勇者ランド

ピンク式部

ムーンライト・シャドウ・オブ・Uターン

 満月の夜が来ると、俺はかつての不思議な出来事を思い出す。まさかこんな騒ぎになるなんて、その時の俺は思ってもみなかったんだ。


 十五歳の春休み、俺と幼なじみのチコは「夢と魔法と冒険の国」を謳うテーマパーク・東京ワンダーランドに遊びに行った。最初はライドに乗ったり、パレードを見たりして普通に楽しんでた。目玉のアトラクションを一通り体験して、チュロス片手にパーク内をぶらついてたんだ。

 すると、道のはずれに石の台座に刺さった剣を発見した。あるカップルが試しに抜こうとして彼氏が剣の柄を力任せに上に引っ張ると


ぶっ


 と間抜けな音が響いた。彼女の方が「嫌だわ、もう」としかめ面で手を顔の前で振る。彼氏の方は「違う、俺じゃない」と言い訳しながら嫌がる彼女を引っ張ってそそくさと立ち去った。いつからいたのか、黒いパーカーのフードを目深に被った男がすぐ側の手摺りに腰掛けていて、俺とチコにこう囁いた。


「この剣はエクスカリバーと言ってね、選ばれし人間にしか引き抜くことができないんだ。もしできたら、そいつは偉大な力を手にするだろう。世界を救うことだって簡単さ。さぁ、どうだい? 試してみないか」


 読者のみんなの予想通り、俺はそのエクスカリバーって奴を一気に引き抜いたんだ。


 気がついたら何もかも変わってた。俺は右手に手に入れたばかりのエクスカリバーを、左手に盾を持ち、いかにもRPGに出てきそうな勇者のローブを身に纏って立っていた。テーマパークの楽しげに跳ねた音楽も消え、前方に暗雲立ち込める廃墟と化した城がそびえ立っていた。


「勇者様、お願いします。どうか魔王デビルキングを倒し、ワンダーランドをお救いください」


 どこからともなく、ボロボロな姿の村人たちがわらわらと群がって来て、跪いて俺に懇願する。間抜けな俺は「そうか、これはきっと新手の体験型アトラクションなんだ、それにしても凝ってるな」と気軽に考えて、魔王デビルキングが住む城へと向かった。

 城門を潜ると手下のガーゴイルどもが百匹ほど襲いかかって来たけど、小手調べのつもりでエクスカリバーを一振りしたら全員あちこちに吹っ飛んでいった。まったく、すごい剣を貰ったもんだ。

 城の長い階段を登り切って重厚な扉を開けると、奥の玉座に腰をかけた魔王デビルキングが俺を出迎えた。頭に折れ曲がった悪魔の角を生やしたそいつは「よく来たな、ここがお前の墓場になるとも知らずにな。がっはっはっは」と悪の笑いを繰り出した。

「お前が魔王デビルキングだな、覚悟しろ」

 先手必勝とばかりに俺は斬りかかった。デビルキングは右手の人差し指一本で刃先を受け止めると、ひょいっとなぎ払ってしまった。床に打ち付けられた俺は混乱した。渾身の一撃が、さも小蝿を扱うみたいにいとも簡単にかわされてしまったのだ。

「ふん、この程度か。エクスカリバーの勇者が、聞いて呆れる」

 鼻でせせら笑うと、デビルキングは玉座からすっくと立ち上がった。右手の掌を上に向け、蛍光色に怪しく光るパワーを放出した。

「どれ、お前とのお遊びもおしまいにしてやろう……な、なんだ、動けない」

 突然パワーが消え、デビルキングはその場に硬直してしまった。状況が分からない俺が呆然としていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「私のことも忘れないでよね」

 チコだ。黒いワードローブ姿で、手に杖を持っている。そうか、奴も魔法使いの設定で参加していたのか。

「魔法で一分だけデビルキングの動きを止めたわ。今よ」

「や、やめろ、うわぁぁぁ」

 俺はエクスカリバーから聖なる光を撃ち放し、必殺技でデビルキングを玉座ごとぶっ飛ばした。

 城から出ると、村人の一人が俺たちに駆け寄って来て感謝の言葉を述べた。

「国王様も大変お慶びです。さ、早く宮殿へと向かってください」

 急かされるように宮殿へ向かう馬車に押し込められた。



「おお、そなたが勇者か。勇敢な戦いぶりは全て聞いておる。この度は誠にご苦労であった。改めて礼を言うぞ」

 立派な髭を蓄えたワンダーランドの国王は、勇者の証である金色の勲章を俺の胸に授けてくれた。こんなに国王のイメージにぴったりのキャストをどこから連れて来たんだろうと呑気に感心した。次の瞬間、俺はさらに驚くこととなる。

「これは私の娘のストライプス姫だ」

 紹介された先におずおずと現れたのは、両サイドに三本の縦線が入ったブルーのドレスが似合う、とても美しいお姫様だった。彼女はディズニー映画の「シンデレラ」に瓜二つだった。まさかの展開に俺とチコは顔を見合わせた。

「さ、バルコニーに来なさい。国民にそなたの勇姿をお披露目してあげてくれ」

 国王に促されるまま俺はベルコニーへと歩く。それに続こうとしたチコは突然影から伸びる腕に口を塞がれ、地下牢へ続く階段へと連れ込まれた。

 バルコニー下の中庭には国中の国民が押し寄せていた。「勇者、万歳」と口々に叫び、世界を救った英雄を祝福するファンファーレを鳴らす。有頂天になって彼らに「ありがとう、ありがとう」と俺は手を振った。

「ここで皆の者に良いニュースがある。我が国を救ったこの若者を私の後継者に任命する。さらに、我が娘であるストライプス姫との婚約をここに宣言する」

 突然の発表にどよめきが起こった。

「お父様、急すぎるわ」

 ストライプス姫が抗議した。

「国王、少しアトラクションの域を超えていませんか」

「何を言ってるんだ」

「とにかく、僕には帰らなくちゃいけない場所がありますし、それに……確かにストライプス姫は美しく素晴らしい方ではありますが、僕には心に決めた人がいます」

 国王の顔色がみるみる真っ赤になっていく。

「ですから、申し訳ありませんが、後継者の件も、姫との婚約も辞退させてください」

「貴様、私に恥をかかせる気か。衛兵、この無礼者を地下牢へ閉じ込めろ。頭が冷えるまで出してはならん」

 衛兵によって俺は手荒に退場させられた。この上ない晴れの日となるはずだったのに、あまりの急な展開に居合わせた国民は固唾を飲んで見守るしかなかった。


「俺に、何ができるっていうんだ」

 泣きながらカビ臭い地下牢の石壁を拳で叩いた。手錠で繋がれた鎖がじゃらんと虚しく音を立てる。

「泣いてる場合じゃないわよ」

 この声は、チコだ。

「チコ、無事だったのか」

「今ここから出してあげる」

 独房の鉄柵が開いてチコが入って来た。その後ろには、ストライプス姫の姿もあった。

「この人が助けてくれたのよ」

 鍵で俺の手錠を外しながらチコは説明してくれた。

「どうか、父のしたことをお許しください」

 申し訳なさそうにストライプス姫は詫びた。

「僕の方こそ、ごめんなさい」

「良いの。私も、ゲームの賞品みたいに扱われるのはごめんだから」

 あなたたちを元の世界へ戻してあげます、と姫は続けた。

「今夜は満月だから、海の水面に月影が浮かぶわ。そこへ飛び込めば元いた世界に帰れるって言い伝えがあるの。ムーンライト・シャドウ・オブ・Uターンというの」

「え?」

「ムーンライト・シャドウ・オブ・Uターンよ」

 長い。

「チャンスは日付が変わってから一時間の間だけ。月が厚い雲に覆われてしまったら次はないわ」

 急がないとUターンできない。

「塔の上から海に飛び込んで。その方が早い」

 ストライプス姫が隠し扉のボタンを押すと石壁がスライドし、塔に続く階段が現れた。

「ありがとう。あなたの勇気に感謝します」

 姫とのお別れのハグをして、俺たちは先を急いだ。

「あなたが羨ましいわ」

 チコを目で追いかけ、ストライプス姫はそっと呟いた。


 俺はチコの手を引き、永遠に続くような螺旋階段を駆け上がった。脱獄者を衛兵が慌てて追いかけて来た。チコが一時停止の魔法で食い止めるが、止まった衛兵の上を跨いでどんどん追ってくる。

 たどり着いた塔から眼下の海面を見ると、大きな満月の月影が、俺たちが飛び込むのを待っていた。

「どうやら俺はどんな世界でもダイブする宿命にあるようだな」

「お前の命が尽きる宿命の間違いじゃないか?」

 振り返ると、衛兵隊長らしき男にチコが取り押さえられていた。男はチコの魔法の杖を海へ投げ捨てた。

「取引だ。まずはエクスカリバーをこちらに寄越せ」

 男が要求する。チコが抵抗するが、俺は手でそれを制止し、男の足下へ向かって剣を投げた。だんだんと雲で月が翳っていく。どう見ても残された時間はわずかだった。

「これさえあれば俺も勇者だ。結構重いな」

 男が拾い上げようと力むと、俺はニヤリと笑った。


ぶっ


 間抜けな音が響く。

「違う、俺じゃない」

「あ、俺だった」いかにも無能そうな部下がポリポリと頭を掻いた。

「残念、その剣は俺しか使えないの。チコ、今だ」

 衛兵隊長の顔面へチコが頭突きをお見舞いする。痛さで身を屈める衛兵隊長が帯刀していた剣をスラッと抜くと、チコは手で俺を海へと突き落とした。何が起こったのか分からないまま、俺は真っ逆さまに月影へと進んでいく。

「待ってて、すぐ行くから」

 迫り来る衛兵たちにチコは応戦する。キン、キン、と剣が激しくぶつかり合う音がした。雲がもう、すぐそこまで来ていた。俺は叫び声をあげてひとり落ちていった。





「起きて、早く」

 暗闇で身体を思い切り揺さぶる奴がいる。俺がうっすらと目を開けると、心配そうに顔を覗き込むチコがいたんだ。思わず抱きついて「チコ、無事だったのか」と何度目かのセリフを言った。戻ってこれたんだ、この世界に。

「どうしたの。あんたこそ、ライドに乗りながら寝ててびっくりしたわよぅ」

 係員が不審そうに様子を伺う。チコは苦笑いを浮かべて、すすり泣く俺をなだめた。

「あら、何これ? 綺麗ね」

 チコは俺の胸に光る物を指差した。そこには金色の勲章が輝きを放っていた。


 それからどんなに足を運んでも、誰に聞いて回っても、東京ワンダーランドというテーマパークは二度と見つからなかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者ランド ピンク式部 @Lily_Ripple3373

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説