144 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(8)

 丘の遺跡、その周辺の開発工事が正式に決定した。

 それに伴って、昼夜交代制の周辺警備役として、ギルドにも依頼が舞い込んで来た。


「凄いじゃない、アキラ、指名で依頼を受けるまでに覚えがいいのね」


 赤茶髪の魔法少女、エルツーが掲示板を見ながらアキラに言った。

 エルバストがギルドに出した依頼票。

 そこには、先だっての調査で貢献してくれたアキラ及び二人と優先的に契約を結ぶ、とある。

 なお、ギルドにとって、アキラにとってはさらにいいことに。


「アキラの指名であと二人、選んでいいって書いてあるわよ。あたしは行けるけど」

「おお、エルツー、来てくれる? ならあと一人……クロちゃんは獣人仲間と別の依頼に行ってるし。カルを誘ってみるか」


 孤児施設から出て独り立ちした半分白髪の少年、カル。

 このたび見習い期間を終えて、初級冒険者、第五等という階級でギルドと契約を結んでいる。


「もちろん俺も行けるよ」


 あとからギルドに来たカルも二つ返事で了承し、アキラの班が決まった。


 例によって、仕事の前にエルバスト宅で事前の説明があるようだ。

 それまでに、アキラはもう一度、歴史学者のラファロと会って話がしたいと思っていた。



 先日と同じように、ラファロの仕事終わりを見計らって、学舎の近くを通る。

 すんなりとアキラのお茶の誘いを受け、二人で茶屋へ。

 アキラは単刀直入に、ラファロに聞いた。


「両替商を襲った連中の心当たりとか、ありませんか?」

「エルバストの商会自体が、敵が多い組織だらな……私もはっきりとしたことは言えないが、一つ、気になることはある」


 そう言ってラファロは次のように説明した。


「私たち、ラウツカで歴史を勉強しているものがあの土地を採掘、調査しようとしても地権者が嫌がっていた、という話は、前にしたと思う」

「はい、聞きました。それがどうしてなのかはわからないですけど」

「それがね、あの丘にはある特殊な植物……まあ、いうなれば禁制の薬物の原料になるものが生えるから、地権者はそれを知られたくないために、調査などを拒んでいたという噂があるんだ」


 要するに、麻薬、阿片などの原料となるケシの一種である。

 アキラにとっては寝耳に水の話であった。

 確かにアキラはあの丘を念入りに調べたが、植物に詳しくないアキラは、どれが法に触れる類の草花かはわからない。

 ここで、アキラは一つの疑問が浮かぶ。 


「ならどうして、地主さんは今回、エルバストさんのところに工事を任せたんですかね?」

「おそらく、エルバストもそのことを知っていて、工事の際には見て見ぬふりをするという確約を地権者と結んだのではないかな」

「でも、いずれ他に花とか植物に詳しい人に見られたら、ばれるんじゃ……」


 開発工事が終わり、大規模な保養施設ができたら、丘へ行くものが多くなる。

 今は歴史好き、廃墟好きのものくらいしか訪れることのない箇所が、賑わいを見せることになるはずだ。


「だからだよ。エルバストと地権者は今回の工事で、それを『なかったこと』にするつもりなんだ。そんな花は最初からあの丘にはなかった、とね」

「そう、なんですかね……」

「ことが発覚する前に、こんなに急いで工事が決まった理由がそれさ。昼夜交代制で、突貫工事をするって話だろう?」

「はい。確かに、早く工事を始めて、終わらせようとしている日程です」

 

 エルバストを信じたいとは思うアキラだったが、ラファロが嘘をついているとも思えない。

 ここで、一つの可能性がアキラの頭に浮かんでくる。


「工事に反対している過激派みたいな人たちって、いませんか? ラファロさんみたいに穏健に、話が通じるタイプじゃなくて。絶対に許さん、暴力も辞さない、みたいな……」

「いるさ。そういう連中は、遺跡を守りたくて反対しているわけじゃない。エルバストのやることなら、なんでも気に入らなくて反対し、ゴネることで金を引き出そうとする輩もいるよ」


 そうしたものたちともエルバストは戦っているのかと思うと、アキラは気が重くなった。


「過激なそういう連中が反対しているのも、エルバストさんに、その危ない薬の花を刈らせないようにして、工事の邪魔をしに来るってことかな……自分たちで、収穫しようとか」

「考えられるだろうね。そういう、広い意味でのエルバストの敵のなかに、両替商を襲ったものたちがいた、という話ではないかな。これから先も、なにかしら、事件は起こると思うよ」


 よくない情報ばかりが積み重なり、少し暗澹とした気分にアキラはなってしまった。

 

 仮に、エルバストが禁忌薬物の原料である花のことを、知っていてなかったことにしようとしているなら。

 それでもアキラは、エルバストを責める気にはならないのだ。

 エルバストは、多くの人の利益のために、仕事を前に進めようとしているだけなのだから。


「今までの仕事とは、違った意味で難しいな……」


 重くなった気分を晴らすために、アキラは城壁の上を走った。

 城壁の東の端から、西の端まで走って、暗くなり始めたので部屋に戻った。

 それでも、上手く熟睡はできなかった。



 数日後、アキラとエルツーとカルは、エルバスト宅で行われる説明会に向かう。


「お集まりいただき、ありがとうございます。エルバストに代わり、わたくしめがみなさまに説明をさせていただきます」


 この日、エルバストは別の仕事で不在であった。

 大熊のサーリカも姿は見えない。

 代わりにアキラにとっては顔なじみとなった、使用人の男性から警備任務の説明がなされる。


 今回は丘の中腹あたりに小屋を建て、そこに寝泊まりして見張り番をする仕事のようだ。

 人数も前回より多く、アキラたちのように他にいくつかの班が編成されている。

 昼間の警備、夜の警備、そして休みのシフトなどがこの集りの場で決められた。


「魔物、野獣、物盗りのたぐいが出ないとも限りません。戦闘が発生するという前提で、注意して任務にあたっていただければと思います」


 説明を聞き、集まった冒険者たちの顔も引き締まる。 

 カルがアキラに尋ねる。 


「アキラ兄ちゃん、両替屋を襲った奴って、まだ全員捕まってないんだろ?」

「そうだって話だな。他にも仲間がいるかもしれないし、工事の最中になにかしら、仕掛けてくるかもしれない。気は抜けないよ」


 アキラはそう言ってカルとエルツーにより一層の注意を促したが。

 事件は、工事が始まる前、アキラたちがエルバストの屋敷を出ようとしたそのときに、さっそく発生したのである。


「喰らえ! 金の亡者の手先!」

「痛っ!」


 突然、見知らぬ男からアキラは生卵をぶつけられたのだ。


「てめーコノヤロー! 待ちやがれっ!」

「待て、カル! 大丈夫だからわざわざ追うな!」


 逃げる男を俊足のカルが追いかけようとするが、アキラが止める。


「うわ、べとべと……」


 顔と服に生卵がついてしまい、アキラは早く風呂に入りたかった。 


「アキラ兄ちゃん、生ぬるいよ。こんなことする奴は、捕まえてボッコボコにしてやらないと」


 カルはまだ憤慨していたが、アキラがなだめる。


「街中で喧嘩なんかの騒ぎ起こしたら、工事警備の依頼が受けられなくなるかもしれないだろ。一応、政庁も絡んでる、お堅い仕事なんだから」

「でも一応、衛士さんとかエルバストには報告した方がいいわよ。これから先、こんなことばかりじゃ仕事にならないわ」


 エルツーの言い分はもっともだった。

 嫌がらせが続くようであれば、この仕事を受けたものも続々と辞めていくおそれがある。


 アキラたちはエルバスト家の使用人に、さっそくそのことを報告する。


「それは災難でしたな。お召し物はこちらで洗わせていただきます。着替えを用意いたしますので、どうかこちらで湯を浴びてからお帰り下さい」

「いや、そこまでしてもらわなくても」

「このままお帰りになられますと、わたくしどもが当主に叱責を受けます。どうかお受けください」


 結局、アキラとカル、エルツーはエルバスト邸でお風呂までもらうことになってしまった。


「アキラ兄ちゃん、スゲーなここ。風呂屋でもないのに男湯と女湯が分かれてるんだ」


 大理石で作られた浴場で、カルは大いにくつろいでいる。

 隣の女湯ではエルツーが湯を浴びている。


「カル、覗こうとするなよ」

「しねーし、そんなバカなこと。つか無理でしょ。ばっちり壁で区切られてるし」

「そうだよな、そんなバカなこと、普通はいい歳になってしないよな……」


 アキラは去年の今頃、温泉で覗きを働こうとしたことがあるので、自分のバカさに少し凹んだ。


「風呂屋って言えばさ、丘にできる温泉施設、基本的には偉い人とか金持ち用の高級な感じになるんだろ?」


 カルがアキラに聞く。


「そうらしいな。基本的に日帰り温泉とかじゃなくて、宿泊の保養施設だって。偉い人を接待するときとかに使うんじゃないかな」

「せっかく工事の警備で俺たちも関わってるんだから、完成したら行ってみたいよなー」

「確かにな、高いだろうけど、どんなのができるのか興味あるし」

「あーあ、そんなところに泊まれるくらい、早く偉くなりてー」


 と、他愛ない話をして、二人は湯から上がった。


「やっぱり、お金持ちにならないとダメね……こんな素敵なお風呂が家にあるんだから……」


 エルバスト邸の風呂に、エルツーはいたく感激していた。



 アキラはカルとエルツーと別れた後、もう一度ルーレイラの部屋へ行くことにした。

 丘の遺跡付近に、禁制の草花があるという噂について、植物に詳しいルーレイラならなにかを知っているのではないかと思ったからだ。


「ああ、その噂か……実は僕も、個人的に気になったから、調べに行ったことはあるのだよ」


 ルーレイラも話自体は知っていた。


「で、どうだったの?」 

「結論から言うと、僕は見つけられなかった。そこまでしらみつぶしに捜したわけではないから、ひょっとするとどこかにはあるのかもしれないけれどね。ハッキリとしたことは言えないなあ」

「そっか……」


 広い丘をルーレイラ一人で回っても、見られる範囲に限界はある。

 見つからないというのは当然のことだった。


「ただ、禁制の花によく似た、別の無害な花というのもあるからね。それと見間違えた可能性もあると思うよ」

「確かに、草とかキノコとかも、判別は難しいもんな」

「それらの花の開花時期は、ちょうど今頃だ。もしアキラくんが変わった花を見つけたら、ここに持って来るといいよ。僕なら見れば大抵わかるから」

「ありがとう、そうする」


 

 後日、工事が開始され、アキラたちは警備の任に就く。


「でっけー熊がいるんだけど……追い払った方がいいヤツ?」


 エルバストが飼っている、大熊のサーリカを見てカルが唖然としている。

 サーリカも警備の一翼を担うと知って、カルもエルツーも顔をひきつらせていた。


「あたしたちより、実は頼りになるかもね。よろしくね、サーリカ。あたしはエルツー。仲良くしましょ」

「ガッフェ」


 次第にエルツーもサーリカに慣れて、その背中を撫でたり、お腹を揉んだりしてじゃれ合っていた。


 遠巻きに、開発反対派のものたちが集まってシュプレヒコールを上げている。


「歴史を無視した無計画な開発を、エルバストはやめろー!」

「やめろー!」

「金もうけだけを追求して、弱者を顧みないエルバストの横暴を許すな―!」

「許すなー!」


 カルがその様子を見て、素朴な疑問をアキラに投げかける。


「あの連中、働いてないのかな? 毎日来てるけど」

「きっと、ああすることでどこかからか、お金が出てるんだろ……」


 うんざりしながらアキラは答えた。


「うっそそれ羨ましいな。あれだけで金貰えるんだったら、俺もやろうかな」

「やめろバカ」

「冗談だって。怒るなよ、アキラ兄ちゃん」


 相変わらず、人を食った生意気少年だった。



「最初はイライラして眠れないくらいだったけど、案外慣れるもんね」


 工事が進み何日か経つと、エルツーは反対派の叫びを気にしない境地に達していた。

 虫やカエルが鳴いているくらいの感覚なのだろう。


 もっとも、夜になっても反対派は誰かしらが工事現場の周りをうろうろしている。

 目だった実害はなく鬱陶しいだけだが、工事作業をしているもの、警備をしているものがみな、エルツーのようにタフなわけではない。


「次の休み、みんなで浜辺の温泉に行って、なにか美味いものでも食おうか。俺、奢るよ」


 今回の仕事で班長役になっているアキラは、エルツーとカルにそう言った。

 たまには羽を伸ばしてリフレッシュして、仲間の心身のメンテナンスを行うのも班長の大事な役目である。


「ゴフ、ゴフ」

「あんたは連れて行かないわよ、サーリカ」

「グバァ……」


 エルツーとサーリカのやり取りに、アキラもカルも頬を緩めた。


「そうだ。サーリカ、さっき見回りしてたら、綺麗な変わった花を見つけたのよね。それであんたに花冠をつくってあげるわ」


 エルツーはそう言って、青紫色の、丸い大きな花弁を持つ花を摘んできた。

 ラウツカの街中では見ないような、変わった種の花である。


「エルツー、俺もこの花、少し貰っていい?」

「いいわよ別に。ちょっと行ったところにたくさん咲いてたわ」


 休みになったらアキラはその花を持ち帰り、ルーレイラに詳しく調べてもらおうと思った。


「はい、出来たわよ……って、サーリカ、どうしたの?」


 エルツーが花冠を完成させて、サーリカの頭に乗せようとしたとき。


「グウゥゥゥゥゥゥ……」


 サーリカが、警戒の唸り声を上げたのだった。

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まちぎる ~白亜の城壁を持つ街の冒険者ギルドに登録した、転移者アキラの少し遅めの青春日記 西川 旭 @beerman0726

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