138 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(2)

 アキラは今、魔物調査依頼の選抜審査に来ている。

 場所はラウツカきっての事業家で資産家、エルバストというエルフの住む屋敷だ。

 

 依頼主のエルバストが直々に審査官となって、冒険者たちを品定めしているのだ。


「それではまずはじめに筆記での試験、と言いたいところですが、わたしと父母がいかにして今の財を築き、この地位に昇ったのかをお話します」


 邸宅の中にある大広間に、冒険者が15人ほど集められている。

 なぜか、その場にはロレンツィオまで紛れ込んでいた。


「なにやってんだアイツ……」


 冒険者ギルドを通さねばこの依頼は受けられないはずなのに。

 ロレンツィオの姿を見つけても、アキラは無視している。

 知り合いだと思われたくないからだった。


 そんなアキラの心境をよそに、エルバストは、自身の半生を朗々と語り始めた。


「あれはそう、今から約140年前のことでした。首都にいたわたくしたち家族は、まだ安く買いたたかれていた郊外の土地を抑えました。そして首都の酒場そのすべてを回り、あの山には金が出る、掘れば温泉が湧く、珍しい幻獣が育ちつつある、という噂話を自分で撒きました。土地の値段はみるみる上がり、わたくしたちはその土地を売って首都を出ました」


 どこからどう聞いても性質の悪い山師である。


「ですが、悪銭は身に付かないものです。そうして稼いだ金銭を、わたくしたちは野盗に一瞬にして奪われました。そこで思ったのです。金貨を持ち歩かずに、信用のおける証文さえあれば。どの街でも自分の財産を預けたり、引き出せたりする商売があれば、と」


 など、エルバストの家族がどのような艱難辛苦を乗り越えて金融の女王として君臨したかという話が、長々と続いた。


「夢は、具体的に思い描くことで叶えることができるのです。逆を言えば、具体的に思い描けない夢は、叶えることができないとも言えます」


 うんぬん、かんぬん。

 エルバストの話自体は、具体的な経験談と抽象的な精神論が混ざっていて、若干とりとめがなかった。


「なんだか自己啓発のセミナーみたいだな……」


 アキラはうんざりしながらもその話を聞き続ける。

 逆に、ロレンツォはしきりにうなずきながら、なるほど、そうか、おいらは間違っちゃいない、などと小声で言っていた。  


 話が長くまとまりがないので、当然、うつらうつらと舟をこぎ始める者も出て来るが。


「そこのあなた、はい、今寝ていたあなたです。今回はご縁がなかったようですね。ここではなく、自宅へ戻ってゆっくりとお休みください。お帰りはあちら」


 エルバストは眠った者たちをそう言って広間から追い出した。

 そしてとうとう、やっと、ようやく、エルバストの長い話は終わりを迎えつつあった。


「というわけでして、なにごとも諦めが肝心、損切りをできるかどうかという引き際の良さこそが成功の秘訣なのです」


 話の最初と最後で結論が違っているようなことを言っていたが、突っ込むものは誰もいなかった。


 エルバスト一家の長い長い伝説語りが終わった後、審査は筆記試験に移る。

 当然のように、字の読み書きができないものたちは退出させられ、落とされた。

 今までモグリで話を聞いていたロレンツィオも、この段階で部屋から追い出された。


「真面目に文字、勉強しといてよかった……」


 アキラはたどたどしいながらも、試験の答案用紙を埋めて行く。

 問題は、先ほどエルバストが話していた内容をどれだけ覚えて、理解しているかというものだった。


「全問正解とはいかないけど、まあ、こんなもんかな」


 寝ずに話をなんとか聞いていたアキラは、恰好がつく程度に答えを書くことはできた。

 筆記試験の時間内に、解答欄を半分以上埋めることができなかったものは、やはり追い出された。


「すごい勢いで人が減ったな……」


 この部屋に15人いたはずの冒険者が、筆記試験の終わりには7人になっていた。 


「それでは実績での審査に移らせていただきますが、この中で中級以上の冒険者のかたは?」


 アキラはまだ初級冒険者、第2等という位階なので手を挙げることはできない。

 7人のうち、2人が中級冒険者だった。


「では残りの方は、庭の方においでください」


 追い出されるのかとアキラは一瞬思ったが、そうではないらしい。

 芝生の広がっている庭にアキラたち5人は案内され。


「さあ、かかってきなさい」


 エルバストに、そう言われた。

 

「かかって来いって……おいおい、お嬢さまよお」


 呆れたように一人の冒険者の男が笑う。


「あ、今笑ったあなた。あなたは今回、ご縁がなかったようです。どうぞお引き取りください」

「あ?」


 帰れと言われ、笑った男は凄んだ形相でエルバストを睨んだが。


「グゥゥゥ……」


 エルバストの後ろに控えている、大熊のサーリカが唸ったので、すごすごと出て行った。

 

「腕試し、ってことか。怪我するなよ、お嬢さま」


 残ったうちの一人の冒険者の男が、肩をぐるぐると回してエルバストに向かい合う。


「あいにくとわたくし、組み手で怪我をしたことが、この50年ほど、ありません」

「そりゃあ、頼もしいなっ!」


 男は、顔面へのパンチを打つというフェイントをかけて、エルバストの足腰を狙ってタックルを仕掛けた。

 しかしその狙いをエルバストは完全に読んでいて、タックルを斜め後方に逸らすように受け流し、男の背後を取って。


「あぎ、うぎぎぎぎ!」


 両の足でしっかりと男の体を拘束し、男の顔面を腕で締め付けた。

 胴締めスリーパーならぬ、胴締めフェイスロックである。


「はい、勝負ありましたね。この次にご縁があることを祈ってます。今回はお引き取りください」


 相手が苦しんだ様子を見て、エルバストはすぐに技を解いた。


「すごい……」


 アキラは、感嘆し、魅入ってしまった。


 五人いた残りの冒険者が、一人、また一人とエルバストに向かって行き。

 そして転がされ、絞め技を喰らい、庭から出て行った。


 エルバストの流れるような体裁き、そして一瞬で相手を締め付ける的確さと力強さ。


「次、俺、お願いします」

 

 最後の一人になったアキラは一礼して、エルバストの前で構える。

 恨みもない女性を本気で殴ったり蹴ったりすることはアキラにはできないが。

 レスリングや柔道、相撲のように、寝技、組技だけでエルバストに立ち向かい、自分がどれだけ通用するか、試してみたくなったのだ。

 なにより、ここで実力と、やる気を見せないと、依頼を受けることはできない。


「こちらこそ、よろしくお願いします。どこからでも、かかって来てください」


 エルバストもアキラに礼を返し、構える。


 二人とも、腰を低くした猫背の姿勢で両手を前に軽く出し、じりじり、じりじりと距離を探り合う。


「隙が、ない……」


 アキラは心の中で呟く。

 エルバストの構えは力みがなく、アキラの動きのなんにでも即座に反応して来そうだった。


 先ほど見せた動きの中でも、タックルを切る反応と速さは神業だ。

 まともに飛び込んでも返されるだけだ。

 そうアキラは判断し、飛び込むのではなく、じりじりと距離を詰めてエルバストの動きに合わせようとした。


「!?」


 しかし、アキラがそう心の中で作戦を立て、息を吸った瞬間に、もうエルバストが飛び込んできた。


「くそっ!」


 エルバストのタックルをなんとか横に避け、アキラは体を上からかぶせようとするが。


「ぇぇッ!?」


 屈み込んだエルバストの上から、アキラは覆いかぶさろうとする。

 その力が逆に利用され、アキラの体が前方に転がされるように投げられる。


「なにくそ!」


 しかし、ギリギリのところでアキラは前回り受け身を取って起き上がり、体勢を立て直す。

 柔道であれば、背中がついてしまったのでアキラの一本負けであるが。

 ダメージもなく立ち上がったアキラを見て、エルバストはにやっと笑う。


「やりますね」

「いやいや、そっちこそ……」


 正直、アキラは勝てる気など微塵もしなかったが。

 楽しい。

 この組手は、アキラにとって楽しさでいっぱいだった。

 

 上からアキラが組んで行こうとすれば、腕を取られて捻られる。

 下半身を狙ってタックルを仕掛けるも、首を抑えられて転がされる。


 アキラは何度も何度もエルバストに転がされながらも、起き上がり立ち向かっていく。

 その間、アキラが締めや関節を決められることは一度もなかった。


 関節技が来る、という危険を察知したときは、アキラは逃げに全リソースを割いている。

 そのおかげもあってか、エルバストもアキラをきっちり締めて決めることはできなかった。

 

「も、もう無理……参りましたあ!」


 アキラは、体力が尽きて芝生の上に大の字になった。

 熊のサーリカが、タオルを口にくわえて持ってくる。

 それで汗を拭きながら、エルバストは笑って言った。


「いい汗をかきました。ええと、アキラさん、でしたか。調査の件、よろしくお願いします」

「え、俺の負けだったけど……合格で、良いんですか?」

「勝ったら合格、負けたら失格なんてことは、わたくし、一度も申しておりません」


 そうしてアキラはエルバストに認められ、今回の依頼を受けることができた。


「あっと、もうこんな時間ですか。アキラさん、わたくしは失礼します。調査の詳しい打ち合わせは、明後日にまたここで行いますので」

「わかりました。いい仕事ができるように頑張ります」

「ええ、期待しています。息が整うまでは、ここでゆっくりしてからお帰り下さい」


 アキラがへばっているのに、エルバストは平気な顔で、次の仕事に元気よく向かって行った。

 帰る前に、アキラはとても美味しいお茶とお茶菓子のおもてなしを、屋敷の使用人から受けた。


「文字通りのデキる女、って感じだなあ……」


 色々な面でアキラは敗北感と、それ以上の爽快感を覚えて、部屋に帰ったのだった。

 

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