143 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(7)

 後日、アキラが冒険者ギルドに足を運ぶと、そこに思いがけない人物がいた。


「あ、エルバストさん。こんにちは」

「はい、こんにちは、アキラさん。ごきげんよう」


 工事の日程が決まり、次の仕事の依頼を出しにギルドを訪れたのか、とアキラは思ったが、そうではないらしい。


「あなたをお待ちしておりました。今日の夜は空いていますか?」

「え、特に、用事はない、ですけど」

「そうですか。では、先日の強盗事件の際、ずいぶんとご迷惑をおかけしたようですので、お詫びにお食事でもと思ったのですが。よろしいですか?」


 アキラが犯人逮捕に協力したということをエルバストも知っているようだ。

 すでにロレンツィオも誘ってあるというので、そういうことならとアキラも快諾した。


「遠慮なく、ご馳走になります」


 これは、アキラがエルツーから言われていたことにもよるが。

 キンキー公国では、立場や財産が明らかに上の者から食事に誘われたり、贈り物をされたりしたときは、遠慮なく素直に受け取っておくのが礼儀とされている。

 変に謙遜して遠慮をすると、自分の厚意を拒否された、自分が軽んじられたと受け取られるケースが多いからだ。

 もちろん、外せない用事がある場合などは、丁寧にその旨を説明して丁重に、しかしハッキリと断ることも、礼儀である。


 アキラが素直に誘いを受けたことで、エルバストも満足げに頷きながら言った。


「では、また夜に。部屋まで迎えのものを出しますので」

「わざわざそこまで……ありがとうございます」


 用件だけを伝えて、エルバストは颯爽と去って行った。


「格好いい人ですね。凛としてて」


 受付から二人の様子を見ていたリズも、エルバストの覇気のある居住まいに感心していた。


「なんか、アメリカ人っぽくない? 合理主義的で、パワフルで」

「そうですか?」


 アキラの感想イメージは、リズには伝わらなかったようだ。


 

 夜まで特に用事もなかったアキラは、トレーニングのために河川敷へ行こうかと考えていたが、そうもいかなかった。

 フェイがギルドに来て、アキラに次のように伝えたからだ。


「アキラどの、前の両替商襲撃事件で、逃げた犯人の一人と思われるものが見つかったのだ。政庁の衛士本部まで来て、意見を聞かせてもらえないだろうか」

「犯人、見つかったんだ。でも俺で分かるかな。相手は顔を隠していたし」

「背格好や雰囲気だけ、意見をくれればいい。詳しい調査は市中衛士がするさ」


 そうして、フェイに連れられてアキラは衛士本部へ行くこととなった。

 アキラは衛士本部で容疑者として取り調べを受けている人物を見て、驚く。


「あれ、丘で足を怪我してた、反対派の……」


 その顔には見覚えがあった。

 アキラが城遺跡周辺の調査をしていた際に、崖から落ちて怪我をしていた学者風の男だったからだ。  


「やあ、また会ったね、冒険者さん」

「ど、どうも……え、両替商を襲ったって、この人が?」


 アキラにはにわかに信じられなかった。

 どちらかというと華奢で、いわゆるもやしタイプの青白いこの男が、両替商襲撃などとは。


「私は違うと言っているのだけどね。どうも、エルバストの事業に反感を持っている人物、ということで、こうして取り調べを受けているよ」


 二人の間に面識があることに、フェイが驚いて尋ねた。


「アキラどの、知り合いなのか?」

「遺跡の周りの調査をしているときに、崖から落ちてたこの人を俺たちが運んだんだ。強盗たちは逃げ足がすごく速かったから、この人じゃないと俺は思うよ」


 アキラは自分がこの男と会った時の状況を具体的にフェイたち衛士に話して聞かせた。


「なるほど。見た感じ、荒事に向いているようにも見えないしな」


 フェイはアキラの話を信用したが、彼女の管轄は港湾の治安警備である。

 参考人としてアキラをここに連れて来ただけで、取り調べや捜査の主導権にフェイは関わっていない。


 いくつか衛士たちから話を求められ、それが終わりアキラは解放される。

 そのとき、フェイにこう訊かれた。


「なにか顔色が優れないようだが、風邪か?」

「え、そうかな? いや、ちょっとしたことがあってさ……」


 話そうかどうか迷ったが、街の治安にもかかわることなので、アキラはフェイに話すことにした。

 自分の部屋の前に、エルバストの仕事に関わらないよう、脅迫文書が送られてきたことを。


「それは、不味いな……わかった。巡回の際に私たち港湾衛士も、アキラどのの部屋やギルドの方を注視しておく。市中衛士にもエルバストの屋敷や店の周りの警邏強化を要請しておこう」

「ゴメンね、なんだか大げさな話になっちゃって」

「アキラどのは普通に仕事をしているだけだろう。なにを謝ることがある。市民が不当な暴力にさらされず暮らせるように、私たちの仕事があるのだからな」


 フェイはそう言って頼もしく笑い、仕事に戻って行った。

 そのおかげで、アキラも少し、気分のもやもやが晴れた気がした。



 夜になり、アキラの部屋にエルバストの部下が馬車で迎えに来る。

 ロレンツィオを拾ってからここに来たようで、すでに客車に乗っている。


「いやあ、さすがに立派な馬車だね。こんなおもてなしを受けるなんて、おいら緊張してしまうよ」

「みっともない真似するなよ、頼むから」


 アキラは会食が始まる前から不安である。


 場所は、アキラも一度だけ訪れたことがある、市街地中心部の高級料理屋だった。

 いつぞやにリズたちとスパイ大作戦を行った店である。

 完全個室の一室に、すでにエルバストは来てアキラたちを待っていた。


「まずはじめに、先日はわたくしどもの店で起きた事件に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」


 そう言ってエルバストは頭を下げたので、アキラもロレンツィオも恐縮して手を振る。


「いえいえ、こっちは怪我人も出てないし、災難に遭ったのはお互いさまなんですから」

「そうそう、おいらのお金も無事に戻ってきたことだしね!」


 下げていた頭を戻し、エルバストはアキラたちに向き合う。


「そう言っていただき、ありがとうございます。今夜はできる限りのものをご用意させていただきましたので、楽しんでいただければ幸いです」

 

 そう言って、部屋に料理と酒を運ばせた。

 晩春のラウツカ、その山海の珍味が卓上に所狭しと並ぶ。


 美味しい料理を前に下手な遠慮は無礼、とばかりにアキラもロレンツィオも、笑顔でそれを頬張った。


 食事の間、エルバストはロレンツィオに話を向ける。


「ときに、ロレンツィオさんは、とても珍しい金貨を両替店にお持ちいただいたようで」

「ああ、もののためしに少しだけ両替してみたけどね。大事なものだし、これ以上は換えないよ」


 そう言っておけば、より価値の高いものだと相手は思うだろうと、ロレンツィオは計算して言った。

 しかし。


「そうですか。それだけ大切なものであれば、やはり本来の持ち主のもとにあるべきでしょう」


 エルバストに駆け引きは全く通用しなかった。

 肩透かしを食らったロレンツィオは、悔しそうに酒を呷った。

 金貨への興味はもう全くないようで、エルバストはアキラへ話を振る。


「それと、アキラさん」

「はい、なんでしょう」

「遺跡の近くで助けた男性、開発反対派の学者、ラファロという方だったのですね」

「そう、ですね」


 あの男の名はラファロというのを、アキラはこのとき知った。

 事業に反対するものを助けてしまったことで、なにかエルバストを不愉快にしただろうかとアキラは心配したが。


「昼に、わたくしどもの方にも衛士が来て、彼が強盗の犯人の一人ではないかと言っていました。私も彼の足の怪我をこの目で確認しておりますので、その可能性は低いでしょう、と申し上げました」

「そ、そうですか。俺も、そう思って衛士さんたちに言いました」

「わたくしどもの仕事をアキラさんが受けていると、どうしても反対派の方からいろいろ誹謗中傷があるかもしれません。そのときは遠慮なさらず、相談してください。お力になります」

「ありがとうございます。あの……」


 アキラはかねてから思っていたことを、エルバストに言った。


「反対派の方と、話し合いの場を設けたらどうでしょうか? ラファロさんという人も、話が分からない人じゃないと思うんです。お互い、誤解してるんじゃないかなって……」


 強盗を起こすような連中はともかく、ラファロという学者や、反対コールを叫んでいるだけの平和的な活動家なら。

 説明会のようなものを公的に開くことで、お互いの理解を得られるのではないかとアキラは思ったのである。


 しかしそれに対して、エルバストの返答はアキラの予想していたものとは、少し違った。


「開発、遺跡の取り扱いについての説明会や議論会を開こうと、私どもの方から彼らに提案しています。以前から、何度も」

「え、それなのに、あの人たちは反対運動をしてるんですか?」

「はい。そっちが用意した議論の席に乗ってたまるか、懐柔する気だろう、話し合いの場を設けたからそれでいいと思って開発を進める気だろう、などと言われ、断られ続けています。話が進んでいないのです」


 そういう事情があったのか、とアキラは少し、エルバストの苦労を理解した。

 横で話を黙って聞いていたロレンツィオが、なにかを思いついたようにアキラとエルバストに言う。


「エルバスト女史が公式に呼びかけても、相手が乗って来ないというなら、アキラ、お前さんが個人的に相手をメシにでも誘ってみればいいじゃないか」

「俺が?」

「そうさ。アキラだって、歴史遺物が好きな同好の士だろう? 詳しい話を聞きたい、ご教授くださいとかなんとか言えば、学者先生なんてものは教えたがり、話したがりだからね。きっとホイホイ乗って来ると思うよ」


 意地の悪い言い方だが、ロレンツィオの言っていることはおおよそ、その通りだろうとアキラは思った。

 なるほどなるほど、といった顔でエルバストもその話に乗り。


「お願いできるでしょうか、アキラさん」

「まあ、向こうの話を聞いてみることくらいは」


 アキラとしても複雑な気分であった。

 しかし両者が誤解し合ったままこの仕事を続けるというのもアキラには気持ちよくなかったこと。

 そしてなにより専門家であるラファロとゆっくり話をしてみたいという気持ちから、この話を承諾した。


「頼りにしています、アキラさん。それではわたくしはこれで失礼しますが、お二人はごゆっくりお食事と飲み物を楽しんでからお帰り下さい。お帰りの際も馬を用意しておりますので」


 相変わらず忙しいようで、エルバストは先に帰った。

 アキラはロレンツィオと二人、上等な料理を腹に詰め込めるだけ詰め込んで、酒を飲み余韻に浸る。


「いい女性だなあ、エルバスト女史……」


 高級な酒をたらふく飲んで、真っ赤な顔になったロレンツィオが呟く。


「お前、美人だったらなんでもいいんだろ?」

「失敬な。女性はみな美しいとおいらは思ってるよ。エルバスト女史がいいと思うのは、追いかけ甲斐のあるところさ。あの人を捕まえることができたら、そりゃあ、嬉しいに違いないさ……」


 確かに、顔や体型と言った容姿云々でロレンツィオは女性を見ていない。

 どんな女性にも、基本的には甘く、優しく話しかけるのだ。


 女に追いかけられてはつまらない、女を追いかけないとつまらない。

 そんなロレンツィオの哲学を、アキラも少し理解しようと思うのだった。


 

 会食の翌日。

 ラファロという男が、ラウツカにある教育施設、学舎の教員であることはエルバストが調べてくれていた。

 

「どうもこんにちは、奇遇ですね」


 アキラは下手な演技で偶然を装って、仕事終わりに学舎から出てきたラファロに声をかける。


「やあ、あのときの冒険者さん。こんにちは」


 アキラやエルバストが、ラファロの無罪を証言したからであろうか。

 立場は違えど、ラファロがアキラに向ける視線は柔らかく、穏やかであった。


「俺、アキラって言います。気安くアキラって読んでください。なにかの縁ですし、お茶でもどうですか?」

「う、うむ。お茶くらいなら。夕食まででいいかな。急に帰りが遅くなると、家のものが、ね」

「ははは、わかります」


 家庭を愛する、どこにでもいる良き市民にアキラの目にも映った。


 二人は学舎の近くにある、軽食茶屋に入る。

 そしてアキラは、ラファロから丘の上の遺跡と、ラウツカの街の関係についての説明を受ける。


「ラウツカに城壁が建設され始めたのが、およそ150年前のことだと言われている。最初はもっと低く、小さなものだったようだ。丘の上の遺跡はそれよりもずっと古い」

「そこのひとたちが何者かっていうのは、わかってないんですか?」

「大きく説は二つある。一つは、今のラウツカを作ったものたちの祖先という説。彼らは元々丘の上に住んでいたが、平地に降りてきてラウツカの街を作った、ということになるね」

「もう一つの説は?」

「私はこちらが有力だと思っているが、ラウツカの街を作った我々の祖先に、滅ぼされた別の氏族という説だ。実際にあの城の遺跡は、戦闘の形跡がみられる。なにものかに攻撃を受けた、あるいは侵略されて滅びたんだ。丘の上の脅威を取り除いてからラウツカの街が作られた、という流れになるね」

「戦闘の形跡ってことは、矢じりとかが見つかったんですか?」


 アキラの好きな分野の話になって来たので、ついつい聞く姿勢が前のめりになる。


「ああ、そうだ。石の壁や塹壕の配置、大きな弓櫓の遺構からも、あの城がかなり戦闘的な城塞だったことがうかがえる。遺跡の周囲を発掘調査すれば、もっと様々なことがわかるとは思うのだが……今まで、地権者がうんと言わなくてね」

「それが謎のまま、別の建物を作るために開発工事しちゃったら、わからないことがたくさん残っちゃいますね」

「まったくだ。それを、よりによってエルバストが工事の頭目を務めるとはね……知っているかい? ラウツカの街で、大きく新しい建物が作られる際、エルバストの商会が手を下して、元々いた住民を半ば無理矢理立ち退かせたりしているんだ」

「そんなこともしてるんですか」

「私も、父母から聞いたくらいだからそれは昔の話だけれどね。やることなすこと、なにもかも速度や合理性ばかり重視して、弱い者の小さな声を拾い上げない。エルバストに開発を任せたら、どういうことになるか……」


 憂鬱そうに顔を曇らせながら、ラファロはそう語った。

 さほど長くない会話だったが、両者の溝が埋まるのは簡単なことではないだろうとアキラは思った。


 

 アキラがラファロとの話を終えて、部屋に戻る前。

 話をしていた軽食茶屋は、赤髪のエルフ博士、ルーレイラの寝床兼研究所の近くでもあったことから、アキラは立ち寄ってみることにした。


「やあ……アキラくんか……入りたまえよ。なにかお土産はあるのかな?」


 牧場から頼まれた薬や飼料の研究開発がまだ忙しいのか、ルーレイラは何日も寝ていないような顔色だった。


「とりあえず、そこのお茶屋さんのお茶と団子、買って来たよ」

「おお、素晴らしい。これで一服にしよう。ちょうどキリのいい所までは終わったところなんだ……」


 アキラはお茶をしながら、エルバストのこと、歴史学者ラファロのことなどを報告する。


「ああ、そのラファロという男の言っていたことはあれだね、浜辺の巨大温泉を作る工事の時の話だね」

「それって、ルーが設計したあの立派な温泉施設?」


 アキラもたまに行くことのある、高級スパである。

 天然温泉で、二階建て、屋上露天風呂あり。


「うん。あの建物を作る際にねえ、工事の主幹をエルバストに任せたのは確かだし、用地確保で政庁がずいぶん、無茶をやらせたからね」

「無茶って?」

「当時、あの近辺には地権者がはっきりしない場所に、勝手に住みついてる流民がいっぱいいたんだよ。それでも工事することは決まってたから、エルバストに立ち退き事業も任せたんだ」

「それだったら、別にエルバストさんが特に悪いってわけじゃないよね」


 不法に住みついているものと、強引に立ち退かせることを決定した政庁と。

 いわば、三者が三様に、突かれたら痛いところを持っているという話だった。


「あの女は凄いよ。不法に住みついてる連中の一人一人と酒を飲んで、相手が酔いつぶれて、わかった、立ち退く、と言うまで引き下がらなかったってんだから」

「女傑だ……」

「そのおかげで政庁も、僕もずいぶん助けられたね。この街の大掛かりな施設を設計したのは僕という自負はあるけれど、実際に建設したり維持したりする功績の大部分にエルバストが噛んでる」


 実は、エルバストもルーレイラも篤志家であり、孤児施設や難民居住区にかなりの額を寄付をしているが。

 アキラの前で、そんなことをことさらには言わないのであった。


「そうか。アキラくんは今、エルバストのところの仕事をしてるのか。なにごとも急ぎ足で慌ただしい女だけれど、見ていて勉強になる部分は多い。しっかりやるといいよ」

「うん、ありがとう、ルー」


 礼を言って、アキラは部屋に戻った。


 

 部屋の前には、仕事が終わったのか、私服姿のフェイがいた。

 照れくさそうにポリポリと頬をかきながら、フェイはアキラに声をかける。


「や、やあ。帰りの馬車を拾うついでに、見回りも兼ねて、寄ってみたんだ」

「わざわざありがとう、今日は平穏無事、なにもなかったよ。衛士さんたちの、おかげです」

「な、なに、仕事だからな。さ、さて、私はもう戻るが……」


 追いかけられるより、追いかける方がいいに決まっている。

 まごまごしながら、帰ろうとする振りをしているフェイを見て、何故かアキラはそんなロレンツィオの言葉を思い出すのだった。


「フェイさん。ご飯、食べに行こうよ。なんか飲みたい気分だし」

「そ、そうか? いや、私もなにか、飲みたいかな、と思っていたところなんだ」


 そうして二人、笑って、山猫亭ではない、別の飯屋へ行ったのだった。

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