星を数えながら

相応恣意

星を数えながら


「ねえ、いつになったら進むの?」

「……」

「ねえってばー!」

 娘の度重なる要求に根負けし、僕は深いため息とともに返事をする。

「……ごめんね、まだわからない」

「パパのウソつき! すぐにつくって言ったのに!」

 不貞腐れた娘は、プイっと顔を背けてしまった。

「こら加蓮、あまり我がままを言わないの」

 なだめすかす妻の言葉にも耳を貸そうとしない。

 やれやれ、これは機嫌をなおすのに時間がかかりそうだ。

 確かに今は帰省シーズンの真っただ中。多少のUターンラッシュは予想していたが、まさかこうも道が混んでいるとは完全に計算違いだった。こんなことなら、無理して帰郷することはなかったかな……

「これでもピークタイムは外したつもりだったんだけどなあ……」

 ぼやいても仕方ないし、先ほどから1ミリも前に進まない現実は変わらない。気ばかり逸るが、かと言って何ができるわけでもなく、せめて娘の機嫌をなおす何かを……うーんと唸りながら、ふと空を見上げる。

 気づけば陽はすっかり落ちて、空には星が煌めいている。

「ほら加蓮。お空を見てみようか」

 渋々といった表情で空を見上げた加蓮の瞳にも、星が瞬いた。

「うわー! おほしさまー!」

 興奮した声音に、僕も思わず心が躍る。普段はこんなに澄んだ星空を見ることはできない。現金なもので、こうなってくると、たまの帰郷も悪くないな、と思えてくる。

「ねえ加蓮、せっかくだから、どっちがたくさんお星さまを数えることができるか、競争しようか?」

「うん!」

 元気に答える声に、思わず笑みがこぼれてしまう。

「いーち! にー! さーん!」

 ひとつひとつを指差しながら、星を数えていく加蓮。

「4、5、6、7……」

 それをあっさりと抜き去ってしまう妻に

「あ、ママずるーい!」

 抗議の声をあげる加蓮だったが……

「あ……」

 キョロキョロと星空を見上げながら視線を泳がせる。

 どうやら自分がどこまで数えたのか、わからなくなってしまったらしい。

 涙目になった加蓮の頭を妻が優しくなでてやる。加蓮はやがて涙を引っ込め、再び星の数を数え始めた。今度は妻も、邪魔をせずに黙って見守っていた。

 そんな姿を見ていて、ふと心に浮かんだことがあった。

「例えば、さ」

「うん?」

 加蓮の邪魔をしないように、小声で妻に語りかける。

「毎日毎秒、思い出してほしいとは思わないけれどさ」

「うん」

「こうやって夜空を見上げた時に、星の数をかぞえるみたいに……たまに思い出してもらえるなら、本望だよね?」

「あなたってば、欲張りなんだか、控えめなんだか」

 妻は苦笑しつつそう答えて、

「でもそうね、私もそう思う」

 最終的には賛同してくれた。

 そんな他愛もない話をしていると、列の前方が不意に騒がしくなっていることに気がつく。一体何が起きているのか、目を凝らし、やっとそれに気づいた。

「加蓮、お馬さんだぞ!」

「おうまさん!」

 娘のはしゃぐ声が心地いい。

 人波を横目に空をかけるキュウリと爪楊枝でできた馬は、真っすぐに僕たちの元へやってきた。

「精霊馬か……加蓮、おじいちゃんとおばあちゃんが、お馬さんを作ってくれたみたいだぞ?」

「ヤッター!」

 無邪気にはしゃぐ加蓮を抱きかかえ、妻と一緒に3人で精霊馬に腰掛ける。

 親より先に死んでしまった――しかも娘を守り切れなかった――親不孝な息子に、乗り物を用意してくれた両親には感謝の念を抱く。

 久々の「帰郷」まで、あともう少しだ。

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星を数えながら 相応恣意 @aioushii

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