Muzzle Flash × Girls' Rush
市亀
(1/3) Reasons of their fight
20世紀末期。
世界各地で散発的に、未知の生命体や構造物が発見されるようになった。
地球の常識には明らかに反するそれらの由来は、ほどなくして知れ渡る。
白昼の大都市に突如として現れた、次元の裂け目。
躍り出た異形の生物と、裂け目の先に広がる異界。
別の宇宙という空想上の概念は、予測不能の危機として人類の現実となった。
その異界を「ビヨンド」と呼称し、研究と対策に世界中が乗り出した頃。
日本政府が秘密裏に設立していた越境生物対策部では、いち早くビヨンドを制する新技術が編み出されていた。
しかしその中心が、大人になりかけの女の子であったことは、限られた人物にしか知られていない。
7年前のビヨンド関連事案で、それまでの生活も家族すらも失った少女だ。
*
「じゃあラスト、ハンドガン。ファイブセブン3挺でいい?」
「ひとつくらい重いのほしいな、デザートイーグルあったよね」
「了解……これで全部だね」
「うん、よろしく。じゃあ私、ラッシュ迎えにいってくるから」
任務前の装備チェックを終えた燐風は、小走りで別室に向かう。
監視スタッフに顔パスで扉を開けてもらうと、匂いをかぎつけていたらしい彼女は、猛然と燐風に駆け寄ってきた。
「りんか!」
「やっほー、ラッシュ! 今日は元気?」
抱き止めながら、わしわしと首元をさする。
「げんき! ごはん、おいしかった!」
「オッケー、いい子いい子!」
日本語を一文字ずつなぞる、たどたどしいが、明るく澄んだ声。
しかし声から受ける幼い印象とは対照的に、口からは鋭い牙が、眼にはぎらりとした獰猛な光が覗いている。
全身を覆う白いふさふさとした毛、ヒトよりは未発達な指から伸びる爪、ぶんぶんと振られる尻尾。霊長類よりはイヌ科、言うなればオオカミに近い顔。
それが、燐風の相棒であり妹分でもあるラッシュの姿だ。
Original Residents of Beyond、略称
3年前、燐風がビヨンドで任務に当たっていた際、フォレスト・ウルフの集落が別の種族に蹂躙されている現場に遭遇した。家族が殺される中、必死に逃げ惑う小さな白い影を、燐風は助けずにいられなかった――ただ、助けた個体が自分から離れてくれなかったことも、その健気な姿に情が移ってしまったのも、予想外ではあった。
燐風にラッシュと名付けられたその個体を手懐ける試みは、幸運にも成功した。簡単なものなら日本語での意思疎通も取れるし、オーブの身体能力はシンプルに役に立つのだ。
そして今では、ラッシュは燐風のパートナーとして共にビヨンドを駆け巡っている。
「じゃあラッシュ、今日も一緒に頑張ろうね?」
もふもふと頬をなでながら、目を合わせて言い聞かせる。
「うん! りんかと、いっしょ」
「えい、えい」
「おー!」
ヒトと同じではない、しかし確かに揺れ動くラッシュの表情。
それをずっと見てきた燐風には、今のラッシュは笑っていることが、確かに分かる。
*
オーブの強大な戦闘力に対抗するために、対策部が開発したのが
中二病を拗らせた命名センスではあるが、その恩恵は燐風が誰よりも知っている。専用のスーツを装着することにより、筋力、耐久力、スピード、知覚や思考速度に至るまでが底上げされ、オーブへの追随のみならず、常識を越えた兵器の運用が可能になる。そもそも、ヒトはビヨンドの環境では満足に活動できないため、適応が可能になるだけでも根本的な差だ。
その作動原理は防衛機密として非公開である――というより、知られてはたまらない。
機械的な外見の中には、オーブの細胞を再構成した組織群。最初期に出現したとあるオーブを発見した対策部が、交流の中で採取したサンプルが由来である。
それらを装着者の神経系に接続することで、意識を保ったまま装着者を擬似的にオーブ化する。
人体と地球上にはない異物をつなげるのだから、拒絶反応は必至だ。当然、研究中の実験からは、装着者の無事は見込めなかった。
対策部が見つけた、ほぼ唯一の例外が、オーブによる襲撃事案を生き残った燐風である。
オーブから受けた傷が元で、燐風の体内にはオーブの構成成分が含まれており、その影響で拒絶反応が起きない――とか、推定されはじめている細かいメカニズムは、説明はされているがよく理解できていない。
大事なのは。
家族を奪った化け物たちを打倒できる力が、燐風にはあるということ。
「君には、仇を取る力がある」という対策部長官の言葉にすがりついて、この仕事に、この閉じた世界に人生を捧げてきたのだ。
*
そんな背景ではあるが。
今の燐風の生活は、それほど暗くはない。
例えばこんな、過剰なまでに自分に構おうとする年長者がいたりするからだ。
「じゃあ燐ちゃん、チェックは終わったけど……ほんとに大丈夫? 気になるところない?」
「大丈夫だから、おでこに当てた手を離して」
「先生は……心配だよおっ……」
「……問題ないって判断が不安なら」
「いや検査は限りなく完璧なんだけど」
「じゃあ良いじゃん!」
「燐ちゃん冷たぁい!」
出撃しようとする燐風に、べそをかきながらすがりつく技術者、
対策部に引き取られてからずっと、燐風の訓練やKAOS適応の面倒を見てくれた「先生」なのだが。複雑な境遇の燐風へ寄り添おうという感情が、いつのまにか斜め上の独占欲と心配性の塊になってしまっていた。
「ラッシュと一緒だし、ね?」
「なんでラッシュちゃんばっかり! 昔は先生のことだけ見てくれたのに!」
「センセイのことだけ見てた記憶はないよ」
「嘘ぉ!」
どんどんダメになっていく道子に、燐風は手っ取り早い解決策をとる。
道子を抱き寄せ、甘い声を意識して囁く。
「私は大丈夫だよ。センセイが見ていてくれるから」
そして頬に口づけると。
「……帰ったらお部屋デートしてくれる?」
「センセイの特製おうどん、食べたいなぁ」
「……へへ、えへへ、先生、燃えてきたよ」
「その調子、道子センセイ天才、可愛い素敵、宇宙一」
「宇宙一は燐ちゃんですっ! よし、じゃあ、始めますか!」
頷くと、KAOSスーツを完全装着し、ラッシュを呼ぶ。
「ラッシュ、いくよ!」
「うん、りんか、いくよ!」
二人で転移装置の前に並び、手をつなぐ。
「それじゃあ、気をつけて――転移、開始!」
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