受け取り給えよこの気持ち!

林きつね

受け取り給えよこの気持ち!

 私は助手です。なんのって? そりゃあもちろん博士の。

 博士の助手です。毎日博士の元で働いています。助手なので。

 と、言っても私は博士のように頭脳明晰ではないので、研究のお手伝いは出来ません。ので、今日も今日とてお茶を運ぶのです。

 博士は不精なので、一人でいると食べ物も水分もろくにとらずそのまま倒れてしまいます。ので、私がお茶や食事をこさえて運ぶのです。


「博士ー、お茶をお持ちしまああああああああ?!?!?!」


 目の前のあまりにもな光景に、絶叫をしてしまいました。お茶をひっくり返さなかったのは、ひとえに私がプロの助手だからでしょう。

 とまあそれは置いておいて、博士の研究室は地獄でした。気持ちが悪いという意味で。


「やあ、助手クン。いつもありがとうね」


 けれどそんな気持ち悪い部屋の中でも、人良さそうな笑顔でお礼を言うので、博士も博士でだいぶ気持ちが悪いです。


「ところでこれ、なんですか?」

「モチモチだよ」


 ひっぱたこうかな。そんな助手にあるまじき思考を急いでかき消します。

 だって、部屋中を蠢く気味の悪い黒いスライムのような物体。飛んだり跳ねたり潜ったり蠢いたり……とてもモチモチだなんて可愛い擬音が適応される状況ではないなと、私の頭でも思うのです。

 放っておくと、私の足にもまとわりついて――


「ぎゃああああああああ?!!」

「ああ、揉むと消えるよ」

「あぁぁぁああ――ああ、あああ、あ、ほんとです」


 取り乱しきる直前に聞こえた博士の言葉に従い、足の黒い物体を揉みます。すると確かに、モチモチという名前を付けたくなるのも仕方ないような手触り……おお……これは……と少し楽しくなって来たところで、初めからそこになかったかのように、モチモチはパッと消えてしまいました。


「なんなんですかこれ」

「モチモチ」

「社会不適合者ですか?」

「うん」


 そうでした。社会不適合者でした。

 地元の村に残した家族を残して、こうして日々未来を変えるような研究を博士はしているのです。きっとこのモチモチもその過程で生み出されたのでしょうが


「にしては、数が多すぎます。私が嫌悪感を抱いてしまいます」

「あーこの時期になると大量に注文が入るんだよ」

「どこの誰がこんなもの欲しがるんですか……」

「こいつらを野に離して、ひたすらにそれを揉み消すという祭りが流行ってるんだよ」

「助手には難しすぎる話ですね」


 許容量を軽くおーばー。たたでさえ私の頭は良くないのです。余計な情報を入れたくありません。パンクしてしまいます。


「――で、今回の新しい発明品だが」


 なにが『で』なのか私にはさっぱりですが、とりあえずお茶を置いて正座をしてしまうぐらいには、楽しみではあるのです。


「これだ!」

「おー!」


 と、大袈裟に叫んで拍手などをしてみますが、なんのこっちゃさっぱり。でもこれをやると博士が喜ぶので、やるのです。出来る助手なので、私は。

 見た目は、ラジコンカー。ただ上に突起のようなものがとりつけてあります。なんでしょうコレ。ところてんでも作るんでしょうか。


「そこはスピーカー。あとセンサー」

「知ってます」


 嘘です。知りませんでした。

 博士も私の嘘にはすぐに気がつきますが、あえてそこはつっつきません。なんだかんだ優しいのです。


「うん、じゃあちょっとそっちの壁際に立っててくれる」

「はいー」


 素直に移動。そして待機。

 すると博士は、ラジコンカーに向かって「大好き」と呟いて、そのままラジコンカーを地面に起きました。

 すると――


『ダイスキー』


 無機質な機械音声を発しながら、真っ直ぐ私の方へ向かってきました。

 そしてそのまま私の前で停車。


「…………」


 終わりです。あれ?


「おっと、どうやら助手クンは僕の大好きという気持ちを躊躇いなく受け取ってくれるみたいだ」

「はあ」


 どういうことかはわかりませんが、私は博士が大好きですし、大好きだと思われることも嬉しいです。だから助手をやってます。

 納得のいかない私からラジコンカーを受け取って、もう一度私を壁際にやります。そして今度は、「愛してる」と吹き込んで、ラジコンカーを走らせました。


『アイシテルー』


 すると、さっきは私の目の前で停車したラジコンカーは、なんとくるりとUターンをして博士の元に帰っていってしまいました。


「ふふふふふ、成功だ!!」

「つ、ついにですか!?」


 なんのこっちゃさっぱりわかりませんが、こういう反応をすると博士が喜びます。


「ああ、ついにだよ! これはね助手クン。このラジコンカーに嫌い、好きといった他者に向ける感情を込めた言葉を吹き込む。そして、任意の相手に向かって走らせる。すると、吹き込まれた気持ちを相手が受け入れてくれるのなら、車はその場で止まる。けれど、相手が受け入れてくれない場合、そのままUターンしてこっちに帰ってくるのだ!」

「わー!」

「つまりだ、大好きと言った時助手クンの目の前で車が止まったのは、僕の大好きという気持ちを助手クンが受けいれてくれたから。僕が愛してると言ったとき車が僕の元へ帰ってきたのは、助手クンがその気持ちを受け入れてくれなかったからだ。ショックだ!」


 そのまんま博士は突っ伏してしまいました。非常に情けない姿です。


「いやだって博士。博士には奥さんも子供もいるではないですか。そして私は博士を恋愛対象として見るのなら、反吐を零さざるをえないのです」

「そこまでいうか!」

「言いますとも」


 室内でモチモチを繁殖されるような人を誰が愛せますでしょう。――と、そんなことを言うと奥様に失礼ですね。助手反省です。


「大丈夫ですよ博士。少なくとも、奥様と娘様と……あと息子様には、その気持ちは届きますよ」

「…………」

「届かないんですか?」

「…………」

「不安なんですか? 」

「…………」

「だからこんなものまで作って、確かめようとしてるんですか?」

「ああ、もう、皆まで言わないでくれよ!! そうだよ怖いよ! もう愛想つかされてるんじゃないかって気が気じゃないよ! これを今から私の故郷の村まで走らせる! 戻ってきたら僕は死ぬ! うわあああああああああ!!!」


 突っ伏したまま泣き出してしまいました。助手として私はどうすればいいんでしょう。

 ええっと、とりあえず……


「早くお飲みにならないとお茶が冷めますよ?」

「そうだね! ありがとう!」


 やけ気味にお茶を一気に飲んで、そのまままた寝てしまいました。

 そんなに家族のことが気にかかるなら、研究などやめて帰ればいいのに……とは思いますが、そうすると博士は博士ではなくなってしまうので、難しいところです。

 それでも、悲しむ博士は見たくありません。私に出来ることを探さなくては。


「大丈夫ですよ、博士。こんな物なくたって、博士の気持ちは伝えられます。ほら、この前だって娘様に贈り物してたじゃないですか」

「ああ、あの金のモチモチね」

「…………」


 私に出来ることはなさそうです。他のお手伝いをしましょう。


 ちょうどいいタイミングで、来客を知らせるチャイムが鳴りました。来客対応も、助手の仕事です。

 いらっしゃったのは――配達人さん?





「そうだよな……。こんな機械に甘えちゃいけない……。僕の気持ちは僕自身で伝えなきゃ……。金のモチモチはそろそろ届いた頃だろうか。次は手紙でも――」

「あのー博士、それお荷物ですが」


 何やら改心の兆しを見せていた博士に、恐る恐る話かけます。重大事件だからです。

 頭脳明晰な博士は、私が抱えているダンボール箱を見て、すぐさま事態を把握したようでした。けれど、一応は助手の仕事としてハッキリと口に出します。


「Uターンしてきました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

受け取り給えよこの気持ち! 林きつね @kitanaimtona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ