【KAC2020】異世界帰りの木村さん

白川嘘一郎

異世界帰りの木村さん

 わたしには最近、気になる子がいる

 と言っても男の子じゃない。


 名前は、木村萌香。中学三年生で、初めて同じクラスになった。

 見た目は、かわいいんだけどちょっと地味かな。

 授業中、窓側のほうに視線を向けると、真剣な顔をしてまっすぐ黒板を見つめている木村さんの横顔に、なぜかつい目がとまってしまう。


 それもしょうがないと思う。

 『異世界に行って帰ってきました』なんていう女の子、気にならないほうがおかしいよ。


    *    *    *


 『Uターン症候群』っていうんだって。

 わたしがまだランドセルを背負っていたころから、ちょっとずつ増え始めて、ニュースとかでも取り上げられるようになった。

 事故や何かをきっかけに、気がついたら違う世界にいて、しばらくそこで生活して成功を収め、そしてまた気がついたら戻ってきていたという――そんな人たちが、TVのバラエティで思い出を語ったり、本を出版したりしている。


 今日も一部の男子たちが木村さんの席のまわりに集まって、異世界のことを聞いている。

 半分は木村さんと話す口実が欲しいだけだと思う。


 木村さんは、どんな質問をされても、しばらく考えてから一生懸命ていねいに説明してあげている。そういうところが好かれるんだろうね。

 いつも聞き耳を立てているせいで、わたしも木村さんに詳しくなってしまった。


 自転車に乗っていてトラックにぶつかって、奇跡的に軽傷ですんだものの、まるっと1年間意識が戻らなかった。その間、彼女は異世界にいたのだという。


 わたしは、おとなしいから良い子っぽく見られるけど、本当の性格はドロドロなので、同じ教室の中でそしらぬ顔をして座っていながら、こんなイジワルなことを考えてしまう。

 木村さんは、もし異世界に行ってなかったら……きっとわたしみたいに、おとなしくて目立たない、引っ込み思案な子だったはずだって。

 だって、わたしと木村さんは、よく似てる。


    *    *    *


「似てるね、牧原さん」


 ある日の放課後、木村さんから突然そう声をかけられて、わたしは飛び上がった。

 ……もちろんそれは内心の例えで、実際のわたしは感情があまり表に出なくて、リアクションが薄いほうなので、木村さんから見たらただ不愛想な顔で振り向いただけだったと思う。


「……似てる、って……?」


「それ」


 木村さんは、わたしの前髪に付いている髪留めと、自分の髪留めとを交互に指さした。

 シンプルなデザインだけど斜めのストライプが入ってて、髪に付けるとそれだけで少しオシャレな感じになって、目立ちすぎず先生に注意されることもないので、お気に入りのやつだった。


「ああ、これ……。少し前に流行ったから、あちこちで似たようなの売ってるよ」


「えー、そうなんだ。かわいいの見つけたと思ったのに、残念」


 木村さんは、そう残念でもなさそうにそう言うと、自分の髪留めをパチリと外して、わたしの髪留めの横に並べるようにかざした。木村さんの細い指先がわたしの顔のすぐ横にあって、わたしはなんだか緊張した。


「なんか、まるでおそろいみたいだね」


 そう言って笑って、木村さんが髪留めを付け直すとき、前髪で隠れていた額に、白っぽくなった傷痕が斜めに走っているのが見えた。

 

「あ、これ? ちょっとだけ痕が残っちゃって」


「あぁ……トラックの事故のときの」


 木村さんは目を丸くしてわたしを見た。


「なんで知ってるの?」


 ――しまった。

 このときばかりは、あまり表情に出なくてよかったと思った。


    *    *    *


 その日の帰り道、わたしは木村さんから異世界の話をナマで聞くことができた。

 そしてそれからもちょくちょく一緒に帰るようになって、いろいろ話をした。


「異世界って、悪い人とか怪物とかと戦ったりしたの?」


「ううん、私なんか、そういうのはぜんぜん。だって女子中学生だよ? 宿屋さんで住み込みで働かせてもらって、気づいたら1年経ってて、ある朝目が覚めたらこっちに戻ってた」


 今にして思うと留学みたいな感じ、と木村さんは言った。


「私、もともとは、わりと引っ込み思案な性格だったのね」


 ――やっぱり。


「でも異世界じゃ、自分から積極的に話しかけなきゃ生きていけなかったし、感情もアピールしなきゃ気づいてもらえないし」


 言いながら、木村さんは何を思ったか、横のガードレールにぴょんと飛び乗ると、両手を広げてバランスを取りながらその上を歩き始めた。

 積極的な性格になったのは良かったのかもしれないけど、異世界かぶれか何なのか、木村さんはたまにこういう突拍子もない行動をする。

 車道ではビュンビュン車が走ってるのに。てかスカートの中も見えそうだし。


「ちょっと、危ないよ!」


 腕をつかんでむりやり引っ張り下ろすと、木村さんはすねたような顔をしてわたしをにらんだ。


「……そんなに怒ること?」


「今度は本当に死んじゃうかもしれないんだよ!」


「異世界で仲良くなった子たちは、こんなことぐらいでいちいち……」


 ――カチンと来ちゃった。


「他の世界の子のことなんか知らないよ! 異世界とかそんなの、どうでもいいし!」


 もとはと言えば自分から話を振ったのに、ずいぶん勝手な言い草だなって自分でも思った。

 でもわたしは、木村さんみたいにちゃんと感情を表に出せないので、そのまま彼女を置いてひとりで帰ってしまった。


    *    *    *


 正直、気まずい。そもそも友達とこんなケンカなんてしたことないし、どうすればいいかわからない。

 次の日の授業中、木村さんがチラチラこっちを見ているのは感じるけど、目が合うのが怖くてそっちを見れない。


 英文を読み上げていた女教師が、とつぜん声のトーンを上げて言った。


「木村さん、さっきから何をきょろきょろしてるの!」


「……あ……ごめんなさい」


 相変わらずわたしのほうに気を取られたままで、あからさまに心がこもっていないその、ある意味で素直すぎる謝り方が、先生の逆鱗に触れたようだった。


「まったく、あなたは! 異世界だとか何とかバカげた妄想ばっかりしてるから、勉強にも身が入らないのよ!」


 次の瞬間、わたしは思わず立ち上がっていた。

 激昂していた先生も、首をすくめて頭上の嵐が過ぎるのを待っていたクラスメイトたちも、驚いたようにいっせいにわたしを見た。


「妄想なんかじゃありません……!」


 声がふるえる。自分でもカッコ悪いなと思いながら、わたしは何とか声量を振り絞る。


「木村さんは異世界に行って戻ってきたんです。だって木村さんがそう言ってるから。どうしてそれを否定するんですか?」


 先生は黙ってしばらくプルプルしていたが、やがて教科書を床に叩きつけて出て行ってしまった。


 ――さて、やってしまった。これからどうしよう。


 すると、木村さんがスタスタと早足でわたしのほうに近づいてきて、わたしの手をつかむと、わたしを教室の外に連れ出した。


    *    *    *


 授業中なので誰もいない中庭のベンチに、わたしと木村さんは腰を下ろす。


「ごめんね。引っ張ってきちゃって。私のせいで牧原さんがあんな目で見られるの、イヤだったから」


 先生の味方をする生徒はいないだろうけど、木村さんをよく思わない女子はそれなりにいる。


「男子とか、面白半分で聞いてるだけだろうなって、なんとなくわかるの。先生みたいに最初からまったく信じない人もいる。でも、本当はそんなことどっちだってよかった」


 木村さんは、まっすぐわたしの目を見て言った。


「この世界で……ううん、異世界を含めても、私のために真剣に怒ってくれたのは、牧原さんだけだった」


 そうだね。わたしもあの時とっさに出た言葉が本心だった。異世界なんてどうでもよかった。

 木村さんは、バツが悪そうな顔をして、さっきの先生へのとはまるで違う態度でわたしに謝った。


「本当に、ごめんなさい」


 ――うん。気持ちは嬉しいけど、そういうとこだぞ?

 好き嫌いとかを率直に表に出しすぎるのも考えものだね。


「異世界で出会った人が言ってたんだけどね……」


 そこで木村さんはハッと口を押えて、あわてて言い直す。


「あ、友達とかじゃなくて、トカゲ人間リザードマンの賢者さんに聞いた話なんだけど……人と人との関係って、少しでも『自分と似てる』って思った時から始まるんだって。恋でも、友情でも、何であっても」


 ――なんかイイ話っぽいけど、『トカゲ人間の賢者』の情報量がでかすぎて、あまり頭に入ってこない。どんな顔して『人と人との関係』とか語ったんだろう?

 ともかく、少し離れてベンチに座ったまま、わたしも木村さんに謝る。


「わたしこそ、昨日はごめん。異世界の友達の話なんかするなって怒っちゃったけど……わたしもね、もし異世界に行ったらきっと……出会った人に木村さんの話をしちゃうと思う」


 木村さんは一瞬びっくりして、それから嬉しそうな笑顔になった。


「うん、私も。もしまた異世界に行ったときは、牧原さんの話をするね」


「えー、ずるい。2回目ってアリなの?」


 笑っていた木村さんは、そこで急にまじめな顔になる。


「でも、せっかく話とかできるようになったんだし、その……」


 木村さんは、恥ずかしそうに目を伏せた。


「できれば……行かないでね?」


 わたしは、座る位置をずらして、もう少しだけ彼女に近づこうとする。

 向こうもちょうど同じことを考えていたらしく、肩と肩とがぶつかって、わたしたちは顔を見合わせて笑った。


 木村さんとふたりで異世界に行けたら楽しいだろうな。そう想像することは、きっと自由だ。

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