第7話 「No.2」

ジョッシュは穏やかな学園生活を送っていた。


あの屈辱の日からジョッシュは変わった。

生まれて初めての衝撃の後、目が覚めたら学園の救護室で3人のヒーラーたちに治癒魔法をかけられている最中だった。

お陰で傷は完治したが、唯一の後遺症で男子が抱えがちな某切迫感や某悶々とした気持ちとは全く無縁になったのだった。最初はアイデンティティや男子の誇りを失ったような絶望感があった。しかし、もはや物理的にどうしようも無い事実と諦念、それによって責任感からも強迫感からも解放されて殊の外自由になった現実がジョッシュの心を軽くしていた。

(リーベルさんがあの日最後に言っていたことは、あながち間違いではなかったのかもしれない。)

笑い事ではない傷を負わされて人生は割と狂ったが、不思議とリーベルには怒りは湧かなかった。あのような力の差を見せつけられては従う他にないという、穏やかな悟りの境地にあったのだった。

ジョッシュは目の前からやってくる人影に柔らかく微笑んだ。

相変わらず肩に乗るアマリアは、かつてあんなに言い寄って来た男臭いジョッシュの賢者じみた変わり様を最初は不気味がっていた。ジョッシュはあの日何があったかは絶対に言わない。しかし、今は解脱した様な晴れやかな顔と同性の友達の様なノリの彼を割と気に入っていたので詮索はしなかった。

杖をつきながら歩いてくる儚げな少女に、明らかに寸足らずの少女。

目の前の人影に気付いたアマリアは慌てたようにジョッシュから降りて背筋を伸ばした。

「あっ、りっリーベルさん!ごきげん麗しゅう」

「ごきげんよう、アマリア。ジョッシュ」

リーベルが気弱に微笑んだ。2人は完璧に作られた嘘であるこの微笑みの恐ろしさをすでに知っている。次の瞬間、リーベルの眼から微笑みが消えた。

「守備よく進んでおりまして?」

「はい!仰る通りに、我々からも例の伝聞を流しております!」

「しかし、本当に良いのでしょうか…」

ジョッシュがおずおずと伺う。

「あの日俺たちが負けた事になっているのは、よりによってあの…」

「“首切りルークス”、永遠の『No.2』。それで結構ですわ」

「ですが!リーベル様の実力をあんなつまらない男なんかに…」

「わたくしはこの学園の覇権になど興味ありませんの」

アマリアがリーベルに距離を詰められて身体を強張らせる。

ルークス・カレン。通称“首切りルークス”は昔処刑を司っていたとして名高い貴族カレン家の次男だった。ダークでクールな外見に、その残虐な一族の血を充分に引いた好戦的な戦い方で入学当初から頭角を現していた。しかし、公開演習の手合わせの際にエデュアルドに手ひどく負けてからは何かと彼と比較され、「悪役」「日陰者」「永遠のNo.2」のイメージを深めていた。

「リーベル様、私も気になります。なぜあの日陰男を巻き込むのですか?顔は良いですが…」

マリアが令嬢を見上げる。

「確かに。あの方は正直言って卑屈でプライドばかりが高く、しかしその割には自分に自信がないから押しが弱い上運に見放されていて一見すれば何にも使えない男ですわね」

「…いくらなんでもそこまでは…」

「しかし。あのだからこそルークスにはわたくしの『聖女』になって頂きませんと」

「!!?」

リーベルの微笑みにジョッシュとアマリアは顔を見合わせるしかなかった。

首切りルークスを…『聖女』に?

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悪役令嬢はやがて覇者へと上り詰める。 桧山 御膳 @murdermama

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