140 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(4)

 調査初日。

 屋敷にエルバストはいなかった。

 仕事であちこち動き回っているとのことだ。

 使用人が馬車を手配し、アキラたちを現地まで送る。


「サーリカは先に向かっておりますので」


 と使用人は言った。


「なんで、お前の相棒は熊なんだ?」

「お嬢さまに、気に入られたのかねえ」


 なんてことを、アキラは他の二人の冒険者に言われた。 


 馬車が丘に近付き、現場に到着する前に、アキラたちの前に立ちはだかるものがいた。

 別に盗賊というわけではなく、どこかなまっちろい肌色の、学者風の男女数人であった。


「みなさまは、声を発せぬよう、お願いいたします」


 なぜか、御者を務める使用人は、そんなことを言ってアキラたち冒険者を、馬車の幌の中に閉じ込めた。


「あ、あんたたち、エルバストの指示で、ここの城塞遺跡を調べに来たのか?」


 道を塞いで馬車を停めた男が、使用人に詰め寄る。


「さて、なんのことでしょう。人違いでは」


 使用人は、白々しいまでにしらばっくれた。

 見知らぬ男女は、それに対し怒りを孕んだ声で言った。


「う、嘘をつけ、この貴重な遺跡の丘を、エルバストが切り崩してなにか建てるってことは、調べがついているんだぞ!」

「そうだそうだ! この城跡がどれだけ歴史の深いものなのか、わかってるのか!」

「所詮、商売人ね! 価値のある物かどうか、わかりっこないんだわ!」


 どうやら、開発反対派とでも言うべき集団のようだ。

 アキラは、異世界に来てまでこんなものを見る羽目になるとは、と久々にやりきれない気持ちになる。


 しかし、抗議団体によって馬車が立ち往生してしまった、そのとき。


「わ……く、熊だ!」

「逃げろー」

「あ、ま、待ってよー!!」


 林の陰に、のそりと動く熊の影を見つけ、男女はいずこへと去って行った。


「あ、サーリカ……」


 アキラは、なぜか不思議とその熊がエルバストの朋友、サーリカであるとすぐにわかった。

 一行は調査開始地点に到着し、使用人がアキラたちに水や食料を渡す。


「さて、皆さま調査のほど、よろしくお願いいたします。夕方に、またここにお集まりください。迎えに上がります」


 そう言って使用人は去って行った。

 残された冒険者三人と、熊一頭。


「じゃ、じゃあ俺たちは指示通り、東から回るからよ」

「がんばれよー……」


 冒険者二人はそう言って、サーリカから逃げるように調査へ向かった。


「俺たちも、行こうか……」

「グバッ」


 話しかけると返事をした。

 かなり、知能が高い熊のようだとアキラは思った。


 しかし、サーリカが側に付いていることは、アキラにとって幸運だったと言える。


「あ、他の熊だ……」


 山の中を調査し、歩き回っているのだから、どうしても野生動物と遭遇してしまうが。


「ゴハァーーーーーーッ!!」

「グモッ!?」


 サーリカが相手を脅すと、すぐに相手が一目散に逃げて行くのだ。

 野犬、熊、狼、狐、タヌキ、イタチ、そのすべてがサーリカを前にすると、尻尾を丸めて目の前から飛ぶように走り去っていく。


「た、頼りになるなあ……干し肉食うか?」

「ゴフッ」


 サーリカに干し肉を与えると、アキラは頭を撫でられた。

 まるでこれでは、アキラがサーリカに飼われているような光景だった。


「クマに撫でられるの、超コエ―……」


 それでも、アキラは不思議体験を楽しく過ごすのだった。



 この調子でなにごともなく、無事に初日の仕事を全うできるか、とアキラは思っていたが。


「お、おーい! 誰か、誰かいるのかー!? 助けてくれないか!?」


 小さな崖になっている地点で、助けを求める声が響くのをアキラは聞いた。

 崖の下を見ると、男が一人、おそらく転がり落ちたのだろう、倒れていた。


「大丈夫ですか!? 今行きます!!」


 アキラは崖を迂回して下に降り、男に声をかける。

 

「どこか、怪我を?」

「ああ、脚を、やってしまった。折れているかもしれない……クソ、なんてことだ」


 見知らぬ男は足を押さえながら、苦悶の表情を浮かべている。


「もうすぐ馬車が来る時間だ……大丈夫、街まで行く馬車がありますから、乗せてもらいます。俺に負ぶさってください」

「す、すまんね、助かるよ……」


 そうしてアキラが男を背負おうとした、そのとき。

 ちょんちょん、と熊のサーリカがアキラの肩を叩き、自分の背中を手で指し示した。


「え……サーリカ、運んでくれるのか?」

「グフッ」


 こくりと頷いたサーリカの背に、アキラはそっと男を横たえる。

 

「まあ、俺が運ぶより、速そうだな……」


 安定感のある足運びで、サーリカは歩み始める。

 男に衝撃を与えないよう、体の上下運動を極力抑えているようにすら見える。


「き、きみたち、エルバストの?」


 熊の背に乗せられた男がアキラに問う。


「ええ、まあ」

「まさか、きみたちに助けられるとはね……私は、ここの開発を止めようという立場なんだが」


 どうやら、先ほどの開発反対運動家たちの、仲間らしい。


「どうして、反対しているんですか?」


 今度は逆に、アキラが気になっていることを聞いた。


「そりゃあ、金の亡者、エルバストが開発をするんだ……古い遺跡や、丘陵の美しい景観など、お構いなしですべて地ならしされてしまう。しかし、あの城は貴重なんだ。ラウツカの街ができるよりはるか昔、ここにどのようなものたちが住み、どう暮らしていたのかがわかる、大事な資料なんだよ……」


 歴史が好きなアキラは、その言葉を聞いて胸が痛かった。

 森を開き、新しくなにかを建設することも、もちろん大事だ。

 しかし、古き良きものをなるべく残してほしいという気持ちも、アキラの中には同居している。


 金のためにこの仕事を引き受けているものの、できればあの遺跡は、壊されずに残って欲しいとも思うのだ。


「おっと、恩人に対して、こういう言い方はないな。すまない、聞かなかったことにしてくれ……」


 そう言って、男は痛みを耐えかねて、気を失った。



 アキラたちが街へと戻る馬車を御していたのは、エルバストだった。


「おや、アキラさん、その方は?」

「丘の中にある崖みたいなところで、倒れてたんです。脚を怪我したみたいで」

「そうですか。では、街へ連れて行かなければなりませんね」


 エルバストはこだわりなくそう言って、男を馬車に乗せることを承諾した。

 帰り道、アキラは聞くだけ聞いてみようと思い、言った。


「あの城の遺跡、手を付けないってことにはできないんですかね?」

「無理ですね。温泉が出るのは城遺跡のすぐ近くです」


 にべもなかった。


「じゃあ、仕方ない、ですね……」

「ええ。古いまま、今のままでいいというものは、この世に一つもありはしません。すべては変化し、流転します。そうできない物は衰退し、滅びるだけです」


 特に、怒っているわけでも、苛立っているわけでもなく、しかしエルバストはハッキリとそう言った。


 アキラは、それに対して言葉を返すことが、出来なかった。

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