第二章 学園制圧
第4話 悪役令嬢の帰還
その日、エルランド家の宮殿は微妙な空気に包まれていた。
気だるげに行き交うメイドたち使用人と、外には公爵と夫人と次女のマレーナが立っている。
「何で私たちがリーベルなんかを迎え出なければならないの?」
「仕方ないだろう。一応、長女なのだから。体面としてだ」
「5年の間であの辛気臭い容貌が変わってくれていたら良いですけれど」
公爵と夫人も同様に気の進まない面持ちである。
あの日の出来事の後、リーベルは足の治療とリハビリを願い出、マリアを引き連れてどこかへ姿を消した。良い厄介払いが出来たと宮殿の者たちは喜んだのは言うまでもない。
その約5年の間に両親に甘やかされたマレーナも豊かな金髪巻き毛の生意気そうな美少女へと成長し、今は足でパタパタと不機嫌そうに地面を叩いている。
マレーナは14歳、リーベルは16歳となっているはずだった。
「リーベル様がご到着されました!」
メイドの呼び声と共に彼らの目の前に馬車が止まり、中からまずマリアが飛び出した。その姿は5年前と全く変わっていない。そして澄ました様子で次に降りて来る主、リーベルに手を差し伸べる。
「リーベルのくせに大層なご帰還……」
悪態を突こうとしたマレーナは言葉を失った。
その手を取って現れたのは菫色のウェーブした髪の薄幸そうな少女だった。年相応の令嬢にふさわしい美貌を手にしているが、伏し目がちに憂いを帯びた瞳や青白い肌からも華やかと言うよりは儚さがうかがえる。だが、マレーナの言葉を詰まらせたのはそこではなかった。彼女が馬車から姿を現した時から、その容貌からは想像できない圧がマレーナを襲っていたのだ。
「皆さま、お久しゅうございます」
リーベルが恭しくお辞儀をする。
「まあ。5年も治療したにしては治っていないじゃないの」
「完全に治るまで療養していても良かったんじゃないか?」
お父様とお母様は何も分かっていない。両親の冷淡な反応を見ながら、マレーナは自分の背中に微かな震えと冷や汗が流れるのを感じていた。この女の脚なんてとっくに治っているし、このビシビシと全身に重く響く隙の無い覇気…5年の間で一体どんな『治療』をしたのだろうか。
「…お出迎えのご足労、申し訳ございませんでした」
宮殿内に去ってゆく両親に向かっておどおどと声をかけてみせるリーベル。だが瞳は嫌悪感と殺気が痛いくらいに鋭く研ぎ澄まされている。残ったマレーナが声を絞り出した。
「リ、リーベル…貴女何しに帰ってきたのよ…」
「まあ!ここはリーベル様のお家でもございます。帰って当然…」
眉を顰めるマリアをリーベルが制す。そのマレーナを見下しきった笑みの表情は既に先程の薄幸のリーベルではなかった。
「少しは聖女修行が身に付いている様ですわね。鈍い子だと思っていましたのに」
「な…!?リーベルのくせに…いくら治療したって、聖女の座はあたしに変わりないんだか…
言い終わる前に、マレーナは閃く何かに脚を払われ地面に倒れた。そして間髪入れずドゴッという鈍い音と共に、顔の横ギリギリの地面に何かが鋭くめり込んだ。
「ひっ…!」
マレーナは思わず小さく悲鳴を上げた。めり込んだものの先にリーベルが見える。
「その程度の読みしか出来ないから貴女は鈍いのですわ。わたくし、最初から聖女になど興味ございませんの」
隣にめり込んでいるのは、リーベルの脚の様だった。それは白い鎧に包まれ、無数に刻まれた幾何学的な筋は青白い光を帯びている。中からミュンミュンと何かが駆動している音が聞こえるが、その正体はマレーナには全く見当がつかなかった。
「な…なんなの、これ…」
「『脚』です」
マリアが冷たく見下ろす。リーベルの浮かべた、おおよそ令嬢とは思えぬ邪悪な笑みが深まり、それと共に脚の光と機動音が増す。
「ひいぃっ…殺さないで!おねがい…やめ…」
マレーナは命の危険を感じてその熱と殺意に身を捩ったが、恐怖で足に力が入らない。
「貴女は殺すにも値しない雑魚虫…ご安心なさい」
リーベルはその半泣きの妹の襟首を掴み、無理やり引き摺り立たせた。
「わたくし、貴女の通う学園に興味があって帰って参りましたの。学園の…そう、貴女が大好きなエデュアルド様の事。ゆっくりお話して頂けませんこと?」
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