第6話 力の差
裏庭は密かに大変な事になっていた。
鼻血を流しながら地べたで伸びているアマリアと、それを見下ろし狼狽えるジョッシュ。
中庭に足を踏み入れるなりアマリアの身体が何らかの閃光により吹き飛んだのだ。薄笑いを浮かべたままのその顔は、何が起こったのか知る前に気絶した事を物語っている。
「これで肩のお荷物が無くなって、心置きなく戦えるのではなくて?」
真顔のリーベルが首をコキコキと鳴らす。
「な…まさか、貴様がアマリアを…」
全く捉える事ができなかった攻撃と、目の前に立つリーベルが発する先程からは想像できないただならぬ圧に、ジョッシュの額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。
「あら。もう怖くてお漏らしでもなさったのかしら?ほら、早くわたくしを倒したら如何かしら」
位高げに佇むリーベルが両手を広げた。
「くそおおぉぉ!何なんだこの悪女があああ!!!」
逃げるは恥。もはやこの道しかないと拳を握り締めてジョッシュが突進して来る。しかしリーベルは薄笑いを浮かべながらその攻撃を最低限の身捌きでかわし、巨人の腹に強烈な拳をめり込ませた。メキメキと嫌な音が鳴り、ジョッシュが血を吐く。
「やっぱり間合いが何たるかも知らない小童ですのね…」
リーベルがそのまま拳を軽々と頭上に突き上げると、ジョッシュの巨体が宙に浮いた。そこへ間髪入れずに下からリーベルの拳の鋭い乱れ打ちが突き上げてくる。
宙に浮きながら息も付けぬ速さで華奢な女性に全身を殴打されるジョッシュの姿は、側から見ればシュールで異様なものだったろう。しかも、リーベルに限っては杖を持っていない片手での攻撃である。
彼はなす術なく攻撃を一身に受けながら一つ気付いた。
この女…全ての打撃を急所からギリギリの部分で外している…手加減していると言うのか…?
いや、違う。この打撃の鋭さは、わざと意識を保たせて痛みを持続させるのが目的だ……なんたる外道…
身も心もボロボロになったジョッシュの身体が漸く地面にズズンと沈む。
そしてその時もう一つ。彼のチラつき始めた視界に入ったものがあった。
リーベルの足元だ。上品に揃った両脚が動いた形跡が地面には一切見られず、彼女が最初の場所から一歩も足を動かしていないと物語っている。
「き…さま……何者……」
「わたくしは悪役令嬢リーベル」
「あ、悪役令嬢…?」
「貴方には残念なお話がございます」
力を振り絞り身を起こそうとする巨人をリーベルが凍るような視線で見下ろす。
「わたくしの専門は足技…。しかしそれを出すまでもありませんでした。貴方はわたくしの足元にさえ辿り着けない、ちっぽけな虫以下の存在という事ですわ」
目の前にある脚がスカートの中で不気味に呼吸している。それに気づいたジョッシュに改めて戦慄が走った。攻撃を受けている時とは比べ物にならない、更に闇の深い重圧と聞いたことのない機動音。
屈辱ではあるが、この先の闇を見ずに済んだ己の弱さに感謝し、密かに大きく息を吐いた。
その様子を見下ろしていたリーベルが、何を思ったか悪辣な笑みを深めた。
「可哀相なジョッシュ…。この様子だと、ご家族に『巨人族に恥じぬ勇猛果敢な男児であれ』と期待されて育ったのでしょう。」
「…は………何の話だ…」
「でも、あなたが本当に欲しいのは、そう…肩に乗せているあの女の子が送る様な、生温い子豚ちゃんの生活ではなくて?」
「いやそんな事は…
「誰かのために付けたその実の無いにわかな筋肉も、表面だけの必死な粗野な男らしさも…全てここで頭打ち」
狼狽えるジョッシュの反論を全て遮り、リーベルが薄笑いを浮かべて手に持つ杖を振り上げた。
「でももう心配いりませんわ。貴方を開放して差し上げます」
「だからそんな事俺は一度も…
リーベルが高笑いを響かせながら杖を振り下ろした。それはジョッシュの身体の中心、最たる痛点に向かっていて……
そこでジョッシュの記憶は途切れていた。
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