第5話 入学

異世界からやって来たと言う、初代勇者リラルクの末裔フォンティーヌ家。その領内に『ノブル・ロサ学園』があった。全寮制のこの学校で貴族の子息子女が共に学び、未来のリーダーとなる教育を受けている。

だが、今は「勇者・聖女育成」の舞台であった。殊に明確な聖女継承者がいない当代、各地から集められた勇者と聖女候補達が静かに凌ぎを削っていた。


一限目の始まる少し前、小さなメイドを連れた少女がしずしずと廊下を歩いていた。

「上手く入り込めたもんですね」

「ええ」

「けど驚きましたよ。学園に入り込むだけでなく、エデュアルドの婚約者になってしまうなんて…」

リーベルが口を歪ませて微笑む。

『聖女候補になれぬ今、有力貴族との婚姻が私に出来るご奉公。わたくしがエデュアルド様と婚約すれば、マレーナも聖女修行に集中出来るかと…』

そんな文言で、公爵の同情を引くのは簡単だった。それと同時にフォンティーヌ家の嫡男エデュアルドに憧れ色気付いていたマレーナを心配していた夫人とも利害が一致した訳だ。

「かわいそうなマレーナは登校拒否ですか。ま、修行に身が入りそうですね。でもリーベル様には何か理由があるのでしょ?」

「もちろん。この地と彼の血が、『これ』の鍵となるのです。勇者候補の稀代の剣士、エデュアルド・フォンティーヌ。初代勇者の血を引く温室育ちの坊や…」

リーベルがクリスタルを取り出して強く握ってみせた。

その時、目の前から人だかりがやって来た。中心には金髪碧眼の正統派美青年が一人。それをいく人かの取り巻きが囲み、美青年の隣には同じく正統派ヒロイン風の栗毛の美少女が。

「まあ、エデュアルド様…」

リーベルがクリスタルをしまい瞬時に表情と声音をよそ行きの儚いものに変えた。

「転入早々お会い出来て光栄ですわ…」

「…ああ、そうだな」

エデュアルドはリーベルを見るなり気乗りしない表情に侮った様な調子を匂わせる。

「学園生活などして大丈夫なのですか?未来のフォンティーヌ夫人にはお身体に気を付けて頂かないと」

「大丈夫ですわ。今日は調子が良いの」

「ではまた」

「……ごきげんよう。リーベル様」

すれ違い様に隣の美少女が気を使う様な素振りをしながらやや同情の様な眼差しを向けた。それを見てマリアがそっと舌打ちをする。

「あれがエディ坊やお気に入りのフランシーヌ伯爵令嬢ですか…いかにも教養の無さそうなファッションセンスですね」

「…あのフランシーヌには利用価値があります。ただ、今は他の雑魚を片付けるのが先決ですわ」

「はあ、まあ、ここには野心ギラギラの勇者候補と聖女候補が沢山いますからね」


その時、2人を巨大な影が覆った。

影の主は巨人族の血を引いた巨体を誇る勇者候補、ジョッシュ・マーグ。そして肩には小悪魔的な装いのピンクの髪の毛をツインテールに結んだアマリア・ガスパール侯爵令嬢が座っている。アマリアがニパっと笑う

「ごきげんよう♪貴女がリーベル様ね?」

「は、はい…」

「もう学園内では有名なんだから☆あのエデュアルド様を権力で横取りした性悪女ってネ」

「まあ。私はそんなつもりでは…」

「ねえリーベル様、取り引きしようよ!」

楽しげなアマリア。

「これから裏庭で私らに倒されて忠誠を誓うフリして欲しいの♪そしたら今後の学園生活でも守ってあげる☆」

「こちらとしてはその『性悪女』を手中に収めれば名声が上がるんでね。こんな弱々しいご令嬢だとは思わなかったから申し訳無いが…」

ジョッシュが手をポキポキと鳴らす。

それを見てリーベルがクスリと笑った。

「守る……とはまた、大きく出ましたわねぇ」

「噂をすれば早速飛んで火に入る夏の虫ってやつですね…。お嬢様、授業があるので手短に」

マリアが眉一つ動かさずに懐中時計を取り出す。

頭に血が上った様なアマリアが身を乗り出した。

「は?何?!あんたら何がおかしいワケ?」

「残念ながら…貴方がた程度の雑魚に私を倒せる力があるとは思えませんの」

「…何だこのアマ、様子変だぜ?」

2人は先程とは打って変わって肝の座ったリーベル達の様子に戸惑いが隠せないようだった。

その表情を楽むようにリーベルがジョッシュの鼻先に杖を差し向ける。

「さあ、早くその裏庭に行きませんこと?手加減は結構。お手並拝見ですわ!」



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