(2/3) Gale of bullets & region of monsters

 今回の任務内容は、地球側に頻繁にゲートを開いている一群の拠点に侵入し、ゲート生成機能を破壊することにある。

 拠点は砦のような作りになっており、またオーブには外敵の気配に敏感であることから、燐風りんか単独では正面突破も潜入も困難だ。そこで、燐風が遠距離から陽動している間に、ラッシュが同類に紛れて潜入し、内部で混乱を起こして守備に穴を作ってから、燐風が侵入するという作戦になっている。


 ビヨンドに降り立ち、荒野の先に見える城壁を見据える。索敵範囲外と思しきこの辺りで、まずはラッシュと手筈を再確認する。

「じゃあラッシュ、もう一回」

「うん。わたしが、しずかになかにはいって、なかであばれて、もんをあける」

「そう、いい子……けど、危ないって思ったら逃げてね?」

「うん、りんかも、きをつけてね」


 頷いてから、抱きしめる――出会った頃は子犬くらいの大きさだったのに、今では背筋を伸ばすと2メートルを越えるので、私の方が寄りかかる格好だ。


「じゃあ、ラッシュ、ゴー!」

「うん!」


 ラッシュは四足の体勢で森へ駆けていき、あっという間に見えなくなった。時速にして100キロほどだろうか。

 しばらく待つと、ラッシュからスーツを介して通信が入る。どうもオーブにはテレパシー能力があるらしく、その応用だ。

(ちかく、きたよ)

(わかった、はじめるね)


 そして、本部の道子みちこに通信を入れる。

「砲撃に入ります」

「了解、演算始めるね」


 一緒に転移してきた、遠隔操縦による走行機能付きのコンテナ、通称トランク・ヴィークルが動き出す。トラックほどの大きさのこの機体には、ハンドガンから火砲まで多数の火器と弾薬が積載されている。


 手始めは、M224 60mm迫撃砲。およそ3キロ先の城壁の向こう側へ砲弾を落として、派手に脅威を主張する。

 一人でも組めるようにカスタムされた二脚に火砲を取り付け、本部の計算に従って射角を調整。砲弾を落とすと、甲高い射出音。続けてもう七発。


 弾着を待つ間に、次に要りそうな銃器に入れ替える。その間に、KAOSで強化された聴覚が爆発音を拾った。悲鳴と怒号がしばらく続いた後に、武具や駆け足の音、そして鳴き声――やっぱりか。


 砦から飛び立ったのはヘル・ドロッパー。空から毒液を吐きかけてくる、翼竜型オーブだ。機動性を生かして、外敵への第一打に大群で向かってくることが多く、凶悪さの割に小ぶりなのでさらに厄介である――ということで、先読みして出しておいたのが。

 M134、通称ミニガン。ハリウッドスターに大人気の怪物ガトリングである。秒間50発という速すぎる連射が必要な状況など当初は想定されていなかったが、小さくて速いオーブを遠くから墜としていくには、これくらいの連射レートが望ましかった。


「ラッシュの侵入、確認」

「了解、応戦続けます」


 通信に答えて方から、ミニガンを構える。スーツの聴覚を落とし、視覚を引き上げてから、飛び立ってくる影に狙いをつけ、まずは連射レートを下げて様子を見る。撃ち始めて数秒後、食らったらしい個体が墜ち始めた――この辺りか。


 連射レートと共に、思考速度を引き上げ、唸りを上げるミニガンの狙いを小刻みに調整する。距離が近づくにつれ、緑色の影の中で血煙の上がるテンポが速まっていった。圧倒的な力で屠る、昏い快感。しかし飛び立った数十体の一部は、千発近い機銃弾をくぐり抜けて燐風に接近していた。

 

 ミニガンから持ち替えたのは、レミントンM870。本来、鳥撃ちといえば散弾だ。

 燐風のほぼ真上に到達した個体が、文字通り雨のように嘴から毒液を降らせるのに合わせ、横にダッシュ。二十数メートルを一息に移動してから、M870を構え、旋回してきた個体から順に撃っていく。硬さに欠ける彼らは、あっけなく散弾に呑まれ墜ちていった。


 すでに城門からは、猛獣型や鬼人型が進軍を始めていた。先頭には、分厚い盾を構えた鬼人型ウォール・テイカー。弾幕を押し切れるような、防御力に優れた編成だ。

 狙撃、あるいは接近かと考え出した矢先に。


「燐ちゃん、遠隔くるよ!」

 道子の指示に従い、ジグザグにダッシュ。周囲に落雷。城壁の中からの魔法攻撃、精度は粗いとはいえ軌道が見えないので対処がしづらい、と悩んでいると。


(りんか、けもの、あばれる!)

 ラッシュからの連絡。拠点内に聴覚を向けると、巨大な足音が乱雑に響いているのが伺えた――恐らく、使役されているオーブを暴走させているのだろう。ラッシュだけで撹乱するより効果的だ、工夫を利かせるようになった彼女の成長に、胸が熱くなる。


(ラッシュいい子、だいすき!)

「先生も燐ちゃん大好き! で、来てるあいつらどうしよっか。時間稼ぎいらないし、接近戦の方が早そうだけど」

 道子の連絡に、少し考えてから。


「突っ込んで交錯してから潰す!」

 伝えると、道子の昂揚した声が返ってきた。

「オッケー、ヴィークル向かわせる!」

 遠隔攻撃を避けるべく、うろうろと走り回っていたヴィークルが燐風と合流する。燐風はそこからMINIMI軽機関銃を取り出すと、車体の上に飛び乗り、砦へと走らせる。行く手を阻む一群を制圧射撃で牽制しながら、間合いが100メートルを切った辺りで一旦停止。89式小銃とFN-ファイブセブンを取り出すと、単身で駆け出す。

 

 ウォール・テイカーの構える大盾の背後に、武器を構えて展開するオーブたち。燐風はそこへ駆け込み、直前で跳ぶ。囲みの真ん中へと飛び込むと、近づく敵を小銃のバースト射撃で怯ませる。しかしライフル弾でも、ここにいる硬いオーブに有効打を与えるのは難しい、ならば。

 斧を振りかざす鬼人型に接近し、振り下ろしを回避してから顎を掴み。こじ開けた口の奥をファイブセブンで貫く。零距離で命を捻り折る、独特の手応え。

 その要領で、一体ずつ格闘と拳銃弾の連携で片付けていく。KAOSによる反応と身体能力のブーストなしには実現しない戦術だが、ラッシュとの共同訓練の中で磨いた感覚も大きな支えになっていた。


 出てきた勢力を制圧したところで、再びヴィークルと共に拠点を目指す。ラッシュの活躍のおかげだろう、城門は開いたままで、内部では巨大なオーブが所狭しと暴れていた。大混乱の中でも燐風を迎撃しようと構える敵に重機関銃を浴びせながら、門を抜けて広場に出る。

(ラッシュ! どこ!)


 ヴィークルに逃げ回らせながら、向かってくるオーブたちにMINIMIで応戦していると。

「りんか!」

 どこからか飛び出してきたラッシュが、風のようにオーブを蹴散らしながら燐風の隣に舞い降りた。


「頑張ったねラッシュ、いい子!」

「やったー!」


 一瞬だけ撫でてから、すぐに移動を開始する。マークしているゲート生成装置の反応は、KAOSでキャッチできている。囲みを突破しながらルートを見つけて、装置を壊すだけだが――ここからの方が長い、そんな予感があった。


 *

 

 通路の先から迫り来るオーブたちに89式の連射を浴びせながら、燐風は叫ぶ。

「ラッシュ、ゴー!」

「うん!」

 銃弾の下を矢のように駆けていったラッシュが、敵群に飛び込む。突き飛ばした敵を別の敵にぶつけ、動きを邪魔しながら蹴散らしていくラッシュ。

 接近戦用に短機関銃FN P90を構えた燐風も続く。さっきの奴らほどではないが、概してオーブの身体は頑丈なので、貫通力のある弾の方が戦いやすい。動きを封じた敵を遮蔽に使って死角を守りながら、ラッシュと息を合わせてオーブを殲滅していく。


 安心したのもつかの間、新手が現れる。短刀やら弩やらを持った鬼人型、射手か。撃ち合いになって長引くと都合が悪い。

「ラッシュ、乗せて!」

 M67手榴弾を投げて牽制しておいてから、四足になったラッシュにつかまり。

「いっ――けえ!」

 猛然と地を蹴るラッシュと共に、瞬く間に距離を詰める。さらにラッシュは滑るように敵の足下を引っかけてバランスを崩し、それに合わせて燐風はP90で一体ずつ仕留めていく。


 片付いた所で、道子から通信が入る。

「ナイスだよ、その先の広間の先に生成装置があるはず……なんだけど」

「だけど?」

「超強そうな反応、たぶん警備用の奴」

「うっええ……まあ、ラッシュと一緒だし、ね?」

 

 呼びかけるも、反応がない。ラッシュは呆然としたように宙を見て――いや、嗅いでいた。


「ラッシュ、どうしたの?」

「……とも、だち」

「友達?」

「わたしが、いたところの、ともだち、いる」


 恐らく、ラッシュの故郷にいたフォレスト・ウルフが近くにいるということだろう。攫われたのか、傘下で戦っているのかは分からないが。


「……会いたいの?」

「たすけたい。ともだち、こまってる」


 しかしラッシュの様子からして、奴隷に近い扱いを受けていることが察せられた。何よりもその表情の痛切さに、燐風は迷わず伝えた。


「行ってあげて」

「ちょっと、燐ちゃん!?」

 驚いたような、道子の声。

「私は一人でも大丈夫。私がラッシュと出会ったみたいに、今度はラッシュが誰かを助けてあげて」


 ラッシュは少し迷ってから、燐風をぎゅっと抱き寄せて。

「いってきます!」


 目的地と反対へ駆けていき、すぐに見えなくなった。


「……いいの?」

「いいって、元からひとりだけだったんだし。センセイたちもついているんだし」


 離れたくない、心細い、ひとりぼっちは、嫌だ――顔に出てしまっているかもしれない本音は、スーツに覆われて誰にも見えないはずだから。

 ラッシュが生きるべき世界から連れ出してしまったことは取り返せないのだから、せめて、これくらいは選ばせてあげたかったのだ。


「よし、行こっか」


 ゲート生成装置につながる広間に踏み入ると、ちょうどヒトと似た姿形の、銀色のオーブが待ち構えていた。燐風を認めたそいつは、すらりと長剣を引き抜く。技人型、フラッシュ・エッジ。恐ろしく素早く精緻な動きで、かつて燐風を撤退に追い込んだ種族だ。苦い相手との再会に湧き上がるのは、恐怖よりも闘争心。


「さあ――人類の本気、見せてあげる」

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