ポーション成り上がり。外伝 ~四年に一度の武闘大会。Uターン編~

夜桜 蒼

第1話 走れツバキ!!

 ランデリック帝国では四年に一度武闘大会が開催されていた。近隣諸国も含め大陸中から参加者を集い開催される大陸最大の武闘大会であり、大陸中から一万人を越える参加者が集まるこの大会の優勝者には皇帝より望みの褒美が与えられる。

 我こそはと、腕に覚えのある強者が集まるこの大会は参加者を選定するために各地方で予選が行われていた。そして予選を勝ち抜いた者が決戦の地である本戦会場、帝都カタステリアに集まっていた。


「その話は本当ですの?」

「へえ、俺らのグループとは敵対関係にあるヤツらの事なんで嘘を言う理由はありやせんぜ」


 地方予選を勝ち抜き本戦に挑むために帝都カタステリアに来ていた竜人族の女性――ツバキ。ひょんなことから帝都の犯罪組織が集まる巣窟スラムを一掃したことから、スラムの支配者として君臨していた。本人にはその自覚はないがツバキの強さを体で体感した住民たちは彼女に従うことに否はなかった。


「……Bランクポーション。現存する中で最高峰のポーション」


 スラムの住人がもたらした情報は敵対する組織のグループが他国でBランクポーションを掠め取り帝都近くの街へ移動しているという情報であった。賊から取り戻した品物の所有権は取り戻した者に権利が生まれる。特に他国からの荷物である場合は返還する必要はないに等しかった。

 ポーションは医療に代わり世界で使用されている回復薬である。AランクからGランクまでのポーションがあり、一般的に使われているポーションは低ランクと言われるEランクまでのポーション。多少の裂傷は瞬く間に治癒させる効果を持っていた。

 そして話に出たBランクポーションは高ランクに分類され、現在製作が可能な人物はポーション職人の頂点に君臨するただ一人のポーション職人だけであった。


 ツバキには不治の病に掛かった妹――シオンがいる。シオンの病のため闘技大会に出場したツバキであったが、こんなところでBランクポーションの情報が聞けるとは露にも思っていなかった。


「今ならギリギリ街に辿り着く前に捕らえることも出来るかもしれやせん」

「……その話が例え嘘だったとしても――可能性があるなら賭けるだけですわね」

「お姉さま……」

「……。直ぐに戻ります。貴女はここで休んでいてください」

「はい。お待ちしております」


 現在ツバキとシオンがいる場所は帝都の西側にあるスラム街の一室。スラムとは思えないほど手入れの行き届いた清潔な室内。新品のベッドに寝具が敷かれシオンが横になっていた。本日ツバキが住人に用意して場所である。


「信用の出来る女性を一名、紹介してくださいな。……言っておきますけどシオンは病弱とはいえ、竜人族であり私の妹です。多人数相手は難しいとしても亜人の百人程度は軽くいなせる実力ですわ。そのことを理解しておいてくださいな」

「……。へぇ、周知させやす。もっともお二方に危害を企てる愚か者はもうスラムにいやせん。……あっしの妹を傍人に連れて来やす。身内に手を出す輩はいやせんから安心なさってくだせい」

「ええ。信用しますわ。万が一の場合はこのスラムを綺麗に浄化することをお忘れないよう。次はお遊びではありませんわよ?」


 男はツバキの言が誇張ではなく真実であることを理解する。シオンにかすり傷一つ付けようものなら顔色一つ変えずにスラムを更地に変えてしまう。そしてそこに自分達の姿が有ろうはずがないことを。


「……へぇ、あっしの命に賭けて信頼に応えやす」


 ◇


「さて、それでは少し急ぎましょうか」


 男の妹に十分な脅しを効かせてシオンを託したツバキは帝都を出て体をほぐしていた。

 聞かされた情報では帝都から馬車で二日の場所にある街にBランクポーションを奪った賊が向かっているとのこと。

 賊は馬車で移動しており、約一日前に出発している。予定通りであれば現在は行程の半分ほど。馬か走竜を使えばギリギリ追い付くことが出来る距離。しかしツバキの周囲には馬どころか人の姿すらなかった。


 馬車で二日。普通に考えれば徒歩で三日は掛かる行程である。にもかかわらずツバキの姿は軽装そのもの。食料を抱えている様子もない。


「明日までに戻れば大会にも間に合いますわね」


 馬車で往復四日。その行程を二日――否、実質一日で踏破する段取りのツバキ。もしその言葉を聞いている者がいれば失笑は間違いなかった。

 しかし、ツバキは地方予選の会場から帝都まで馬車で十二日間掛かる距離をシオンを背負ったままにもかかわらず十日間で辿り着いていた。

 そして今、ツバキの背に守るべき妹の姿はなく、その双肩には妹の命が掛かっていた。


 ストレッチが終わったツバキは深く息を吐き、吸う。そして足を前後に軽く開き、地面にグッと力を入れ止まる。次の瞬間――ツバキの姿は消える。地面にはこぶし大の穴が開き土煙が舞っていた。


 ツバキはスタートと同時に跳躍するかの如く走り出す。その姿は帝都の守備をしていた物見の兵士が遠目に見ていて捉えることがやっとであった。

 通常は人間の徒歩4km、馬でも6kmほどである。馬の最高時速は約90km。しかしその速度は生物である以上持続することはない。それはツバキも同様である。初速こそ馬より速くとも目的地まで距離がある以上何時までもトップスピードで駆け抜けることは出来ない。直進の街道がある帝都付近のみ最高速度で駆け抜け、その後街までの直進ルートである森へ入るとスピードを落とす。しかし森の中を普通に走っていれば魔物に出会う確率が上がる。ゆえにツバキが取る行動は一つ。木々の枝を足場に森を飛び抜ける。時折食べれる果物を通過する際にもぎ取り補給を済ませながら素早く森を抜ける。

 この時点で通常迂回するルートを最短距離で抜けた為、数時間の短縮となっている。


 森を抜けた先には帝国最大の河川。ランドリーヌ河がある。本来のルートである森を迂回した先に川幅が狭くなった場所があり大橋がかけてあるのだが、直進した先には最も川幅が広くなった部分が広がっていた。その幅は5km反対側の岸が小さく見えるほどの距離があった。帝国が大橋をかけるまでは渡し船が主流となっており、現在でもランドリーヌ河の何か所かに渡し船の停留地があった。


 ツバキの向かう先にも渡し船の停留地があり、僅かに速度が落ちたツバキの姿を見た船員は客が来たと腰を上げる。

 しかしツバキの走る速度は徐々に速くなり始める。異様な速度で近づいて来るツバキの姿に船員は恐怖を覚え、船を走らせる。それでもツバキの速度が落ちることはない。船に飛び乗られると思った船員は更に漕ぐ速度を速め陸から、ツバキから距離を取ろうと必死に船を漕ぐ。

 ツバキが岸辺に迫った時には船は既に100mほど岸から離れており、船員の顔にも余裕が生まれる。そして急いでやって来たツバキから逃げたことに申し訳ない思いが芽生え、引き返そうと漕ぎ方を変えようとする。――しかし岸に辿り着いたツバキは止まることは無かった。


「――はぁぁぁぁ!?!?」


 船員は水面を凄まじい速度で走り抜けるツバキを見て声を上げる。瞬く間に自分を追い抜いて船に乗る事もなくそのまま河を走り去ってしまった。


「――もしかして水が引いているのか?」


 ツバキが走り去った後の水面を見て船員は呟き、水面に足を付けるがそのまま水の中に沈んで行った。


 ◇


「はっ、はっ、はっ、ふふふ。さ、流石に、少しだけ、無茶でしたわね……」


 対岸に辿り着いたツバキはずぶ濡れのまま地面に手をついて呼吸を整えていた。

 水面を半分ほど進んだところで足が沈み、そのまま水の中に沈んでしまっていた。

 そこから人魚顔負けの泳ぎを披露しつつ対岸に辿り着いたが、その顔からは疲れが見え隠れしていた。


「でも、これで。三割は進みましたわね」


 帝国からの直進ルートで最大の難所であるランドリーヌ河を抜けたことでツバキの顔に安堵が浮かぶ。この先の道のりは山を二つ越えるだけで目的の街に着くことができるのであった。――通常の者であれば絶対に通らない魔獣の山脈に、人跡未踏の霊山を越えるだけで……。


 ◇


「なぁ、何だかさっきから寒気を感じるんだけど、俺だけか?」

「いや、俺もだ。なんだ? すげぇ、イヤな感じがするんだけど」

「止めろよ。俺はさっきから鳥肌が止まらねぇんだ。クソ、なんだよ。鬼か悪魔にでも見つめられているみたいだ」


 帝都から馬車で二日ほど離れた街が遠くに見える場所に一台の馬車が停車して野営していた。周囲はすっかり暗くなっており、焚火の光が男達の姿を照らしていた。


「くそ、こんなことなら無理してでも街に行くんだったぜ」

「あほ、こんな暗くなって行けるかよ。見えているって言ってもまだそれなりに距離があるんだぞ。下手に進んで魔物に襲われたらひとたまりもねぇよ」

「でもよぉ」


 男達が武器を片手に不安そうに辺りを見渡していると茂みから音が鳴り、人影が姿を現した。


「うおぉ! なんだなんだ!?」

「なんだ!? 敵襲!?」

「……。貴方たちが、荷を盗んだ、犯人、ですわね……」


 男達の前に姿を現したのは水濡れした草木を体中に張り付け殺意を振りまく物の怪の姿であった。


「「――――」」

「っ、お、おい! なにてめぇらだけ気絶してんだよ!? っ、ひぃぃ」

「ポーションを渡しなさい」

「ひぃぃ。やめ、ころさないで」

「ポーションを」

「はぃぃ! すみませんでした!! お返ししますから命だけは! 心を入れ替えますから! だから、だから――」


 男が差し出すポーションを受け取ろうと物の怪――ツバキが手を伸ばすと男はそのまま気を失った。

「……。失礼な人たちですわね……はぁ、ハズレですわね」

 ツバキの手にあるのはDランクポーション。貴重ではあるが目的のポーションではなかった。

「そんなものですわよね。シオンの元に帰りましょう」


 ツバキはシオンへのお土産を懐に入れ、帝都へUターンするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポーション成り上がり。外伝 ~四年に一度の武闘大会。Uターン編~ 夜桜 蒼 @yozakurasou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ