人生Uターンサービス

七川夜秋

人生Uターンサービス

突然だが過去に戻りたいと思ったことはないだろうか。

俺はそう思うことが多くなった。

仕事は行き詰まり、家に帰っても「おかえり。」と出迎えてくれる家族もいない。

毎日、家と仕事場を往復する毎日。

気が付けば三十路を迎えていた。

そんな日常を少しでも変えようと今日は会社帰りに珍しく居酒屋にきていた。

酒は弱い方だが少し強めのマティーニを頼み、ついでにつまみに枝豆を注文する。

何杯か飲んでいるうちに寝てしまったようだ。

夢を見ていた。学生時代の頃の夢だ。

あの頃は仲の良い友人とカラオケに行ったり、レストランでたむろしてたりして毎日が楽しかった。だけど、その頃勉強をしてなかったのが仇になったのだろうな。

そんな夢を見ていたせいか寝言を言ってしまっていたようだった。

「あの頃に戻りたいなぁ。」

あの頃に比べると今はかなり荒んでいた。

「もしもし、大丈夫ですか?」

その声によって目が覚めた。

「戻りたい、と仰ってましたが何かお困りですか?」

声の主は自分よりも少し年上で身なりも良さそうな男だった。

誰かに相談してみるのもよいかと思い話してみる。

「実は最近、自分はこんな生活してていいのかなって思うようになって。学生だった頃のほうが輝いていたんじゃないかって思い始めて。」

寄っている勢いもあってか、割とすんなりと話すことができた。

「そうですか。でしたら良い話があるのですが。」

男は不気味な笑みを浮かべながら言った。

「良い話?」

「そうです。これからの未来と引き換えに今までの過去をもう一度生きられるという話です。」

俺は最初この人も酔っているのかなと思った。もしかしたら元気づけるために冗談をいってくれたのかもしれない。

「はは、そんなことができたら面白そうですね。」

「あ、冗談だと思ってますね。では例をみせましょう。」

例?例があるということは本当の話なのか?

とりあえずその例とやらを見せてもらうか。

「お願いします。」

「では明日のこの時間にまたここに来ることはできますか?」

「ええ、できますけど。」

今日ではだめなのだろうか。もしかして騙されているのか?まあ騙されていてもいいか。

平穏な日常と比べると面白いし。

そう思えるくらいには精神的に追い込まれていた。

翌日、昨日と同じ時間に来た。

今日は昨日の男の他に中学生くらいの男の子もいた。

まだ顔に幼さが残っている。

「この人は昨日お話したサービスを実際に利用している方です。」

男が話すと中学生くらいの男の子が会釈をした。

「どうも、人生Uターンサービスを利用中の安藤です。」

「人生Uターンサービス?」

「はい、昨日説明を受けたんですよね?信じられないかもしれませんがこれは本当の話なんです。」

これは二人がグルになって俺を騙そうとしているのか?その可能性は十分ある。

「僕はこのサービスのおかげで人生が変わりました。今は中学生ですけど本当は今年で37歳なんですよ。」

「いやいや、嘘はもういいですよ。二人して俺を騙そうとしてるんだろ。軽い冗談ならまだかわいいけどここまでくると笑えないよ。じゃあ俺はこれで。」

いくら追い詰められているとはいえ、これ以上は付き合ってられなかった。

帰ろうとすると、昨日の男が話しかけてきた。

「本当に帰っていいんですか。ここで帰ったらもうあなたの人生を変えるチャンスはもうこないかもしれませんよ。」

嫌なところを突いてくる。その言葉が俺の足を止めさせた。

それを見て昨日の男は続けて言った。

「今ならサービス利用料、安くしときますよ。」

この先俺は今のまま変わることはないのか?

だったら今が最後の機会ではないのか?

考えれば考えるほど自分の中に焦りが増していった。

結局俺は二人の所に戻ってきていた。

「いい決断です。」

昨日の男が言った。

サービスの内容を自称37歳の中学生に聞いてみる。

話を聞いているうちにこの人は本当に37歳だと思うようになった。

サービスを利用するにあたっての経緯やサービス利用中の感想がとても中学生が嘘で話す内容にはとても聞こえなかったからだ。

話をまとめると普通は誕生日になると年を重ねるものだがこのサービスを利用している人は年が減っていく。それは自分の年だけではなく西暦もだ。

つまり未来に進むことを止めて過去に戻るということだ。

なるほど、人生Uターンサービスの名前の通りだ。

「どうしますか?このまま明るくない未来に向かって進むより輝いていた過去に戻ったほうが人生を楽しめるかもしれませんよ。」

俺は迷った。

人生で一番迷った。

当然だ。

人生を左右する選択なのだから。

1時間が経った。二人とも俺の決断を待ってくれていた。

悩んで悩んで悩みぬいた結果、俺はこのサービスを利用することにした。

平均寿命は約80歳。

普通に生きていくとするとあと50年、今と同じような生活をしなくてはならないと考えると30年だけでも楽しい日々を過ごしたかった。

「決めました。俺はサービスを使います。」

俺の声は少し震えていた。

この選択をしたことで自分がどうなるかわからずに怖かった。

でもどちらを選択したところで後悔するものだ。

「ではこちらの誓約書にサインをお願いします。」

昨日の男が誓約書を差し出してくる。

そこには一度サービスを利用すると途中でサービスを終了することはできないこと、料金は銀行から自動で引き落とされることなどが書いてあった。

署名をしようとペンを握る。

その時自分の中から声が聞こえた。

『本当にこれでいいのか?』

いいさ。こっちの道で。

そして俺は時間を逆行し始めた。


高校一年生の夏

「あー、学校だりー。早く大人になって自由になりたい。」

そう呟いたのは親友のたかしだ。

「いや、大人なんて自由なもんじゃないさ。今のほうがよっぽど自由だよ。」

過去の自分を思い出しながら語る。

「前から思ってたけど、言うことが大人だよなぁ。」

「別に。そんなことないよ。」

空を仰ぎながら答える。

「じゃあ、来年には修学旅行もあるし思いっきり遊んで自由を満喫しようぜ!」

隆はこっちを見てニヤッとして言った。

「ああ、そうだな。」

口ではそう答えたが俺にとっては去年の出来事だった。


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人生Uターンサービス 七川夜秋 @yukiya_hurusaka20

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