Muzzle Flash × Girls' Rush

市亀

(1/3) Reasons of their fight

 20世紀末期。

 世界各地で散発的に、未知の生命体や構造物が発見されるようになった。

 地球の常識には明らかに反するそれらの由来は、ほどなくして知れ渡る。


 白昼の大都市に突如として現れた、次元の裂け目。

 躍り出た異形の生物と、裂け目の先に広がる異界。

 別の宇宙という空想上の概念は、予測不能の危機として人類の現実となった。


 その異界を「ビヨンド」と呼称し、研究と対策に世界中が乗り出した頃。

 日本政府が秘密裏に設立していた越境生物対策部では、いち早くビヨンドを制する新技術が編み出されていた。


 しかしその中心が、大人になりかけの女の子であったことは、限られた人物にしか知られていない。

 結飛むすび燐風りんか、19歳。

 7年前のビヨンド関連事案で、それまでの生活も家族すらも失った少女だ。

 *


「じゃあラスト、ハンドガン。ファイブセブン3挺でいい?」

「ひとつくらい重いのほしいな、デザートイーグルあったよね」

「了解……これで全部だね」

「うん、よろしく。じゃあ私、ラッシュ迎えにいってくるから」


 任務前の装備チェックを終えた燐風は、小走りで別室に向かう。

 監視スタッフに顔パスで扉を開けてもらうと、匂いをかぎつけていたらしい彼女は、猛然と燐風に駆け寄ってきた。


「りんか!」

「やっほー、ラッシュ! 今日は元気?」

 

 抱き止めながら、わしわしと首元をさする。


「げんき! ごはん、おいしかった!」

「オッケー、いい子いい子!」


 日本語を一文字ずつなぞる、たどたどしいが、明るく澄んだ声。

 しかし声から受ける幼い印象とは対照的に、口からは鋭い牙が、眼にはぎらりとした獰猛な光が覗いている。

 全身を覆う白いふさふさとした毛、ヒトよりは未発達な指から伸びる爪、ぶんぶんと振られる尻尾。霊長類よりはイヌ科、言うなればオオカミに近い顔。

 それが、燐風の相棒であり妹分でもあるラッシュの姿だ。


 Original Residents of Beyond、略称ORBオーブ。ビヨンドに住む、姿も特性も多様な生物たちは、基本的には人類と敵対関係にある。ラッシュはその同類であり、分類上は獣人のフォレスト・ウルフにあたる。

 3年前、燐風がビヨンドで任務に当たっていた際、フォレスト・ウルフの集落が別の種族に蹂躙されている現場に遭遇した。家族が殺される中、必死に逃げ惑う小さな白い影を、燐風は助けずにいられなかった――ただ、助けた個体が自分から離れてくれなかったことも、その健気な姿に情が移ってしまったのも、予想外ではあった。


 燐風にラッシュと名付けられたその個体を手懐ける試みは、幸運にも成功した。簡単なものなら日本語での意思疎通も取れるし、オーブの身体能力はシンプルに役に立つのだ。

 

 そして今では、ラッシュは燐風のパートナーとして共にビヨンドを駆け巡っている。

「じゃあラッシュ、今日も一緒に頑張ろうね?」


 もふもふと頬をなでながら、目を合わせて言い聞かせる。

「うん! りんかと、いっしょ」

「えい、えい」

「おー!」


 ヒトと同じではない、しかし確かに揺れ動くラッシュの表情。

 それをずっと見てきた燐風には、今のラッシュは笑っていることが、確かに分かる。


 *


 オーブの強大な戦闘力に対抗するために、対策部が開発したのが可動式人工ORB模倣システムKinetic Artificial ORB -emulating System、通称KAOSカオス

 中二病を拗らせた命名センスではあるが、その恩恵は燐風が誰よりも知っている。専用のスーツを装着することにより、筋力、耐久力、スピード、知覚や思考速度に至るまでが底上げされ、オーブへの追随のみならず、常識を越えた兵器の運用が可能になる。そもそも、ヒトはビヨンドの環境では満足に活動できないため、適応が可能になるだけでも根本的な差だ。

 その作動原理は防衛機密として非公開である――というより、知られてはたまらない。

 

 機械的な外見の中には、オーブの細胞を再構成した組織群。最初期に出現したとあるオーブを発見した対策部が、交流の中で採取したサンプルが由来である。

 それらを装着者の神経系に接続することで、意識を保ったまま装着者を擬似的にオーブ化する。


 人体と地球上にはない異物をつなげるのだから、拒絶反応は必至だ。当然、研究中の実験からは、装着者の無事は見込めなかった。

 対策部が見つけた、ほぼ唯一の例外が、オーブによる襲撃事案を生き残った燐風である。

 オーブから受けた傷が元で、燐風の体内にはオーブの構成成分が含まれており、その影響で拒絶反応が起きない――とか、推定されはじめている細かいメカニズムは、説明はされているがよく理解できていない。


 大事なのは。

 家族を奪った化け物たちを打倒できる力が、燐風にはあるということ。


「君には、仇を取る力がある」という対策部長官の言葉にすがりついて、この仕事に、この閉じた世界に人生を捧げてきたのだ。


 *


 そんな背景ではあるが。

 今の燐風の生活は、それほど暗くはない。

 例えばこんな、過剰なまでに自分に構おうとする年長者がいたりするからだ。


「じゃあ燐ちゃん、チェックは終わったけど……ほんとに大丈夫? 気になるところない?」

「大丈夫だから、おでこに当てた手を離して」

「先生は……心配だよおっ……」

「……問題ないって判断が不安なら」

「いや検査は限りなく完璧なんだけど」

「じゃあ良いじゃん!」

「燐ちゃん冷たぁい!」


 出撃しようとする燐風に、べそをかきながらすがりつく技術者、旗嶋はたじま道子みちこ

 対策部に引き取られてからずっと、燐風の訓練やKAOS適応の面倒を見てくれた「先生」なのだが。複雑な境遇の燐風へ寄り添おうという感情が、いつのまにか斜め上の独占欲と心配性の塊になってしまっていた。


「ラッシュと一緒だし、ね?」

「なんでラッシュちゃんばっかり! 昔は先生のことだけ見てくれたのに!」

「センセイのことだけ見てた記憶はないよ」

「嘘ぉ!」


 どんどんダメになっていく道子に、燐風は手っ取り早い解決策をとる。

 道子を抱き寄せ、甘い声を意識して囁く。


「私は大丈夫だよ。センセイが見ていてくれるから」


 そして頬に口づけると。

「……帰ったらお部屋デートしてくれる?」

「センセイの特製おうどん、食べたいなぁ」

「……へへ、えへへ、先生、燃えてきたよ」

「その調子、道子センセイ天才、可愛い素敵、宇宙一」

「宇宙一は燐ちゃんですっ! よし、じゃあ、始めますか!」


 頷くと、KAOSスーツを完全装着し、ラッシュを呼ぶ。

「ラッシュ、いくよ!」

「うん、りんか、いくよ!」


 二人で転移装置の前に並び、手をつなぐ。


「それじゃあ、気をつけて――転移、開始!」

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