137 成金エルフ令嬢の野望・城の遺跡と温泉開発(1)
ある日の朝。
アキラは部屋を出てギルドに行こうとしていた。
いつも通りの、平穏な朝になるはずだった。
「やあやあアキラ、知ってるかい? おまえさんならもう聞いているかもしれないけどねえ」
が、しかし不運なことにロレンツィオに捕まってしまった。
「いきなりなんだよ。なんの話だよ」
「お、まだ知らない? ふふん、どうしてもというなら教えてあげても」
「いらん。知らなくていい。じゃあな」
足早にアキラはその場を去ろうとするが、ロレンツィオはなおも食い下がって来る。
「ちょっと待ってくれよ。アキラ、おまえさんは確か古い物語や遺跡が好きなんだろう?」
「だったらなんだよ」
アキラに興味のあることを話題のとっかかりにし、関心を引こうとするロレンツィオ。
「この街から西に行ったところにある丘にも、古い城だか砦だの跡地があるそうじゃないか。山城、とでも言うのかな?」
「ああ、話には聞いたことあるな……いつか行こうと思ってるけど」
ラウツカ市域外の西側は畑や牧場の多い丘陵地帯だが、開発されていない山林も多い。
その中には、かつて村や砦が存在し、そして忘れ去られた遺跡などもある。
ロレンツィオが言っているのは、そのうちの一つ、小高い丘の上に存在する城塞跡のことだった。
「それなら早く行った方がいいだろうね。なんでも近々、その山城の周りを保養地として開発するという話が出ているそうだ。どうも、温泉が出たらしいよ!」
「ラウツカの周りは、温泉あちこちで湧き出るから珍しくもないけどな。そっか、開発されちゃうのか……」
「ふふふ、楽しいねえ。温泉保養地開発! 大きな金の動く匂いがするじゃあないか!」
あくまでも、ロレンツィオが難民居住区で仕入れた単なる噂話であった。
しかしアキラは、どのみちその遺跡を一度見てみようと思っていた。
話を聞いたことで、行くきっかけができたとも言える。
金の話ばかりするロレンツィオを追い払って、アキラはギルドに向かう。
いつも通りに、受付カウンターにはリズが座って、笑顔で手を振っている。
さっきまでロレンツィオの相手をしていてささくれ立っていたアキラの心が、ほんわりと温かくなった。
「おはようございます、アキラさん。犬吠島のお仕事は、ずいぶんと楽しかったそうですね?」
「え、えっと、それは、その、貝とか、イカとかが美味しかったよ、うん」
リズの顔は笑っていたが、なにやら怒りのオーラがにじみ出ていた。
決していかがわしいことなどしていないアキラにとっては、災難である。
「それよりも、アキラさんが好きそうな依頼が来てましたよ」
「へえ、どんな依頼?」
「市外の西に行ったところにある、山の遺跡の魔物調査ですね。魔物が出たというわけではなく、怪しいところがないかどうかのチェックです」
「あ、ちょうど行きたいと思ってたんだよそこ。ぜひ受けたいな、その依頼」
渡りに船、ちょうどいいタイミングで遺跡の調査依頼が舞い込んで来た。
二人で依頼票を見ながら、詳しいことを話す。
「でもこの依頼、ちょっと変わってて。依頼主が、冒険者さんを直々に審査したいって言ってるんです」
「審査か。実績とか、人柄とかを面接するのかな? それかなにか試験があったり」
基本的には人選もギルドの業務なので、依頼主が面接の手間まで負うというのは珍しいパターンであった。
「多分そうだと思うんですけど。ギルドから何人か派遣して、その中で審査に通った人だけが仕事を請けられる形式ですね。詳しいことは、実際に行ってみないとわからないようです」
面接日は三日後、場所も指定されている。
ラウツカ市内の、依頼主の邸宅のようだ。
「蒼エルフのエルバスト……どんな人だろう」
アキラはまだまだラウツカのことを知らないので、その名前に聞き覚えはなかった。
リズも直接会ったことはないが、エルバストというエルフの名前だけは知っている。
「確か、ラウツカや隣町のイサカで、金融や不動産業なんかを手広く営んでる大金持ちさんですよ」
金貸しや両替だけでなく、投資、先物取引の窓口から土地や建物の賃貸、売買など、様々なところでエルバストが関わっている、とリズは話す。
「それは、大人物だね……ああ、だから遺跡の周りの開発も手掛けてるのかな」
「ここのお城の遺跡、開発するんですか?」
リズはまだその情報を知らないらしかった。
「ロレンツィオが聞いた噂によると、温泉が出たから保養地を作るそうだよ」
「それだと、お城は壊されちゃうかもしれませんね」
「かもなあ。だから城跡がなくなる前に見に行きたいと思ってたんだ。もし依頼の審査に通らなくても、普通にプライベートで行くと思うよ」
それを聞いたリズは、少しすねたような流し目でアキラをジトっと見る。
「一人で行くんですか?」
「え」
「楽しそうですね、森の中のお城の遺跡」
「あ、いや」
「いいなあ。丘の上だから、景色もいいんでしょうね。最近は天気もいいし」
アキラは観念して、心臓をバクバクさせながら、必死の思いで言った。
「も、もしよければ、リズさん、一緒にどうかな」
「はい、私でよければ、喜んでご一緒します」
アキラから誘いの言葉を半ば強引に引き出して、リズはにっこりと機嫌よさそうに笑うのであった。
善は急げという言葉の通り、次の日にアキラとリズは馬車を乗り継いで、城塞跡のある丘のふもとまでやって来た。
「お城の跡地まで結構歩くみたいだけど、リズさん大丈夫?」
「ゆっくりなら大丈夫、いい運動です。置いて行かないでくださいね?」
「置いて行くわけないよ」
むしろ俺を見捨てないでね、とアキラは言いたいほどであった。
のんびりと丘を歩いて登る。
「あ、リズさん、ここ段差っていうか、凹んでるから気を付けて」
「はい、手を貸してくれますか?」
おそらくは、はるか昔に壕(ほり)があったのであろう凹凸になっている地面を、慎重に下り、そして登る。
手を握ったドキドキでアキラは足をもつれさせて転ばないか、不安になるほどである。
「おお、結構、デカいな……」
石で作られた、巨大な建造物――だったものが、アキラたちの前に姿を現した。
屋根はすっかり落ち、壁も所々は草木に押しのけられて、倒壊していた。
手入れをされなくなった廃墟は、植物や雨風の力で年月とともに崩れ落ちる。
その実例がよくわかる、まさに歴史を感じられる遺跡だった。
大きさ、面積としてはギルドの建物より幾分か小さいが。
「多分、ここ、弓櫓(ゆみやぐら)があったんだな。ここだけ高い建物があって崩れた形跡がある」
「アキラさん、よくわかりますね。こんなに滅茶苦茶になってるのに」
「転がってる石の量が多いからね。俺たちがいるところが前門で、敵が来たら二つの弓櫓で十字砲火みたいに撃ったんだ、きっと」
半ば瓦礫の山となった廃墟でも。
使われていた石材、壕の形などから、城としてどのような形だったのかをアキラは想像して楽しむ。
「城の裏手側の方が、丘が急斜面になってるよね。ここを敵勢が昇って来るのは至難の業だし、城側からは丸見えだから裏から攻めるのは無理だろうな……」
「ほんとだ、急ですね。気を抜いたら転がって落ちちゃいそうです」
「あ、井戸の跡もいっぱいあるよ。近くに沢も流れてるし、水の確保も十分だ。ここは、強い城だったと思うよ……いい山城だ……」
歴史スキー城スキーの病気が出てしまい、半ばリズは置いてけぼりであるが。
楽しそうに城跡を駆け回りながら、あれはどうだ、これはどうだと話すアキラの瞳がキラキラしすぎている。
その様子を見て、リズもなんだかんだ、楽しんだ。
丘の上から見下ろす先には、牧場と、ラウツカの街があった。
「誘ってくれてありがとうございます、アキラさん」
眼を細めて、リズは優しい声色で、そう呟いた。
アキラとリズが山を降りるとき、しかし予期せぬトラブルがあった。
「リズさん、気を付けて。熊がいる」
冬眠あけか、丘の中腹の林に熊の姿があったのだ。
「だ、大丈夫なんですか?」
リズが怯えてアキラの袖をつかむ。
いろいろ柔らかいものが当たってしまい、アキラは危うく昇天仕掛けるが、なんとか顔だけは平静を装った。
「魔獣化してないし、このあたりの熊は臆病だから、大丈夫だよ。刺激しないで、そっと、そっと離れよう」
熊から視線を逸らさず、アキラはリズをかばいながら、そろりそろりと歩く。
しかし、そのときである。
「サーリカ! どこ? 出ておいで、サーリカ!!」
突然、林の中に大声が響き渡った。
女性の声が、誰かを探し、呼んでいる。
せっかく熊を刺激しないように、静かにしていたアキラの目論見が崩れる。
熊が首をもたげて、あたりを窺う。
そして、アキラたちのいる方にのそのそと歩み寄って来る。
「クソ、追い払えるか……?」
アキラは熊に向かって臨戦態勢を取ったが。
「あ、サーリカ! こんなところにいたのね!」
声の主が現れて、熊の方に走って行った。
アキラは女性を慌てて引き止めようとしたが、間に合わない。
「あ、あぶな……あれ?」
背が高く、濃紺の髪を持った、耳の長い女性。
エルフと思われるその女性は、熊の顔や首を愛おしそうにワシワシと撫でて。
「もう、離れちゃダメって言ってるじゃないの。並人さんたちを、驚かせてしまったでしょう?」
そう言って、アキラたちの方に向かって、頭を下げた。
「ごめんなさいね、うちのサーリカがびっくりさせてしまったみたいで」
「い、いえ……お姉さんの、ご友人でしたか……」
アキラは唖然としながら、エルフの女性に挨拶を返す。
「可愛らしいですね、サーリカさん」
大人しく、大きく丸っこいクマに対し、愛嬌を感じたリズも安心して笑う。
「ええ、いくつになっても甘えん坊で、そのくせ目を離すとこうやってすぐにはぐれて鳴いてるんですよ」
エルフの女性は、ひょいとサーリカの背中に横向きに乗って。
「それではごきげんよう。お邪魔さまでした」
別れの挨拶を口にして、サーリカとともに丘の頂の方へ去って行った。
「熊って、飼えるんだ……」
「もし飼っても、ギルドには連れて来ないでくださいね」
羨ましそうにサーリカの背に乗るエルフを見送っているアキラに、リズがそう釘を刺した。
そして更に二日後。
アキラは、丘の林であった、謎のエルフ女性に再会することになる。
「お集まりの冒険者のみなさま、ごきげん麗しゅう。わたくし、依頼主のエルバストと申します」
しなやかな手足と豊満な肢体を、趣味のいいドレスに包んだ、蒼い髪のエルフ。
ラウツカでもっとも金を稼ぐ女と呼ばれる、蒼エルフのエルバスト。
彼女が、面接会場である自身の邸宅の庭に熊のサーリカを連れて登場した。
「あのときのお姉さんだったのか……」
アキラは一度会っていたからこそ、サーリカにさほど驚かなかった。
しかし他の冒険者は違う。
金持ちの庭に巨大な熊が現れる。
突然の珍事に、面接に来たうちの何人かは、腰を抜かして地面にへたり込んだり、騒いで逃げようとした。
「そこのあなた、あなた、あなたもです。残念ながら今回はご縁がありませんでしたね。お引き取りください」
弱気の虫を見せたものたちは皆、面接を受けるまでもなく、失格の烙印を押されて屋敷から追い出されたのだった。
これはまた、ただの調査で終わらない、一風変わった依頼になりそうだ。
と、アキラは心の中で予感したのだった。
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