最高の祭りだったんだ

蒼狗

祭りが終わる

 初夏と呼ぶには肌寒く、春と呼ぶには日射しが強い、そんな日だった。

 道行く人の流れに乗って進むとあの独特な太鼓の音が聞こえてくる。周囲のあちらこちらで鳴る跳人の鈴の音が、一段と祭りにきた感覚を強めた。

 沿道は観光客で溢れ、有料のゴザが敷かれた席にも食べ物を持ち寄った人たちでいっぱいだった。

 ひとまず私は人の流れに乗るようにゆっくりと道を進んでいく。

 道路をすすむねぶたも夜に見るのとは違った雰囲気があり、これはこれで味があり良いいものだ。久しぶりの故郷の祭りということもあり間近で見たくもあったが、昨日の晩に家を出るのを渋った結果テレビ中継で済ませてしまった。せっかく帰ってきたんだからまた来年見ればいい、と親に言われたが、来年の事などわからないだろう。現に今日も昼運行を見に来るなど昨日の時点で思ってもみなかったのだし。相変わらず自分の衝動的な部分がわからない。

 人混みを避けるように道をそれると、何か堅いものを踏みつけた。石とも違う丸いものの感覚だった。

 何かと思い手に取ると鈴だった。おそらく前日までの跳人の鈴が落ちたのだろう。

 幼い頃、両親に連れられてきたときは跳人が落とした鈴を拾い集めていたものだ。あの頃は夜の闇の中を囃子とともに走るねぶたに心を躍らせたものだ。あの頃は一年に一度連れてこられるこの祭りが最高だった。

 時間とともに鳴り響くねぶた囃子。一斉に灯りがつくねぶた。かけ声とともに跳ね出す跳人達。全てが目がくらむほど眩く心を躍らせたものだ。青森ねぶた祭りという青森市最大の祭りを存分に目で見て楽しんでいた。

 だが今はどうだ。人混みに入った瞬間、具合が悪くなり自然と人がいない場所へ逃げてきている。あの頃の希望に満ちた瞳は今や濁りきっていた。

「らっせらー、らっせらー」

 通りから聞こえてくる声がひどく耳障りに感じた。

 自分の中にある何か淡いものが変わるかと思い祭りに来たが、得たものといえばきらきらと輝いた顔の人々への劣等感だけだった。

 もう帰ろうか。

 しかしまたあの人混みを抜けていく体力は私に残っていない。頭痛がする。気持ち悪い。

 このまま祭りが終わるまで待つしかないのだろうか。




 爆発音のようなもので目が覚めた。

 どれくらい眠っていたのだろうか。うつむくように座りながら寝ていたせいで体のあちこちが痛かった。立ち上がって周囲を見渡す。すでに日が陰りねぶた囃子も聞こえなくなっている。

 再び爆発音が聞こえる。

 無意識に音が鳴る方へ歩み出していた。

 やめた方がいい。きっとその先にあるものは私にとって毒でしかない。そう囁く声が聞こえた。

 道を曲がり音のする方へ向く。

 眼前に広がるは眩い閃光を放つ花火だった。

 遠くに見える海ではねぶたが浮かんでいた。

 いつの間にかラストを彩る海上運行が始まったのだ。

 空を明るくする花火。海上でねぶた囃子とともに盛り上がるねぶた。海沿いには屋台が建ち並び観客の胃袋を満たしている。

 これはだめだ。昼間の光景すら眩むほどだった私には余りに猛毒だ。

 だが目を離せない光景だった。

 疲れ、諦め、ただ苦痛を呪うだけだった自分の瞳には、その明るい光景は色濃く映ったのだ。

「きれいだな……」

 自然と口から言葉がこぼれていた。まだ私のなかに景色に感動する心があったのか。

 口では苦痛だなんだと言いつつもまだ余裕はあったのだ。

 私もあの景色のなかに混ざれるのだろうか。

 一歩、また一歩と私の歩はゆっくりと進んでいく。きっとまた気分が悪くなるのかもしれない。だが触れずには居られないのだ。

 近づいていくとどんどん人が増えていく。




 祭りが終わる。

 終わったあと私はどうなるのだろうか。

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