142 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(6)

 後日、アキラはラウツカ市の政治、行政をつかさどる政庁舎へ足を運んだ。

 政庁のエントランスホールには掲示板があり、市政の情報が色々と張り出される。

 そこには、西の丘を開発する工事が近日中に始まることの案内も張り出されていた。


「おお、アキラ。おまえさんも来ていたのかい」


 他にも市内の情報を色々見ていると、ロレンツィオに声をかけられた。

 アキラと同じく、おそらくは情報収集のために政庁に来たのであろう。


「よう。いい加減にまっとうに働けよ」

「いきなりご挨拶だね。おいらはまっとうに、世のため人のためになるような仕事を探しているつもりだよ? 金になることというのは、多くの人が求めていることでもあるんだからね!」


 アキラとロレンツィオでは、どうも労働に関する価値観が全く違うようだった。


「ところでアキラ、ちょっとこれから両替商のところに行くんだけど、一緒に来てくれないか?」

「なんでだよ」

「おいらが持っているヴィカート……あ、聖マルコとイエスさまの描かれている金貨や銀貨をね、どうもエルバストの経営する両替商なら、良い値で交換してくれると聞いたのさ」

「一人で行けばいいじゃねえか。つーか、この前のメシ代払え」

「一緒に来てくれれば払ってあげるよ。なにせ大金を持ち帰ることになりそうだからね、一人では不安なのさ!」


 そこまでの大金にはならないだろうとアキラは思ったが、特に予定もないのでロレンツィオに同行することにした。



「思ったほどの金額にはならなかったなあ。時期によって交換相場は変動するだろうけどさ」


 結局ロレンツィオは、レートに納得がいかなかったのか金貨と銀貨を数枚ずつ両替するだけにとどめた。

 それでも、キンキー公国で使われている金貨、銀貨でロレンツィオの持っている小型皮袋はミチミチになった。


 アキラとロレンツィオが両替店から別の場所に移動しようとした、そのときである。


「全員、そこを動くな!」


 武器を持ち、顔を隠した5人ほどの集団が急にやって来て、店員に刃物を突きつけた。


「ご、強盗!?」


 アキラは驚いて叫んだ。

 白昼堂々、銀行強盗ならぬ両替商強盗である。


「オラ! 命がどうなってもいいのか! 早く金を出せってんだよ!」

「ひっ、ひぃっ、お、お待ちください、今……」


 窓口案内に立っていた店員のうち、二人も人質に取られている。

 金を袋に詰めるように指示された店員も、強盗のうち一人に刃物を突きつけられているので、逆らうことができない。


「クソ……人質さえなんとかなれば、衛士さんが来るまで時間を稼げるのに……」


 アキラはそう小声でつぶやいたが、ロレンツィオが制止する。


「お、おいおい、バカなことを考えるなよ。大人しくやり過ごそう。おいらたちのあずかり知らぬことだよこれは」


 すっかり腰が引けており、隙あらば逃げ出す気満々だ。

 しかし一人で逃げるのはそれはそれで恐ろしいらしく、アキラの陰に隠れるように立って震えている。

 なにより、出入り口にも二人の人間が剣を持って見張っているので、ロレンツィオ一人が逃げ出すというのは無理だった。


「おい、てめえもだ! 金を持ってやがるな!?」


 強盗は店員だけではなく、ロレンツィオにも恫喝してきた。

 皮袋をしっかりと握ってオドオドしている様子が悪目立ちしたのだろう。


「あ、アキラ! 助けておくれよ! この金は渡せない! 絶対にだ!」

「って言っても、人質がいるしな……」


 武器を持った相手が5人、しかも人質を取られていては、アキラにできることはない。


「おい! もうすぐ衛士が来るぞ!」

「引き上げだ!」


 強盗たちは店員とロレンツィオから無理矢理に袋を奪い、勢いよく店を出て行った。

 幸いにも人質はすぐに解放された。


 カーン、カーンカーン。


 両替商の店員は、すぐに大きな警鐘を鳴らし、事件が起こったことを周囲に知らせる。


「アキラ、追いかけてくれよ! おいらの全財産が!!」

「ったく、しょうがねえな……!」


 追い付くかどうかはわからないが、アキラは強盗たちの後を追う。

 店を出た強盗たちは、各自分散してバラバラに逃げている。

 おそらくは事前にそのように打ち合わせをしていたかのように、迷いのない逃げ足だった。


 ロレンツィオの袋を持って逃げた強盗は、港の倉庫街方面に逃げた。

 アキラはその男の容姿をしっかり覚えていたので、なんとか見失わずに追跡することができている。


「衛士さーーーーん! 強盗が逃げてますよーーーー!!」


 どこで衛士が聞いてくれているかはわからずとも、とりあえず叫んでおく。

 衛士を呼ばれたこと、アキラの追跡が思いのほか速く執拗なことから、逃げている強盗が焦っているのがわかる。

 

「観念しろ! 逃げ場なんてな……って、ええっ!?」


 もうじき追い付くか、そうアキラが思ったとき。

 

「乗れ!」

「助かる!」


 強盗の仲間が一人、馬に乗ってやってきた。

 あらかじめ馬をどこかに隠してあったのだろう。

 二人の強盗を背に乗せた馬は、あっと言う間に走り去って倉庫の角を曲がり、アキラの視界から消えてしまった。


「さすがに、馬には追いつけねえわ……」


 と、あきらめかけたアキラだが。

 そこに、白馬に乗った、エルフ青年の衛士がやって来た。


「強盗が出たと聞いた、見なかったか?」 


 アキラも面識のある、フェイの後輩衛士、エルフ族のスーホだった。


「スーホくん! 強盗は、二つ目の倉庫を右に曲がったよ!」

「乗ってくれ、人相や服装が私にはわからん」


 アキラはスーホが駆る馬の後ろに乗せてもらい、追跡に協力することになった。


「跳ばすぞ、掴まれ!」


 スーホはそう言って馬を走らせ、全速力を出す。


「はっや!」


 スーホの馬は、アキラが異世界に来て以来、初めて体験する速度であった。


「振り落とされないように気を付けろ! 相手の特徴は?」

「馬は黒に近い栗毛、二人乗ってるはずだよ! 一人はねずみ色の服を着てた!」


 倉庫と倉庫の間を縫うように走り、強盗たちの背中を捉える。


「あいつらだな?」

「そうだよ! 二人とも武器を持ってる! 気を付けて!」


 ものすごい追い足で、スーホの馬が強盗たちの馬に迫る。


「おい! 衛士が追って来てるぞ!」

「なんだあの速さ、おかしいだろ!?」


 そのあまりの速度に強盗たちも面喰らっていた。


「トーヤマ! 俺の腰の鞭を使え! 追い抜きざまに相手を殴れ!」

「わ、わかった!」


 スーホの腰にある打撃鞭をアキラは抜き、強盗たちの馬と並んだときに。


「金返せ!」


 そう叫んで、アキラは男のうち一人の二の腕を、したたかに殴った。


「ぐあっ! この野郎!」


 相手からも反撃があるが、スーホが巧みに馬を操ることで、剣の届かない距離まで離れる。


「もう一撃行け!」

「合点承知!」


 再びスーホが馬を寄せて、アキラが強盗を鞭で殴る。


「あッ……おわああ!!」


 混乱した馬と乗り手は、そのまま猛スピードで倉庫の壁に直撃した。

 強盗たちが馬から振り落とされて、地面に転がる。

 

「抵抗は無駄だ! じきに応援も集まってくる! 大人しく縄につけ!」

「ぐ……ちくしょう……」


 強盗たちは体をしたたかに打っていたため、暴れることもなくスーホの縄にかかった。

 遅れて、港湾警備の衛士隊もやって来る。

 その中にはフェイの姿もあった。


「でかしたぞスーホ! ……と、アキラどの? 協力してくれたのか?」

「うん。この強盗、ロレンツィオの金を盗んだんだよね。だから追いかけてて、成り行きで」


 アキラは、強盗は他に少なくとも3人いたことなどを話す。

 フェイはアキラに協力への感謝を述べて、言った。


「衛士本部でこいつらを取り調べるんだが、アキラどのとロレンツィオも来てくれないか。店の中でどういうことが起きたのか、一人でも多くの証人による言が欲しいからな」

「わかったよ。ロレンツィオはまだ両替店にいると思う」


 こうしてロレンツィオの金銭は無事に手元に戻って来た。


「さすがアキラだね、おまえさんはやってくれる男だと信じてたよ」

「そう思うならメシ代返せ」

「おっと、おいらちょっと他に用事があるのを思い出した。またゆっくり話そう、じゃあね!」


 協力の証言を終えて、さっさとロレンツィオは衛士本部をあとにした。

 フェイも港湾の仕事に戻った。

 アキラも帰ろうかと思っていたとき、スーホに声をかけられる。


「トーヤマ、確かエルバストの開発事業の事前調査を担当したと言っていたな」

「そうだよ。また工事が始まったら、警備の仕事に行くことになると思う」


 取り調べの中で強盗たちは、こんなことを言ったとスーホがアキラに教えた。


「金目当ての犯行なのは間違いないだろうが、どうも強盗たちはエルバストの商会自体に恨みを持っていたようだ」

「それはなんで?」


 アキラの質問に、スーホはあたりを窺い、声を潜めて言った。


「エルバストは商売敵を積極的に潰しにかかったり、働きの悪い従業員を有無を言わさず首にしたり、他にも強権的な経営が目立つからな。敵もたくさんいる。丘の上の温泉開発にしても、地権者の弱みを握って強引に自分たちの仕事にしたのだという噂があるくらいだ」

「それで、問題にならないんだ?」

「あくまでも法にのっとった範囲でエルバストの事業は行われている。叩けば埃は出そうなものだが、衛士隊としてはこれといった不正を見つけることはまだできていないな」

「確かに、そういう印象あるわ……」


 尻尾を掴ませない、隙を見せないのはいかにも大物らしいなとアキラは思った。

 

「なんにしても、エルバストに関連する依頼を受けているなら、身の周りに気を付けろ」

「わかった。ありがと」


 親切に教えてくれたスーホに感謝し、アキラは部屋に戻った。

 自室の扉の前に、しかしアキラは不審なものを発見する。


 一枚の紙であった。

 そこには、血のような赤黒い塗料で、次のように書かれていた。


「エルバストの仕事に関わるな。血を見ることになる」


 強盗を見事に捕まえたものの、アキラの心には靄(もや)が広がっていくのであった。

 

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