君に会いに

しゅりぐるま

君に会いに

 あの日、僕は走っていた。君との約束に遅れてしまいそうだったから。13時に駅前で待ち合わせのはずが、時計を見るともう15時だ。そんなに大幅に遅れていたっけ? 「五分ほど遅れる」と、そうLINEを入れたんじゃなかったか。君はカフェで待っているからゆっくりでいいと言ってくれて、なのに、僕はなんでまだ走っているんだ?

 訳が分からないまま、走って、走って、走って――。



あおっ!」

 たどり着いた病院で、僕を見るなり君は叫んだ。大幅に遅刻したからって意地悪はやめてくれ。僕はみどりだ。青とは双子でそっくりだけれど、幼なじみの君は一度だって間違えたことないじゃないか。それに、なんだって君はこんな所にいるんだ。涙で顔を濡らして、お気に入りのワンピースを真っ赤に染めて……。


あかね……」

 僕の口から声が聞こえた。僕の声と似ているけれど、これは、青の声?


「緑くん、急いでいたみたいなの。ゆっくりでいいって言ったのに……。信号は青だったんだけど、信号無視した車が……。私、カフェから全部見ていて……、それで、私……それで……」

「もういい。もういいよ、茜」


 青の言葉に、君はストンと腰を下ろし、震えるような小さな声で、僕の名前を呼びながら泣き出した。


 病院、君の服にべっとりと付いた血、混乱している僕の記憶――。


 そうだ。僕は、君との約束に遅れそうで、急いでいて、走って、走って、走って、車にぶつかっても走って、走って、……そうして、君のところに戻ってきてしまったのか。


――茜ちゃん、僕はここにいるよ!

 くるおしい思いで君に手を伸ばすと、青の手が伸び、雷に打たれたようにビクッと震えて止まった。「ちょっとトイレ」そう言って、青が君から離れていく。それと同時に、僕も君から離れていく。


「緑……か?」

 青が、鏡を真っ直ぐ見つめながらつぶやいた。


――そう、みたいだ。

 僕もつぶやいてみる。


「何やってんだよ、バカ。早くお前の身体に戻れ」

――それが、できそうにないんだ。

「なんでだよ」

――僕は死んでる。

「でもまだ……」

――ただ、行くべき所からUターンして、戻ってきちゃったみたいなんだ。

「……茜バカ」

 青がいつもの調子で僕をからかった。


――お願いだ、青。茜ちゃんのところに早く戻って。

「だけど……」

――泣いている茜ちゃんを放っておけない。

「死んでも茜バカは治らないんだな」


 手術室の前に戻ると、君はさっきと変わらない様子で泣いていた。物理的に近くなったせいか、僕と僕の身体との繋がりが感じられた。さっきよりも一段と薄くなっている。やはりもうあの身体には戻れない。不意に悲しさが込み上げてきて、君の頬に手を伸ばした。青の手が君の頬に伸び、また、ビクッと震えて止まった。


(やめろ、バカ)

――泣いてる。抱きしめてあげないと。

(俺はお前じゃない)

――青は僕じゃない。でも、茜ちゃんに対する気持ちは同じだ。そうだろう?


 青の答えは聞こえなかった。けれど、青の手は真っ直ぐに茜ちゃんの頬に伸び、涙を拭うと彼女を強く抱きしめていた。

 僕は、青の身体を通じて君のぬくもりを感じながら、たくさんの言葉を繰り返し呟いていたんだ。


「泣かないで」「ごめんね」「青がいるよ」


 これが茜バカの僕に起こった、不思議な出来事の始まり。

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