雷神の子供が彼女と出会う。「君とおイモを」

玉椿 沢

第1話

 ボクの名前はアズマ。ウサギみたいな姿をしているけれど、ウサギじゃなく雷獣らいじゅうって妖怪らしい。


 実はボクはどこで生まれたのか知らない。お父さんとお母さんは、ずっと一緒にいなくて、ボクは一人でいた。


 でも、この世に怪力乱神かいりょくらんしんは相応しくないっていう意味は知ってて、あんまり他の人に意地悪したらダメって事だから、ボクはできるだけ一人でいる事にしてた。


 ただ雷獣は「雷」って字を名前につけるのを遠慮しないとダメらしくて、ボクは雷獣の仲間と出会うとケンカになった。


 叩かれるのは嫌だし、叩くのは叩かれると同じくらい嫌いだから、ボクはいつも逃げる。



 逃げるんだけど、その日、ボクを追い掛けてきた雷獣は、ずっと追い掛けてきた。



 ――隠れなきゃ! 隠れなきゃ!


 逃げ回りながら見つけたのは、鉢植えがいっぱいあるベランダだった。カーテンが引かれてる窓に灯りが見えるから、人が住んでるのだけは不安だったけれど。


 ――いなくなれ……。いなくなれ……。


 プランターのプラスチックは雷獣も嫌うから、ここに隠れていれば分かんないはずだった。


 追い掛けてきていた雷獣の気配が遠くなっていくと、ホッとして眠くなる。本当なら、ボクは寝たり食べたりする必要はないんだけど、怪我をした時は別。


 ――ここはよくないんだけど……。


 そう思ったけれど、また見つかったら厄介だし……なんて考えたのは、良かったのか悪かったのか……。





「……?」


 さっとボクのほっぺを撫でたのは、部屋の中から漏れてきた暖かい空気。


 目を開けると顔にお日様と、ボクを見下ろしてる人の影が落ちてた。


 恐る恐るボクが見上げた目が、部屋から出て来た女の人と合う。でも、大抵の人はボクを見てもウサギにしか見えないんだから、ここはタイミングを見計らって逃げる事にする。


「……どこからきたの?」


 でも、ひょいっとボクを持ち上げた女の人は首を傾げて、


「あれ? 雷獣? 君」


 それが分かる人は、怪力乱神をこの世に関わらせないようにする死神だ。


 ――こ、こんにちは……。


 それしかいえないからそういったボクを、その人は部屋の中へ連れて入った。


「いや、おはようだけどね」


 ――おはようございます。


「素直だね、君。名前は?」


 ――アズマ……。


「あずま? アズマって書くのかな? 格好いい名前だね」


 当たってるんだけど、当たってない。


 ――ダメな名前らしいよ。だからボク、みんなに嫌われてるもん。


 ボクのアズマは、確かに雷って書く。だから嫌われてる。


「お父さんやお母さんは? 名前はお父さんとお母さんからのプレゼントでしょう?」


 だから悪い名前じゃないよって死神さんにいわれると、確かにボクも嫌なのは叩かれる事で、名前じゃないって知ってる。


 ――でもお父さんにもお母さんにも、会った事ないもん。


「……」


 死神さんはボクを床に下ろして、肩を竦めてる。


「怪我を治すのに、何かいる? 何か食べないとダメなんでしょ? 食べれるものは……というよりも、食べられないものはある?」


 ――お肉やお魚は食べられない。


 ボクは殺された生き物は食べられない。


「ああ、ならいいや。ふかしたおイモあるよ。炊飯器で、ご飯と一緒に炊いたんだけど」


 死神さんはご飯粒のついてるおイモをくれた。


 ――おイモ!


 ボクの大好物!


 かぶりつこうと大きくお口を開けるけど、


 ――でも死神さん、いいの? 死神さんのご飯じゃないの?


 食べる寸前で、ボクは我慢した。


「んー、おやつにするつもりだったから、いいよいいよ。食べなよ」


 ――そっか。ありがとう!


 また大きく口を開けたけど、もう一回、ボクは我慢した。



 ――ならさ、半分こしよう!



 そんな事するのは初めてだけど、それをいいたくなったのは、ボクの名前を理由に嫌わない人だったからだ。


 ――半分こすると美味しいんだよ!


「ありがとう。確かに美味しいよね、半分こ」


 死神さんがおイモを半分に割ってくれた。


 ――ありがとう!


 死神さんと半分こしたおイモを食べる。ご飯と一緒に焚いたっていうおイモは、とっても甘くて美味しかった。


 ――死神さん、おいしいね!


 死神さんを見上げると、死神さんもおイモを食べていて、


「私、死神じゃなくて人間」


 ――でも、ボクの事、雷獣ってわかったでしょ?


 普通の人なら、ボクを見てもウサギにしか見えないはずなんだ。


「何かあった時だけ駆り出される、非正規の死神」


 そういった死神さんの声には、ちょっとだけ疲れた感じがした。


「君、両親を知らないっていってたの、誕生日は?」


 だから、そんな事を訊かれたのは意地悪かと思った。


 ――それも知らない……。


 でも意地悪じゃない。


「なら、今日が君の誕生日って事にしましょ。うちの子になる?」


 突拍子もない事をいい出す人だ。


 ――いいの?


 ボクは目を丸くしてたと思う。思うとしかいえないくらい、びっくりした。


 死神さん――いや、非正規の死神さんは……、


「本日の議題」


 ピッと指を立てた手を、ボクに向かって掲げて見せた。


「焼き芋を、一番、美味しく食べるには、どうしたらいいか」


 その答えは知ってる。


 ――半分こ!


「そうそう。アズマ、よろしく。私、山脇やまわき孝代たかよ


 ――ボク、アズマ。


 今日が初めての誕生日、最高のお祭りだ!

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雷神の子供が彼女と出会う。「君とおイモを」 玉椿 沢 @zero-sum

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