Uターン・スタート・オーヴァー

あきふれっちゃー

Uターン・スタート・オーヴァー

 それはふとした瞬間だった。何気ない日常通りの、大学へ通う道筋。忘れ物をして振り返った直後、俺は事故に会って死んだらしい。

 

 

 

 Uターン・スタート・オーヴァー

 

 

 

 何故自分が死んだことに気付いているのか。理由は複雑怪奇ながら単純明快で、俺は事故と共に過去に舞い戻ってきたらしい。小学六年生の卒業目前のその日。世間には小難しい話題が流れていたけれど、そんな事は歯牙にもかけなかったあの頃。

 最初、何が起こったのかわからなかった。今までの大学での日々が全て夢だったのかとも考えた。そのわりには、過ごしてきた年月の記憶が、小学生の妄想にしては鮮明すぎる。そして、最後に確かに俺は自動車に跳ね飛ばされた記憶がある。……思い出したくない。


 穣、というのは俺の名前。魚返穣うがえりみのる

 俺は少しずつ確かめる。これは夢ではない現実。世界も、俺自身も、確かに感じ取ることができる。巻き戻った日付、つねると痛い肌、帰る家には両親がいる。

 

 何故、こんなことになったのか。深く考えても到底わかりはしない。俺は哲学者でも神学者でもないし、科学者でもない。あるいは、そのどれだったとしても今の俺の状況は説明できないだろう。

 でも、困惑こそすれ嬉しく思わないわけはなかった。だって、死んだと思ったのに生きている。しかも、人生を余分に伸ばして。これから見知った授業や講義をまた受けるのは少し退屈かもしれないが、惰性だった今までより新しい発見があるかもしれない。

 そうしてこれから繰り返されるであろう見知った新生活に、何故か期待に胸を躍らせているうちに、俺はあの人物に出会った。

 それは、俺の目から視覚という情報として脳に伝達され、様々な記憶を想起させた。俺の人生の、甘い、苦い、忘れていた記憶。

 

 余頃鈴よごろりん。高校時代、俺が思いを寄せ、その思いを伝えることのなかった同級生の女子。

 卒業式の日、短い挨拶だけで別れを告げてそれ以来の一言も話していないかつての思い人。

 俺は怖かった。振られてしまうのが。仲の良い友人という関係すら失ってしまうのが。そうして、踏み出せなかった。あの時、振り返って名前を呼べなかった。その結果、彼女とは話す機会すらなくなった。それはそうだ、いくらスマートフォンがあるとはいえ、彼女は地元で、俺は東京。遊びに行く約束すらできなければ自然と会話もなくなって疎遠になる。俺の人生の中で、唯一のトラウマじみた思い出。俺の不甲斐なさに、嫌気が差した苦い思い出。

 

 

 だったら。

 

 

 だったら、今回でやり直すべきだ。と、俺の中の俺は言う。卒業式の日、最後の別れを短い挨拶で済ませてしまったあの時に、俺は振り返って名前を呼ぶ。そして告白するべきだ。たとえその結果が失敗に終わっても、行動をせずに疎遠になっていた今までよりマシなはずだ。

 人生で二度目の高校の入学式を経て俺は心に誓う。そして、日々をなぞる。細部まで再現することはできないけれど、できるだけ忠実に。そうしていけば、鈴とも必ず親しくなれる。

 数年ぶりに話す思い人は、当たり前だけど記憶の中の彼女そのままで。俺は夢のように思える二度目の現実を噛み締めながら日々を過ごした。

 

 そして卒業式の日が来る。不思議と、人生で二回目の卒業式でも感慨に浸る事はできた。ただ、それはどちらかというと別れの寂しさというよりも、過去への郷愁のような物だった。

 やがて迫るその時。最後のホームルームが終わり、解散になる。少しずつ、皆が散り始める。

 ここで、ここで振り返るんだ。振り返って名前を呼ぶんだ。鈴の席は俺の三つ後ろ。今は友人たちとの別れを惜しんでいる所のはずだ。

 俺は心を整えながら帰り支度をする。――心を整えながら帰り支度をする。

 

 

 そして教室を出る。

 

 

 できなかった。

 同じ結果になるとわかっていたのに。それでも俺は、鈴に声をかけることができなかった。

 二度目の彼女と過ごす時間がかけがえがなくて。また、失うことを恐れてしまった。踏み出さなければ、どうせ失ってしまうことを知っておきながら、どこかで、今回は大丈夫だろうと思っている。

 まだ、終わっていない。大学に入ってからの俺がもっとちゃんとすれば――

 

 

 遅い。

 

 

 昇降口を降りて、下駄箱まで来てしまった。そこで、やっと俺は思い直した。決心をした。まだ、間に合う。

 振り返って駆けだす。教室へ戻る。

 

 

 教室には、既に鈴はいなかった。

 

 

 ***

 

 

 人というのは不思議な物で、あれだけ後悔したはずなのに喉元が過ぎれば熱さを忘れるらしい。あるいは、俺自身がどこか最初からこうなると達観してしまっていたのかもしれない。

 新しく始まった、二度目の大学でも俺は一度目と変わらず過ごした。そのおかげで抗議はより退屈な物へとなってしまったが致し方ない。そのうち、あるポイントを過ぎれば俺の知りえない未来がやってくるはずだ。

 そう、思っていた。



 俺はまた、あの時、あの場所、同じ時間に忘れ物に気付き、交通事故に遭う。

 

 

 ***

 

 

 そういえば、不思議と事故の痛みは思い出せない。と、三回目の俺は思った。防衛本能なのかもしれないと勝手に結論付ける。

 時間のずれは少しあったらしい。今度は中学生からのスタートだった。だけど変化はそれくらいだ。俺の環境は何も変わっていないし、まだ鈴とも出会っていない。

 そう、。俺は覚えていた。二度目の時は途中まで思い出さなかった思い人への記憶を。一度外した蓋は中々元には戻らないらしい。俺は決心をする。今度こそ、と。

 

 

 そして日々を過ごす。

 

 中学校を卒業する。春が来る。高校へ入学する。鈴と出会う。

 

 

 鈴と出会う。

 

 

 鈴は初対面の俺ににこやかに笑いかけてきた。俺は手を挙げて返事の代わりとする。

 鈴は初対面の俺ににこやかに笑いかけてきた。三度目にしてそれが初めての出来事だったことに、実は俺は気が付かなかった。

 

 

 高校生活は予想以上に飛ぶように過ぎて行った。流石に三度目ともなると新規性がなく、時間の感じ方が早いらしい。それでも尚、鈴と遊んですごした時間だけは採れたての果実のように瑞々しく俺を刺激した。

 

 そして三度目の冬が来る。卒業式の日、ホームルームの後。振り返れば、鈴がいる。

 振り返れば、そこに鈴がいるんだ。俺は言い聞かせる。心を整えながら帰り支度をする。唇を噛む。どうしてか、帰り支度をする手が鈍間のろまになっていく。手が震える。そう、怖い。三回目でも、怖いのだ。拒絶が、怖い。

 

 

「穣」

 

 

 不意に、鈴の声がした。

 俺は弾かれるように振り返る。気が付けば、教室には俺たち以外に誰もいなかった。

 

 

だよ」

「え……」



 鈴は少しをしながらも、にこにこと笑っていた。

 彼女は、全てを知っている気がした。そう思うと、スッと肩の力が抜ける。



「鈴、あのさ」

「うん」

「好きです」

「わたしも、だよ」



***



 そして時は進む。

 俺はあの日の忘れ物をしなかった。

 あの日の道も、引き返さなかった。

 

 しっかりとした足取りで大学へ向かう。スマートフォンには鈴からメッセージが来る。



 恋人から、メッセージが来る。

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