影が消えた路上にて
あぷちろ
二人はこうして道に迷う
アスファルトを蹴り走る車上で、私はカーラジオから流れる曲名もわからない異国の音楽に耳を傾ける。
乗用車の助手席にちょこんと座る私は、隣でハンドルを握って下手な鼻歌をうたう女性に目を遣る。
チューブトップにテーラードジャケット、それにデニムとシンプルな洋服を着こなす彼女は今日も楽しそうな表情で車を転がす。
高速で流れていくガードレール。一筋の白線となって遥か先まで伸びている。対向車も後続車もいないハイウェイで延々と続くアスファルトを駆け抜けていく。
空の碧と相まって、飛行機雲を追って空を飛んでいるようだ。
「……何が楽しいんだか」
シンプルにカッコいい彼女とは違うひねくれた私は、負け惜しみのように唇を尖らせてドリンクホルダーにあった、運転手のタンブラーを傾ける。
苦い。カッコイイ彼女は味覚まで大人だ。甘い、甘いラテしか飲めない私と違うのだとまざまざと突き付けられたよう。
「走るのが楽しいんだよ」
走行音で聞こえないはずの私のつぶやきを拾った彼女は咎めるでもなく、坦々と告げた。
「道を間違えてUターンしてる最中なのに、それも楽しいんだ」
「それは……ごめんって」
ちくりと痛い所を突かれて彼女の余裕の表情が強張る。
「せっかく、行列のできるお店、予約してたのに」
「ほんと、ごめんって」
私が水を得たりとちみちみ口撃をしていると突如として車内がぐらぐらと揺れ出した。
「ごめんね……こんなカーナビものっけられないオンボロに乗ってて……運転するしか能のないオンナでごめんね……」
「わー! 前、前みて! 私が悪かったから、ほらっちゃんとハンドル握って!」
ぐらぐら、右へ左へ揺れる車の中で私は必至に彼女のご機嫌をとる。こんな高速道路のど真ん中で死ぬのだけはゼッタイいやだ!
「はぁ、はぁ。道を間違えたことはもう無かったことにしよ……」
先ほどのトップスピードとはうって変わって、観光列車ほどの速度で景色がながれていく。
木々が増え、時折、群生している山藤の花々が鮮やかな色彩で目を愉しませる。太陽も中天にさしかかるくらいで、路面から影が消える。
「まあ、元からドライブデートだし、」
何も損をすることなんてないのだ。いけなかったお店なんて今度また行けばいいだけ。
むしろカッコイイ彼女の運転姿をしかと目に焼き付けてやるのだ。
「“前向きに”、が私の座右の銘だし」
「初めて聞いたよ、それ」
「ほんと? あんたのは?」
「私? んー、そうだなあ“二度寝は最高”?」
「それ、ただの感想だし」
はにかむ彼女を愛おしく思う。私とあなた、二人きりの空間。
速く過ぎ去る外界、円やかに流れるラーラジオと私たちの吐息。
近いけど遠い、そんな距離感がまどろっこしい。でもとても心地いいのだ。
「また、ドライブしようね」
私が彼女の横顔を流し見ながらそう言うと、彼女は瞳を細めた。
「今度は海にいこうか。夕暮れを見に」
窓の外、山のむこうにある内海を想像して私は微笑んだ。
「あ、さっき出口でおりるの忘れた」
「またUターン!?」
終わり
影が消えた路上にて あぷちろ @aputiro
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