139 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(3)

「アキラ、結局あの後どうだったんだい? 審査には通ったのかい?」


 次の日、山猫亭でアキラがブランチをお洒落に決め込んでいると、ロレンツィオがやってきてそう尋ねた。


「なんでお前、俺のいるところがこんなに簡単にわかるの?」

「おまえさんは行動範囲が狭いからね。冒険にさえ出ていなければ、なんとなくこのあたりにいそうだってのはわかるもんさ」


 まったく嬉しくない相手にストーキングされて、アキラは食事の味が悪くなった。


「とりあえずは、合格したよ。明日またエルバストさんのお屋敷に行く」

「それはなにより。しかしアキラ、気を付けた方がいいというもんだぜ。あのご婦人、いやご令嬢、なかなかどうして黒い噂もいろいろあるからね」


 なにか意味深なことを言って、ロレンツィオはドヤ顔しているが。


「金持ちだったら、それくらい一つや二つあるだろ」


 アキラは特にゴシップめいた話題に乗らず、そっけなくそう言った。


「そうつっけんどんにならずに、まあ聞いておくれよ。アキラの弟分の坊主、確かカルって言ったかい? あの子、人買いに売られそうになったところを助けられた、って言ってたよなあ」

「ああ、フェイさんの港湾衛士隊がな、すんでのところで見つけて助けたんだ。あのとき見逃してたら、ヤバかっただろうな」

「その人身売買、裏で牛耳っていたのはあのエルバストだという話なんだぜ」

「マジかよ。いや、それだったら衛士に捕まってるだろ……」


 ロレンツィオの話にソースというものはないので、アキラもなにを信じてなにを疑えばいいのか、全く分からなくなっている。


「金持ちという種族のお約束で、街を守る衛士さんたちとも裏で金で繋がっているのさ。だからお縄がかかることはない。いつの世も、どんな土地でもそれは同じじゃないかい?」

「んー……」


 火のない所に煙は立たぬとも言う。

 そんなうわさが出るということは、なにかしらの関わりがあるのかもしれないとアキラは思うが。


「まあ、変だなと思うことがあったら、フェイさんに聞くし。どうでもいいよ」


 この手の話を自分で判断するのはどうもアキラは苦手なので、信頼できる仲間の力にゆだねることにした。


「とにかく、アキラがあのご令嬢の懐に潜り込めたというのはめでたい! なにか耳寄りな情報があったら、是非おいらにも教えておくれよ!」


 そう言って、ロレンツィオは代金を払わずにどこかへ行ってしまった。


「クソ、忘れねえからなアイツ……絶対後で取り立てる……」


 結局、その日の食事の味はほとんどわからなかった、哀しきアキラであった。



 次の仕事は決まっているが、なんとなく習慣になっているのでアキラはギルドに顔を出す。

 ちょうど、フェイが衛士の仕事の休憩時間らしく、ギルドのロビーでお茶を飲んでいた。


「やあ、アキラどの。聞いたぞ。エルバストの仕事を請けたそうだな」


 おそらくリズに聞いたのであろう。

 フェイもアキラが行う魔物調査の依頼を知っていた。


「うん、そうなんだ。依頼を受ける前に、審査みたいなのがあってね。エルバストさんとなぜか手合わせすることになっちゃったんだけど、すごく強かったよ」

「ほう。噂には聞いていたが、私は実際に彼女が稽古をしているところや試合をしているところを見たことがないんだ。そんなにか」

「全然かなわなかったね。本気だったら、何回も殺されてたよ」


 アキラの言葉に謙遜や嘘はない。

 エルバストはあのとき、アキラを怪我させないように手加減して戦って、その上で勝ち目がなかったのだ。

 仮に、なんでもありのルールで、アキラが打撃を使ったとしても。

 本気を出したエルバストに勝つのは無理だろうと、ハッキリ理解できたくらいに差があった。


「噂通りに、活力みなぎる女傑なのだな」

「そんな感じだったねえ」


 二人の話題は、その後カルのことに移る。

 フェイはアキラとカルが気まずい関係になっていないかどうか、まだ心配だったのだ。


「島に二人で来ていたが、その、仲良くやっているようだな?」

「まあ、それなりに」

「カルが変に突っかかって来たり、態度が悪かったりということはないか?」

「特には。まあいつも通り、元気で生意気だよ。大丈夫、心配しなくても」

「そ、そうか……」


 フェイがカルをものの見事に振ったことで、なにか問題が起きているということはないのだった。

 カルが思いのほか、早く立ち直ったおかげとも言える。

 むしろこんな話をアキラにしているフェイの方が、気まずくなってきた


「な、なんだかカルやエルバストの話をしていたら、体を動かしたくなったな。アキラどの、せっかく休みのところ悪いが、付き合ってくれ」

「はいよー」


 アキラはフェイの申し出を聞き、昼休みの時間が終わるまで、ギルドの中庭でフェイの稽古に付き合った。


 楽しそうにアキラとフェイが稽古をしているのを見て、怒りのオーラを身にまとっている受付嬢が一人、いたのだが。

 そのことは、アキラにとって知らない方が心に優しいだろう。



 その翌日になって、アキラは再びエルバストの屋敷へ。

 他に受かっていた二人の冒険者と共に、エルバストから仕事の説明がある。

 今日も、傍らに大熊のサーリカを連れている。


「西へ行ったところにある城塞の近くを、政庁の方が地質調査していたところ、どうやら温泉が出るらしいとのことです。そこで、大規模な温泉保養地の開発事業が行われることになりました」


 先にロレンツィオから聞いていた話に、どうやら嘘はなかったようである。


「その開発事業の音頭とりを、わたくしどもの商社に任せていただくことになりました。ありがたいことです。つきましては、まず危険な魔物の発生がないかの確認、及び、野の獣についての調査を、あなた方にお任せしたいと思います」


 アキラたちはエルバストから、チェックシートのようなものを受け取る。

 紙の表面は調査をする地域の地図、裏面に文字と表がびっしり並んでいる。

 危険な個所、不穏な箇所があれば逐次書き込んで、後で報告する形式のものだ。


「西側の山林は、ときおり野盗のたぐいが隠れ潜むことがあると聞きます。調査が終わり次第、工事中の警備や魔物、野盗の撃退もお願いするかもしれませんね」


 これからどのように仕事を進めるのか、ということもアキラたちの調査いかんに左右されるということだ。

 他にもこまごまとした説明が続き、エルバストは一旦、質問タイムを設けた。


「簡単になりますが、おおよその流れはそのようになっています。なにかご質問は?」

「はい」


 アキラが手を挙げる。

 

「どうぞ、アキラさん」

「危険度が高いな、って調べて行く中でわかったら、人数や予算は増やしてくれますか?」


 当たり前のことだが、大事なことをアキラは質問した。

 政庁に言われているから形だけの調査はしました、というのであれば、結果がどうであれ警備の予算はもう、増えない。

 それでは後々の作業に問題が出る可能性も高い。

 アキラはここはしっかり確認し、言質を取っておかねばならないと思った。


「もちろんです。そのための調査ですから、気になったことがあれば、事細かに票に記入してください」

「わかりました」


 ひとまずアキラは安心した。


「では、また明日、早朝にここに来ていただきます。現地への馬と食事の手配はこちらでいたしますので、ご心配なく」


 そうして、さっそく明日から、アキラたちは調査に赴くことになったが。


「現地では、二人一組で、二班に分かれて行動してもらいます。そちらの方、お二人と、アキラさんは、サーリカと共に、調査に当たってください」

「えぇ……」


 なぜか、アキラは聞き分けのいい熊のサーリカとコンビを組んで、山の中を回ることになってしまうのだった。

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