動物お悩み相談員亜美と、猫の王子様

無月弟(無月蒼)

可愛い子猫の鈴探し

「うーん、見つからないな―」


 小学校が終わった後の放課後、私は町外れにある雑木林で地面を這いながら、ある物を探していた。

 そして、そんな私に近づいてくる、小さな影が一つ。


亜美あみ、ボクの方もダメだ。もしかしたら、もう見つからないのかも……』


 そう言ってきたのは、こげ茶色の毛並みをした子猫の男の子、マフィン。

 マフィンは耳をシュンと頭をたれて、悲しそうにしている。


「諦めずに探そう。だって、大切な物なんでしょ」

『そうだけど……亜美は嫌になったりしないの? もう一週間も探しているのに、見つかってないんだよ、ボクの鈴』

「全然。えへへー、気遣ってくれるんだ。マフィンは優しいねー」

『そんなんじゃないって。コラ、頭を撫でるな!』

「あ、ごめん。可愛かったからつい」


 慌てて手を引っ込めたけど、プンプンと拗ねちゃうマフィンも、これまた可愛い。


 探し物を……マフィンが失くしてしまったと言う大切な鈴を探し始めてから、今日で一週間。ツンツンした態度をとることが多いマフィンだけど、本当はとっても優しいんだよね。


『まったく。それにボクは可愛いんじゃなくて、格好良いんだ』

「うんうん、マフィンは格好いい」

『……それ、絶対本気で言ってないでしょ。もう、亜美なんて嫌いだ』


 プイとそっぽ向いちゃうマフィン。

 こんな感じでじゃれ合いながら、私達は今日も鈴を探していく……。




 私、亜美には人には無い能力がある。それは、犬や猫といった動物とお話しできるというもの。

 授かったのは一年前。5年生になったばかりのころ、トラックにひかれそうになった子猫を助けようとして、かわりに跳ねられちゃった時だ。


 あの時は意識が飛んで、死ぬかと思ったよ。幸い大した怪我も無かったんだけど、でもどういうわけかその日を境に、動物とお話ができるようになっちゃったんだよねえ。


 何でこうなっちゃったのか、理由はさっぱりわかんないけどね。

 世の中には、私が知らない不思議がたくさんあるみたい。




 で、それからと言うもの、私の所には悩みを抱えた動物が、色んな相談をしてくるようになった。

 いったいどこで私のことを知ったのか、まるで拡散する種のように噂は広まっていったみたいで。迷子の弟を探してほしいと言う犬がいたり、捨て猫の飼い主を探してほしいって言う相談もあたっけ。

 そして一週間前、うちにやって来た子猫の男の子、それがマフィンだった。


『亜美ちゃん、マフィンはただの猫じゃなくて、王子様って言われている凄い猫なんだよ』


 近所の猫、豆大福がそう紹介してくれた。だけど、一方マフィンはというと。


『人間にお願いするだなんて、気が進まないなあ。それにこの子、なんとなく頼りなさそうな気が。やっぱり止めておこうかなあ』


 初対面でそんなことを言われちゃった。王子様なんて言われているけど、なるほど、態度は大きいみたいだ。でもね。


「気が進まないのに、こうしてやってきたってことは、よほど大事な相談があるって事だよね。良かったら、話してみてくれないかな?」

『うっ……』


 図星を突かれたのか、言葉に詰まってたっけ。そして少し迷った後に、打ち開けて来た。


『確かに、ボクは今とても困っている。大事な鈴を失くしちゃったんだ。それを一緒に探してほしい』


 そう訴えるマフィンの目は真剣で、その鈴が、とても大切な物だと言う事はすぐに分かった。

 よし、それなら放ってはおけないね!





 とまあ、そんなことがあったんだけど。アレから一週間、町中を探しているのに、未だに鈴は見つかっていない。いったいどこにあるのかなあ?


『亜美、あんまり無理はしなくていいから。宿題だって、しなくちゃいけないんだろ』

「心配してくれるの? ふふ、やっぱり優しい」

『別に。亜美が怒られたら、後味が悪いだけ』

「ありがとう。でも、気にしなくても大丈夫だから。後で貰える御褒美を考えたら、それくらいへっちゃらだよ」

『……お手柔らかにね』


 目を輝かせながら言う私を、ジトっとした目で見るマフィン。

 実は鈴を見つけたら御褒美として、マフィンをモフらせてもらうって約束をしてるんだよね。

 マフィンを一目見た時から思っていたんだ。この子を思う存分モフりたいって。


『まあモフるのはともかく、この雑木林に鈴は無いのかもね。気配がしたから、もしかしたらって思ったんだけど』


 鈴の気配ってなに?

 不思議に思ったけど、マフィンが言うには探している鈴は特別なもので、気配がわかるとか何とか。


 だけど、そんな言葉とは裏腹に、一向に見つからない。地面はもう、くまなく探したし……。


 そしてそんな私達を馬鹿にするように、カラスが鳴いていて。翻訳すると、『人間と猫が、馬鹿なことやってるよ』なんだよね。

 カラスめ、好き勝手に言っちゃってるけど、ばっちり聞こえているから……ん、カラス?


 瞬間、頭の中でピコーンと閃いた。そうだ、カラスだ!


「もしかしたら、カラスが巣に持ち帰っているのかも。カラスは光る物を集めるって言うから!」

『確かに……って、亜美。何をしているの⁉』


 木に足をかける私を見て、声を上げるマフィン。何って、巣を探すに決まってるじゃない。

 ズボンを履いておいてよかったよ。さすがに、スカートで木登りはちょっとね。


 スイスイと木に登って行って、お目当ての巣にたどり着く。そして。


「あったー。マフィン、鈴ってこれでしょー!」

『それだ……ボクの鈴だ!』


 地上にいるマフィンが、喜びの声を上げる。

 ふっふっふ。私にかかればこんなものだよ。さあ、後は下りるだけ……。


『泥棒―! 俺の鈴かえせー!』


 下りようとした瞬間、カラスがこっちに突っ込んできた。

 ちょっ、ちょっと待ってよ、そんなに勢い良く来られちゃ。


「きゃっ!」

『亜美!?』


 足を踏み外して、地面に向かって真っ逆さま……にはならない! とっさに伸ばして手で枝を掴んで、何とか落下を防いだ。だけど。


「こ、これからどうしよう?」


 助かったはいいけど、木にぶら下がった状態になっちゃった。しかも、左手一本でぶら下がっている。

 だって右手には、さっき見つけたマフィンの鈴が握られているんだもの。すると。


『亜美、鈴は⁉ 鈴は持ってる?』

「ええー、こんな時に鈴の心配なのー?」

『いいから! 鈴をボクの元へ、地面に落として!』


 私が落ちちゃうかもしれないのに、マフィンは鈴の方が大事なんだね。シクシク。

 だけどよく考えたら、鈴を放したら両手が使えるようになるか。


「それじゃあ、落とすよー」


 握っていた右手を開いて、鈴は地面に向かって落ちて行く。よし、これで両手を使えるぞ……。


 ミシッ。


 嫌な音がした。見ると私がぶら下がっていた木の枝が大きくしなっていて、今にも折れそう。

 ちょっと待ってよー!


 ミシッ、ミシッ!


 願い虚しく、容赦なくひび割れていく枝。

 ああ、こんな事なら今日の給食の時間、カレーをお替りするんじゃなかった。

 だけどそんなことを考えている間にも、枝は曲がっていって、ついに。


 バキッ!


「キャー!」


 とうとう枝は折れてしまって、地面に向かって真っ逆さま。


 私、このまま死んじゃうのかな? 前に事故にあった時は助かったけど、今度は……。

 パパ、ママ、寂しい思いをさせちゃって、ゴメンね。

 そう思いながら、目をつむったけど。


 …………おや?


 いつまでたっても、地面に落ちた衝撃が無い。それどころか、全身を包み込む、温かな感触があるような。

 不思議に思って目を開けると、そこには。


「……ふう、間一髪」


 目に飛び込んできたのはホッとした様子の、私と同い年くらいの、とても綺麗な顔をした男の子だった。

 どうやら木から落ちた私は、その子に横抱きにされて、受け止めてもらっていたのだ。

 た、助かったの? けど、この子はいったい?


 改めてまじまじと、男の子を見る。

 よくよく見れば、だいぶ変わった子だ。ビックリするくらい綺麗な顔してるし、髪の色は黒じゃなくて、こげ茶色。そして頭からは、マフィンそっくりの猫の耳が二つ、ぴょこんと生えちゃって……って、猫の耳⁉


「き、君ってもしかして、マフィンなの?」

「そうだよ。他に誰がいるって言うの?」

「だ、だってマフィンは、ちっちゃい猫で」

「……そこまで小さくはない」


 プイとそっぽを向く仕草。ああ、これは確かにマフィンっぽい。

 だけど拗ねてないで、どういうことか教えてよ。


「豆大福が言っていただろ。ボクは猫の王子様だって。ほら、王族の猫は、人間に化けることができるじゃないか」

「何その設定、初耳なんだけど!」

「アレ、そうだったっけ?」


 マフィンー、小首を傾げてる場合じゃないよー!


「で、でもそれじゃあどうして、今までは化けなかったの?」

「もちろん、鈴が無かったからにだよ。鈴はボクの、力の源なんだから。だから気配だって分かるんだよ」

「それも初耳!」

「言ってなかった? だけど、間に合って良かった。そして亜美、ありがとう。ボクの大切な物を、見つけてくれて……」


 マフィンはそう言って、横抱きにしている私をそっと持ち上げて、頬を摺り寄せてくる……って、ちょっとー!


「ま、マフィン。何やってるの?」

「何って、お礼だけど。ほら、鈴を見つけたら、モフらせてって言ってたじゃないか」


 ……はい、確かに言いました。

 だけどその、人間の姿でそれをやられるのは……。


「ありがとう亜美……大好きだよ……」


 デレたマフィンの甘々ボイスが、耳をくすぐる。


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ! ドキドキが止まらない!


 横抱きにされて、綺麗な顔を摺り寄せられて、さらに耳元で囁かれて。は、恥ずかしすぎるよ―!


「うーん、キャパオーバー、しすぎて、もうダメ―」

「亜美? ああ、気絶しちゃった。いったいどうしてこんなことに……」


 慌てたようすのマフィンの声が、徐々に遠ざかっていく。


 猫の王子様とか、人間に化けることができるとか、ビックリすることの連続だよ。

 どうやら世の中には、私が知らない不思議がたくさんあるみたい。


 おしまい🐾

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動物お悩み相談員亜美と、猫の王子様 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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