第3話 一年後、あの場所で
一年の月日はあっという間に経ってしまった。
「彼は来てくれるかしら」
私はあの場所に向かいながら、呟く。ここに入ってくるのはOGである私には簡単だ。その時、キーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴った。私は屋上への階段を走った。ガチャっと屋上の扉を開く。春が近いせいか日はまだ下がりきっていない。シチュエーションは完璧じゃないかと残念に思いながら、階段ダッシュではやる胸の鼓動を落ち着かせる。彼は―。
「チャイムきっかりに集合じゃなかったの?」
意地悪な声が上から聞こえた。声を聞いた瞬間に涙が溢れそうになる。それをこらえながら、上を見上げると彼が屋上の扉の上に座っている。「よっ」っと言って、私の前に飛び降りてきた。
「君の一年前の発言の意図をこの一年考えた」
「それで?ここに来たという事は分かったってことだよね」
胸がドクンドクン鳴っている。
「うん、君という女性はすごいね。僕が「この屋上で告白した時」と同じ涙を卒業式の校門前で流してみせたんだから。女性は生まれながらにして女優という言葉が身に染みたよ」
「何よ!その言い方!」
私は彼の胸を叩いた。
「痛いな、褒めているんだよ。それに僕は君が就職した会社を調べた。君の会社は全国に社を構えている。そして、その会社の注目すべき所は新人でも一年間の成績が良かったら、出身地に配属してもらえる点だ。都会で商売のうんぬんを学ぶ為、君は血眼になって去年頑張って、僕たちの地元にUターン出来るように頑張った。だから、僕と一切の連絡をしなかった。あれは決意を揺らがせない為の自分への罰だったんだね。君はすごいよ、尊敬する」
気が付いたら、私は彼の胸に抱かれていた。
「グスン、グスン―。寂しかった、寂しかったよ」
私の涙は止まらない。一年間の頑張りを認められたことと彼の体温が温かった。
「それに、この一年。君のいない世界を生きて、君の事だけを考えて分かった事があるんだ」
「なに?」
私は顔を上げて彼の表情を伺う。
「君に変わる存在はいないんだって。僕が君にあげるべきだったのはモノじゃなくて、心なんだって」
「私、ずるい女だよね。はっきり言わずにあなたに決定権をゆだねた」
再び、胸に顔をうずめて、謝る。
「そんな、ずるい女だなんて。いい機会だったよ。君との関係とか未来の事を真剣に考えることが出来た。学生の頃は一瞬一瞬でしか君の事を想えていなかった。プレゼントやデートも大切だけど、本当に大切なのは君を信頼し続ける事なんだって分かったんだ。そして、その信頼こそが本当の愛なんだって。それにこの一年で心配性もましになったよ。そして、今日、この場所で君と再び出会うことが出来て、僕の決心も決まった」
彼は力強い眼で私を見た。
「何?決心って」
彼は私をゆっくり胸から離れさせた。そして、ひざまずいて、ポケットから小さい箱を取り出す。開いた箱の中には指輪が入っている。
「僕と結婚を前提に改めて交際してほしい。君はもう結婚できる歳だけど、僕は20歳にならないといけないから、もう一年待ってくれ。普通、このシチュエーションだと「結婚してください」と言うべきなんだろうけど」
彼は恥ずかしさに頬を掻く。私はその様に思わず、くすっと笑ってしまった。
「アハハハハ」
「何で笑うんだよ」
気が抜けたように彼が尋ねてくる。
「だって、あなた、全然、心配性治ってないじゃない。ここは出来なくても、結婚してくださいって言えばいいのに」
「それは、つまり」
彼が唾を飲み込むのが分かる。
「喜んで」
私は彼の手ごと箱を包み込んだ。最高に幸せな空間がここには広がっていた。
「よっしゃー!」
学校の空に響き渡る。それはまるで高校一年の秋に私が告白をOKした時の様に。違うのは互いに大人になって、これが恋愛の始まりではなく結婚の始まりであること。
以降、この二人の同窓会では「Uターンプロポーズ」という言葉が流行ることになるがそれはまた別のお話。
Uターンプロポーズ 千代田 白緋 @shirohi
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