悪役令嬢は引き返せない
四宮あか
あの日ダンスホールで何があったのか
ダンスホールは血で染まっていた。
ここでは、2時間ほど前、卒業パーティーが開かれていたはずだった。
だけど、そこには呆然とする生徒と、次は自分かもしれないとおびえきった生徒と。
王子派を中心とした死体があちこちに転がっていた。
状態からして、交戦した結果かなわず何者かによって殺害されたようだった。
「おい、聞こえているか。しっかりしろ。一体ここで何があった!!」
血だらけのダンスホールで茫然と座り込む生徒の肩を掴みゆすった。
「……あ、あの女が全部悪い。あの王子の傍らにいる女だ。私たちも、王子もあの女の狂言のせいで恐ろしい、鬼を……作り出し世にはなってしまった」
そう言い放って、血だまりに生徒は顔を伏せ、おびえ泣いた。
◇◆◇◆
ダンスホールの待機室。
すでに、私以外の人物はエスコート役と共にここを後にした。
一人残された、待機室。
見上げた天井の模様のなんと美しさに私は思わずため息を吐いた……
様式も誰がデザインしたものかもわからないけれど。
豪華なダンスホール待機室を利用するものは多かっただろう。
しかし、そのうちの何人がここで天井を見上げ、途方もない時間をかけられただろう模様に気がついただろう。
まるで、今の私と同じねと思わず皮肉気に笑ってしまった。
今日、婚約者は私を迎えにこないと等に知っていた。
それでも、私は美しく着飾って椅子に浅く腰掛け、扉が開けられるのを待ったのだ。
少しでも美しいラインに見えるようにと、締め上げられたコルセット。
指先が痛くなるヒールの高い靴。
足を取られる優美なドレス。
女性らしいからという理由で切ることを許されなかった、うっとおしい長い銀の髪。
べたべたする顔に塗りたくられた化粧。
それも全部、たった一人のために作られたものだった。
案の定、約束の時間を過ぎても……迎えがくることはなかった。
まるでおとぎ話の悪役令嬢だと陰で罵る周りの声が聞こえないほど私は馬鹿じゃない。
今日いわれのない罪で私を断罪し、婚約を解消し、別の女との婚約を大々的に発表するつもりだということですら、すでに私の耳に入っている。
それでも、私は逃げずに今日この日この場所まで恥をかきに来たのだ。
私をこの場に止めたのはプライドだった。
婚約が成立して10年。
あぁ、私の一生とは何だったのだろう。
ずいぶんと、流されて遠くに来てしまったものだと、思わず自分自身に皮肉が出てしまう。
今日一日で私の10年と女としての一生がダメにされる。
なら、剣をあきらめたことはなんだったのか。
心の中がふつふつとした何とも言えない気持ちに渦巻かれるが、私の心とは正反対に私の身体はひどく冷え切っていた。
さて、いつまでもこうしているわけにはいかないから行くことにしましょう。
本当によかったのだろうかと、つい後ろを振り返りたくなるけれど、もう止まれない。
皮肉にもこれが、公爵令嬢マルローネ一世一代の大舞台になるのか。
待機室のドアを開ける前からわかる。
この扉の一枚だけを隔てた向こうの熱気が……
これから、始まることに興奮を隠しきれないのだろう。
公爵令嬢断罪と新たな王子の婚約者の発表というお祭りにね。
会場に私が姿を現すと、辺りは静まり返った。
エスコート役もおらず、一人で会場入りした私の一挙手一投足に皆が注目していることは明らかだった。
パチパチパチと拍手が聞こえた。
「引き返すことなく、この場に現れたことだけは称賛する」
静かな会場で、婚約者ジオルドの声がよく響いた。
「なんのことかわかりかねます。エスコート役を勝手に辞退されは困ります」
「ふっ、婚約を解消する女をエスコートするわけがないだろう」
鼻で笑われると、はっきりとそういわれた。
あぁ、もう引き返せないのね……
私は、私の動きを鈍らせるだけのヒールをポーンっと脱ぎ捨てた。
私が何をするかわかっていない周りは、私の奇行とも見える行動にざわついた。
あぁ、まったく滑稽だ。
婚約をこんな風に解消されては、私はもうおしまい。
私自身、いわれもない罪で投獄される気も甚だない。
家のためにと我慢した結果がコレか。
「はは……」
思わず、口から乾いた笑いがこぼれた。
「ははっ、あははははははぁっ、あーおかしい。私はなんてあっけない人生なのでしょう。真実を調べることもされない。それがお答えなのですね」
マナーなんか無視をした高笑いに、引きつった顔となるジオルド。あぁ、でもいいの。ずっと試してみたいことがあった。
私が氷魔法で剣を作ると、この茶番を楽し気にみていた人たちの顔色が変わった。
それでも、誰も動かない。
本当に私が行動に移すとは思っていないのだろう。
でも、私の人生はもう私が何を言っても終わり。
――なら、何をしても一緒。
「マルローネ! 自分が何をしているかわかっているのか?」
私を指さしそういわれるけれど、もう止まれない。
「あなた達こそおめでたいのではなくて? 今日で公爵令嬢マルローネ・ヘバンテンに引導を渡すつもりだったのでしょう。もう、私には何も守るべきものなどない。一度試してみたかったのです。どちらが強いのか、私はどれほど強いのかを……」
「何を戯言を」
「手を抜くのはもううんざり。男なら英雄になれたものをと言われたのもうんざり。女としても使い物にならないなら、どうせなら私はここですべてを薙ぎ払って自由になる。切り刻まれるのが嫌なら退きなさい」
邪魔なスカートのすそを一度で切り落とし、私は居合のポーズをとった。
後は会場に響いたのは悲鳴だった。
出口に向かって詰め寄るもの、私を止めようと剣を抜くもの様々だった。
ヒールのない足は軽やかだった。
飛んで刎ねて、間合いを詰めて、ほんの少し首を掻っ切るだけでいい。
魔法で地形を変えても無駄。そんなものヒールのない足で駆け上がれる。
攻撃魔法も無駄。この瞳はすべてをとらえ、ダンスにしか使ってこなかったしなやかな筋肉が軽やかに最小限の動きでそれをかわす。
なんて無駄な才能だろうといつも思っていた。だけど、最大限に才能を使う今、私の頭には何とも言えない高揚感があった。
銀の長い髪が動きに合わせてなびき、ドレスも顔も髪も、人を切りつけるたびに美しい紅に染まる。
その時長い髪を掴まれた。
思わず重心が後ろに傾き、剣を落としそうになる。
「よしよくやった、そのまま組み伏せろ」
皆の顔に安堵の表情が浮かぶが、彼らは何もわかっていない。
私はためらわず、うっとおしかった銀髪を己の剣で切り落とした。
「か、髪を……」
女が自ら髪を切り落とすなど、考えもしなかったのだろう。
「馬鹿ねぇ。こんな髪もう、私にはいらないのよ」
それからは一方的だった。
あー、なんてあっけないのでしょう。
「マルローネ落ち着いてくれ、事実をちゃんと確認する。だから……」
「事実かどうかはもうこれだけ人を斬った後どうでもいいのです。最後に命を懸けて勝負をしましょう……。どちらが強いのかを……ねぇ、ジオルド。私ずっと試してみたかったのよ?」
悪役令嬢は引き返せない 四宮あか @xoxo817
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