花火
あぷちろ
彩
「ひゅーー、ばぁん」
子供のように無邪気に、先輩は夜空を彩る花々の姿を仰ぎみる。淡色の浴衣を着た私の愛しいひとは、くるくるとその場でまわる。
私は両腕を広げて夜空を抱擁する先輩を、粗雑なベンチから見上げている。
白い尾をひいて、花火が暗い藍色のキャンバスに真っ赤に広がる光跡を残す。明るすぎて、直視できなかった私は静かに瞳を伏せた。
「どうしたの?」
無邪気な笑顔で、貴女は私の肩に触れる。肩口から指を滑らして白魚の指を絡める。
優しく、乱暴に手を繋ぐ彼女に私は手を引く。少しだけ伝ったぬくもりから逃げるように。
「……ごめん」
自然と謝罪の言葉が私の醜い口元からこぼれる。
「どうして謝るのよ」
呆れた口調で先輩はまた、手を重ねて柔らかく私の指をもてあそぶ。
「山頂までいけなくて……」
また一輪、煙花が咲き誇る。濃紅の藍色に溶けてしまう儚く美しい煙花。
年に一度のお祭りのこの日、私は先輩に連れられて近くの山へ来ていた。
曰く、花火を打ち上げる場所がこの山のすぐ麓なのだとか。山頂から花火を見上げると、それはもう間近に感じられるとあって、私たちはお祭り会場で一通り遊んだあと、こうして山登りをしていた。
しかし、予定通りなんてうまくいくはずもなく、慣れない草履を履いていた足はすぎに悲鳴をあげた。
お揃いの浴衣を着てうきうきと出店を廻って、花火が昇るときを見計らって仲良く山登りをはじめた途端にこれだ。
赤く肌がめくれた踵や、膿んでしまった親指、熱を確かに持った足首。歩けなくなった私は山の中腹あたりにたまたま存在したベンチから動けなくなったのだ。
木々の隙間から辛うじて見える打ち上げ花火は、それは綺麗だった。山頂で見れたのならば、さぞ迫力があっただろう。
私の心の内をあらわすように、打ちあがった青色の花炎がしゅわしゅわと夜空に溶けていく。
「こう言っても聞かないだろうけど――、気にしないでいいの」
先輩は綿花のように優しい言葉を私にかける。彼女はそういうヒトだ。
「だって、」
優しい先輩と矮小なわたし。対比に私の中の劣等感がみるみるうちに広がって大きくなる。
せっかく、お揃いの浴衣を着てくれて、せっかく一緒にお祭りに来たのに。二人で一生の想い出になるようにいろいろ考えていたのに。
「最高のお祭りになるはずだったのに」
動けなくなった私は悔しさと惨めさで瞳を濡らす。
「もうっ」
涙を拭おうとした指を、先輩は引き留める。代わりに瞼に触れたのは先輩のハンカチ。
「こうして一緒に花火をみれるだけで、最高なの」
はにかむように、先輩の笑顔が花開く。
「ここがどこかなんて、小さなことなの」
「あなたが傍に居てくれる、あなたと一緒に花火をみれる。それが私にとっての最高のお祭りなの」
あまりにも彼女の笑顔が眩しくて、私は目を逸らす。
「なんで、目を逸らすのー」
可愛らしく頬をふくらます彼女。私はその追及から逃げるように上にへと、顎をひいた。
「ありがとう」
私の小さな呟きは夜空に咲き誇る、光色のひまわりに埋もれて消えた。
おわり
花火 あぷちろ @aputiro
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