雪国高校はラブコメしかできない

結葉 天樹

返して、私のアオハル

 灰色の空と真っ白な地面。十年ぶりの北海道の地は私を冷たく迎えた。これは私への「お帰り」の北海道スタイルの挨拶なのか。それとも一度は故郷を離れた私に対する「ゴルァ、どの面下げて帰ってきやがった!」という塩対応なのか。


「うう、さーむーいー。なんでこっちはまだ冬なのー!」


 東京を離れる前は雪なんかどこにもなかった。青空も広がって暖かくなって、桜も咲いて「まさに春!」な状況だったのに、冬に引き戻され――いや、氷河期に放り込まれた気分だ。


「それは東京とは違うさ。奈緒、そんなことも忘れたのか?」

「ちょっとは……覚えてるけど」


 苦笑するお父さんに向かって軽く悪態をつく。七歳まではこの町に私は住んでいた。いわゆるUターンでこっちに来たわけだけど、小学校に上がってすぐに東京へ引っ越した私にとって、この町で過ごした記憶はかなり少ない。私にとってここは異世界だ。

 北海道は家が暖かいのはありがたい。「暖房代をケチったら死ぬ」とはお母さんの言葉だ。でも外は別だ。都会スタイルが染みついた自分とド田舎の防寒スタイルはあまりに真逆。どのくらいまでファッションを意識した上で防寒に努めるか、そのボーダーを探さなくちゃいけない。


「はいはい。愚痴はいいから学校行ってらっしゃい」

「はーい」

「道は覚えた?」

「えー、覚える意味あるの?」


 通うことになったのはこの雪音町ゆきねちょうに一つしかない高校。さすが田舎だ、ビルなんてないから家からよく見える。


「いってきまーす……うわぁ、何これ」


 早速憂鬱になった。私の前には白い道が続いている。とっくに根雪になって標高が数センチ高くなった道。暖かい時期には恐らく歩道と呼ばれていた存在だ。


「ないわ、マジでない……うひゃ!?」


 間抜けな声を出して転びそうになった。それでも私の中に残っていた雪国生まれの血がバランスを取らせて転ぶのを拒否する。雪道を歩くブランクは実に十年。ど素人同然のレベルに落ちている。


「て、転校初日から遅刻するとかマジないんだけど……」


 思い出せ、幼き日の私を。雪道を楽々歩いていた、と言うか走ってた時を――。


「おや、気を付けるんだよ奈緒ちゃん」


 隣のおじいさんが犬と一緒にすたすたと私を追い抜いて行った。何だろうこの敗北感と悔しさは。


「うう~……もうやーだー!」」


 漫画なら転校初日はパン食べながら走るとかじゃん。なんでスケートしながら通学してるんだろ私。

 生まれたての小鹿という表現を漫画で見たことあるけど、今の私はまさにそれだ。スケートリンクと化した地面で両手を広げながら少しずつ前進していく。正直スケート靴はいた方が簡単に通学できるんじゃないかと思うくらいだ。


「ひゃわっ!?」


 つい、ムカついて強めに踏み出してしまった。ツルっと滑ってバランスが崩れる。あ、これヤバいかも――。


「っと、大丈夫か!?」

「……え?」


 え、ナニコレ。誰かが転びそうになった私の腕をつかんで支えてくれた。本当に漫画のヒロインみたいに助けられるなんて。もしかして本当に恋愛漫画ラブストーリーみたいに出会いが――。


「あ、珍しい顔だな」

「げ……もしかして圭太?」

「ん……? もしかしてお前、奈緒か?」


 残念。現実は厳しかった。幼馴染の圭太だった。


「何やってんだお前。こんなところで」

「見てわかんでしょ! 上手く歩けないの!」

「何キレてんだよ。情けねえな、お前この町出身だろ」

「だってー……」


 ため息をつきながら圭太が背を向けた。置いて行かれるのかと思ったけどすぐに立ち止まってこっちを振り返る。


「ほら、肩か腕に掴まれよ。引っ張ってやるから」

「うう……ありがと」

「それとも昔みたいにおぶってやるか?」

「それは絶対に拒否


 小さい頃ならまだしも、年頃の男女がそんなことしたらこの小さな町ではどんな速度で知れ渡るかわかったもんじゃない。

 ちょっと面倒だけど腰が引けた状態で圭太につかまったまま私は高校まで引っ張ってもらうことにした。


「そっか。転校生ってお前のことだったのか」

「まーねー……」

「東京の話、今度聞かせてくれよ」

「同じクラスになれたらね」

「は? 何言ってんだお前」

「え?」

「学年にクラス一つしかねえぞ、うちの学校」

「マジで!?」


 過疎化が進んでいるって聞いてたけど、まさかそこまでとは思わなかった。


「何年か前に一気に人口が減ってな。外からの志願者もいなくなったんだ」

「え、それじゃクラスメイトって……?」

「小一の時に一緒だった奴ばかりだぞ」

「うっそー!」


 この町は小中高と全て一つしかない。外部からの生徒がいないなら元同じクラスの子たち、つまり知り合いばかりだ。


「そのくらい気づけよな」

「じ、じゃあ部活動は? 運動系で何かない?」


 せめて青春アオハルの象徴を。部活動が欲しい。この際贅沢は言わないから何か――。


「卓球部と陸上部だな」

「それだけっ!?」

「農家の子が多いから帰宅部も多いんだよ」

「そ、そうだ。帰りにどこか寄れるところって……」


 この際贅沢は言わない。友達とだべって時間を潰せるところがあればそれでいい。


「ああここ、セイコーマート」

「コンビニじゃん!?」


 オレンジ色した看板のコンビニの前をちょうど通り過ぎた。お弁当やおにぎり、唐揚げは美味しいって聞いてるけど、私が欲しいのはそれじゃない。


「私はファストフード店とか、カラオケ店とかが欲しいの!」

「カラオケ店ならあるな……」

「え、マジで!?」

「ああ。居酒屋に機材があるって親父が言ってた」

「そうじゃなーい!」

「いててて! 馬鹿、ポカポカ叩くな!」

「わ、こらー! 走っちゃダメー!」

「ぐえっ、マフラー引っ張るな! 首が締まる!」


 癇癪かんしゃくを起こした私から逃げるように圭太が走り出す。私は振り落とされないようにしがみ付いて引っ張られていく。


「あらあら」


 そんな私たちを微笑ましく見ている近所のおばさんたちの視線にも気づかずに。

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雪国高校はラブコメしかできない 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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