中学のときの親友は女だった

岩水晴檸

中学のときの親友は女だった

俺には中学校時代にとても気が合う女がいた。彼女と仲良くなったきっかけは一年生の二学期に隣同士の席になったことだ。初めて隣の席になったのは一学期後半だったような気がする。


最初は自分より成績優秀な彼女が高みの存在に見えたし、素っ気ない態度が変わらない彼女に声をかけるのも怖かった。でも隣の席というのは何だかんだボロがよく見えたり、忘れ物なんかした日にはよく貸し合ったりして可愛い素性が見えてくる。そんなうちに俺達は打ち解けあって、次の学年になる頃には互いに信頼し合い、秘密を打ち開かせるぐらいまで仲良くなっていた。


「あのさ。次の生徒会選挙にあんた出るんでしょ」


バスケ部に入っていた俺は休憩で水を飲みに行く時、短い時間ではあるがマネージャーの彼女と話す。


「あぁ、俺の目標だからな。ようやくお前と肩を並べられる日が近づいてる。楽しみだな!」


彼女は一年生のときから生徒会で、そんな彼女と一緒に学校を良くしたいと随分と前から彼女に堂々と宣言して決めていた。


「うん、楽しみにしてる。絶対受かってあたしの補佐を務めてもらうから。」


素っ気ない彼女は俺にタオルを手渡すとポニーテールを揺らしながら体育館に戻っていった。


後日、生徒会選挙は難なく終わって無事に彼女の補佐、つまり副生徒会長として俺は着任した。


俺達はみんなに見られない影で手を取って喜び合い、充実した中学校生活を送っていった。


だが、彼女の様子が変わったのは三年の始め頃だった。

いつものように生徒会室に行き、黙々と作業をしている彼女の隣に座ると体育祭に関わる資料に目を通し始める。


「なぁ」


「……何」


ペラペラと紙をめくる音が教室に響く。


「最近顔が暗いように見えるんだけど、何かあったのか」


彼女の紙をめくる手は止まらない。


「……あたしは絶好調だから心配は要らない」


「いやでも、朝とか生徒会で会うときも俺見て一瞬目を逸したりするし。何かあるんだろ?」


ぴたっと手を止めて彼女は俺の方を向く。


「あまり観察しないで。気色悪いから。私は普通。いつもと何も変わらない。」


それだけ言うとまたすぐに資料を手に取り読んでいく。


「わ、分かったよ。ごめん。」


そこらへんからだろうかバスケの時も試合終わるとお疲れとか言ってくれていたのに、何も言わずにただタオルを渡してくるだけとかになっていった。


更に、追い打ちを掛けるように彼女とサッカー部のキャプテンが付き合っているのではないかと噂が聞こえ始めて、俺からも彼女との間に隙間を作ってしまうようになっていた。


ただ夏休みに入る前の日、気まずい生徒会の後に彼女に河川敷に来るように呼び出された。

行ってみると河川敷に座っている彼女がいた。


「なんだよ、話って」


彼女の少し後ろから話しかける。


「あたし、聞きたいことがあるの。あんたはさ、男と女が親友になることってできると思う?」


下を向いたまま言ってくる。

難しい質問だった。男と女の親友とはつまり恋してるとか、付き合ってるとかそういうことなんじゃ無いだろうか。


それなら彼女は何が言いたいのだろうか。なんか胸のあたりがモヤモヤして、ドキドキして吐きそうで、だけど、奪うなんて、そんな勇気はなかった。



「それはサッカー部のキャプテンとの自慢か?」


「……え?」


「男と女の親友ってつまり付き合ってるってことだろ。お前、サッカー部のキャプテンと付き合ってるんだってな。それって遠回しに自慢ってことだろ?」


俺が言ったその後に少し間があって、急に立ち上がった彼女にタオルを投げつけられた。


「信じらんない……。もういい。」


絞り出したような震えた声。

久しぶりに直視した彼女の顔は今にも泣きそうで、悲しい顔だった。

走って去っていった後、彼女が投げてきたタオルを拾って見てみると長時間ぎゅっと握ったみたいにくしゃくしゃな、俺の部活のタオルだった。


そういえば、最後の練習日に部室に忘れたていた様な気がする。これを渡すために呼んだんだろうか。それとももっと大事な事を言おうとしていたのだろうか。

それが分からないまま、とうとう彼女は夏休みの部活も、生徒会も来なかった。


夏休みが開けて教室に行くと、みんな悲しそうにしている。

なんとなく察しがついていた。多分彼女は俺のせいで不登校になったんだと思う。何が原因かは沢山あって分からないが、悪いのが俺であるのは間違い無いだろう。


彼女は人気者だからな、学校に来なくて悲しいのは分かる。俺だって。

みんな少し沈んだ空気の中、先生が入ってきて机に出席簿を置いた。


「えぇ、既に知っている人もいると思います。生徒会長は夏休み中に親御さんの急な都合で転校しました。」


「は?!」


机を浮かせて立ち上がったのは俺だけだった。

実はみんな、携帯とか持ってるやつを中心にその話を聞きつけ、地元の祭りでお別れ会をやったらしい。

俺は祭りには練習試合で参加できなかった。

悔しいとかそんなもんじゃない。教えてくれなかった恨みは卒業式まで引きずったほどだった。


そうして、俺は今地元のIT企業で働いている。今年で七年目だ。

工業高校を出て、高卒でとても良い仕事につけた。


話によると、彼女は東京の方に引っ越したらしい。当時は携帯なんて持ってないから結局連絡先の当てもなく、時々彼女へのもやもやが胸に渦巻く。

今だったらちゃんと謝れるだろう。過去に戻りたい。

なんて、過去へUターンは出来ない。


あぁ。Uターンと言えば、県のUターンシップ?かなんかで東京から新人が来るとか。

使えるやつだといいんだけどなぁ。

キリのいいところでキーボードの手を止めると、コーヒーを取りに立ち上がる。


その時、部長が新人を連れて職場に入ってきた。


「みんな、紹介する。東京の大学から来た新人の……」


部長が新人を紹介しようとした時、俺は目を見開いてしまった。よく知っている、美しい顔立ちのどこかに厳しそうなオーラを持つ女性。思わず固唾を飲んでしまった。

女性を見つめていると目が合って、俺にツカツカと近づいてきた。そして一歩手前で立ち止まり、お辞儀をした。


「よろしくお願いします。先輩。」


場をすっと正すようなりんとした声。

俺はすぐに言葉を返せなかった。


「おぉ!!そういえば、君とは同い年じゃないか?よし!教育係は君にしよう!その方が新人君も気が楽だろう。仲良くやってくれ。」


いやいや!何言ってんだよこのクソ部長!いや、嫌じゃない、だけど、もしこの子が、彼女なら、俺は。


「先輩、私はすぐにでも働けるようになりたいんです。教育、よろしくお願いします」


目が一段と怖くなったような気がして、背筋がピンと伸びる。


「あ、あ、はい。」


彼女のデスクは俺の隣に設置されたのだが、そこから一週間は彼女に何も聞くことは出来ず、黙々と仕事のやり方を教えていった。容量の良さは相変わらず凄く、翌週には分からない所があれば俺に聞くぐらいになり、殆ど自分の力で仕事ができるようになっていた。


「あのさ……」


「なんでしょうか。」


カタカタとキーボードを打ち込みながら話しかける。


「お前、なのか。生徒会長。」


ぐっとドキドキする心臓を抑え質問した。


「……。人違いかも知れないですよ。」


そう言うとエンターキーを強く打ち、椅子を回転させて俺を向いた。


「あたしが先輩に最後に言った言葉、何でしたっけ。」


冷や汗が流れる。俺も優しくエンターキーを押すと椅子を回し、顔を合わせた。


「男と女が親友になることってできると思う……。だろ。」


「答えは?」


間髪入れずにまた質問が飛んでくる。

ドキドキが止まらず、一旦深呼吸してから返した。


「無理、だろ。俺はそれを、恋と呼ぶと思う。」


手に汗をかいていた。握りこぶしに更に力が入る。


「そう。ならあたしは、あんたに恋をしていたことになる。」


「……へ?」


「サッカー部のキャプテンの話なんてただの噂。そんなの信じてあたしに言うなんて、あんたはあたしのこと嫌いだったんでしょ?」


ぐっ……と奥歯を強く噛んだ。そして、手を強く太ももに打った。


「好きだよ……。一年のときからずっと好きだった!!でも噂を聞いて、告白の勇気が出せなかった自分が負けたんだって悔しくて、あんな言葉出たんだ。」


下を向いて、吐き出すようにそう言い切って顔を上げると、彼女の頬には光る何かが伝っていた。


そして、震えた声で言った。


「あのさ、あたしは、まだあんたと親友になりたいよ?」


涙が伝う、複雑な笑顔は今もずっと忘れられない。彼女が差し伸べてくれた手を俺はぎゅっと強く握るのだった。

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