに燐風へと距離を詰める。それでいい。燐風は回避を捨て、P90を横薙ぎに連射。当たった気配、怯む敵、次の瞬間にはラッシュが飛びつき、タックルで足を取る。

 絡みつくラッシュを貫こうと長剣を持ち上げる右腕に、「ともだち」が食らいつく。


 その流れを半ば予期していた燐風は、残る左腕を左脇でホールドし。


「これで、」

 右手のデザートイーグルを、敵頭部に突きつける。

「終われ!」


 頭から胴をなぞる、轟音が7回。銀色の剣士は、しばらくもがいた後に倒れ伏した。


「――勝ったぁ」


 思わずへたり込む燐風に、心配そうにラッシュが駆け寄る。


「りんか! りんか!」

「大丈夫だよ、助けてくれてありがとうね」

「ごめんなさい、りんかから、はなれて」

「いいんだよ、友達と一緒だから倒せたんだし……」


「燐ちゃん、無事に勝てたのすごく安心してるんだけど、早く装置の爆破」

「ああ、そうだった……扉あるけど、C4で壊せるよね?」


 *


 それから、なんとか装置の破壊から脱出までを終えて帰還した3人は。


「……撤退指示を無視したことは、また説諭する。ひとまず今は回復に励みなさい」

 肝を冷やしたのか、げっそりした様子の長官や。


「もう燐ちゃんはあ……先生、寿命が縮んだよぉ」

「私、センセイがいないと寂しい」

「多能性幹細胞でもなんでも使って長生きする」

 泣き腫らした道子たちに迎えられた。


 ……どんな経緯だったとしても。ここにいる人たちは、ここで働く私のことは、そんなに嫌いではなくて。

 何より。


「わたし、ほんとに、はなれてよかった?」

「本当だよ。ラッシュにもオーブの友達がいた方が、私も嬉しい」

「ありがとう……りんか、だいすき」

「私も大好きだよ、可愛くて強い、私のラッシュ」


 他の人間は誰も知らないような、ヒトでも動物でもない特別な彼女との絆が、温もりがあるだけで。今日に、明日に、綺麗な光を運ぶ風が吹き渡るように思えたのだ。

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Muzzle Flash × Girls' Rush いち亀 @ichikame

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