141 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(5)

 次の日も、アキラたち冒険者は丘の森林に分け入って、チェックシートを埋めて行く。


「……ここは、崩落の危険あり、と」


 魔物は出ないが、中小の崖のようになっている箇所が所々ある。

 先日の男性のように、落ちて怪我をする危険性は高い。


「ゴヴァ」


 大熊のサーリカがアキラに注意を促す。


「うわ、デカい穴だな。熊の巣穴かなにかか……?」


 といった気になる箇所も、地図の中に書き入れて行く。

 サーリカが近くにいるおかげで、野獣がこちらを襲ってくるということはない。

 それがアキラには本当にありがたかった。


 しかし、作業そのものは順調に進んでいるのだが。


「う、うわあ! またあの熊だ!」

「で、でも冒険者と一緒にいるわよ」

「飼い慣らされてるんじゃないか?」


 開発反対派の、歴史遺跡ファンたちがまた現れた。

 サーリカが恐ろしいのか、近寄って来る気配はないが。


「れ、歴史の価値を理解しない野蛮人め!」

「この遺跡を後世に遺すことが私たちの使命なのよ!」

「金のために、もう二度と取り返しのつかない過ちを犯すのか!!」


 遠巻きに罵声を浴びせられて、アキラの精神状態は、非常によろしくない。

 ここで言い返して議論になっても、それはそれで雇い主のエルバストに迷惑がかかる。

 アキラとしては、彼らの言い分を聞き流すほかないのだった。


「あの人たちの気持ちもわかるけど、エルバストさんに直接、話し合いを持ちかければいいのに……」


 ここで調査要員という末端の雇われ冒険者に文句を言っていても、開発計画は止まらないだろう。

 もっと他にやりようはあるのではないかと、アキラは余計なことを気にするのであった。


「ゴフ、ゴフ」


 くさくさした気分の中で仕事をしていると、サーリカに頭をポンポンと軽く叩かれた。

 元気出せ、気にするな、とでも言っているかのようであった。


「ありがとう、サーリカ。お前はいいヤツだな」

「グバァ」


 話の分かる巨獣に慰められ、アキラは少しやる気を取り戻し、その後も調査を継続した。

 そうして山の中の情報をしらみつぶしに、詳しく見ていると。


「石垣……石塁か?」


 明らかに、人の手で積まれたと思われる、大量の切り石の壁が見つかった。

 おおよそ全体の半分近くが、土や草木に覆われているものの。

 かなり大きな石垣がアキラの目の前に広がっていた。


「石の切り方、積み方がラウツカの城壁とは違うな……素材も石灰岩じゃなくて、この丘にある玄武岩だ」


 ラウツカの城壁や白亜の建物をかたちづくっているのは、遠く川の上流にある石切り場からもたらされる石灰岩である。

 しかしアキラがいま目にしている石垣は、城っぽい石灰岩の切り石ではない。

 黒っぽく、丸みを帯びた玄武岩をある程度面取りして、パズルのように組み合わせたものだった。


「石と石の隙間には、細い石を楔みたいに打ちこんでる……すごい、高度な技術だ。ずいぶん昔の遺跡って聞いてたけど……」


 しばらくそれらを眺めていたい気持ちに駆られたが、今は仕事中である。

 この石垣も、道や保養所を建設する際に解体されてしまうのだろうか。

 アキラは、寂しい気持ちを抑えながら木々の間を歩き回り、チェックシートを埋めて行くのだった。



 そうして何日間か、アキラと冒険者たちは城遺跡の周辺、丘のほぼ全体をチェックし終わった。

 小型の魔獣が多少出た程度で、魔物の危険は低いというのが全体の調査結果だった。


 作業最終日。

 エルバストの邸宅でそれらの情報を報告し終えて、いったんこの依頼はここで終了である。


「ご苦労さまでした。とても丁寧に詳しく調査していただき、誠にありがとうございます。追って、工事が始まった際の警備人員をギルドで募集させていただきます。あなた方が応募されたなら、優先的に契約したいとこちらは思っています」


 真面目に頑張った甲斐があって、エルバストは次の仕事も繋いでくれるつもりのようだ。

 報酬がいいこともあり、アキラ含め三人の冒険者はそれを了承し、それぞれ戻ろうとしたが。


「アキラさん、少しよろしいでしょうか」


 エルバストにアキラだけ呼び止められた。


「なんでしょう」

「丘の頂上手前、石垣が広がっている、損耗が激しく崩落の危険性も高い、と用紙に記載されていますね。どの程度の危険度でしょうか?」

「俺とサーリカちゃんが乗って激しく動いたら、今にも崩れそうな箇所が、結構ありましたね」

「そうですか。わかりました。工事の際に手を打たなければいけませんね」


 エルバストはそう言って、別の仕事に向かった。

 アキラは割り切れない思いを抱えながら、その場をあとにした。



 ギルドに着き、受付のリズに依頼達成の手続きをしてもらい、報酬を受け取る。 


「お疲れさまでした。お城とその周りの調査だったから、アキラさんにとっては楽しかったんじゃないですか?」

「うん、まあ、そうだね。楽しかったよ。相棒も面白いヤツだったし」


 言葉とは反対に、アキラは浮かない顔をしている。

 そのためにリズに心配された。


「すっきりしないことがあるなら、今夜、お食事でもどうですか? 話、聞きますよ」

「おお、それはいいな」


 リズの誘いに、しかし返事をしたのはアキラではなかった。

 仕事終わりのフェイが、ギルドに顔を出して話に割って入って来たのだ。


「あら、フェイさん、こんにちは。お疲れさまです」

「うむ、私も行くが、アキラどのもそれでいいな?」


 アキラには、首を横に振る勇気がなかった。



「山猫亭は、なんかロレンツィオが来る気がするから、たまには違うところで食べよう」


 アキラがそう提案したので、三人はギルドから少し北に行った大通り沿いの飲食店「その鳥」という店に行くことにした。

 名前の通り、多種多様な鳥料理、卵料理が楽しめる店だ。


「特殊な土に埋めて何か月も熟成させた卵料理というのがあるらしい。一度食べてみたいと思っていたんだ」


 フェイはそう言って、ピータンにも似た不思議な卵料理を注文した。

 白身の部分はコーヒーゼリーのように濃い褐色に変化しており、気味の部分はルビー色。

 濃厚な旨味、クセはあるが独特な芳香で、好きなものはドハマりするような珍味である。


 その他、定番の焼いた鳥、揚げた鳥、鳥と野菜のスープなどを頼み、宴が始まる。

 話題はもちろん、アキラが行っていた城遺跡の丘の調査に関してだ。


「やっぱり、開発であの城跡はなくなっちゃうんですか?」


 揚げ鳥がいたく気に入ったらしいリズが、そう尋ねる。

 アキラは鳥スープの優しい滋味に心を癒されていた。


「うん、そうだと思う。温泉掘って建物を作るとなると、どうしても遺跡部分の丘は大掛かりに削らなきゃいけないみたい」


 フェイは、皮目がパリパリにこんがり焼かれた焼き物料理に喜びながら言った。


「古いものが古いままだと衰えて滅びるだけ、か。エルバストなりの人生哲学なのだろうな」


 そうして、フェイ自身の故郷、許昌の街に話を続けた。


「私の地元には、関羽にまつわる有名な建物があるんだが、やはり古くなったり、あちこち壊れたりしていて、大掛かりに手直ししたんだそうだ。だから私が見たことのある建物と、本来の建物は全くと言っていいほど違うはずだ」


 許昌には、春秋楼という、関羽の邸宅遺跡がある。

 一時的に曹操のもとに下った関羽に、曹操が与えた屋敷だ。

 しかし、フェイの知る春秋楼は再整備された後の建物であり、三国志時代のものがそのまま残っているわけではない。


 リズはその話を聞いて、自身の故郷の話を思い出し、言った。


「日本も中国も、歴史のある建物がいっぱいでいいですよね。アメリカは少ないから羨ましいです。古いものを大事にして残すのも、価値のあることだと思うんですけど」

「エルバストさんは、どうもそうは思ってないみたいだからなあ。残念だけど仕方のないことなのかな」


 遺跡が解体され、撤去されてしまうというのは、時代の流れとして必要なことなのかもしれない。

 しかしアキラは、その事業に自分が加担していることに、改めて心が重くなるのだった。


「まあそう暗い顔をするな、アキラどの。なくなってしまう前に、一番近くで一番詳しく見ることができたのは、幸運なことだと思えばいいじゃないか」


 フェイが空になったアキラの杯に、酒を注ぎながら励ます。


「私、お城って詳しくないんですけど、アキラさんが日本で見たお城で一番好きな所ってどこなんですか?」


 リズが、アキラの詳しい話題を引き出すことで元気になってもらおうと質問する。


「ありがとう二人とも。好きなお城かあ。色々あるけど、長野の松本城ってところがね、カッコいいんだよ。城と黒のコントラストもそうだし、凛と立ってる感じの堂々とした佇まいがね……」


 二人の優しい女性に、アキラは随分と救われた気になるのだった。



 たまたま、本当にたまたまなのだが。

 アキラたちのその様子を、離れた席で一番隊衛士、トマスと、同僚のハーフドワーフ男性が見ていた。

 先に店に入って、食事を摂っていたところである。


「いやあ、色男だなあ、砕け散っちまえばいいのに」


 ハーフドワーフの隊士はそう毒づいて、酒をがぶ飲みした。 


「アキラ、女性に対しては誠実さが一番と言っていたのに……」


 裏切られた気分になり、トマスも酒が進んでしまった。


 

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