地元に帰ったら金髪だった幼馴染が黒いセミロングになっていたんだが

ハルヤマノボル

第X話

 車内はポカポカするような気温で、まばらに点在する乗客たちは皆眠たそうに揺れている。かく言う私も心地よく訪れる眠気に勝てそうにない。読んでいる小説の文字が頭に入ってこない上に、同じ行を何度も読み返してしまっている。そうして気分を変えよう車窓に目をやると見慣れた景色が入ってくる。そしてため息を無意識に漏らす。

 二月下旬、最後に応募した会社から不採用の通知が届いた。出版社だけに絞った私の就職活動はいとも簡単に失敗に終わり、存在しないと思っていた就職浪人が決定した。卒業を控える大学も一年浪人して入学した都会の三流大学だったために自分がいかに無力で親不孝者なのか理解した。そしてどんなに高望みしても叶わないものはこの世にはあることを痛感した。そんな心身が打ちのめされた時に両親から帰っておいでと連絡を貰った。

 実家に向かう路線は実家に向かえば向かうほど見上げるような建物がどんどんと減っていき、田園風景が住宅街に見え隠れしていく。この風景をノスタルジックだなんて感傷に浸る人間がいるけど、私には敗北者が最後に辿り着く場所にしか見えない。そして私はその敗北者のひとりに違いない。

 実家の最寄り駅は無人改札で、昔はおばあさんが営んでいた改札横の小さな商店もいつの間にか自販機が立ち並ぶ殺風景に変わっていた。就職に失敗したことを何て両親に言えばいいのだろう。そんなことばかりを考えて歩いた。

「遅かったね。ご飯出来てるよ」

 キッチンから遠めに母がこちらも覗いてそう言った。何も変わっていないなとため息交じりに玄関で靴を脱ぐと見慣れない赤いスニーカーが目に入った。もう定年間近の両親が履くにはあまりにも若すぎるような気がしたが別にそういうのは個人の自由であるし、特に気にしないことにした。それよりもいつもと違う空気が混ざっているような気がする方が不安を掻き立てた。

「おかえり。ビールは飲むか」

 成人式以来に帰ってきた息子に対する久しぶりの挨拶がビールの誘いか。がっかりしたような気恥ずかしさを感じながら顔をテーブルに移すと見慣れない顔がそこにいたのに気づいた。

「えっ」

「あっ、久しぶり、かな」

「えっ?」

 鼻孔を突いていた揚げ物の香りが一瞬の内にわからなくなった。そして口の中がカラカラになる。

「驚いたろ?隣の容子ちゃんが来てくれたぞ。お前のためにな」

「え、容子ちゃん?」

 誇らしげに言う父と困ったような表情を見せる容子ちゃん。それでも私の混乱は収まりそうになかった。父親は勝手にビールを注ぎ始める。

「メガネなんてしてたっけ?」



 最後に会ったのは成人式。その前に会ったのは高校の卒業式の帰り道。幼稚園、小学校、中学校までは同じ学校に通っていたが、進学を考えていた私と地元で暮らすことを決めていた容子ちゃんでは高校から離れることになった。この関係は幼馴染と呼ぶのだろうが、異性を意識し過ぎていた私と当時活発だった容子ちゃんの間にはそのような関係を感じさせる出来事は皆無だった。というか何でここに居るんだ。というか何で両親は部屋の中に招き入れているんだ。

「やっぱり変かな」

 容子ちゃんは照れくさそうにそう言ってにこりとする。そして綺麗に整えられたセミロングの黒髪を優しく撫でる。メガネが邪魔にならない程度の薄い化粧だが、はっきりとした顔立ちでとても魅力的だった。そんなキャラクターだったっけ。脳内の記憶装置に記録されている容子ちゃんの姿はハツラツとした短髪で、問題を起こしがちな男子に負けず劣らす堂々としていて、そして女子からの人気が厚かった。

「変だ」

「えっ」

 思わず考えていることが思わす口から飛び出してしまった。いや、そういう訳じゃない。どうにか誤魔化してみたが、父親の失礼なことを言うんじゃないという目線から誤魔化しきれていないことが読み取れた。だって容子ちゃん、中学卒業から金髪にしていたじゃないか。

「まあまあ積もる話はあとにして。ご飯が冷めちゃうじゃない」

 どこかちぐはぐな雰囲気を察知して、それを元に戻すかのようにキッチンから母親がメインと思われる山盛りの唐揚げが載った大皿を運んで来た。母親の作る唐揚げは大好物だ。しかしこの状況でいつものように楽しめるような気がしない。そう思いながらも口の中はうるおいを十分に取り戻しつつあった。



 違和感満載の食事会はつつがなく終わった。お酒の力もあってか、容子ちゃんらしくない容子ちゃんとも普通に話すことが出来た。何よりその様子を見ていた母親が終始嬉しそうな表情を見せていたのがこの食事会がつつがなく終わったことの十分な証明である。バラエティ番組を見ながら食後のデザートと言わんばかりのケーキを食べて談笑し、容子ちゃんを玄関で見送った。相手の家まで着いて行くのが礼儀かもしれないが、容子ちゃんのようなお隣さんには必要のないことだった。

「あ、それ容子ちゃんのだったんだ」

「え、これのこと?」

「うん。そのスニーカー。母さんが履いてるのかと思ったよ」

「まさか」

 プッと私が吹き出しそうになると、それにつられたのか容子ちゃんも吹き出しそうになって、その直後二人で大笑いした。またねと挨拶をして別れたが、何というかこれで最後にしたくないとぼんやりと思った。そうやって立ち尽くしていると母親が後ろから声をかけて来た。

「容子ちゃん変わったでしょ」

「うん。何か綺麗になったね」

「でしょ」

「昔は金髪で元気なイメージがあったからさ」

「女の子は変わるものなのよ」

 そう言って母親は意味深な顔をする。私はその裏に隠された意味が分からずにすくんで見せた。

「何かね。目立つようなことをして気付いて欲しかったみたいよ」

「誰に?」

「鈍感なのはモテないよ」



 実家で迎えた久しぶりの朝。最低限の物しか残してない元自分の部屋で目覚めるのは何というかタイムスリップしたような心地にさせてくれる。地元へのUターン。そういったのは都会に必要とされなかった敗北者たちの蔑称だと思っていた。

 きっと都会に残ったみんなはそう思っているんだろうな。まだ収めるのが難しそうな興奮をどうにかあやふやにして家を出る。この話はみんなに内緒にしたまま、こっちで気楽に暮らすのも悪くないかもしれない。玄関のドアを気持ち良く開いて、朝日の歓迎を受ける。もっとあの子のこと良く知ってから考えるとするか。

 私はすうーっとひとつ深呼吸をしてからインターホンを鳴らす。

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地元に帰ったら金髪だった幼馴染が黒いセミロングになっていたんだが ハルヤマノボル @halu_spring

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