暗闇隧道四方山話

ヒトリシズカ

暗闇隧道四方山話

「すっかり遅くなっちゃったねー」


 助手席でミチルがふわふわ笑う。

 そうだな、と返しながら俺は対向車線のヘッドライトを流し見た。


 お盆休み最終日の今日、首都高の上りはUターンラッシュで大渋滞だ。ピクリとも動かない車列のライトが、まるでイルミネーションみたいでキラキラしていた。


「キラキラしてて、きれいだねー」


 ミチルはまるで、俺の心を読んだかのようにそう言った。いや、感性が似ているからだろう。

 そうだな、と俺は微笑んで速度計の下の時計をチラ見する。


 23:52


 チームみんなで休日返上で仕事をして、やっと終わったのが約一時間前。さすがにこの歳で二徹は堪える。

 全日とまではいかないが返上していた休日のうち、三日だけ上司の権限でもらえることになった。ありがたいことだ。

 本当ならそのまま自宅に帰り布団にダイブしたかったが、今回は大事な用事があったのだ。

 助手席に座る彼女——同じ職場のミチルと交際を始めて早三ヶ月が経とうとしていた。そんな折俺はミチルにせがまれ、盆休みにミチルの実家に一緒に行く約束をしていたからだ。

 お互い結婚を前提として付き合っていたから当然の流れだろう。俺は二つ返事で返した。


 全く動かない上り車線と比べて、こちらはとてもスムーズだ。前後に車もなく、ストレスなく車を走らせる。おかげで眠気に襲われることもなく、ドライブは順調だった。


 ミチルの実家は県境にあるらしく、カーナビに従って途中で高速を降りて一般道を走る。

 しばらく進むと、辺りは山深くなっていった。あまり来ない道は冒険みたいで少しワクワクする。


「これだけ暗いと、普通の道だって分かっててもまるで冒険みたいだねー」


 うん、そうだな。俺は強く肯定しながら思う。

 やっぱり俺とミチルは息ピッタリだと。


 車はどんどん進む。

 やがて暗闇の中に、蒲鉾型をしたオレンジ色の光が見えた。

 トンネルか?

 近づいてみるとやはりトンネルだった。ちゃんと二車線あるが、古い感じがするトンネルだ。


「ねぇ、カズくん知ってる?なんでトンネルのランプがオレンジ色かって」


 ミチルが藪から棒に聞いてきた。

 聞いたことがあった話だったから、俺は難なく答えた。


「ありゃ確か、トンネルの入った時と出た時で光の色や強さで眩惑されないようにってやつだろ?」


「ピンポーン!さすが、トリビアマニア!よく知ってるねー」


「トリビアでもなんでもねぇだろ」


 だが、凄いと褒められて悪い気はしない。

 そうこうしている間に、車はトンネルを抜けた。そしてすぐにまた、トンネルが見えた。先ほどと同じオレンジ色が、ぼんやり光っている。


「じゃあさ、これは知ってる?現存する日本最古のトンネルはどこにあるでしょうー?」


 得意げにミチルが問題を出した。

 うーん、これはさすがにトンネルマニアではないから分からない。当てずっぽうに答えてみる。


「これか?」


 今走っているトンネルを顎で指す。このトンネルも、先ほどの物と負けず劣らず古そうだ。


「ブブー、ハズレよ!正解はネット検索してみてねー」


「教えてくれないのかよ」


 ふふふ、とミチルは楽しそうに笑う。つられて俺も笑う。こういうやり取りは嫌いじゃない。

 戯れている間に、二本目のトンネルもあっという間に通り抜けた。


 ゴトゴトと車は進む。

 セットしたカーナビは一本道を指していた。そのまま道なりに進む。


「じゃあねー、これは知ってる?」


 ミチルが三度みたび聞いてきた。

 目の前は暗闇で、ヘッドライトの灯りしかない。


「あれ。なんで読むでしょうー?」


 ミチルはフロントガラスを覗き込むように、ある場所を指差した。指差した先のものを見ようと、俺はアクセルを抜いて、徐行し、そしてゆっくりブレーキを踏む。

 暗闇に目を凝らすと、暗闇だと思っていたところに何やら文字が見えた。


『□□隧道』


 ……なんだ?あれ。

 俺は眉間にシワを刻む。前半は苔で覆われて読めないし、後半は見たことない漢字だった。隊みたいなアレはなんと読むのか。


「あれ、隧道ずいどうって読むんだよー。トンネルって意味」


 ミチルが得意げに説明する。たまに変なことを知ってるミチルに、俺は感心した。


 なるほど、隧道トンネルか。


 どうやら俺たちは三本目のトンネルの前まで来ていたらしい。しかも今回のは、かなり暗くて狭そうだ。


「この道であってるのか?」


 前を見据えたまま、ミチルに確認を取る。するとミチルはふわふわ笑って肯いた。なので俺は、再びアクセルを踏んだ。


 車はガタゴトと進む。

 今回のトンネル、いや隧道ずいどう?は先ほどのものより随分長い。しかも道が悪く、ライトが照らす場所以外、何も見えない。俺はステアリングを握り締めて前方を睨みつけた。


「……ねぇ、カズくん。これは知ってる?」


「なに?」


 ミチルのやつ、さては眠いな?

 普段比較的大人しい彼女が、これほど頻繁に話しかけてくるのも珍しい。声も先ほどより、寝ぼけて聞こえる。必死に起きていようとしてくれているのだろう。可愛いやつめ。


「この□□隧道の噂」


「……なに?」


 俺は、眠いなら寝ててもいいぞと、声を掛けようとして、止めた。ミチルは寝ぼけた声のまま続けた。


「ここ□□隧道を夜中に車で走るとね、女の人が声を掛けてくるんだって。でもね、絶対に応えちゃいけないの」


「……理由は?」


 車がガタンッと大きく揺れた。悪路極まりない。

 薄気味悪い話を聞かされて、思わず俺は続きを促した。隧道の出口はまだ、見えない。


Uターンでき帰れなくなってしまうから」


 俺は強くブレーキを踏んだ。

 いくら眠くて、こちらの運転に付き合ってくれようとしているのであっても、言っていいジョークと悪いジョークがある。

 キッ、と隣を睨んだ俺は愕然とした。

 助手席ではミチルが幸せそうな顔をして眠りこけていた。だが、俺の目はミチルではなく、ミチルの後ろに釘付けになっていた。

 ミチルが座る助手席の、その後ろ。

 後部座席。

 見知らぬ女がこちらを覗き込むように座っていた。


「……Uターンする帰るの?」


 女は、ミチルの声でそう尋ねた。


 俺は絶叫しながらアクセルをベタ踏みした。

 その先のことはよく覚えていない……。






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