第3話 決意

雨の日。

遠くから賑やかな声が聞こえる中、リーベルは1人窓辺に座って貴婦人から貰ったペンダントを見つめていた。

不思議な色で輝くこの水晶にはどんな力が眠っているのだろう。無限の、どんな力が…。

そして私はアメリアの言うように、本当にこれを使えるような人間になれるのだろうか。

「無理かもしれません…私なんかに…」

暗い気持ちでペンダントを服の下にしまう。


と、徐に部屋の扉が乱暴に開き、いつになく髪をボサボサに乱したマリアが飛び込んできた。

「リーベル様!ああ無事で良かった…殺されてたりなんかしたら私の立場が…」

「ど……どうしましたの?」

「今のうちに逃げましょう!強盗が侵入して…もう大変な事になってるんです!!」

「盗人…!」

リーベルの部屋は普段から誰も寄り付かないような最端にあるため、幸か不幸か情報がほとんど入らないのだった。

リーベルは取り乱すマリアの様子に怯えて部屋の隅で身を縮めた。ただ、盗人と聞いてそれが誰なのかうっすらと想像が付いていた。

宮殿の番犬の目を掻い潜ってここまで来れる悪人は、あの人達しかいない。


「あれえ?まだ縛り損ねたガキがいたよ」

マリアが縮こまるリーベルを必死に引っ張っている最中に扉が開き、聞き覚えのある声と共に健康的な美脚が現れた。

それは案の定あのニキータで、呼びかけているのは後の2人だろう。

「ガキなんざ放っときな。どうせ何も出来ない…おや」

その後ろから現れたアメリアがリーベルを見つけて不敵な笑みを深めた。

「リーベルじゃないか。あんた、ほんとにこんな場所にいるの」

「は、はい…」

「怪我も治ったし、あたしらもう消えるからさ。軍資金であんたの家のもの貰ってくけど良いよね?」

「わー良い服ばっかり!こう言うの社交界ママに高く売れるのよねー」

ニキータが楽しそうにクローゼットを開けてリーベルお気に入りのドレスを次々と袋に入れてゆく。

「お嬢ちゃんの情報のおかげで楽に入れたぜ。感謝感謝っと」

宝飾品を物色しながらギースがリーベルの頭をわしゃわしゃ撫でた。マリアは状況が分からずに腰を抜かして喋らなくなっていた。

アメリアがリーベルに近付き屈み込んだ。

「今までありがとね。また会う日までに『これ』で強くなっときなよ」

胸元をトントンと叩いた後、アメリアは高笑いをしながら胸元から取り出した魔導煙玉を部屋の隅に投げ込んだ。

「案外シケた家だったねえ!引き上げるよ!」

煙玉が発光して煙が辺りに充満する中

「あんたには才能がある。追いついて来るの楽しみにしてるよ。悪役令嬢リーベル様」

アメリアの舐め切った様な捨て台詞と共に3人が笑いながら部屋を後にする音が聞こえる。

その時、リーベルの中で何かの糸がぷつりと切れた。



———————



「……あの、リーベル様…あの方たちとお知り合いなんですか…?」

煙が落ち着き視界が晴れた頃、ようやくマリアが口を開いた。

だが返事がない。

アメリア達は行ってしまった。完全に恩を仇で返して。友達だと思っていた彼らに良いように情報を吸われ、家を散々荒らされ、大切なドレスを奪われ、しまいには「案外シケてる」という評価までされたら普通は深く傷付く所だ。

だが、不思議と怒りや悲しみはない。あるのは開放感だ。

リーベルはマリアを押し除け立ち上がり、思い切り笑った。こんなに心から笑い声を上げたのは生まれて初めてかもしれない。

そんな様子に、とうとう恐怖で気が触れたかとマリアが恐怖を滲ませる。

「リ、リーベル様…?」

「……面白い…」

「え…?」

「なってやろうじゃねえか!その『悪役令嬢』とやらによぉ!!!」

マリアはリーベルから一気に発されるオーラの気迫に思わず再び尻餅を付いた。

それを、あの気弱なリーベルとは思えない覇気すら漂う目が見下ろす。

「おいマリア、さっき自分の立場と言ったな」

「…え、あ……その…」

「そもそもわたくし付きになった時点でお前にも未来はない。ついて来い。悪役のてっぺん取るぞ」

「…………」

正直、このマリアは今まで哀れなリーベルに忠誠を誓い従った事なんて一度もなかった。

だが今日、初めて

「はい」

と心から返事をしたのだった。

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